Ⅳ 吸血鬼には朝日のお仕置きを

「――フゥ…ひでえ目にあったぜ……さてと。んじゃあ、話してもらおうか。例の荷の中身はなんだ? 何を企んでやがる?」


 ボコボコにされながらもなんとかルーツィエを宥めすかして外に追い出した俺は、香辛料・・・の網に絡まって転がるホナソンの前に椅子を置き、そこに腰掛けると再び短銃を突きつけてヤツを尋問した。


「……悪いことは言わん。これを解いて依頼通りにしろ……んく…さすれば、おまえもいい目にあえるぞ?」


 だが、苦手なニンニクと唐辛子に苦しみながらも、ホナソンは口を割ろうとしねえどころか、逆に俺を懐柔しようとしてきやがる。


「そいつは荷の中身を聞いてから判断する。てめえこそ、さっさと吐いちまった方が身のためだぜ? こいつで銀の弾を食らう前にな」


「……フン…あのお方に逆らうよりはマシだ……撃ちたいならば撃つがいい……」


 ヤツの額に銃口を突きつけて脅してみるが、魔物を滅するとされる銀の弾丸でも口を割らせることはできねえ。


 あのお方ってのは移住してくるっていう主人のことか? 忠誠心なのか、それともそんだけ恐ろしい相手なのか……。


 いずれにしろ、俺も話を聞くまでは引金を引くことができねえ……あるいはそれを見透かされているのか? そんな押し問答を続けたまま、気づけば夜明けの時刻になっていた。


「――チッ、もう朝だぜ。ったく、手間かけさせやがって……やっぱニンニク臭えな。空気を入れ替えるか……」


 窓の隙間から差し込んでくる白んだ光に、俺は舌打ちをすると立ち上がって窓へと近づく。


「……ハッ! ま、待ってくれ! わかった! 全部話す! だから頼む! 頼むから窓を開けないでくれ!」


 すると、何を思ったか急に、あれほど頑なだったホナソンが態度を一変させた。


「なんだ? いきなり……あ、そうか。てめえら、日の光も苦手なんだったな。よし、んじゃあとっとと話せ」


 銀の弾でも屈しねえくせして、どうしてそんなに太陽が怖えんだか知らねえが、素直に吐くんなら文句はねえ。俺は窓の戸から手を離すと、振り返ってヤツに催促した。


「私の主はワラキュリア公国の伯爵であるが、その正体は何百年と生き続けている吸血鬼ヴァムピールだ。私も伯爵がエルドラニアを訪れた際に知遇を得て、彼の血を飲んでこの素晴らしい不死者の力を与えられた」


 やっぱり妙に焦ってる様子で、ホナソンは主人の正体を皮切りにペラペラとすべてを語り出す。


「だが、不運にも伯爵は民衆に正体を知られ、故国を追われることになった。そこで、新たな安息の地を求め、この際、思い切って新天地へ渡る決心をなされたのだが、南洋の強い日の光は吸血鬼ヴァムピールにとって天敵だ……だから、考えたのだ。〝棺〟に入って荷物として運ばれるという方法をな」


「なっ! ……つ、つまり、港に着く荷物ってのは、その伯爵ご本人が入った棺桶ってことか!?」


 その告白を聞いて、俺は驚きを覚えるとともに、反面、すべてを理解した。


 ……なるほど。それで荷物が日の光に晒されるのをあんなにも恐れてたのか……同じ吸血鬼ヴァムピールであるホナソンも、やつぱり昼間には受け取りに行けねえってわけだ。


「下賤な私の場合は受取人もいないし、不便ながらも船倉の奥に身を潜めてここまで渡って来たのだがな。高貴な伯爵には静かでより安全な船旅をしていただかないと……さ、ちゃんと話たぞ? 約束どおり解放しろ!」


「いや、逃してやるとは一言も言っちゃいねえ。てめえを野放しにしちゃあ危険なんでな……さて、どうするか……」


 話終えると網をとるよう要求してくるホナソンに、俺はそう断りを入れてから腕を組んで考え込む。


「逃がしてくれれば悪いようにはせん! もう一度言うが、我らに恩を売っておいた方が身のためだぞ? 伯爵は私など比ではないほどのお力をお持ちだからな。瞬く間にこのエルドラーニャ島の人間は伯爵のにえとなることだろう……て、おい! 何をしている!? バカよせ! やめろっ!」


「あん?」


 黙って思案する俺に何か嘯いていたホナソンだが、なぜだか急にまた慌て出して、ジタバタ暴れながら声を荒げる。


「……あ、すまん。つい…」


 ふと我に返ると、やはりニンニクの臭いが人間でも息苦しいほど酷かったので、俺は無意識に窓の戸を開け放っていた。


「…ひっ……ウギャアァァァァ〜っ! 熱っ! 熱ィィィィィ〜っ…!」


 すると、全開の窓より入って来た朝日の光に晒されて、体からシューシューと白い湯気を立ち昇らせながら、苦しげにホナソンは断末魔の叫び声を響かせる。


「…ひぃぃ…ヒギャァァァァァ〜っ…!」


 そして、あれよあれよという間に焼け焦げて、そのはじから白い灰になってあっさり崩れ去ってしまった。


 ……なるほど。こいつは確かに銀の弾を撃ち込まれるより嫌な死に方かもしれねえ……。


「……ま、いっか。こんな危ねえ魔物を放置するわけにもいかなかったしな」


 成り行き上の結果だが、まあこれで依頼は果たせたし、この街の平和も守られた。ハードボイルドな探偵としてはいい仕事をしたってもんだろう。


 橙色オレンジの朝日に染まる部屋の中、ただの灰の山と化したホナソンをぼんやりと眺めつつ、俺はこの事件を一件落着にすることとした。

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