第8話 現地調査

 王都リースは、千司達が召喚されたアシュート王国の中央に位置する最も栄えた町である。夜間も魔石を用いた街頭により明るさが確保され、中央通りはそれなりの賑わいを見せている。


 千司はまっすぐ冒険者ギルドへと向かった。地図は昼間大図書館での勉強会の際に頭にたたき込んでいるので迷うことはない。


 途中冒険者らしき酔っ払いと何度かぶつかるが、平謝りすると下手に絡まれることもなく、無事に到着した。


 ギルドのドアを開けて中に入る。

 夜間は併設された酒場が賑わっているとライカから聞いていたが、まさにその通りだった。鎧を外した巨漢から、武器を携帯したままの女傑まで。多種多様な人種が酒を交わし合っている。


 そんな彼らを横目に受付まで辿り着くと、近くに居た職員に話しかけた。


「冒険者になりたいんだが、登録はここで出来るか?」


 千司の言葉に、職員は露骨に嫌そうな顔を見せる。そして大きく溜息。


「はぁ……まぁ、出来ますけど。明日じゃ駄目なんですか? こんな時間から業務増やしたくないんですけど」

「正直だな。が、出来れば今からして欲しい。頼むよ」


 言って、千司は懐から布袋を取り出しいくらか金を摘まんで職員の女に渡した。


「ふん。礼儀はあるみたいですね。良いですよ、じゃあ登録料3000シルをお支払いください」

「わかった」


 先ほど彼女に渡した物とは別に、千司は金を支払う。

 シルとはこの国の通貨で1シル=約1円。これも昼間の勉強の成果である。


 因みに王宮から出たことのない千司は当然お金など持っていなかった。彼が今手にしているのは冒険者ギルドに来るまでにぶつかった酔っ払いの財布である。偽装スキルと勇者のステータスを併用すれば、酔っ払いに気付かれることなく財布をするぐらい造作もない。


「登録料確認しました。それではステータスを測定します。こちらに血を垂らしてください」


 彼女が取り出したのはカードのような物と小さなナイフ。

 これで指をつんっとしろと言うことだろう。


「痛いの怖いなぁ」

「じゃあ冒険者なんてやめた方が良いんじゃないですか?」

「ぐうの音も出ない。冗談だよ……っと、これでいいか?」

「はい……おお、なかなかすごいステータスですね」

「だろ、地元では負けなしだった」

「でもそう言う人がサクサク死んでいくのが冒険者なので、くれぐれも慢心はしないようお願いします。……っと言っても、最近はその心配もいらないでしょうが」

「と言うと?」


 聞き返すと、彼女は困り顔のまま登録作業を進めつつ、理由を口にした。


「何でも、近頃ダンジョンに騎士団が出入りしていましてね。その際、モンスターの大半が殲滅されまして、数が少ないんですよ。怪我人も死人も減りましたが、それ以上に冒険者とギルドの稼ぎが減って……正直やってられませんよ」

「何でまた騎士団が」

「さぁ? あの人たち大半が貴族で、冒険者や庶民を下に見てますから、何にも教えてくれないんです。な奴ら。個人的には第二騎士団とかいう騎士団が一番嫌いですね。あの団長を一度見たことありますけど、動作がいちいち鼻について気持ち悪いったらありゃしない」


 なんと第二騎士団長、市井でも悪い方に有名だったらしい。

 千司としても彼女の言葉に同意である。


「それは面倒くさそうだな」

「そりゃあもう! しかもあいつら、殲滅したモンスターの魔石を裏ルートを使って高値で売りさばいて自分たちの小遣いにしてるって話です。クソですよクソ! あっ、そうだ、お名前はなんですか?」

「いきなりだな」

「登録に必要なんですよ~」


 あまりにも早い変わり身。千司でなければ見逃してしまう。


(本名でやるわけにもいかんしなぁ……)


「メアリー・スーだ」

「……メアリーさん、ですか」

「なんだ?」

「いえ、女性のような名前だなと」

「よく言われる。問題が?」


 因みにメアリー・スーとはネットで有名な二次創作の最強主人公の名前である。

 千司は今の自分にぴったりだと思った。


「いえ、とくに。……と。登録が完了しました。こちら、冒険者証明書をお渡しします。こちらをダンジョン前の門番に見せれば潜ることが出来ますので無くさないように気を付けてください」

「わかった」

「また、メアリーさんはステータス的には金級冒険者でも通用しますが、経験がありませんので銅級からのスタートとなります。成果が積もればランクアップが行われますので、頑張ってください」

「了解した。ありがとう」

「いえいえ、それではまた。良ければ愚痴を聞きに来てくださいね」

「そうだな」


 軽く手を上げてギルドを去る。


(ラノベやアニメなんかじゃ、ここらで他の冒険者に絡まれるのがお約束だが……へべれけに酔ってる奴しか居ないな。異世界の治安レベルはどの程度か知らんが、王都ともなればそれなりに安全なのだろう。是非とも混沌に突き落としたくなる)


 ギルドを出て財布をチラリ。

 大凡、200,000シルほど入っているだろうか。複数人からスッた結果ではあるが、おそらくその中の誰かが給料日だったのだろう。可哀想に。


「とりあえず、武器を買いに行くか」


 夜中にやっている店があるかは知らないが。

 千司は頭の中に地図を思い描き、武器屋がある方へと歩いて行った。



  §



 閉店間際の武器屋に押し入り、200,000シルの片手剣を購入した千司は、その足をダンジョンへと向けた。因みにここまで王宮を抜け出してから一時間も経過していない。


 ダンジョンは王都の外れに位置しており、歩いて向かえば一時間以上要する位置にある。


 しかし千司は銅級とはいえ勇者。偽装で姿をくらませつつ全力で駆ければ、ものの十分で到着した。


 外観はギリシャの遺跡のようで、石造りのようにも見えるが、違う材質のような気もする。地球に存在すれば間違いなく文化財となっていたこと間違いなしだ。


 入口の門番に冒険者証明書を提示する。


「今から潜るのか」

「問題か?」

「いや、中はどうせ薄暗い。朝も夜も分からんさ。お前は……ふむ、銅級か。なら十階層までだな。気を付けろよ」

「あぁ」


 軽く手を振って、千司はダンジョンに足を踏み入れた。


 内部は全体的に空気がひんやりとしていて、静謐な雰囲気が漂っている。大図書館で調べた内容とそれほど相違ないようにも感じるが、しかし想像よりもそこは血のにおい・・・・・がした。


「ま、雑魚が死んだんだろ」


 千司は胸中に湧いた不安を振り払うように剣を抜き身で持ち、集中力を高めてダンジョン探索を始めた。


 今回千司がダンジョンに訪れた理由はいくつかある。その中でも一番の理由は、現状の自分の強さの確認だ。ステータスの数値上では千司たち勇者はすでにこの世界で強者の部類に足を踏み入れている。しかし騎士たちはともかく未だリニュには勝てる未来が一切見えないのが現状。


 白金級ですら、彼女のおもちゃである。

 これはリニュが強すぎるが故の事だと千司は分かっているが、そのせいで自分の強さがどの程度なのか不明瞭となっているのだ。


 だからこその、ダンジョン探索。


 当然危険は付きもので、安全マージンもクソもあったものでは無いが、そんなもの千司には関係ない。多少危険を冒してでも進まなければ、クラスメイト皆殺しENDは達成できないのだ。


「っと、第一モンスターはっけ~ん」


 現れたのは二足歩行の狼、コボルト。

 漆黒の毛皮に、爛々と輝く青い瞳。だらんと脱力した両腕に鋭く尖ったかぎ爪が特徴だ。


 エンカウントして僅か五秒。

 先に動いたのは――千司だった。


 全力は出さず、脳内でコボルトの平均ステータスを思い描きながら接近、剣を振り上げ、切りつける。コボルトが反応できる・・・・・であろう速度で繰り出した一撃は、予想通り回避された。


「ふむ。なら次だ」


 もう一度同じ動作を繰り返し、今度は回避された後にわざと隙を作って攻撃を誘う。見事に食いついたコボルトは、その鋭利な爪を立ててきたが、それは想定内。


 空ぶった剣の勢いを殺すことなく、身体を回転させて切りつける。


 爪と剣がぶつかり、コボルトの爪が砕けた。


「……なるほどな」


 コボルト相手に調べることはもうない。


 一瞬で判断すると、千司は無造作に、まるで路肩に落ちている空き缶を蹴り飛ばすように、コボルトを一刀両断。


 血を流し地面に落ちたその死骸は、数秒の後にダンジョンに飲み込まれて消えた。残されたのは緑色の小さな石……魔石だけだ。


「一層の雑魚……まぁ、こんなものか」


 戦闘っぽいことを演じてみたものの、コボルトでは弱過ぎるあまりに自分の強さを確かめるという目的は達成できなかった。


 億劫に思いながらも千司は更にダンジョンの奥へと足を進めることにした。



  §



(異世界ダンジョン……雑魚しかいないのか?)


 召喚による『勇者ステータス』というチートはある物の、それでも日本に居た頃の千司でもある程度戦えるレベルの敵しか居ない。これで冒険者が命を張る職業云々というのはとんだお笑いぐさである。


(……いや、そう言えば受付の女が何か言ってたな。確か最近騎士団がダンジョンに入っている、だったか? なら、そいつらが強いモンスターを倒して回っている……のか?)


 考えてみるが分からない。

 物陰から飛び出してきたゴブリンを横凪に両断。

 首を失った胴体が慣性でトコトコ歩き、バタンと倒れてダンジョンに飲み込まれた。


(なんにしても、分からんことを考えてもどうしようもないか。もう少し進んで手応えのある奴がいなかったら帰るか)


 剣を血振りしてから歩いていると、曲がり角の向こうからすすり泣くような声が聞こえてきた。続いて、情けない悲鳴も。なんじゃらほい、と様子を窺えば、十五、六と思しき少年が複数のコボルトとゴブリンに囲まれ、へっぴり腰で震えていた。


「うぅ……ぐすっ、な、なんで僕がぁぁっ」


 絶望一色に顔を染め上げた少年を見て、千司は思った。


(第一村人はっけ~ん)


 暢気ここに極まれり。他者の命などかけらも気にしていないクズの思考である。美少女ならともかく男など助ける気にもならないが、しかし千司は剣を握りしめ、曲がり角から姿を現した。


「おい雑魚、一瞬で終わらせるからそこ動くなよ」

「へ?」


 一言吐き捨て、少年に群がるコボルトとゴブリンに突撃する千司。

 それを見てゴブリンの一匹が合わせるように剣を振りかぶった。

 どうやら他の固体より少しばかり賢いらしい。


 だからといって、千司の相手ではないが。


 ゴブリンの剣が届かないギリギリで急停止する千司。思惑通りにゴブリンの攻撃は空振りし、その隙を見逃すことなく、千司は一〇匹は居たであろうゴブリンとコボルトを一息で切り払った。勇者ステータスの暴力である。


(もらい物の力で無双するの気持ち~! こりゃあ止められないね)


 などと馬鹿な思考をしていた千司に、少年が立ち上がって頭を下げた。


「た、助けていただき、あ、ありがとうございます!」

「ふん、これぐらいなんてことはない」

「そんな! すごかったです! ゴブリンやコボルトをこう――ズビャッと一刀両断するの!」

「まぁ、俺にかかればあれくらい造作もない」

「すごいなぁ! 憧れるなぁ! ……あっ、申し遅れました! ぼく、イル・キャンドルって言います!」

「メアリー・スーだ」

「メアリーさんですね! よろしくお願いします!」

「あぁ」


(なんだこいつ。やけにヨイショしてくるな? ……まぁいいが)


 この時の千司はイルのことを毒にも薬にもならない少年だと思っていた。彼を助けたのだって、冒険者やその他諸々の情報を教えて貰おうとしたに過ぎない。


 だがこの後すぐ、千司は自身の選択を酷く後悔するのだった――。

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