Ⅱ 待ち時間には別のお仕事を


 この数日というもの、俺は妙にツいていた……時を置かずして、またもや仕事の依頼が舞い込んだのだ。


 あの後、ホナソンという依頼人にもっと詳しく話を聞いたところ、ワラキュリアだかから越して来るやんごとなき・・・・・・お方のため、使用人のヤツは一月ほど前から先行してこちらへ渡り、住居の購入など諸々の手配を行っていたらしい。


 一方、当のご本人と例の荷・・・を含む引越し荷物はといえば、最近になってようやく向こうを経ったみてえで、いつ着くかわからねえとはいえ、旧大陸・エルドラニア本国の港ガウディールを出た日時から計算するに、ゆうにまだ一週間以上はかかるだろう。その頃になってから見張り始めれば充分に事は足りる。


 それに、よっぽど重要な荷物なのか? ご丁寧にも高い運賃はたいてエルドラニアの護送船団(※武装した艦隊で輸送を行う方式)に頼んだそうだから、港に現れりゃあ見逃すことはありえねえし、海賊に襲われて荷が届かねえなんて心配もいらねえだろう。


 せっかくのご依頼だ。んなわけで船が着く頃合いになるまでの間、俺はその二番目の仕事も引き受けることにした。


 その仕事というのは、このサント・ミゲルの歓楽街にある娼館〝ウィット・ビィー〟で、夜な夜な娼婦を襲う魔物を退治してほしいというものだった。


 その〝ウィット・ビー〟は、高級とまではいかねえが中の上くれえのランクの店で、薄ピンク色をした瀟洒なコロニアルスタイルの、わりと綺麗な店構えだ。


 そんなシャレオツな娼館で、なんでも深夜、自室で眠っていた娼婦が何者かに襲われ、翌朝、全身の血を失った青っ白い遺体となって発見されるんだとか……しかも、首筋には鋭い牙で噛まれたような刺し傷が二つ残ってるんで、きっと魔物に血を吸い取られたんだろうという話に巷ではなっている。


 そんな犠牲者がつい二日前のものを含め、今月に入ってからもう三人も出ているんだそうな……。


「――吸血鬼ヴァムピールだね。あたいが思うに、東エウロパに伝わるその魔物の仕業に違いないよ」


 その娼館の女主人、依頼主であるミーナマリーが開口一番、話を聞きに行った俺に店の応接室でそう答えた。


「ぶ、ぶぁむぴる?」


「人間の血を吸うバケモノさ。ほら、吸血コウモリみたいにね。うちにポーラニア公国にルーツを持つが一人いてさ。小さい頃、親からそんな話を聞かされたらしいよ?」


 聞き慣れえ言葉に俺が小首を傾げると、その酸いも甘いも知り尽くしたという貫禄を滲ませた妖艶な美熟女は、そう言って簡単な説明をつけ加える。


「吸血コウモリみてえなバケモノねえ……東エウロパか。最近、なんかよく聞くな……」


「こういう悪所・・じゃ役人も教会も相手にしてくれないし、みんな怖がって商売あがったりだよ。ねえ、頼むからさあ、なんとかしておくれよぉ」


 因縁めいた偶然の一致をそこはかとなく俺が感じていると、ミーナマリーは艶めかしい眼差しをこちらに向けて、甘えるような声色でそう懇願してくる。


「よく見りゃあ、あんた、なかなかイイ男じゃあないか……なんなら、報酬に加えてあたいが特別に、この体でじっくりサービス・・・・してあげるからさあ」


「ま、まあ、任せときな。とりあえず、そのポーラニア人だかのに話を聞かせてくれ。他の娼婦達にもだ。まずは敵を知らなきゃあ話にならねえからな」


 さらに舌舐めずりまでして見つめてくるミーナマリーに、このままでは娼婦よりも先に俺の方が彼女に食われて・・・・しまいそうなので、話をはぐらかすようにして灰色の三角帽子トリコーンをかぶり直すと、俺は慌てて席を立った。


 それから、そのルーツィエというポーラニア系の娼婦に話を聞いてみたが、なかなか有意義な情報を手に入れることができた。


 吸血鬼ヴァムピールなる魔物の特徴や生態を聞くことができたし、何よりもその弱点というのを図らずも知れた。


 その話の通りなら、ほぼ不死身の恐ろしい怪物みてえだが、弱点があるんなら充分に勝ち目はある。


 また、娼婦全員に聞き込みをしたことで、この事件の全体像がだいたいわかってきた。


 まず、犠牲者は一月ほど前から約一週間置きに一人出ており、いずれもまだ若いピチピチした娘ばかりが狙われていた。


 加えて全員、スラブ系に近い金髪色白のタイプだったようだ。どうやらそれが魔物の好みらしい……。


 さらに、事件の起きた日の前後の状況を詳細に分析した結果、ある法則性が浮かび上がってきた。


 そこまでわかりゃあ、次に魔物の現れる時をだいたい予測することができる……ここはいっちょ、罠でも張ってみるか……。


 そこに思い至ると俺はミーナマリーに協力を要請し、その日は彼女に食われる・・・・前に、早々、この情欲と快楽に彩られた夜の館を後にすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る