Le Bagage du Nosferatu ~不死者の船荷~

平中なごん

Ⅰ 胡散臭い依頼には密かに警戒を

 聖暦1580年代末、エルドラーニャ島サント・ミゲル……。


 世界最大の版図を誇るエルドラニア帝国が、はるか海の彼方に発見した新たな大陸――〝新天地〟。


 そのエルドラニアが新天地に初めて作ったこの島の植民都市で、俺ことカナールはハードボイルドな探偵デテクチヴ業を営んでいる。


 探偵っていうのは人探しをしたり、内密の調べものをしたり、言ってみりゃあまあ、私的に衛兵みてえなことをする商売だが、その探偵の中でも俺は悪霊や魔物絡みの事件を専門に扱う、世界で唯一の怪奇探偵だ。


 この浅黒い顔を見ても明らかなように、俺は旧大陸のフランクル王国から〝新天地〟へ渡った移民の父親と、原住民の母親との間に生まれたハーフなんだが、大帝国エルドラニアの植民地において、支配層のエルドラニア人でなけりゃあ、まっとうな商売で成功するチャンスはまずねえ。


 そこで目をつけたのが、このまだ新しい商売であり、あんましカタギともいえねえ探偵稼業だったっていうわけだ。


 それも、商売がたきのいねえ怪奇現象専門の探偵だ。どうだ? 学はねえがなかなか頭いいだろ?


 それに、常にクールさを求められ、かなり危険も伴うこの仕事は、ハードボイルドなこの俺様にとってまさにぴったりな天職だといえるだろう。


 ま、そんなわけで始めたこの商売もようやく軌道に乗り、今は知り合いのジジイの本屋の二階に事務所を構えるまでになった。


 それは、ある雷鳴の轟く嵐の夜のこと、その立派とはお世辞にもいえねえオンボロ事務所にヤツは現れた……。


「――頼みたいのは、船で運ばれて来たある荷物を港で受け取り、それをとある屋敷に運ぶという簡単な仕事だ」


 ザァザァと雨風がくたびれた窓の戸を叩き、時折、轟音とともに眩い稲光が狭い室内を明るく照らし出す中、フード付きの黒いローブから雨水を滴らせたその男――ホナソン・ハッコと名乗る人物は、なんだか奇妙な依頼を口にした。


 エルドラニア人っぽいラテン系の顔立ちで、今はずぶ濡れの野良犬みたいになっちまってるが、執事か弁務士でもやっていそうな雰囲気の中年紳士だ。


「よくわかりませんね。わざわざ俺なんかに頼まなんでも、そんなのご自分で受け取ればいいんじゃねえんですかい? あるいは荷下ろしの連中に言っとくとか」


 確かに簡単な仕事だし、それで金がもらえるんなら願ってもねえ話だが、どうにも怪しすぎる……俺はその男の顔をまじまじと見つめながら、そう露骨に疑念をぶつけてみた。


「その荷物というのはとても繊細な代物でな。けして中身を日の光に当ててはならんのだが、当然、いつ荷が着くかはわからん。もし日のある内に到着したら、すぐにでも屋敷へ運び込む必要があるが、あいにく私は所用があって夜しか港へ行けぬのだ。だから、昼間だけでも番を頼みたい」


 すると、疑心を解くどころかむしろ逆効果に深めてくれたが、一応、ホナソンはその理由を加えて説明する。


「それに粗野で乱暴な荷下ろしの連中は信用がならん。日なたに長時間放置したり、誤って荷を開けられたりなんかしたらそれこそ取り返しがつかなくなる。やはり監督する者が必要だ」


「なるほどね。ま、確かに港の荒くれどもじゃ何しでかすかわかったもんじゃねえ……」


 とりあえず、その話の筋は通っている。別段、探偵を雇いてえ理由ってのには納得したが……。


「でも、その荷物ってのはいったいなんなんです? 怪奇探偵の俺に依頼するってこたあ、やっぱりそっち系・・・・の代物で?」


 新たに浮かんできたその疑問を、重ねて俺はホナソンに尋ねる。


「東エウロパにワラキュリア公国という国がある。私がお仕えするその国のさる高貴なお方が新天地への移住をお望みでな。それはその準備のための品だ。身分あるお方の話ゆえ、これ以上の詮索は無用に願おう」


 ホナソンはそう答えると鋭い眼光をこちらへ向け、俺の口を塞ぐように圧をかけてくる。


 ワラキュリア……聞いたこともねえ国だが、要するに貴族さまかなんかの引越しの手伝いをしろっていうわけか……。


 ま、高貴な方々なら詮索を嫌うのもわからなくはねえが、それを言い訳になんか一番肝心なところをこいつは隠してやがる……もしかして、ヤベえ悪霊の憑いてる呪物だとか、国宝級の聖遺物をこっそり教会から持ち出して逃げてくるとか、そういう話なのか?


「無論、それ相応の報酬は払おう。前金で半分。もう半分同額を成功報酬として渡す」


 よく利く鼻が危険な臭いを感じ取り、この仕事を受けるかどうか内心迷っている俺の目の前で、ずっしりと重そうな音を立てながら、パンパンに膨らんだ革袋がテーブルの上に置かれる。


「おおお! こんなにもか!?」


 さっそく口を開けてみると、中には案の定、エルドラニアの銀貨がぎっしりと詰まっていやがる。


「よろこんでお受けいたしましょう」


 次の瞬間、その疑念や不安などという些末な問題を吹き飛ばす確固たる〝金〟の力に、俺は一も二もなく首を縦に振ると、契約成立の証として友好の握手を彼に求めていた。

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