はなまねび。

水;雨

第1話 草飴小路

 ひがかげって風が巻きました。

 猫はのびのび体操へと忙しく、一匹もいやしません。

 どこかで美味しい手作り菓子で小話をしあう残る香りの音の。

 たまに見かける地面のラクガキも微笑ましい。

 君はちょっとキザだねえ。

 女子高生の花は気にせず、時折立ち止まってはほほうっと感心するのです。

 ふとした折に、脇道に入り込んだのでした。

 共同ハーブ園を手伝い、お手製の小物を商いをした帰り道です。

 そもそもはアリさんにトコトコついて行ったからなのでした。

 気になっていたのです。

 その、探りがどこまで及んでいるのかを…!

 ええ、意思などないに違いはありません。

 それでも花のアタマの中では一大サーガがかちゃこちゃこさえられていました。

 見上げた空には好きなもくもく雲が5つもあったからなのも、です。

 思わずお決まりフレーズをハミングしていたのを後から気づいて、なんだか気恥ずかしい気持ちになったのは秘密なのです。

 大きな、大きな蒼い世界舞台で小さく踊っている。そのとき背後には大きな、大きなたちのぼる入道雲。

 よぎったのでした。

 それだけでじゅうぶん。

 それと、スマートグラスを忘れずに、ね。

 繰り返すように、ここはコモンではありませんよ、と告げているのもとても気になります。

 歩き出す頃には気分的に月面ムーンサルト?を決めています。

 どれどれみてやろうじゃないかね。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どっちもイヤです。願い下げです。

 すがる思いもありました、ほんのちょっぴり、するすると。

 どれもこれもが水平線の彼方へすうっと落ち着いていく感覚が襲って、はい、入場。


 誰もいないのはわかってはいましたが、気配もないのは意外でした。

 カゲさんもおばけさんもお休みですか。

 家と家の構造物が組み合わさって、奇想迷い路掌篇を形作っています。

 塀の向こうに妙ちきりんにねじ曲がったブリキ煙突、壁のあらぬ方へ残された数段しかないコンクリートの階段、掠れて鳥獣戯画のように見えなくもない木製看板、それとそれと、草のすうっとした抜けるわずかなにおいがはなをつくーーー

 どこかしこもがかしこまっていました。

 ちょこんとお行儀よく、当たるかどうかの日の光をしおしお受けて、息を潜めて眠るかどうかの瀬戸際で。

 スマートグラスは数値表示モードにしてないでイメージを醸して、重ねています。素のままもいいけれど、気取ってみたくてついつい色彩を付け足してみたり。

 強調したり、光の演舞を降らせたりします。

 目が潤んでいました。

 たった、それだけ添えただけなのに。

 昂りがあったといえばありました。

 でもそれは一毫のもとに過ぎ去ったのです。

 見知った花々が薄青空からふわりと余裕を持ってくるくると舞い落ちながらまばらな小雨となってそそいでいたのです。

 スマートグラスを外してみました。

 確かにそれは、みえていました。

 夢でも幻でもかまいやしない、と階段に腰掛けてほうっと頬杖をついてじっくりこっくり眺めみやりました。ちょっとした品評会です。

 ときおり虹色や純白を見つけると、にっこりぱあっといいねします。

 そういえば、ここは土の地面なのでした。

 折り重なって、積み重なって、散って、儚く沈んで消えてゆく。

 ここには妖精さんも竜もいません。

 あるのだけれど、花はどうにも苦手なほうです。

 想像も夢想もする。

 本も読みます、動画もみます。

 音楽はどれもがキラキラワクワクしてる。

 それでも。

 あまりに近いとぼやけてしまうのです。

 そうなると悲しいとかなんにも感じないというよりも、ぼうっとしてしまってもったいない。

 世界がたくさん、なっているのです。

 わざわざひとつにまとめなくとも。

 何でもかんでもきちんとあるのは、贅沢が過ぎるというものです。

 でも、うーん、うーん。

 覗いてみましょうか。

 さざなみさえも立てないように、そうっと、手をすいっと漕ぎ出して、静かに静かに顔をつけます。

 五感がともにやってきました。

 クリアでソリッドな生活臭、環境音より夕の音、ふよふよした頼りなげも優しげで、空気がそぞろ歩くひっそりと、そして<草飴>の味わい深さ。

 カラコロン。お口いっぱいに広がる。

 それが、身に迫る危険を呼び覚ましたのです。

「こっち!」

 角から少女の切羽詰まった、手招き。

 弾かれたように、感覚が鋭いせいもあってか、素早く動き出せました。瞬間で信頼します。頼む!

 後ろからイヤイヤが急いで迫ってきている。

 焦りました。必死です、もともと走るのは嫌いではありませんけど、こんな走りはイヤすぎます!

 少女の背中を追っていました。

 どことなく見覚えがあるけど、こういう時は記憶が錯綜しがちだから、後からの思い出しに任せるとします。

 はしる、はしる、はしる。

 はあ、はあ、はしる、はあ、はあ、はし、

 呼吸が乱れている。

 前のこの子、徒競走は得意っぽい。

 追いつきそうで追いつけない。

 抜けたっ、必死こいたせいでこわいなんて吹っ飛んでます、ぜいぜいはあはあふうふうふーっ〜…

 なんだったんでしょう。

 じしょうが追いかけてきた?

 まさか。もうひとりがわたしだとしても、まさか。

 ふぃーーんととんと分からない。少女もいない。

 …今日は野菜もりもりの献立にしましょうか。

 さっさっさっと払い、軽く、ほろって。

 ぱぱぱと整え。

 それでは、これだけ。

 お邪魔様でございました。

 ここは草飴小路なのですね。

 ぴしーんと張り詰める一擲の夜来音。


 ひしひしと夜が歩いて近づいてまいりました。


 おやここは、ウチの近所でしたか。

 すぐそばの朽ちた看板には、フムム書き足しが。

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