7.

「海来ってわたしのこと好きなの?」


「は、えぁ、お、ぅ?」


 一人で考えても仕方がないので本人に尋ねてみたら、とてもわかりやすく動揺した。


「な、にさ、いきなり」


 ちっとも取り繕えてない海来が精一杯落ち着いたフリをしてわたしを睨む。若干涙目になってなければ、もう少し様になったかもしれない。


 もっとも質問した側であるわたしも決して冷静というわけではなかった。嘘でもいいから否定して欲しいという思いと、嘘をつくくらいなら素直に認めて欲しいという思いが混在して、わたしが海来にどちらの返事を期待しているのかも曖昧だ。


「どうして、そう思うの?」


 返ってきたのは否定でも肯定でもなく疑問への疑問。ズルいなぁと思いつつも、緩衝材のようなその質問が既に肯定のような気がした。


「一夏に言われた」


 簡潔かつ正直に応えると海来は渋い顔で額を抑えた。


「…………………………………………ごめん」


 たっぷりの沈黙の後、海来の口から絞り出されたのは謝罪の言葉だった。好きだよでも違うよでもなく、ごめん。それは好きだと肯定されるよりよほどわたしの胸を深く抉った気がした。


 好きの気持ちに自分で蓋をしているのが許せない。そう言った一夏の表情が脳裏をよぎる。確かに、これは気分のいいものじゃ無さそうだった。


「気持ち悪い、よね。女同士だし、ずっと隠して、一緒にいた、わけだし。ほんとは、一目惚れ、だったんだ。隣の席になった時、強い目の人だなって、思って」


 いつものサッパリした物言いの海来とはまるで違うたどたどしい話し方に、彼女が押し込めていた感情の重さを知らされる。あるいはいつもわたしに見せていた態度までもが演技だったのだろうか。


「遙華に近づきたくて髪を切った。本当は仲良くなれたら、ちゃんと告白しようって思ってたんだ。気持ちを隠して一緒にいるのは失礼だと思ったし。でも、遙華の女嫌いを聞いたら、言い出せなくて」


 キミのそばにいたかったんだ、と海来は掠れた声で言った。そんな海来の告白に、わたしは何を返すべきなんだろう。


「ええ、と」


 次の言葉を探すわたしがそう呟くだけで、海来はびくっと肩をすくめて震えた。沙汰を待つ罪人みたいに、わたしの前でぎゅっと目を閉じて口を引き結んでいる。


 ああ困った、これは困ったぞ。例えばこれが見知らぬ誰かであったのなら、わたしは適当にあしらってしまえたのだろう。一夏に初めて会ったときのように容赦なく罵倒できたのだろう。


 でもいまわたしの前で震えているのは海来だ。わたしにとってほとんど唯一と言っていい長年の友人が、わたしのそばにいるために殺し続けてきた思いを吐露している。けれど言われた側のわたしにはとにかく恋愛というものが遠すぎて、冷たくあしらう以外に告白への対応の仕方を知らない。


「……謝らないでほしい」


 今のわたしに言えたのは結局、それだけだった。


「好きとか、そういうのはよくわからない。わたしにとって海来はずっと友達だったし、わたしは誰かをそういう風に好きになったことがないから」


 わからない。結局わたしが正直に、出来る限り真摯に応えるとすればそう言うほかに答えようがなかった。わたし自身が一番戸惑っているのだ。女の子に告白されるなんて、しかもそれが親しくしていた相手だなんて、もっと不愉快で、もっと身の毛もよだつ様な嫌悪感に苛まれるものだと思っていたのに。


 予想よりはるかにあっさりと胸に入り込んできて、そのまま重りのようにわたしの中に収まってしまった告白の言葉は不快ではない。かといって好きだと言われたことを喜べるほどの余裕もなくて、ただただ胸が重くなった気分だった。


「ごめん、なんかわたし、思ったより混乱してるみたい」


 意識しないと息をするのも忘れそうなくらいにはわたしもいっぱいいっぱいで、多分これ以上の何かを受け止めたり伝えたりはできそうになかった。


「ちゃんと返事する、から。ちょっとだけ、待って欲しい」


 海来の返事は待たずにその場から逃げ出した。いつも海来と一緒だった帰り道を一人で歩くのは、夏だというのにどこか肌寒い気がした。

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