4.

「あの、先輩」


 二限の終わり際、感想文を兼ねたミニレポートを提出したわたしと海来に声をかけてくる人物がいた。


 昨日今日の連続遭遇のせいで思わず身構えたが、話しかけてきたのは大人しそうな女子だった。まぁ一夏もあの外国人めいた異色の美貌からは想像できない下世話な性格だから見た目で油断はできないけど、なんだか眠そうな目をしているのを見るに、あのアクティブな変態よりは話が通じそうだ。


「えーっとー……?」


「あ、すみません。初めまして、です。知り合いではなく」


 こちらの戸惑いを察したのか、向こうから初対面ですよ、と言われた。あんまり物覚えのいい方じゃないから、こうして予め明確にしておいてくれるのはとても助かる。うん、この子はいい子みたいだ。


「先輩、ってことはあなたは後輩?」


「あ、はい。二年の、イヅナといいます」


「いっこ下なのかー」


「ええ、それで、あの……」


 何から話そうか、とでもいうように女の子が眠たげな目を閉じてうんうん唸る。


「よかったら場所変えようか?」


「え、と、はい。その方がいいです」


 海来のその提案で、わたしたちは講義室を出て休憩所に足を向ける。中途半端な時間だからか、人の往来は多いものの休憩所の椅子はそれなりに空いていた。隅の方の席を見繕って三人で腰を下ろす。


「んでイヅナちゃん、だっけ? 話ってなにかな?」


「あの、今朝なんですけど」


「今朝ってなんかあったっけ?」


「一夏さんと一緒にいたのを、見かけて。すみません、聞くつもりじゃなかったんですけど、話が聞こえてしまったので」


「あー」


 そりゃ聞こえるよね。一夏も海来も声大きかったし。


「それで、一夏さんのこと、ご存じないみたいだったので、お話しておこうかと」


「一夏のこと?」


「二年生の間では有名なんです。日照り女って」


「日照り、女?」


 なんぞそれ、と海来を顔を見合わせる。海来も知らないようでぶんぶんと首を横に振った。


「気に入った女の子にすぐ声かけて、何人もの子と付き合うんですけど、何人付き合っても何人別れても底なしだって」


「それが、なんで日照り?」


「何人抱いても女日照りが解消されない常に日照りの女、ってことらしいです。誰が言い出したのかまでは、知りませんけど」


「うーん、上手くはないねぇ」


「えぇ、遙華感想それだけ?」


「や、うん、何か一夏ってそんな感じしたじゃん? 海来にも言い寄ってたし」


「あー、それはね。っとに、ウチなんかのどこがいいんだか」


「海来は美人さんじゃない」


「そっ、んなこと、ない、から」


 褒められ慣れてないんだろうか。じゅうっと音を立てて赤くなる。こういう初な反応は可愛いと思う。そこには子供とか、小動物的な愛らしさがあって、それはつまりわたしでも抵抗なく受け入れられる可愛さだった。


 髪も短いし中性的な顔立ちではあるけど、海来が美人なのは間違いないと思う。むしろ中性的だから、女の子に言い寄られるのもわたしよりは納得できる。


「まぁその、一夏さんはそういう人なので。あまり気にしすぎないようにしてくださいね、と。ご忠告までに」


「ん、ありがとねイヅナちゃん……っていうか、一夏が二年の間で有名って何で? 二年生が大勢狙われたりしたの?」


「え? いえ、単に一夏さんが二年生だからですけど」


「ああそういう……二年?」


「はい」


「……あいつ、あれで年下だったのか」


 絶対年上だと思ってた。一夏の評判よりもそっちの方がよっぽど驚きだった。


「まぁでも、あんまり厳しくしないであげてくださいね」


「へ? なんでまた」


 意外な言葉を受けて聞き返す。ここまでの流れからすると、関わらないようにとか、さっさと追っ払ったほうがいいですよーみたいなことを言うのかと思ったけど。


「付き合ってみれば悪い子じゃないですよ。恋愛はアレですけど、意外と真面目で義理堅いですし」


「……イヅナちゃんさ」


 隣の海来に目をやると、海来も全く同じことを考えている顔をしていた。


「「趣味悪いよ?」」


「あっ、え、違いますよ! 付き合ってみるってそういうことじゃないですからね!」


 そこから三限の講義室に移動するまでたっぷりイヅナちゃんをからかい倒したわたしと海来だった。

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