第6話 夜のプライベートレッスン

 回想を終え、海端の愚痴を口にする生徒達を見やる。


 やれ頼りないやら、話が聞きづらいやら。

 しばらく愚痴を吐き出させたところで、千司は手を叩いて注目を集めた。


「はいはい、そこまで。そろそろ訓練しないと騎士の人が睨んでるからね」

「……はぁ、仕方ねぇ」

「めんどくさ」

「私もチート能力がよかったぁ~」


 口々に今度は騎士への愚痴を吐き出す生徒。


 結局千司は最後まで海端のフォローはしなかった。生徒達の間で悪感情を充満させ、海端が頼れる相手を自分だけに絞る状況作りのためである。ただ、それだけでは終わらせない。


 生徒達が離れたところで、隣に居たせつなにだけ小声で話しかけた。


「まさか、こんなことになるとは。海端ちゃんに申し訳ないな」

「……だね」

「せつな的にはどう思う?」

「それは唐突な名前呼びのこと? それとも海端先生のこと?」

「海端ちゃんのこと」

「……まぁ、先生がああいう性格なのは知ってるし、正直可哀想だと思う。だってあの人コミュ障陰キャじゃん。年上だから馴染めないし、かといって指揮を執れるって人柄でもない。……うん、可哀想だよ」

「概ね同意見だな。んじゃ、俺も訓練に戻――ぐえ」


 片手を上げて死ぬほどつまらない素振りに戻ろうとして、襟首を捕まれる。

 振り返ればジトッとした目で見つめてくるせつな。


「それで、もう一つの方は?」

「もう一つの方?」

「名前呼びのこと」

「嫌だった?」


 尋ねると言葉に詰まるせつな。


「……それ、ズルいんだけど。『嫌?』って聞かれたら嫌だったとしても『嫌じゃない』って答えなきゃいけないじゃん。分かってて言ってるよね?」

「さぁ?」


 当然千司は理解して言っていた。

 これは日本人特有の心理の一つで、例えば『大丈夫ですか?』と尋ねれば大丈夫じゃなくても『大丈夫です』と答えてしまう人が多いのと同じである。


 もちろん、ある程度の状況、及び相手と自分の関係性が必要となるが。


 せつなは召喚されてから幼馴染みの夕凪以外では千司としか会話していない。


 加えて、夕凪は昨日今日と上級勇者として下級勇者のせつなとは分かれて訓練をしている。話している時間だけなら千司の方が多いのだ。


 そして、これだけの時間と突然の異世界召喚という共通の愚痴があれば、距離を縮めることなど造作もない。


「……まぁいいけど」

「俺のことも千司で良いよ」

「おっけ、奈倉くん」

「ん~夕凪くんが羨ましいなぁ」

「鷹くんは幼馴染みだからね」


 千司がふと上級勇者の訓練の方に視線をやると、案の定というかなんというか、夕凪が面白くない物を見る目で睨み付けていた。


(……まだ、頃合いじゃない)


 そう判断して、一度だけ彼と視線を合わせてからわざとらしく逸らす。


 こうすることで、夕凪は嫌でも千司を意識し始めるだろう。


 内心でこれからの計画を描きながら、他の上級勇者の訓練を見ていると、ギロッと鋭い銀髪美女と目が合った。目は口ほどに物を言うとはまさしくその通り。


(千司、お前を屈服させてやる。生意気なその口が効けなくなるまで扱いてやる)


 そんな考えが嫌という程届いてしまった。


 もちろん遠慮させていただきます、と千司は何も気付かなかった振りをして、自身の訓練に戻るのだった。



  §



 訓練を終えて一人食事を摂った千司が次に向かったのは、自室ではなく海端の私室であった。


 部屋の前に待機するメイドに会釈してからノック。

 「奈倉です」と声を掛けると、数秒の後に扉が開かれた。


「元気そうですね。今日の訓練来てなかったので、少し心配してました」

「あ、ご、ごめんね。その……と、とりあえず入って」

「おじゃましま~す」


 普通なら遠慮の一つもするのだろうが、躊躇うことなく侵入する。


 部屋の中は基本的に千司の私室と変わらないが、机の上にはどこから持ってきたのか分厚い本が積まれていた。


 それを見て彼女が今日一日、訓練をサボって何をしていたのか理解しつつも、千司はわざと問いかけた。


 会話は相手の好感度を上げる手っ取り早い方法だから。


「先生、これは?」

「え、えっとね、その、今日は王宮の大図書館で、こ、この世界の勉強をしようかなって……か、身体動かすの、苦手だし、わ、私に出来るのって、これくらいだから……」


 昨日の千司の言葉を受けての考えなのだろう。


 口ごもりながらも言い切って『どうだ』と言わんばかりに少しドヤっている海端。まるで忠犬の如く褒められ待ちの彼女を見つめ、千司は思った。


(まぁ、曲がりなりにも教師だし、この辺りの資料集めは得意ってことか)


 それならそれで一言周囲に伝えるやらなんやら出来たと思われるが、コミュ障陰キャにそこまで求めるのは酷と言う話である。


 日本に居た頃、彼女が職員室で他の先生から頻繁に怒られていたのは、きっとこういうところが原因なのだろう。


 一人得心を抱きつつも、千司は海端にねぎらいの言葉を掛けた。


「凄いです先生! いや、さすがだ! もしよかったら今日知り得たことを教えてもらえませんか?」

「い、いいの?」

「もちろん! お願いします! 先生!」

「え、えへへへっ」


 にやけ面で頭を掻いた海端は、千司を椅子に座らせ、その斜め後方から本日まとめた資料を開いて説明を始めた。


 彼女が得たのはこの世界についての大雑把な事だった。


 地理、言語体系、魔王及び配下である魔族。


 他にも人類や人類以外の種族。リニュのような竜人族の他に、ファンタジー御用達のエルフ、ドワーフ、獣人族、人魚族。


 そして――ダンジョンと呼ばれる洞窟。


「……ダンジョン、ですか」

「う、うん。モンスターが無限に沸いてくる洞窟のことで、せ、世界中に存在するみたい。あっ、洞窟って言ってもどういうわけか中は整備されてて、えっと、ゲ、ゲームの『迷宮』みたいな感じ、だって」

「なるほど」

「な、なんでも、ダンジョンはいろんな資源や魔法道具が手に入るらしくって、ぼ、『冒険者』って呼ばれる人たちがよく潜ってるみたい。ダンジョンは十層ごとにボス・・って呼ばれる強いモンスターが居て、これは冒険者が数十人単位で挑むみたい。中には単独で踏破する人も居るみたいだけど……」

「何だか効けば聞くほどゲームやアニメみたいですね」

「だ、だよね、私はWEB小説みたいって思った」

「ですね」

「な、奈倉くん、よく、じ、授業中にスマホで読んでたよね」

「……その節はごめんなさい」

「んーん。わ、私が、私がちゃんと出来てなかったのが悪い、から……授業」


 ちらりと海端を見やると、少し落ち込んでいる様子。めんどくさと思いながらも千司は彼女を慰める。


「でも、今はすごい先生・・してますよ」

「っ! あ、ありがと! ……そ、それでね、冒険者なんだけど、冒険者にもランクがあるみたい。勇者と同じなんだって。上が白金、下が銅って言ってた!」

「なるほど……って、誰かから聞いたんですか?」

「う、うん。やっぱりよく分かんないところはあったから、メイドのムーニさんに」


 その言葉に、千司は少し感心した。確かに自身達に与えられた執事とメイドは一番身近な現地人と言えるだろう。


 千司など『部屋の前に立って、たまに着替えを持ってきてくれる人』程度の認識しかなかった。まさに目から鱗である。


「メイドさんとは仲いいんですか?」

「い、異世界に来てからは、い、一番、話してる……かも」


 生徒達と話せないが故の発見だったらしい。


 千司も部屋に戻る際に少し話してみるかと考えつつ、海端からの個人授業はつつがなく終了した。


 自室に戻る際、改めて執事の顔を見やる。そして初めて気が付いたが、彼は千司とそれほど年が変わらないように見えた。年を聞いてみると「十七です」との返答。


 男にしては少し声が高い。加えて言うなら美少年である。長めのくすんだ紺色の髪が特徴的な少しつり目の少年。


 美少女と言えばそう見えるかも知れない程度には顔が整っていた。


 骨格は男なので男で間違いないのだろうが、所謂『男の娘』に見えて仕方が無い。


 確か名前は――。


「ライカくん」

「はい」

「……メイド服着てみない?」

「嫌です」

「残念」

「欲求不満なら、相手は出来ます」

「いやぁ、それは申し訳ないから遠慮する」

「そうですか。王女より『公的な状況を除き、勇者の指示に従う事』と仰せつかっておりますので、もしご用命があればお伝えください」


 公的な状況――とは、おそらく『他者の視線がある場所』という意味だろう。


 それ以外ならさかっても問題ない、と。


「俺面食いだし顔良けりゃ基本何でも良いけど、初めては好きな人って決めてるから」

「聞いてないです」

「案外辛辣なのね、きみ」

「勇者様も、案外頭おかしいんですね。倫理観がなさそうです」


 正解。


「欲望に正直なだけだよ。んじゃ、風呂行きたいから着替え用意してくれる?」

「かしこまりました」


 部屋についてすぐ、執事くんから着替えを受け取り、千司は王宮の大浴場へと向かった。海端との個人レッスンで遅くなったせいか、それなりに大きいお風呂を独り占めである。


 すいすいと泳ぎながら、千司は今日得た情報を合わせ――。


(まだ足りねぇな。明日俺も図書館の方に行くか)


 そうして、千司は着実に地力を付けていく。

 全てはクラスメイトを皆殺しにするため。

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