7.
「どれ観るって?」
「えーっと、ああこれだ」
俺が指差したのは有名な大作SFアクションの最新作のポスターだ。
駅から歩いてほど近い場所にある映画館が今日のメインだった。俺も上谷も、休日にカラオケやアミューズメントパークで騒ぐようなタイプではない。かといって共通の趣味である読書はクリスマスの外出としては不適当だし、そもそも読書という括りこそ一緒だが、俺が読むのは小説で上谷が愛読しているのは時刻表だった。
基本的に無趣味な上谷だが、唯一と言っていい趣味は鉄道写真。遠方までわざわざ出かけていくことは滅多になかったが、地元駅の時刻表は丸暗記しているし、転校前のものも含めて自分で撮った写真をファイリングしている。小学生の頃から鉄道好きとはなかなか渋いが、それもクリスマスイブに友人と連れ立って楽しむにはいささか鉄臭い趣味だ。
これといった共通の趣味も持っていないことは互いに周知、ということで無難に映画というところに落ち着いたわけだが。
「結構な混雑ぶりだな」
「クリスマスイブだってのに、みんな暇なのかね」
俺がそう言うと「まさしくな。俺達は暇人に違いない」と上谷に納得された。まぁ、遊ぶくらいしか用事がない、という意味では暇人なんだろう。俺も上谷もそこは同じだ。
俺達の違いは、今日この日にかける意気込みの差、だろうか。ただ気軽に遊び歩いて終わりか、それともその終わりまでに何かしら果たすべき目標を設定しているかの違い。
その果たすべき目的が漠然としたままなのは、大いに問題だが、ひとまず置いておくとしよう。
「せんぱーい、早くチケット買わないと席埋まっちゃいますよ!」
「こっちで買えるってば。いいからあんた戻ってきなさい。あと騒ぐな」
冬だというのにやたらと足を露出したボーイッシュな女と、対照的にもこもこした上着を抱え、もこもこしたセーターを着込み、後ろだけでなく前髪まで長く伸ばした女の二人組が俺たちのすぐ脇を慌ただしく駆け抜けていった。
「元気のいいことで」
ついついそんな感想が口をついて出たが、反応がないので隣を見ると、上谷は先程の二人を興味深そうに眺めていた。
「どうした?」
「ん、ああ悪い。どこかで見た顔だと思ってな。いま思い出したが、髪の短い方はうちの生徒だ」
「……知り合いか?」
流れからしてごく自然な質問が、滑らかに出てこない。知り合いだ、と言われたらどうしようかと、余計な心配が頭をかすめた。いや余計か? 心配になる時点で俺にとっては余計ではないのか。まぁ、知り合いだったらどうしよう、と言ってみたところで同しようもないわけだが。
幸いにも俺の心配は杞憂に終わり、上谷は軽く首を振りながら「知り合いではないな」と答えた。
「全校集会で表彰されていた。確か、陸上部のエースだ。まだ一年生だったはずだが」
「知り合いでもないのによく知ってるな」
「表彰の常連だからな。何度か見て覚えていただけだ」
「ほー」
もちろん俺はそんなもの覚えてはいない。というか、全校集会での表彰なんて睡眠時間とイコールだ。おそらく俺は壇上に上がった人間を見てすらいなかっただろう。
その辺の意識の差も、生徒会長になる人間とそうじゃない人間の違いだろうか。
「さ、先輩いきますよー」
「待ちなさいっての。シアターそっちじゃない、反対側だから」
髪の長いほうが、短い方の手をとって引きずっていく。正確には手首を掴んで引っ張ろうとしたら掴まれた側がわざわざ手を一度外して繋ぎ直したのだった。指を絡ませて繋いだ手を見て短髪のほうが満足げに笑い、長髪の方が呆れたように笑った。
……手、か。
不意に、公園を出たあとの雑談の際に見た上谷の両手を思い出す。
ただの友達なら、もちろん手など繋がない。じゃあ、ただの友達でないのなら、それはアリなのか、ナシなのか。
「吾妻? 俺たちもそろそろ行かないと。チケットは予約してあるんだろ?」
「お、おお、してるしてる。だから俺らは発券するだけでいいよ」
上谷の呼びかけで我に返り、慌てて発券機へ向かう。予約番号を打ち込んで発券しながら、俺は必死に頭に浮かんだ考えを振り払った。
アリかナシかで言えば当然ナシに決まってる。さっきの二人は女同士だった。女同士で手を繋いでるのなんて街なかを歩けばそう珍しいもんじゃない。だが男同士となれば遭遇率は限りなくゼロだ。いかに仲が良かろうと、男同士でそれはない。ないったらない。
それはそうと映画館といえば、漫画や小説でカップルが手を握り合うお約束展開が……いやいやそれはもっと違う。あれはカップルだからすることであって友達のすることじゃない、はずだ。
「おーい、吾妻?」
「あ、悪い。ぼーっとしてた」
「外との温度差にでもやられたか? ほらいくぞ」
上谷のあとに続いてシアターに向かいながら、俺は屋内に入ったことでポケットとお別れした上谷の手が揺れているのが、気になって仕方なかった。
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