第5話 騙して騙して種を蒔く

 早々に寝たからか、目覚めは早かった。


 まだ肌寒い早朝であるが、千司は着替えて朝食を取る。全員と合わせる必要は無いと、昨日判断した。


 腹拵はらごしらえも終え、一度部屋に戻るかと王宮を歩いていると、途中の渡り廊下から訓練場が覗いて見えた。なんとはなしに見てみると、そこには剣を振るう銀髪の美女――リニュの姿があった。


 朝日の輝きが銀髪に反射して、神々しさすら感じる一方で、荒々しい鬼神のごとき素振りに、彼女の強さを垣間見た気がした。


(……よし)


 千司は適当に刃の潰された訓練用の剣を手に訓練場へと向かい、さも今気付いたとばかりにリニュに声を掛けた。


「あれ、一番乗りだと思ったんだがな」

「……? 誰だお前」

「勇者だよ」

「そう言えば昨日隅っこの方でうろついていたのを見た気がするな」

「それそれ。よく見てるじゃないか」

「……」


 へらへらしながら言葉を返す千司にリニュは不快そうに眉間にしわを寄せた。


「どうした?」

「……別に気にしないが、レンやヒダカとは随分と言葉遣いが違うんだな」

「嫌か?」

「……気にしていないと言った」

「その言葉が気にしてるって言ってる物だと思うがな。別に敬意を払って話してやっても構わないぞ?」


 千司の挑発に、リニュは「ハッ」と鼻で笑うと、先ほどまで素振りに使っていた剣を鞘に収め、素手で構えを取る。


「戦いたいならそう言え」

「俺はそんなこと思ってないんだがなぁ」


 適当に宣いつつ、千司は剣を片手で握り、見様見真似で構える。

 しばらく睨み合い、先に動いたのはリニュだった。


「来ないなら私から行こうッ――!」

「えぇ~そろそろ行こうとしてたのに~」


 巫山戯た物言いでリニュの怒りを煽る。


 しかし特に気にした様子もなく最高速で突っ込んでくる銀髪の剣聖。真正面から突っ込んでくるようなら剣を振り下ろしてみようかと考えていた千司だが、リニュは油断なくフェイントを織り交ぜながら、千司の裏を取った。


 ステータス上、勇者の中でも最低値に近い千司がそれを見破れるわけもなく、出来るのはせいぜい衝撃に備える事だけだった。


「っらあ!」

「――お゛っ!!」


 一瞬の浮遊感。背後からまるでトラックに追突されたかのような衝撃を受け、千司は訓練場の土の上をゴロゴロと10メートル以上吹き飛ばされ、特に受け身を取ることもせず、勢いがなくなるのを待った。


 やがて身体が地面の上で止まると、なんと言うことだろう。カラッとした青空が見えた。綺麗じゃんね。


「……っ、お、おい! 大丈夫か!?」


 あまりの衝撃と身体中の痛みに全く動かないで居ると、慌てた声のリニュが視界に映った。


 眼前に広がる巨乳を極力意識しないように、彼女を観察する。その表情も先ほどまでの苛立った物とは異なり心配に染め上げられていた。


 どうやら彼女は感情表現豊かな表情をしているらしい。


 千司は一つ息を吐いてから上体を起こす。


「あ~、びっくりした」

「ほ、ほんとに大丈夫なのか?」

「あぁ、はい。問題ないですよ。すみません、舐めた口効いて。自分がどの程度なのか試したかったので、ちょっと付き合って貰っちゃいました」

「そ、そうなのか? でもなんで……?」

「俺、銅級なんでどれぐらい努力すれば良いのか知りたくって」


 自分のランクを明かして、リニュの反応を窺う。しかし彼女は特に反応を示すことなく、ニッと笑うだけだった。


「それは良いことだ! ふふっ、なら私がちゃんと訓練してやろう!」

「ほんとですか! でも、訓練時は白金級勇者を優先しなきゃでしょうし……」

「お前さえ良ければ、この時間から稽古を付けてやる」

「……早起きなんですね」

「私は竜人族ドラゴニュートだぞ? 睡眠など必要ない」


 そんなの知らねぇよと内心で思いつつも千司はおくびに出すことなく感謝を述べた。


「ありがとうございます! じゃあ早速これから稽古して貰っても良いですか?」

「もちろんだ……が、その前に。……お前、演技してるだろ」

「……演技、ですか?」

「竜人族の目はそう言うのがよく視える・・・んだ。お前は最初の上から目線の物言いが本性だろう?」


 その言葉に千司の中で『竜人族』に対する警戒レベルが上がる。さすがに考えまで読めるとは思えないが、脳筋馬鹿だと思って気を許せば看破されかねない。


「……まぁ、そうですね。それがどうかしましたか?」

「なら最初のままで良い。尊敬のない敬語ほどムカつくこともないからな」


(この辺りは、人の機微を捉えられるがあるからこその苛立ちなのか?)


 千司は考える素振りをしてから答えた。


「あー、じゃあこれで構わないだろうか」

「ハッ、それはそれでムカつくけどな!」

「んな理不尽な。子供じゃないんだから許してくれよ」


 リニュは口元に笑みを浮かべつつ額に青筋を立てると言う器用なことをしながら、怒りに震えた声で告げた。


「お前は絶対最強にしてやる。そうなるまでどれだけ泣き言を言っても許さない」

「『お前』じゃなくて奈倉千司な。自分たちが召喚した勇者の名前ぐらい全部覚えなよ」

「生憎、雑魚の名前は覚えられなくてなぁ?」

「脳みそまで筋肉で出来てそうだし、それも仕方ないか。悪いな」

「……」

「……」


 リニュと睨み合う千司。

 次第に彼女の瞳は苛立ちが支配していって――。


「今から殴る」

「……は!? ちょ、く、訓練は?」

「それを避ける訓練だ! 行くぞ、一発目!」

「あっ、ちょ、まっ――」


 こうして、リニュとの早朝訓練が始まった。


 千司が彼女に接触した理由は幾つかある。


 まず、単純に強くなるための訓練を取り付けたかったこと。


 そして彼女の性格と銅級勇者の成長率を確かめること。


 そのため千司はわざと喧嘩をふっかけ、彼女にとって自身が『格下』であることを印象付けて精神的油断を誘い、その表情を観察したのだ。


 結果として、銅級であることに失望を抱かなかったことから、少なくともリニュは銅級でもある程度強くなると信じている事が分かった。


 或いはそれは、彼女にかかればどんな雑魚もいっぱしの兵隊に出来る、と言う意味なのかも知れないが。訓練も取り付けたし結果だけ見れば大成功である。


 それにもう一つ彼女との接触で上手くいったことがあった。


「ハハッ、私の勝ちだセンジ! 雑魚め! この雑魚! ざこざこざ~こ♡」

「うるせぇ! 頭のできなら俺の方が上だからな!!」

「じゃあその頭でこの状態から脱出してみろよ! 雑魚センジ♡ 雑魚勇者♡」

「んのっ!」

「ん~? 全然動かないが~?」


 ニヤニヤ顔で馬乗りになり、訓練という名の暴力でボコボコにした千司をこれでもかと煽り散らかすリニュ。その姿は誰がどう見ても楽しそうだった。


 千司は昨日の訓練中にリニュを観察し、彼女が若干サディストではないかと考えていた。


 それ故、わざと苛立たせ暴行させることで、好感度を稼げるのではと考え実行したのだ。


 結果として、非常に腹立たしい状況ではあるが、その説は無事に立証され、こうして距離を縮められたのである。


「くそっ、いい加減にどけよ!」

「まだまだぁ♡ がんばれ♡ がんばれ♡」


 若干おかしい気がするが、仲が縮まったのなら問題ない――はずである。


(これでよかった……のか? よかったんだよな? ……いや、よくなかったかもしれない)


 千司は案外馬鹿である。



  §



 その後のクラスメイトが揃った日中訓練でも、爛々とした目で何度か襲われそうになった千司であるが、できる限り無視して本日も不真面目生徒に話しかけて駒になりそうな奴を捜す。


 と言っても、大半は昨日話しかけたので、早々に切り上げて白金、金級の訓練を横目に剣術の訓練を受けていた。


「チッ――何でこの俺が下級勇者・・・・の監督なんだ」


 剣術なんて何の意味があるんだと思っていた素振りの途中。不意にそんな声が聞こえてきて千司は胸が大きく高鳴ったのを感じた。


(え、なになに? 愚痴? どしたん、話聞くよ? 全力で利用するよ?)


 クラスメイトを全滅させようと企んでいる千司にとって些細な悪感情でも、大変貴重な材料だ。


 声の主は千司たち下級勇者・・・・の剣術指南を主に行っている騎士の物だった。


 訓練は基本的に白金、金級の『上級勇者』と銀、銅級の『下級勇者』に分かれて行われている。そしてそれぞれ、上級勇者を第一騎士団、下級勇者を第二騎士団が見てくれている。リニュはその中でも白金級がメインである。


 先程の騎士の言葉を聞くに、どうやら上級勇者のお守りの方が『良い仕事』ということらしい。


 騎士団にも序列があり、彼は劣等生である下級勇者にあてがわれたのが不満なのだろう。


 それを聞こえるところで口にする時点で、目の前の騎士の底が見えるのだが。


 先ほどの言葉を受けて、やる気なし生徒たちが更にやる気をなくしていく。


(な、何て素晴らしいんだ! ……でも、弱い奴らをさらに弱くしても意味ないんだよなぁ)


 殺し難そうな上級勇者が弱くなってくれる分には最高なのだが。

 千司は苛立つ騎士の目を盗み、近くに居たせつなに話しかけた。


「あれ、ひどくな~い?」

「なんでちょっとギャル? でも、まぁ、さっきの言葉はやる気なくすかなぁ」

「それな。新米教師の海端ちゃんのがまだ指導に向いてたよ」

「確かに。すぐトチるけど」

「顔が良いから許せたけど、良くなかったら許せなかった」

「うわ、面食めんくい」

「誰でもそうだろ……って、そう言えばその海端ちゃんは?」


 その言葉に対し、頭上に『?』を浮かべるせつな。


「え? 日本じゃないの?」

「いや、昨日居たじゃん」

「……え? えっ!? 一緒に召喚されてたの!?」


 驚愕に目を見開くせつな。さすがにそれは可哀想だ。可哀想はとても可愛い。


 内心興奮する千司をよそに、せつなの驚いた声につられて近くの生徒が「なになに」「どしたん、話きこか?」と近付いてくる。


「いや、せつな・・・が海端ちゃんも一緒に召喚されてたのに気付いてなかったみたいで」


 千司の言葉に、一瞬せつなが視線を向けてくるが、無視。


 そんな彼女を尻目に、他の生徒も「あれ? 居たっけ?」「そう言えば四十一人召喚されたってライザ様が言ってたような」「見た記憶が無い」と散々な言葉を口にしていた。


「マジかよお前ら」


 と口にしつつ、千司は海端へのフォローをやめた。


 そしてそれとなく海端の愚痴を口にするように生徒達を誘導する。難しいことではない。海端に対して好感を抱いていない生徒にそれとなく話を振るだけだ。


 異世界に召喚されてからは接していなくても、日本に居た頃の海端のダメダメな授業は全員が知るところ。


 藪をつつけば出ること出ること愚痴の嵐。


 自らは決して愚痴を口にすることなく、千司は海端を孤立させることにしたのだ。


 彼らの悪態を耳にしながら、昨日の訓練のことを思い出す。


 そう、千司は海端にも話しかけに行っていたのだ。



  §



「せんせ、大丈夫っすか?」

「え、あっ、えっと……な、奈倉くん。だったよね」

「そうそう。先生、異世界来てから元気ないから大丈夫かな~って」


 訓練場の隅っこで、一人膝を抱えていた彼女。明らかに大丈夫な様子ではないが、あえてそう尋ねつつ、千司はこの状況が当然の結果だと理解していた。


 元々の授業の質の悪さや、彼女本人があまりコミュニケーションを得意としていないことも合わさり、彼女自身が生徒から好かれていないことを知っていると、理解していたからだ。


 千司としても受験生に新人あてがうなよ、と学校側へ不満を抱いていた。が、顔は良いし、隠れ巨乳だしで、どっこいどっこいかなといった感じ。


 閑話休題。


 そんな彼女が異世界に召喚され、篠宮がリーダーを務める中、教師として一度も頼られない――否、それ以上に存在を忘れられていると言う状況に、強いストレスを感じているのは容易に想像できた。


 故に千司はこうして種を蒔きに来たというわけである。


「ご、ごめんね。そ、その、い、ちばん、年上、なのに……頼りなくて……」

「そんなこと無いですよ。それに、こんな状況で年上も年下もないでしょ。先生年齢は?」

「え? に、二十三だけど」

「じゃあ俺と五つ違う訳だ。それを踏まえて聞いて欲しいんですけど、仮に俺が五歳年を取っても篠宮みたいにはなれないですし、きっとうちのクラスの大半がそうです。人には向き不向きがあって……コレは申し訳ないですけど、先生はきっと先生には向いてないです」

「……ひ、ひどいね」

「ただ、先生以外の面で向いてるなって言うのはあります」

「ほ、ほんと?」

「はい」

「そ、それって……?」


 期待のまなざしを向けてくる海端。

 千司は内心でちょっと焦った。


(この女に向いてること何てあるのか……?)


 本気でそう思っていたからだ。


 でもこの状況でそんなことを口に出来るはずもなく……千司は逡巡した後、口元に人差し指を当て、努めて爽やかな笑みを浮かべて答えた。


「まだ秘密ですっ。それは先生が自分で考えてみてください」


 取りあえず、これで時間を稼げるだろう。

 千司は案外適当な人間だった。


 だが、コミュニケーションが苦手な海端にとっては何か思うところがあったのか、彼女は先ほどまでの暗い表情に豆電球をともしたような顔をして、千司を見つめ――恥ずかしかったのか直ぐに視線を逸らしてから答えた。


「あ、ありがとう。な、奈倉くん。……えへへ、ど、どっちが先生か、わ、わか、分かんないね」

「生意気言ってすいません。でも、俺は先生と頑張りたいって、それを伝えたかったんです」

「そ、そっか。……うん、先生も、が、頑張ってみるね」

「はい。それじゃあ俺はコレで……っと、そうだ。ちなみに先生って何級勇者なんですか?」


 ここまでお膳立てして、千司はようやく本題を口にした。


 すると海端は僅かに微笑んで素直に答える。


「ご、金級ゴールドランクだよ。免許みたいだね」


 それは彼女なりのギャグだったのだろう。未成年に対して車のゴールド免許を軸としたギャグなどまず通じないし、通じたところでかけらも面白くないが、彼女が金級と言うことなら話は別。


「はははっ! せんせっ、そ、そんな車じゃないんだから!」

「……っ! え、えへへっ、だ、だよね~!」


 ニマニマする彼女に千司は笑う演技をしながら、きびすを返した。


 孤立しているコミュ障の金級勇者、これ以上に最高の物件はない。せいぜい自身の手足として動いて貰うとしよう。


 そんなことを考えながら千司は海端との会話を終えた。

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