8.

「だからさ、上谷は真剣に考えすぎなんだって」


 結局、俺に言えたのはそれくらいだったが、それは何も上谷の相談に大雑把に対応したというわけではない。むしろ俺なりに目一杯真面目に考えて出てきた返事がそれだっただけだ。


「…………」


 上谷は難しい顔で黙ったままだった。


 放課後の生徒会室はどこか趣が違う、などということはない。なにしろ生徒会室なんて場所に足を踏み入れたのはこれが初めてのことだった。適度に堕落しているが、生徒会や風紀委員に目をつけられるほど素行不良でもない俺にしてみれば、こんなところに用事などあるはずもない。


 この度めでたく、生徒会長の相談にのる以外では、という但し書きがくっついたわけだが。


 担任に呼び出しを受けたその日のうちに、俺は生徒会室を訪れていた。放課後も放課後、生徒としては遅めの時間まで残ることが多い生徒会のメンバーも会長以外全員が家路に着いてからだ。


 よって生徒会室には俺と上谷の二人だけ。内密の相談事にはもってこいだ。


「俺は、生徒会長として、当然の注意をしただけなんだ」


「そらそーよ。で、向こうもヤンチャ組として当然の返事をしただけ、ってこと。考えてどうにかなるもんでもねーでそ」


 そういうのは、互いに折り合いをつけていくのが賢いやり方だ。ほとんどの場合、それは相互不干渉に落ち着くというのが経験則から出た俺の結論だ。


「だからさ、もう忘れちまって今後はほっとけばいいんだよ」


「そういう訳にもいかないだろう。生徒会長の立場で無視はできない」


「素行不良の生徒指導なんて教師の仕事だろ」


「教師の目が届かないところをカバーするのも生徒会の役割だ」


「真面目だねー」


 そう言って苦笑いすると、上谷はやっと顔を上げて正面から俺を見た。


「……お前は不真面目だな」


 責めるような口調ではなく、揶揄するような声音でもなく、冗談を言うような軽薄さだった。皮肉とも違うその声は久しく聞いていなかった気安さそのままで、不覚にも懐かしいと思ってしまった。


「おー、俺はお前と違って不真面目で――」


「そうだな。お前に相談してよかった」


「――す、よ」


 こちらも冗談めかして返そうとしたら、不意打ち気味に感謝された。


「お前がいてくれてよかったよ。正直助かる」


「なんの冗談だよ。俺じゃなくても、誰だって似たようなこと言うだろ。それにお前はどうせ俺の忠告なんて聞かないだろうし」


 頑固なのはお互い様だ。曲がりなりにも親友という距離にいたくせに、互いの考えを一歩たりとも相手側に寄せようとしなかったから、俺達はいまこうも違う立場になっているのだ。


 結論が出れば議論は終わる。つまり子供の頃、延々議論を続けていた俺達は、はなっから頑固者同士、相手の意見にくっついていく気なんてなかったのだ。


「俺のことをよくわかってるじゃないか」


「腐れ縁だからな」


 その縁もこの相談まで、のつもりだったのに。どうしたことか、この懐かしさが心地良い。捨てがたい、と思ってしまう。いや、捨てがたいでは正しくない。それは既に半ば以上手放してしまったものだ。一度は過去のものであると認めたものだ。


 じゃあこの切なさに似た気持ちはなんと形容すればいいのだろう。


「……なぁ」


「ん?」


「なんで俺なんだ?」


 もう一年以上、中身のある会話なんてしていなかったのに。胸を張って友達ですと宣言するには俺たちの仲は薄まりすぎたと思っていた。それなりに濃密な過去があったから、それを今の希薄な関係で薄めても友達のラインに留まっていただけだと。すっかり薄まったそれに新しい何かを、なんて考え、普通はしないはずなのに。


「別に、これといった理由はないよ」


 そう言われて落胆しなかったと言えば嘘になる。だけどじゃあどんな答えを期待していたのかと言われると悩ましい。


「ただ、お前がいいというよりは、お前なら話してもいいと思ったんだ」


 そう付け足されて、喜ばなかったと言えば嘘になる。お前じゃなきゃダメだったと言われるよりよほど納得できたし、俺がまだ上谷にとってそんな位置にいたのかと驚いた。


 そして、きっと俺が同じ立場なら上谷に相談できなかっただろうと、少し後悔に似た苦味を味わった。何を後悔したのか、それはやっぱりわからなかったが。

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