第五話 タフル・クビーラはクビーラじゃない
夜の道端と土産物屋は相性が悪いと思う。
例の石の器が並べられている。いくつかには実際に火が灯っていて、周囲のものを照らしてはいる。けれど、ゆらりと揺れる灯りは周囲の輪郭を不明瞭にするだけだ。
ジラル・アレムという名前のその石は、どうやら白い部分が光を通すらしい。
シルは今、灯り用の器ではなく、丸く削られて磨かれたジラル・アレムの方を持って、揺れる灯りにかざしている。シルが持っている丸い石は、以前に
「こっちじゃなくて良いの?」
俺が石の器を指差すと、シルは首を振った。
「それだと、この中に入らないから」
そう言って、ツェッツェシグ・ウータさんから買った青いポシェットを触る。
俺が持っているバッグなら入ってしまうのだけれど、シルは自分の持ち物が欲しいんだろうなと思って、俺はそれ以上は何も言わないことにした。シルのポシェットに入っているのは、今は、魚の鱗の小瓶とルキエーで買った柔らかな布──ハンカチ用の──だけだ。
シルはその丸い石を一つ一つ持ち上げて、握ってみたり、揺れる火にかざして光の通り具合を見たりしている。とても真剣な目で。
暗い中、火に照らされてほんのりと赤く浮かび上がる横顔は、それでも白いのがよくわかる。シル自身が輝いているかのようだ。
土産物屋のおじさんが、客足が途切れたのか話しかけてくる。さっさと決めてくれと言われたらどうしようかと思ったけど、そんなこともなく、
ここまで通った場所の名前を上げると、いちいち俺やシルの姿を見て「アー」と声を上げる。トウム・ウル・ネイと言えばシルのポシェットを見て「アー」と言うし、ルキエーと言えば
世間話、なのだろうか。
「
話の中で、今度はそんなことを聞かれた。おじさんのオージャ語も俺と同じでカタコトだ。ゆっくりなので聞き取りはしやすいけど、お互いになんども聞き直したり言い直したりすることも多い。
お互いにそうなので、気楽ではあるけれど。
「
俺の言葉に、おじさんはまた「アー」と言った。さして驚いている様子もない。
「ラハル・クビーラ・
「ラハル・クビーラ?」
当たり前のような顔で聞かれたけれど、ラハル・クビーラというのが何かわからないので、俺は言葉を繰り返すしかなかった。
さっき食べたトカゲは、タフル・クビーラ。それと、何か関係があるのだろうか。
俺が返答できずにいると、おじさんはそこで初めて不思議そうな顔をした。
「
またわからない単語が出て来てしまった。俺はあの便利な言葉を言うことにした。
「
話に何度も登場した「クビーラ」というのは、やっぱりオージャ語で言うところの
でも、ルハル・ナーにして食べたタフル・クビーラは、
これを理解するだけで、だいぶ時間がかかってしまった気がする。
それから「アズムル・クビーラ」と「ラハル・クビーラ」について。
両方とも、それが何なのかわからなかった。「アズムル」というのは、オージャ語で「オーソ」と言うらしいけど、俺の知らない単語だった。
ただ「
そして、そのアズムル・クビーラにラハル・クビーラが
ドラゴンと関係するだろう場所にドラゴンと関係するだろう何かがある、ということだけが、なんとなくわかった。
「ユーヤ、これ」
シルの声に振り向くと、シルは手のひらの上に乗せた石を大事そうにこちらに向けた。土の色に白い色がまだらに混ざるその石は、卵のような形に磨かれていた。
地味な色合いに見える。でも、シルが気に入った石。
俺はそれを指差して、おじさんに「
バッグの中から、オージャのコインを出しておじさんに渡すと、おじさんは口を閉じて瞬きをした。その微妙な反応に、足りなかっただろうか、数え間違っただろうか、と慌てておじさんの手に乗せたコインに視線を向ける。
「ハ! トゥットゥ」
おじさんは笑ってそう言うと、ちょっと考えてから「
真っ赤な布に金の糸で、トカゲのような形が刺繍されている。ちょうど石が入るサイズの、厚手の布の袋だ。シルの手の中の石をひょいと取り上げて、その袋に入れると、それをまたシルの手に乗せた。
この布の袋は、サービスなんだろうか。
「
俺がお礼を伝えると、おじさんはまた「ハ!」と笑った。
シルは、石が入ったその布袋を、自分のポシェットにしまった。とても大事そうに、そっと。
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