Ⅲ 魔物退治には強烈なスパイスを

 俺が気づいた法則性……それは、ある客・・・が来た日の深夜に、犠牲が出るっつうことだった。


 そいつはやっぱり色白金髪のばかりを注文しているというし、たぶん間違いはねえ。


 ここの娼婦達はあてがわれた自分の部屋で客をとり、そこで寝起きもしている……俺が思うに、おそらくはそうして獲物の部屋を確かめた後、娼館がその日の商売を終え、皆が寝静まる深夜を待ってから改めて忍んで来るんだろう。ここじゃ客を泊めることはしてねえから、深夜になれば確実に一人の所を襲えるって寸法だ。


 そこで、その客が現れたらすぐに連絡するようミーナマリーに頼んでおき、俺はその時が来るのをのんびりと待たせてもらった。


 すると数日後の夜半。いよいよその知らせを告げる使いが俺の事務所へやって来た。やっぱり、前回のものから一週間ほどになる。


「よし! 来たか! 待ってたぜえ、吸血鬼ヴァムピールさんよう……」


 さすがになんの証拠もなしに捕まえることはできねえし、もし間違ってたら店の信用に関わる……だから、その客はすでに帰しちまった後のようだったが、なあにかまやしねえ。俺の読みが確かなら、夜更けに再び舞い戻ってくるはずだ。


 俺はさっそく夜道を急ぐと、街の灯りにぼんやりと照らし出される、薄ピンク色の娼館へと駆けつけた。


「なんだ、今度のお目当て・・・・はあの娘だったか……」


 奇遇にも、今夜、その男の相手をしたのはあのポーラニア系のルーツィエだった。


 そういや彼女もバッチリ色白の金髪タイプだ。悪いが、ここは罠に仕掛けるとして存分に使わせてもらうぜ。もちろん、怖がるんで本人には内緒でな。


 店じまいをした後、俺は彼女の部屋のクローゼットに身を隠すと、眠る彼女の傍ら、睡魔に襲われねえよう、コーヒー豆をかじりながら見張ることにした。


 それからどれくらい経った頃だろうか? 息を潜めて戸の隙間から様子を覗っていると、微かに木の軋む音を立てながら、鍵をかけてあるはずの窓がゆっくりと開き始めた。


 鍵もだし、ここは二階なんだが、そんなもの魔物には関係ねえらしい……ま、正面入口からじゃ目立つし、来るなら窓からだと踏んでいたが案の定だ。


「……!」


 そして、開いた窓の向こう側から黒い影がのそのそと部屋へ忍び込んで来たが、その姿がベッド脇に置いた燭台の明かりに照らし出された瞬間、俺は口を半開きにしたまま、唖然とその場で固まっちまう。


 それは、両の眼を赤々と輝かせ、背中にコウモリのような翼の生えた異形の者だった。


 だが、俺が驚いたのはそんな容姿に対してばかりじゃねえ……それよりも俺をびっくりさせたのは、そいつがあの、ホナソン・ハッコだったことだ!


 眼は爛々と光ってるし、口には鋭い牙を生やしてはいるが、その顔は間違いなくやつのものだ。


 あの野郎、人間じゃなかったのか!? ってことは、あの依頼された荷物に関してもやっぱり何か隠してやがるな……。


「そこまでだ! コウモリ野郎!」


 だが、今はそれどころじゃねえ。俺は気を取直してクローゼットを飛び出すと、今にもその牙で眠っているルーツィエの真っ白な首筋へ噛みつこうとしていたヤツに、とある秘密兵器・・・・を素早く投げつけた。


「……!? お、おまえは!? な、なぜここにいる…うっ! こ、これは、ヒヤアァァァーっ…!」


 ホナソンも俺を見て驚いたようだが、尋ねるよりも先に秘密兵器が体に絡みつき、その苦しさに不気味な悲鳴を夜の闇に響かせる。


 秘密兵器……それは教会からくすねた聖水を染み込ませた網に、ニンニクと唐辛子を全面に結わえつけたものだ。この前、ルーツィエにそれらが吸血鬼ヴァムピールの弱点だと聞いたんだが、どうやらビンゴだったみてえだな。


 その上ダメ押しに、その網には魔導書『シグザンド写本』に記されてる〝五芒星の魔法円〟の護符も所々貼り付けてある。


 魔導書グリモワーってのは本来、悪魔を召喚して使役するための知識が記されたもんなんだが、この『シグザンド写本』はそれを応用して、魔物を追い払ったり捕らえたりするのに特化した内容になってる……大家でもある本屋のジジイから買ったもんなんだが、俺の仕事にとっちゃあピッタリな代物だ。


 もっとも、魔導書はその強大な力から教会や各国の王権によりその無許可の所持・使用が禁じられてるんだが、んなこたあ、俺の知ったこっちゃねえ。ハードボイルドな男は細けえことを気にしねえもんだ。


 おっと、話が脱線しちまったが、ともかくこの護符もそんだけ魔物に効くってことだ。ここまでやらあ、さすがに吸血鬼ヴァムピールでももう逃られねえだろう……。


「それはもちろん、俺が世界で唯一の怪奇探偵――カナールさまだからだ。それよりも、そいつはこっちの台詞だぜ。てめえ、いったい何もんだ? 例の荷の中身もてめえのその姿に関係あるもんなのか?」


 俺は親切にもホナソンの質問に答えつつ、さらに銀の弾丸を込めた短銃を取り出すと、その銃口を苦しむヤツの顔に向けて問い質す。


「……ううん……なんの騒ぎぃ? ……ひっ! ……きゃ、キャアァァァァーっ…!」


 だが、その時、騒ぎに目を覚ましたルーツィエが俺達を見て、絹を裂くような大きな悲鳴をあげる。


「ああ、起こしちまってすまねえが安心しな。もう魔物は捕まえたからな…」


 恐怖に囚われたご婦人を放っておくわけにもいかねえ。とりあえずホナソンはそのままに、怯える彼女を慰めようと近づいた俺だったが……。


「いやあ! 泥棒ぉぉぉぉ〜っ!」


「うぐはっ…!」


 いや、彼女の視界に入っていたのは俺だけだった……銃を手にした俺を見て、強盗か何かだと思い込んだルーツィエは、躊躇いもなく俺の頬に思いっきり平手打ちを食らわせる。


「痛っぅ〜……これじゃあ、ハーフボイルドだぜ……」


 俺はジンジンと痛む頬を抑えながら、まずは彼女をなんとかすべきだと方針を改めた。

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