第四章 森と洞窟の国

第一話 緑の髪のラーロウ

 二つの川の街フィウ・ド・チタ一つの雨とイオージア・エナ・たくさんの島ニッシ・リァで話されていたのは、オージァ語というらしい。オージァ・なんとかというのが、国の名前。

 音の響きが似ているので、イオージアと何か関係があるのかもしれない。それとも、地図に度々登場する雨の名前の女の人か。


 そして今、俺とシルは別の国にいる。ルキエーというのが、国の名前だ、多分。

 イオージア・エナ・ニッシ・リァから、内海をさらに奥に進むと、海がぐっと狭まって、対岸がぐっと近付くところがある。その対岸──オージァから見て──には森が広がっていて、その森の国が、ルキエー。




 俺とシルは、オージァ語を話せるという地元の人に案内をしてもらって、街から少し歩いて森の入り口を見に来ていた。

 案内の料金を払っているので、観光ガイドみたいなものかもしれない。オージァのお金で払っても良いと言ってもらえて助かった。両替も請け負ってくれている。


 ガイド役のその男の人は、俺とそんなに年が変わらないように見える。ラーロウと名乗り、緑色の髪と、緑色の瞳をしていた。

 これまで、この世界でも緑色の髪色は見たことがなかった。

 最初に会った時に珍しいなと思ってじっと見ていたら、ルキエーの言葉で何か言われてしまった。慌てて、手を額に当てる。当ててから、これはオージァの謝罪のポーズだと気付いた。

 手を合わせるは日本だし、頭を下げるは通じるのか?

 謝罪の方法に悩んで固まってしまった俺を見て、ラーロウは笑った。そんなに気を悪くしていないようで、ほっとした。


 案内されてやってきた森は、不思議なところだった。


 船から見ていた時には森の国だと思っていた。けれど、こうして森の入り口に立つと、森と岩の国だと思う。

 様々な種類の岩が積み重なった地形。岩の中には、鉱物なのか、ガラスや水晶のように透明なものも混ざっている。

 そして、岩の地形のそこかしこに横穴が空いていて、洞窟のようになっている。それも、かなり大きなものが多い。どのくらい大きいかと言えば──大きいものは多分、シルがドラゴンの姿に戻っても、伸び伸びと動き回れるくらいには、大きい。

 洞窟の中だというのに、透明な箇所がそこかしこにあるものだから、中でも日が射す。それも、変なふうに屈折したり、どこかで反射をしたりして、あちこちから光が当たるようになっている。


 そして、ルキエーの木々は、岩に根を張る。岩の上にはもちろん、その岩穴の洞窟の中にも、木々が育っている。

 洞窟の中だというのに、見上げるほどの木々があって、そこから木漏れ日が射す。

 そんな、森になってしまっている岩穴が、上下に何層もある。


 洞窟の天井も床もところどころ透明になっていて、見上げれば木々の根っこがあり、見下ろせば森を上空から見ているような気分になる。

 スケールが大きすぎてくらくらするし、中にいると、自分がどこにいるのか、地面に立っているのかがわからなくなる。不思議な感覚だ。




 シルはぽかんと口を開けて背の高い木を見上げる。見上げる先には岩の天井があるけれど、ところどころが透明で、白っぽい光が差し込んでいた。

 上から入ってくる光の中で、シルはぼんやりと白く輝いている。


 ラーロウは最初に、ここまでは大丈夫、ここからは駄目だと、歩ける範囲を教えてくれた。俺とシルはここまで手を繋いで来たけれど、そこで手を離すことにした。

 シルはうろうろと歩き回っては、上を見上げたり、下を覗き込んだり、木の幹に触ってみたり、くるくると忙しい。

 俺は森に圧倒されてしまって、ぼんやりと立ったまま、シルの姿を眺めていた。




 ラーロウの緑の髪は、木々の葉の色に似ていて、森の中では周囲に溶け込むようだ。

 その髪に、何かの動物の角だろうか、十センチほどの長さのものを結んでぶら下げている。首元には、何かの動物の爪か牙のようなものを下げていて、耳飾りは鳥の羽だ。腰には毛皮を巻いている。

 ルキエーで暮らす男の人たちは、皆どこかしらに動物の体の一部を身に付けている。ここまでの道のりで見た限りだと、その中でもラーロウは随分と数多く身に付けているように思う。

 女性は、花や葉っぱや木の実などの植物を模した飾りを身に着けている。糸や布やビーズのようなもので作られたその飾りを、髪に結んだり、服に縫い付けたり、首や腕に巻いたり、腰に巻いたりしている。

 特に、長く伸ばした髪の毛に結ばれた色とりどりの飾りはとても綺麗で、なんだか少し現実感が薄く感じられるほどだ。森の妖精か何かみたいに見える。




 やがて、満足したのか、シルが俺のところに戻ってくる。


「あの、白いところ、下から見上げるとキラキラして綺麗だった」


 そう言って、光が射し込む天井を指差す。


「面白かった?」


 俺が聞けば、シルは少し首を傾けて考えてから、こくりと頷いた。そして、俺の手を握る。もう帰るということだろうか。




 ルキエーの人たちは、岩にできた横穴から、さらに穴を掘って家にしている。

 川が岩を削るように流れ、その川の両脇の岩壁に、たくさんの横穴の入り口が並んでいる。街はその中に広がり、見通しが悪く、すぐに迷ってしまいそうだった。

 ラーロウがいてくれなかったら、正直なところ何もできなかっただろうと思う。


 ラーロウは宿屋の手配までやってくれたし、食べ物屋も教えてくれた。

 案内料とは別に食事を奢ることになったけど、注文も全部良い感じにしてくれたので、むしろ助かっているくらいだった。

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