6.

 わたしが海来と出会ったのは中学生の時だ。


 出会いと言っても劇的な出来事は何もなくて、ただ二年生に進級して同じクラスになった時、出席番号順に並んだ席が偶然に隣り合っただけというありふれた出会いだった。


 当時の海来はいまほど髪は短くなかったし、制服のスカート姿だったこともあってやや中性的な顔立ちの女の子、くらいの印象だった。もっとも中学生のころのわたしは女嫌いが一番激しかった時期だから、隣の席が女子生徒だというだけで新学期初日からだいぶ不機嫌だったし、海来のことも、特別印象に留めるほど注目して見ていたわけではなかった。


 その印象が大きく変わることになったのは新学期が始まってひと月ほど経った頃。連休明けの暗澹たる気持ちで教室に入ると、自分の席の隣に見慣れない生徒が座っていた。


 男子にしても短いと思えるくらいの短髪に髪を揃えた、小綺麗な顔立ちの生徒で、横顔だけでは少年か少女か判断しかねるほどだった。スレンダーな体型と相まって、女子の制服を着ていなければ性別がわからなかったかもしれない。


 わたしは当然のように隣の席の女子の顔などろくに覚えていなかったので、転校生か何かだろうか、と本気で思っていた。しかしわたしが席に着くと、その少女はにこやかに微笑んで言ったのだ。


「おはよう、遙華さん。どうかな、髪短くしてみたんだけど、似合う?」


 似合うか似合わないかといえば、別に普通、というのがわたしの素直な感想だったけれど、さすがに思ったままを口にするのもはばかられて「まぁ、いいん、じゃない?」と実に頼りない返事をした。


 ここまでで終わっていたら、わたしは何も気に留めなかったと思う。同性嫌いをこじらせたわたしは親しい友人なんて一人もいなかったから、そのまま中学校生活の終わりまで孤独を貫いていただろう。


 でもそうはならなかったのだ。海来の次の言葉がわたしを大いに驚かせたから。


「よかった。遙華さん、いつもウチの髪をイヤそーに見てたから、これで少しはマシになるかなって思ってさ。せっかくのお隣さんだし、仲良くしたいでしょ?」


 わたしの髪も短かったとはいえ、ほとんど口もきいていないのに彼女の容姿でわたしが一番不快感を覚えていた箇所を見事に直してくる勘の鋭さにも舌を巻いたが、それよりも衝撃だったのは、親しくもなんともないわたしのために、わざわざ長かった髪をばっさり切り落とすその豪快なまでの行動力だった。


 とにかくわたしはその一件以来すっかり海来に絆されてしまったのだった。多少は罪悪感というものもあった。わたしのために長かった髪を切らせてしまったのだから、邪険にできようはずもなかった。


 海来はわたしと出会って以降は男の子みたいな格好ばかりするようになり、もともと中性的だった容姿も手伝って男らしくも女らしくもない、わたしにとっての安全地帯として隣りにいてくれた、のに。


 一夏の言葉は穏やかな海来との過去に亀裂を入れた。

 海来がわたしを好き? それが本当なら、海来はいったいいつから、どんな気持ちで、わたしの隣にいたんだろうか。

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