第7話 偽装スキル

(いつかこいつもまとめて殺してやる)


 翌朝、リニュにボコられた千司は稽古を付けてくれた恩師怨敵感謝憎悪を送りつつ、本日の日中訓練を休む旨を伝えた。


「訓練をサボって逃げるのか?」

「んな訳ないだろ。やる気のない雑魚が教える訓練より、自分で勉強した方が役に立つと思っただけだ」

「あー、第二騎士団か。私もあの団長は嫌いだ」

「わかる」

「因みに言うと第一騎士団の団長も嫌いだ」

「あっちは美人だから大好き。紫紺の髪が綺麗だよな――ぐはっ」


 訓練で何度か見ていた第一騎士団団長の姿を脳裏に思い浮かべていると、ヘッドバッドを食らわされた。


 視界がチカチカする中、抗議の視線をリニュに向けると、彼女は寝癖の立った銀髪をバサッと掻き上げてふふんっ、と鼻を鳴らす。


 が、先ほどまで訓練していた都合、彼女の髪には大量の砂埃が付いており、それが千司の顔の前に舞っただけだった。


「げほっ、げほっ! い、いきなりなにしてんだ!?」

「ここにも綺麗な銀髪美女が居るぞ、と教えてやってるんだ」

「どこにだよ。脳筋馬鹿しか見えないぞ」

「ここだここ! ……な、なんだその目は! 一応それなりに求婚される程度には美人なんだぞ! ……え、び、美人だよな? もしかして、剣聖の地位が目当ての求婚だった……?」


 何故か一人でドンドン落ち込んでいくリニュ。確かに容姿だけで言えば間違いなく絶世の美女であるが、それを口にするのは当然はばかられる。


 千司は片眉を上げ、外国人のように両手を挙げて「さぁ?」と半笑いで返すのだった。


「えっ、うそ、だよな? わ、私きれい……?」

「さて。朝の訓練ありがとう! じゃ、俺はそろそろ行くから!」

「え、そんな……私、きれい?」


 きびすを返して訓練場を後にする千司。背後から、抜け殻のような「私きれい……?」という言葉が聞こえてきたが、無視した。


 その日、リニュは訓練にやって来た勇者全員に「私、きれい?」と尋ねていたと、翌日せつなから教えられ、あまりの哀れさに少しだけ興奮してしまうのだった。


 最低の変態である。



  §



 口裂け女が如く「私、きれい?」とリニュが尋ね歩いているのと同時刻、千司は王宮の大図書館にやって来ていた。日本に居た頃に通っていた市民図書館とは雲泥の差である。


 今回千司が調べるのはダンジョンに出現するモンスターについて。


 隣には海端。その後ろで何かと世話を焼いてくれるのは彼女のメイド、ムーニと千司の執事ライカが控えていた。


「ダンジョンに出現するモンスターは、生物の理からは外れてるのか」

「そうですね。見た目は生き物ですが、異常な存在です」


 ライカの言葉を聞きながら千司は本をめくる。字は勇者パワーで苦無く読むことが出来た。


 モンスター。

 ダンジョンに存在する生命体。絶命させるとダンジョンに吸収され死骸は消える。その際、魔石と呼ばれる石だけが取り残される。魔石は様々な用途に使え、冒険者ギルド等で売却することが出来る。


 また、モンスターに仲間意識と言った物はなく、極端に強いモンスターが生まれた際は周囲のモンスターを殺して強くなり、手が付けられない『強化種』となることがある。


「モンスターはダンジョンが生み出してるの?」

「はい。一般的にはそう言われておりますし、実際にダンジョンの壁面より生まれ落ちる所を自分も見た事があります」


 どうやら彼はダンジョンに潜ったことがあるらしかった。


「一般的にってことはそうじゃない考えもあると?」

「はい。禁忌の魔女ロベルタが人類種を死滅させるために生み出している、と言う説があります」

「ロベルタ?」

「かつて勇者と共に戦ったと言われる御伽噺の魔女です。彼女は魔王討伐の旅の途中、突如として反旗を翻し、二十四の強力な魔導具で人類を危険にさらしたとか。噂ではその二十四の魔導具――『ロベルタの遺産』は実在するそうですが、私も幼少の頃に聞いた話なので本当かどうかはわかりかねます」

「なるほどね」


 少し気になる話ではあったが、今は良いかと思考をずらす。結局千司はロベルタについて頭の片隅に入れるだけにとどめ、ライカに「教えてくれてありがとう」とだけ返して、モンスターに関する知識を頭にたたき込んでいくことにした。


 今手にしていた書物はかつての勇者が書き記した物らしく、ダンジョンの階層と、そこに出現するモンスターの平均ステータスが大まかに記されていた。


(この程度のステータスなら、今の俺でも問題なく戦えそうだな)


 実際にその通りかは行ってみないと分からないが大図書館の書物と言うだけで信憑性は高そうだ。


 ダンジョンに関する書物を読み終え、次に手に取ったのは勇者の職業に関する資料。


 驚いたことにこれまでの出現職業が多く記載されていた。もしかして『裏切り者』も記載があるのかと調べてみたが、そんな記述はない。


 しかし代わりにせつなの幼馴染みである夕凪飛鷹の『太陽の使者アグニ』のページを見つけたので読んでみる。


(んー? なんじゃこりゃ、碌なこと載ってないな)


太陽の使者アグニは太陽を背にしている時に火属性の魔法の威力が大幅に上昇すると言われている。しかし一度だけ、夜間に巨大な火属性魔法が放たれ、それを太陽と誤解した勇者の火力が増したという話があるので、案外光る物なら何でもいいのかもしれない』


(……クソくだらねぇな。他のも変な噂や職業を面白おかしく書いてるだけだし……筆者誰だよ)


 ちらりと見て見ると、驚くことに日本人だった。つまり昔に召喚された勇者が書き記した一冊らしい。


 通りで他の書物より内容が薄っぺらいわけである。ここに収められている資料はすべて王国の研究者の物。


 適当な日本人など比べるまでもないという訳だ。


 それでも少しは役に立つかと、そのままぺらぺらページをめくっていると、ふと一枚のメモ用紙が落ちてきた。貸し出しカードかな? などと適当に考えながら捲ってみると――


『味方を信頼するな。

 その中には裏切り者が潜んでいる。

 そいつは勇者を皆殺しにする。

 必ず見つけ出して、殺せ。

 俺たちは五人も殺された。

 だから、後世の勇者よ。

 仲間を、疑え。』


(わぉ)


 クシャっと丸めてポッケにイン。

 千司は努めて平静を装いながら考える。このメモ用紙は一体誰が用意した物なのか、と。メモの内容を信じるなら過去に召喚された勇者であるが……前回の召喚は数百年前。


(うーん、それにしては、いくら本に挟まっていたからといって、さすがに綺麗すぎる気がするんだよなぁ。それとも案外紙って日持ちするのか? ……わからん)


 しばらく考え、答えは出ないと判断した千司はすぐに勉強に戻った。幸い、隣で勉強している海端には気付かれなかったらしい。後方に控える二人はどうか分からないが。


(執事くんには後で上手く言っておくか)


 そんな感じで、大図書館での勉強会は恙なく終了した。



  §



 時刻は夜、腹も減ったので海端と少し遅めの夕食を取る。


 本日の献立はお肉である。脂身少なめ。海端は気に入ったのかパクパクと素早く食い終え、後に回したサラダをちびちび食べていた。


 そんな彼女を横目に、千司は告げる。


「先生って、あんまり勉強得意じゃなさそうですね」

「うぐっ」

「今日一日見てましたけど、ノートはちゃんと内容を理解して要点をまとめないと意味ないですよ?」

「う、うぅ……だ、だってぇ……」


 海端のノートは教科書の文章を丸写ししただけの、悪いタイプのノートだったのだ。蛍光ペンがあればさらにカラフルになっていたことだろう。


 呆れを含んだ千司の言葉に、海端が絶望に顔をゆがめる。涙目の年上美女が自分を見つめているという状況に、千司の嗜虐心が掻き立てられた。


「まぁ、要領が悪いのは知っていましたので予想通りと言えばそうですが」

「そ、そんなに、言わなくても……っ」


 震えた声で見つめてくる海端。


(ここで突き放しても……まだ駄目だな。ストレスはこれくらいにして、飴を与えておくか。次第にその間隔を延ばしていけば……)


 そんな内心は一切出さず、千司は自身の皿に残っていた肉を彼女にプレゼント。


「それ食って明日も頑張ってください。要領悪くても、一生懸命に頑張る先生が俺は好きですよ」

「……っ! ……ん」


 コクコクと首肯して、皿に乗った肉をパクり。幸せそうに笑う海端。


 そんな彼女を見て、やっぱ顔は良いなぁ、と面食いここに極まれりと言わんばかりの下衆な思考を抱いていた。


  §



 夕食を終え、ライカに「今日は休んで良いよ」と伝えた千司は部屋の中で備え付けの鏡に向かい合っていた。


(さてと……『偽装』)


 スキルを念じて発動。すると、鏡に映る千司の顔が黒いもやに包まれ、別人の物に変化した。それまでの日本人顔ではなく、異世界人らしく銀髪で彫りの深い顔である。


 これは部屋で『偽装』スキルについて色々と研究して見つけた力である。顔だけでなく、姿形も他者に『偽装』することが出来るのだ。


(良い感じだな。じゃあ次は――『偽装』)


 今度はベッドに対してスキルを使う。すると先ほど同様もやが現れ、眠っている千司の姿が『偽装』された。他にも『偽装』スキルの応用の幅は、千司が当初考えていたよりもずっと広いものだった。


 これによりかなり動きやすくはなったものの、しかし仮にステータスを『偽装』したとしても、それはあくまで『偽装』であり、肉体に反映されることはなかった。


 故に、上位勇者を殺すのが難しいことに変わりはないのだが。


 ところで、どうして千司が姿を変えたり、虚像を生み出しているのかというと、それはひとえに王宮を抜け出す・・・・・・・ためであった。


「虚像よし、姿よし。……それじゃ行くか」


 一人ぼやき千司は『偽装』を使い、窓を開ける。これにより窓を開けたことが『偽装』され、周囲からはばれなくなる。


(おそろしく使い勝手が良いな、このスキルは。まぁ、持ってる時点で『裏切り者』確定だから、絶対にバレるわけにはいかないが)


 仮に姿を変えるところを見られたら即アウト。誰かに『偽装』してなりすまし、場を混乱させようとしても『裏切り者』候補を絞られて動きにくくなる。


(どういうわけか王女は勇者に対して『裏切り者』の存在を知らせていない。なら、わざわざ騒ぎを起こして動きを狭めるようなことは避けるべきだ。クラスメイトを殺す時は、準備して準備して、完全犯罪で消していかなければならない)


 大変だな、と思う一方で、千司の口元は緩く弧を描いていた。


 窓枠に足を掛ける。

 視線を向けた先には王宮の外に広がる『王都』が、夜の明かりに彩られていた。


(初めてのお散歩だな)


 千司は勢いよく窓枠を蹴って夜空へと飛び出した。

 まず向かうのは異世界物のお約束『冒険者ギルド』だ。


 

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