終章

「⋯⋯?」

 リュウガは目を覚ました。ここは黒龍師団中央塔にある医務室だと気付く。

「気分はどうだ」

 声がする方に顔を向けると傍らにはキュアが立っていた。

「キュア、なんだか体が重いんですけど」

「それはそうだ、新しい腕を付けたからな」

「⋯⋯え?」

 リュウガは腰の力だけで上半身を起こした。掛けられていた毛布がずれると、ノースリーブの下着の肩から先には失なった筈の両腕があった。

「これは⋯⋯?」

「それは生物型人形の腕だ」

 嘗てリュウナに説明したことをそのまま伝えた。

「⋯⋯動かないんですけど」

 腕が元に戻ったのは良いのだが全く力が入らない。

「やはり筋力で動かすのは無理か」

 しかしそれでも血液や体液の循環は行われているのは移植手術の時に分かっているので、腐敗することはない。繋げるのが無理だったのは神経だけになる。

「だがお前ならば電磁誘導と重力制御で動かせるだろう」

 動作に不具合が生じるのは予想できたので、キュアはその様に助言する。

「うーん?」

 リュウガもそう言われて二つの力を使って動かしてみるが、自分の腕を自分の筋力以外で動かすなどまずないので、蛇のようなうねる動きになってしまう。骨が無ければトグロを巻けそうだ。

「それにこれだと腕を動かすのと電磁誘導と重力制御を一緒に使うのが出来ませんけど」

 試しに右腕を動かしながら火球を作ってみようと思ったが、腕の動きで手一杯で火の生成に集中できず、腕に力を入れずにやっても腕という支えや基準となるものがないのでそれはそれで上手く火の素を作れない。

「お前の強い力ならばそれぐらいが丁度良い」

 元々が本気になったら機械神すら燃やし尽くす力なのだ。それくらいの制限が出来た方が良いとキュアは判断する。

「うーん⋯⋯左手で右腕を支えればなんとか片腕ずつはできますかね、以前より力は小さいけれど」

更正療養リハビリが必要だな」

 片手で片腕を支えて悪戦苦闘しながら小さな火球を作ろうとするリュウガを見て、キュアは微笑ましく思う。

「一応は日常が戻ってきたということか」


 世界を水没させる水量を全て雲に変えた黒龍師団はその事後処理へと移っていた。

 雲の動きの制御と維持には四号機と六号機が残った。今は現地で交代しながら役目を担っている。ある程度の周期で雲を動かし、一定の場所に長期間影が落ちないように調整している。

 副長の三号機は今後の二次作戦の指示の為に急ぎ帰還。十一号機も一人で二機動かしている負担から二号機を連れて戻ったが、整備と保養後は雲をちぎり少しずつ小さくしていく作業に向かった。千年後に再び帰還する星喰機のためにフィーネ台地を氷で埋め戻さなければならないので、何時までもその分の水量を空に浮かばせておく訳にもいかない。

 一号機は大破擱坐した十三号機を部品ごとに解体し、その後に五号機より離脱した自動人形を拾い上げて全て回収、更に重傷を負って身動きが取れなくなった十三号機操士リュウガを連れて帰還。

 九号機は大まかに分けられた十三号機を運んでフィーネ台地を数回往復した後に、機械使徒の回収支援に回った。

 機械使途は全ての機が何らかの損傷を負った。無傷だったのは番外機のダンタリオンくらいだが、それでも分解修理オーバーホールが必要なほど酷使された。

 機械使徒一機に対して一隻以上用意されている工作艦が全艦出港し起重機艦も出せるだけ向かわせた。

 本日までにとりあえずフィーネ台地へ赴いた機体は全機帰投か回収が出来たが、キュアの指示によりダンタリオン型機械使徒の増産が優先されるので、黒龍師団が以前の勢力を取り戻すためには十数年単位の時間が必要だろう。


 リュウガは自宅に戻った。

 とりあえず病床から出れるまでに回復したリュウガは自宅療養に移れるようになったので家に帰ってきた。まずは日常の生活の中で両腕を問題なく使えるようにならなければ、操士も教官も出来ない。

「お姉ちゃん⋯⋯」

 なんとか荷物を下ろしているとドアが開かれ、そこには息急ききった妹が立っていた。

 リュウナは自分だけが帰る気分になれず黒龍師団中央塔にある自室で寝泊まりしていたが、医務室に見舞いにいくと目を覚ましたリュウガは帰宅したと教えられ、急いで自分も家に戻ってきた。

「お姉ちゃん、良かった目を覚まして」

 中に入ると、リュウガの目前まで行く。まるでもう遠くへ行かないように掴まえるみたいに。

「リュウナも無事だったんですね」

 リュウガもそのまま目の前の妹に腕を回そうと思ったが、自分の体が思い通りに動かないので戸惑う。

「リュウナ、ちょっと右手を出してもらえません?」

 でもそれでも今のままでも約束を果たすことは出来る。

「⋯⋯うん」

 リュウナが右手を少し掲げる様に出すと、リュウガは身を屈めて指先を口で銜えた。そして上体を起こしながら唇と歯で手袋を脱がす。リュウナも姉が元の腕を失ったのは見舞いの時に知っているのでなにも言わない。

「⋯⋯」

 変わり果てた右手を晒されて、リュウナは少し身を固くした。

「リュウナ、あなたの手でわたしの頬をさわってもらえますか」

 リュウガが言葉を口にすると同時に手袋が床に落ちた。リュウナの右手を見ても何でもないことのように言う。

「⋯⋯いいの?」

「いいもなにもわたしの方からお願いしているんですよ」

 リュウナは緊張した面持ちで姉の頬を包むように右手と左手を添えた。リュウガの頬には硬質な感触と柔らかい感触が同時に伝わってくる。しかしそれはどちらも妹のもの。

「わたしたちの手は、もう昔のままなのはあなたの左手だけになってしまいましたね」

 妹の手の変化は訊かず、ただそれだけを言う。

 自分はこのまま妹のことを抱きしめたかったけど、電磁誘導と重力制御で無理やり動かした腕でそれをしたくなかった。

「お姉ちゃん、あの時みたいに抱きついていい⋯⋯?」

 姉の気持ちが分かったのか妹はそんな風にいった。

「うん」

 リュウナは神像の広場で思わず姿勢を崩した時のように、リュウガの腕に抱きついた。あの時と違うのは、心の底から安心したかのように相手の胸に顔を埋めたこと。

 姉は妹の頭を撫でたかったがそれは叶わず、だから静かにじっとして。

「プルフラスが⋯⋯わたしの代わりに死んでくれた⋯⋯約束を果たせって」

 安心したからか、愛機が自分を生かすために犠牲になってくれたことを伝えた。

「プルフラスは機械神を破壊した機械使徒になったんですね」

 妹の愛機への思いを姉が受け取る。

「だったら約束を果たさせてくれたお礼に、その気高き伝説を、おとぎ話になるくらいにみんなに伝えていかなくちゃ、あなたが」

「うん⋯⋯」


 体調が回復してきたリュウガは少しずつでも公務に戻ろうと黒龍師団の制服を着て(リュウナとキュアに手伝ってもらって着たのだが)機械神格納施設に向かっていた。

「元気にしてますかクラウディア」

 再組み立て途中である筈の十三号機の様子を見に来たリュウガは、目の前を荷物を抱えて通り過ぎようとしていた自動人形を呼び止めた。

「?」

 自動人形――クラウディアは立ち止まると「なぜわかるの?」という雰囲気でリュウガを見返した。

「わたしには分かるんですよ、一体一体の自動人形の違いが」

 妹と同じように個別の自動人形はある程度区別がつく。特にクラウディアは右腕が新造時とは違うのですぐに分かった。

 クラウディアはとりあえず十三号機に所属することになっていた。他機の自動人形が不足すればそちらの方に回ることになるが、機械神の中で状態異常であるのは十三号機だけなので、暫くは予備機である本機に留まることになる。その様な経緯であるので一緒に十三号機の下へと行く。

「⋯⋯」

 格納施設の最奥に向かう。機体各所に痛々しく破口を開けたままの十三号機の姿がそこにあった。

「お互いボロボロですね」

 リュウガが愛機を見上げて語りかける。自分は一足先に見た目だけは元に戻ったが、十三号機の方は数ヶ月、もしくは一年程の修理期間を要するだろう。

 フィーネ台地手前で擱坐となった十三号機は、まず一号機によって分解され、九号機が何度かに分けて運んだ。

 折角部品ごとになっているので、空母型に組み上げて取扱いを簡便な状態にしておくことも考えられたが、機械神は人型の状態が基本形態であるのでまずはその状態で完璧に修繕を行って経過を見るのが最良と判断された。

 人型から空母型へと変形を行うには今までは常に龍焔炉の稼働という危殆を抱えていたが、今後は他の機体と同じ動力である十二基の副炉を用いて行うつもりでリュウガは考えている。

 自分の教え子達が重力面精製と電磁誘導制御を達成する為に動力炉の限界稼働すらも熟練者となったのである。だからリュウガは今日にでも彼女たちの予定が合えばその熟達の技を教えてもらえるようにと近しい人には伝えていたのだが

「ムラサメ教官! お探ししました!」

 聞き慣れた誰何にリュウガが振り向く。そこにはダンタリオンの機長が一番機、二番機、三番機と、息を弾ませて並んでいた。

「無事で、なによ、り、です⋯⋯」

 リュウガの元気な姿を見て涙腺が崩壊した一番機機長が嗚咽混じりに言う。他二名もほぼ号泣の泣きっぷりである。

 フィーネ台地から移送されそのまま黒龍師団中央塔医務室に運び込まれたリュウガだったが、家族以外の面会は許されない謝絶状態だった。彼女は両腕を失いその代わりのものの移植が行われていたのでそれは当然なのだが、事情を知らないダンタリオンの乗員たちは自分たちの教官が生死の境をさまよっていると思い込んでしまい、絶望に打ち拉がれていた。

 そんなリュウガが何の前触れもなく退院し、今は動力炉の動かし方を教えてほしいとダンタリオンの乗員を探していると聞き付けた彼女たちは、雲の制御へ出発する最終調整の真っ直中だったのだが「私たちの分も教官の無事な姿を見てこい」と、この三人が送り出された。そして十三号機の下で一体の自動人形を供にして佇む姿を見つける。

 三人とも滂沱の涙なのは、今も機器の調整に慌ただしい百人前後の分も泣いているのだとしたら、それは当然なのかも知れない。

「教官が、動力炉の、動かしかたを、教えてほしいと、いうことで、参じましたよです」

 二番機機長が途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。十三号機を変形させる度に腕を火傷していたのを彼女たちは知った。それが自分たちが教えることによって副動力だけで可変が行えるようになれば、毎回傷付くことは無くなるのである。

「教官が教えようとしてくれたことを、全部できるようになれたからこそ、私たちも全員無事に、帰ってこれました。そのお礼がしたいんです」

 三番機機長がここに居ない全員の気持ちを代弁するように言う。無事に皆が帰還出来たからこその善の報い。それを実現させた必死になって自分たちが高めてきた技術は、最後には教官の体を守る為に役立つこととなったのだ。こんなにも嬉しい恩返しが出来ることを、心から幸福に思う。

「じゃあさっそく教えてもらえますか」

 教え子たちの気持ちを受け取ったリュウガは、優しく微笑みながらそういって、三人を十三号機の中へと招き入れる。

「今まで指導していた後進たちが習熟した技を、今度は先達の自分が教えてもらえるようになるなんて、教官として一番しあわせなことですよ」

「きょうかぁーんっ!」

 感極まった三人は遂に我慢しきれなくなってリュウガに抱き付いた。

「⋯⋯」

 立場が逆になったそれが一番の喜びだと認め会う人間たちを、クラウディアが不思議そうに見ていた。


「嘘つき」

 それから数日後、リュウガが副炉操作の自主訓練を終えて自室に戻ろうとしていると呼び止められた。

「?」

 振り向くと青年の乗った車椅子を押す女性。青年と女性は同じ顔。

「久しぶりね、リュウガ」

「ミカルナ⋯⋯どうしてここに?」

 黒龍師団が保有するほぼ全ての稼働状態にある機械使徒を相手取り、立ち向かった全てを大破させた機を操りし双子、ミカルナとリカルト。黒龍師団員にとっては天敵ともいえる二人が何故ここに?

「私たちもうあの国には帰るに帰れなくなっちゃったから」

 ミカルナが自分たちがここにいる経緯を説明する。

 姉弟がいたあの信仰国家は現在は、破壊された五号機の残骸を回収しているのだと言う。その残骸を「天から降ってくる災いと戦い見事に打ち払った神の亡骸」として新たな御神体にするつもりらしい。世界は確かに水没しなかったので災いを打ち払ったのはとりあえず間違ってはいない。神官がわざわざ置いて行かせた槌矛も今後は神具として有効活用するのだろう。

 神像も神官も居なくなったら居なくなったで何とかするのは、それを今まで心の拠り所としてきた国民のたくましさだと思う。

 だから新しい法が生まれつつある祖国に二人が戻っても「神と共に戦った巫女が生還された!」と祭り上げられるだけだ。その後の人生を考えれば帰国など考えられない。あの国にとっては巫女の二人は神と共に華々しく戦死したのだ。

「そうしたら『黒龍師団ここで機械神操士として働いてほしい』って副師団長とあの自動人形に誘われてね」

 プルフラスが運んできた十三号機のグレモリーによって脱出できたミカルナは、リカルトを乗せてフィーネ台地近くに着陸させていた。自分たちを救出した同乗者に今後のことを訪ねると「回収が来るまで待つ。来なければ自力で帰還する。このグレモリーは貴女方に譲渡されたものだから自由に使って良い」とのことだったので、行く宛もない姉弟は自動人形と共に待つことにした。

 それから程無くして、十三号機と機械使徒の回収に目処がついた副長がキュアを伴ってやって来た。その際に黒龍師団所属の操士として生きる道を提案されたのだ。基本的に機械神操士は常に不足している。敵対していたとはいえ、それは悪意を持ったものではないので、副長は貴重な力を持つ二人に交渉し、二人はそれを受けた。

 キュアはとある意思を持ちし自動人形を経由して、ミカルナが機械神に対してささやかながらも抵抗を示したのを知った。彼女の中に生まれた小さな力は今後の世界の動向には必要であると判断し、その根幹は伏せた形ではあったが、副長に二人の保護を積極的に進めたのだ。

 黒龍師団所属後は、諸悪の根元は機械神五号機そのものであるという共通認識はあるが、ミカルナはともかくリカルトは機械使徒操士を痛め付け、機体をもれなく損壊させたのは事実として残る。

 その為今後の影響を考慮し二人の正体は伏せられ、黒龍師団の総力がフィーネ台地へ出撃する直前に操士選定を受けて機体が反応した一般の者とされた。だから決戦には間に合わず黒龍師団中央塔内で待機していたとなっている。

「というわけで私たちの顔を知るのはあなたたち姉妹だけだから黙っていて欲しいの」

「それは構いませんけど⋯⋯」

 今後正式に双子姉弟の身辺に関する守秘辞令が副長から言い渡されるのだろうと思いながら、車椅子に乗るリカルトを見下ろす。

 機械使徒の大群と真っ向うから戦った彼は、こんな姿になってしまったのか。

 ミカルナの説明によると、自分が興味を示すものに少しだけ顔を向ける老犬のような状態だという。だが巫女になる前のリカルトは、多かれ少なかれこんな感じだったとも語る。

 そしてこれが本来のリカルトなのかも知れないとリュウガも思った。真に恐ろしきはそんな彼に自分を動かさせた機械神という存在か。十三号機とはお互いがお互いの所有物であると認め合う関係となったリュウガは複雑な気持ちになる。少しでも偶然が螺曲がれば自分も彼と同じになっていたのかも知れない。

 二人に譲渡された十三号機のグレモリーはそのまま姉弟のものとされ、リュウナが大破させた旧グレモリーも修理完了後に二人に渡される予定だという。

 この二機を基礎にして五号機本体も機械神格納施設で新造が始まっている。旧五号機にいた自動人形も全てが無事であり、格納施設地下には作り置きされている予備部品があるので復活は早いと思われる。建造の優先順位はダンタリオン型機械使徒の増産計画の次に早く設定された。

「私たちは明日にでも二号機を貸し出されて雲の移動制御の交替に行く予定なの」

 その新五号機が完成するまでは二人の姉弟は数少ない機械神正操士の一員として、ダンタリオン型機械使徒が複数運用できるようになるまで雲の移動制御の交代要員を任され、二号機で働くことになっている。

 ミカルナとリカルトはその二号機を使用した操士選定を改めて受け、二人とも機体は反応し操士としての資質は失われていないのが確認されている。

 リカルトはこんな状態だが姉が一緒に乗っていれば機械神を動かすことは可能であり、姉が動かすときは弟がその介添、弟が動かすときは姉がその監視と役割を入れ換えることにより、二号機の暫定操士となる。

 その為に二号機を使った機械神操士選定は二人が最後になり、その後はようやく修理が終わった一号機が復帰する。

「そのまま二号機を持って逃げ出そうとは思わないんですか」

 様々な苦難を越えてきたリュウガが敢えて辛辣に訊く。

 彼女たちの下に機械神が一つ渡されたのだ。それを使えば何処へでも自分たちを自由にしてくれる所へ行けるとは考えるが

「もう、帰る場所を無くすのはごめんよ」

 ミカルナが少し困った顔で答える。

 機械神があれば確かに全てが自由になるが、帰る場所を作るのも自分の自由という仕事が発生する。そこまで達観出来る者は果たしてどれだけいるのか。

「そうですね」

 リュウガも帰る場所がある大切さを知っているのでそれ以上は追求しなかった。

「それはそうとわたし、どこかで嘘をつきました?」

 その代わり最初にいわれた言葉の意味を訊いた。

「『もうお会いすることもないかもしれません』っていったじゃないあの時」

 すごく幸せそうな笑顔でミカルナが言う。

「こんなにも気持ちの良くて素敵な嘘もないけどね」


「やっぱり行くんですね」

 旅立ちの日になりリュウガは改めて訊く。

「うん。自分で決めたことだから」

 旅支度を終えたリュウナが扉の前に立つ。

 リュウナは世界が水没しなかったことによってどれだけの影響が出ているかの調査の旅に出ることを志願しそれが了承されたのだ。

「それにこの右手のこともあるし」

 リュウナの右手は今後どうなるのか、そして元の手に戻す方法はあるのか、それの探索も含まれている。だからこそ黒龍師団本体から長期に離れる許可が下りたようなものなのだが、副長は有能な彼女のことを手放すのに大変悔しがったに違いない。

「まあ、わたしも早いところ姉離れをしないといけないからね」

 実は彼女にとってはこれが一番の理由であったりする。このままでは無意識の内に姉に頼ってばかりだと。だから物理的に離れる手段を選んだ。

 そしてもう一つ。

 機械神を破壊した伝説の機械使徒を語り継ぐ。

 主を生かして約束を果たさせるために消えていった愛機プルフラスへの罪滅ぼし。自分は機械神を破壊した女の二人目にはならない。その称号は全部愛機にあげるつもりだ。

「わたしは一生妹離れが出来そうにないんですけど」

「⋯⋯お姉ちゃんにはこの前百人規模のお嫁さんが出来たでしょ」

 まだ寂しそうにぐずぐずいっている姉に妹がそう言いきかせる。

 整備を終えたダンタリオンが雲の移動制御に出発する前日、壮行会をやるからとリュウガは黒龍師団中央塔前の大駐機場に呼び出されていた。

 こんな広い場所で何を? と思っていると隠れていたダンタリオンの乗員が飛び出してきた。全員が花嫁衣装姿である。

 そして「わたしたちをお嫁さんにしてくださーい!」と叫びながら迫ってくる白い波にリュウガは一瞬で飲み込まれた。中央塔に黒龍師団を離れる許可申請に行っていたリュウナはそれを目撃してしまい、微笑ましいというよりも唖然としてしまった。この時になってようやく教官の無事な姿を見れた者が殆どで、全員が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらリュウガを囲んでいる。

 その気持ちを慮ってかその後に一人一人のベールを捲って、わざわざ一人ずつ額に口付けしている姉の姿を見て、自分もどこかで白いワンピースと白い被り布を手に入れて混ざってやろうかと思ったが、止めた。今のリュウガは彼女たちのもの。自分が独り占めしたければ二人きりの時にいくらでも出来る。そう思えるくらいにリュウナも今回の事で成長した。

「わたし自身はいつごろお嫁さんにもらってもらえるんですかね?」

「嫁に行くんなら早くしてよ、後ろがつっかえてるんだからさ」

「⋯⋯努力します」

 姉妹らしい遠慮のない言い合いが暫くは出来なくなると思うと寂しいが、送り出すときは笑顔でありたいと思う。そして帰ってきた彼女を迎えるときも変わらない笑顔で。

「じゃあ行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 ダンタリオンの後継機である機械使徒番外四番機・アンドロマリウスが完成し、人員が募集され、本日その入隊式を迎えた。

 結局男女混合も男性に一新も行われず、集められたのは全員女性。ダンタリオンの乗員が見せた不屈の闘志を受け継ぐにはやはり同性という意見があったのだろう。

 そしてダンタリオン乗員が残した重力変動での重力面の作り方や電磁誘導制御のやり方は教本という形になって新人たちに伝えられる。

 愛機ダンタリオンと共に今も空を駆けている彼女たちは本日この瞬間、後進から先達となり、本当に未来へ紡ぐ為の最初の礎となったのだ。

「これよりアンドロマリウス新規乗員入隊式を始める」

 黒龍師団中央塔前大駐機場に分割されたアンドロマリウス分離機が十六機並べられ、その手前に百人規模の女の子たちが整列している。緊張の面持ちの全員を見回しながら副長が訓示を始めたが

「俺は長話が好かん性格でな、早速だが教官の紹介をしよう」

 副長はそういいながら少し離れた場所に待機していた長身の女性を呼び寄せ、自分が居た位置に代わりに立たせた。

「今日からお前たちをシゴく、機械神を破壊した女こと紅蓮の死神だ」

 副長は含み笑いを見せながら彼女のことを紹介した。

「みなさん始めまして、今日からみなさんを指導する機械神を破壊した女の紅蓮の死神こと、リュウガ・ムラサメです」

 リュウガも少し苦笑を混ぜながら自己紹介した。集まった新人たちは副長の煽りにどんなおっかない人が出てくるのかと冷や冷やしたが、身長以外は至って穏やかな淑女といっても良い女性が紹介されて安心した。

 リュウガは左手で右腕を支えるように前に出すと手の平を上に向ける。翳された右手の上に電磁誘導で空気が集められ重力制御で押し固められ水として凝縮していく。次の瞬間、出来た水塊に赤い光が灯ったと思うと水が爆発した勢いで一瞬で蒸発し、水蒸気となったそれは霧散する気配を見せず広げた手の上に留まった。

「雲だ⋯⋯」

 誰かが思わず呟く。

「みなさんの先達たちは愛機を駆ってこの雲を作り世界を救いました。そして今も遠い空の上で、作った雲が一つの所に影を落とし続けないように移動制御をしています。ここに集ったみなさんは、彼女たちの助けになるため新鋭機を乗りこなせるように今日から訓練をするのです。だから」

 希望に満ちた瞳の女の子たちにリュウガが言う。

「がんばりましょう、わたしと一緒に」


 ―Fin―

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