#12 ブラックジャック!負けたら罰ゲーム! その4

 僕には、1つ大きなミスがあった。


「魔法を使わない」という約束をするのを忘れていた。


 僕は考えた。

 コトミは、「本当に1枚も引かない」のか?

 

 山札はいま、上からこのような順番になっている。トランプの側面につけたキズでわかっている。


 ・クローバーの5

 ・ハートのクイーン

 ・スペードのクイーン

 ・スペードの8

 ・ハートの8

 ・スペードの2

 ・クローバーのクイーン

 ……


 ああ、大きい数字ばかりで調整しにくい……

 

 様子を見るしかない。

 1枚引いた。クローバーの5。5点。


 ——20秒が経った。


 コトミは一切引く素振りを見せない。ニコニコして僕を見つめている。


 1つ可能性があるとしたら、なにか魔法でカードを見えないようにするとか、そういうことをしているのだろうか。


 いや、コトミはそういう卑怯なことをする性格ではないから、きっと——。


「やっぱり、1枚引こうかしら」


 そういって、1枚引いた。ハートのクイーン。10点。

 やはり、ブラフだったのか?


「でも、『これは見ないでおこう』かな」


 なにッ!


「え、『見ない』って……?」

「そのままの意味よ。ここに伏せておいて、『見ない』って、ね」



 ——そして、20秒が経った。


 僕の持っているカードは「クローバーの5」で5点。

 コトミが伏せているカードは「ハートのクイーン」で10点。


 コトミは引く素振りを見せず、ニコニコしてこっちを見つめている。


 残り8秒。


 どうする?


 コトミは果たして「スペードのクイーンを引く」だろうか?


 でも、このまま2人とも引かなかったら、僕の負けだ。


 残り3秒。


 コトミはこっちを見つめたままだ。


 引くしかない。


 1枚引いた。スペードのクイーン。15点。



 ——また、20秒が経った。


 自分の作った特殊ルール「30秒リセット」に追い詰められている……


 やはり、コトミがこちらを見つめて微笑んでいる。


 引かないのか?


 このままコトミが引かなければ、僕の勝ちになる。


 頼む、引かないでくれ……


「1枚だけじゃ勝てないし、もう1枚引いておこうかしら。ふふっ」


 そういって、コトミはスペードの8を引いて、テーブルに伏せた。



 ——そして、また20秒が経った。


 追い込まれてしまった。


 いま、僕は、「クローバーの5」、「スペードのクイーン」。15点。

 コトミは、「ハートのクイーン」、「スペードの8」。18点。


 しかし、僕は次のカードは引けない。


 僕が「ハートの8」を引いたら、23点。「バストする負ける」。


 コトミは18点。普通だったら、これ以上はあまり引かない。そういう数字だ。


 でも、コトミはそもそも「手札を見ていない」。コトミが18点ということは、僕しかわかっていない。


 だから、もしかしたらもう1枚引くかもしれない。


 頼む、引いてくれ……



 ——25秒。


 ああ、なんで、最初に「クローバーの5」なんか引いたんだ……


 コトミに取らせておけばよかった……


 あ、そういえば、何枚引いても良いルールだった。


 万が一、29.5秒になってもコトミが取らないなら、「ハートの8」とその下の「スペードの2」を引こう。


 そうしたら、コトミがその次の「クローバーのクイーン」を引くかもしれない。


 二人とも21点を超えたら、一応引き分けになる。


 相当危険な賭けだが、最悪やるしかない。


 でも、もし今コトミが、ここで「ハートの8」を引いてさえくれれば、そこで僕の勝ちが確定する。


 頼む、引いてくれ……



 ——28秒。


「もうちょっと楽しみたいし、もう1枚引こうかしら、ふふっ」


 コトミが「ハートの8」を引いた。



 ——勝ったッ!



 あとは、もう1度、30秒待つだけだ、ああ、よかった……


 その間もコトミは、ずっとこっちを見てニコニコしている。



 まあ、勝負には勝ったけど、やっぱりこうやって彼女にもてあそばれる。

 結局、僕とコトミはそういう運命なのかな、と思ったりした。



 ——オープン。


 僕、クローバーの5、スペードのクイーン。15点。

 コトミ、ハートのクイーン、スペードの8、スペードの2。20点。


 えっ……


 スペードの2……? ハートの8は……?


「スペードの2……? なんで……?」


 思わず口にしてしまった。


「あら、もしかしてわかってたの? 魔法でも使ったのかしら、ふふっ」


 魔法、あっ、まさか……



 この山札には、スペードの2が「2枚」入っていたのか……


 さっきのレナとの勝負で、レナがデネブの輝き変換魔法で「ハートの8」を「スペードの2」に変えていた……


 あのとき、カードの「模様だけ」変えたんだ……

 キズはそのままだった……

 レナのは、そういう魔法だった……



 満面の笑みを浮かべながら、コトミは僕の真横までゆっくりと歩いてきた。


「ふふっ、わたしの勝ちね。でも、なんだか、勝ったって実感はないなあ」

「えっ、どうして?」


「ヒカルと遊んでること自体が、楽しいのよ。あなたって、おもしろいから、ね。勝ち負けとか、そんなのどうでもいいのよ」

「そう言われてみると……なんだか僕も、負けたって感じはしないな。結局、こうやって過ごすのが、楽しいってことなのかな」


「そうね。ちなみに、あなたが『もう1枚』引いてたら、勝ててたのかしら」


 そういって、コトミは山札から1枚引いた。


「ふふっ、これも『スペードの2』なのね。不思議ね。でもそれだと17点で、まだわたしに勝ててないし、もう1枚引いてみようかしら」


 もう一度、コトミが山札から1枚引いた。


「ヒカル、結局勝てなかったのね、ふふっ」


 クローバーのクイーンだった。


「まあ、今度はブラックジャックとかじゃなくて、ポーカーでもやりましょうか」

 コトミは、テーブルのハートのクイーンと、スペードのクイーンを集めながら、そう言った。


「ポーカー? どうして?」

「21に近づけるとかそういうのじゃなくて、『心理戦』のほうが楽しいじゃない、ね」

 クイーンが3枚と、「スペードの2が2枚」のフルハウスを見せながら、コトミはニコッとして笑った。



 ——心理戦か。



 僕にとっては、これも心理戦だったんだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る