第五章(下)

「⋯⋯遂にこの日が来てしまったのね」

 ディアボロスの左の神像の操作室に座るミカルナは、映像盤越しに閉じられた神殿内の格納扉を見ていた。

 あの扉の先には殆どの国民が集っている。

 神託により天より降ってくる災害は翌日と定められていた。星喰機の帰還予定日はもちろんディアボロスも知っていて、それを神官は神の御告げとして伝えている。

 だからその前日の正午を討伐への出立日と決定していた。

 ミカルナはディアボロスを破壊する手立てをずっと考えていた。

 そこで思い当たった最良かつ唯一自分の手で出来ると判断したのが動力炉の暴走。しかも今のような待機状態では強制停止させられる可能性があるので、これから始まる戦いの最中で隙を見て実行しなければならない。

 更には元々が二身合一の機体。この先合体して戦闘形態に移行するのは確実で、それでは片方の機体の炉が暴走しても半分を投棄すれば良いだけになってしまう。炉の暴走と共にミカルナの乗る左神は再分離して右神を抱え込んで、離れられないようにしなければならない。

 そして一番の問題は、その状態からリカルトを連れてどの様にして脱出するかなのかだが

「リカルトを取り戻せるなら⋯⋯この世でもう会うことは出来ないのかもね」

 映像盤と機体越しにリカルトがいる右神の操作室を見る。

 機械仕掛けとはいえ神への反逆と破滅を誓ったのだから、二人の再会が代償になるのは仕方ないのかも知れない。

 ミカルナがそう考えるとき、扉が開かれた。

「ディアボロス! ディアボロス!」

 巫女の思いなど知らぬ呼び声に、リカルトの乗った右の神像が動き出す。ミカルナもそれに合わせるように自機を進ませた。

「静まれよ! 民衆よ!」

 背後で二体の神像が停止したのと同時に神官の説教が始まる。

「さあ、これから征討なされる神を歓送するのだ! 民衆よ我は神と共に往く!」

 神官はそう叫ぶと法衣の中の脚を奇妙な形に曲げ宙に浮き出して、そのまま左の神像の方へと浮揚していった。

「神通力だ!?」

「神官もディアボロスと一緒に往かれるのか!」

 神官が最後に見せた不可思議な術に民衆が更に熱狂する。

「あなたも一緒に行くの?」

 操作室に入ってきた神官を煙たがるように言う。これでは計画が狂う。戦いの最中に神官をどうにかして黙らせる必要も増えてしまった。

「これも神の思し召し、神の御言葉に従ったまでだ」

「そういうと思ったわ」

『神官は姉さんの方の神像に乗るんだ、なんか嫉妬しちゃうな』

 神官がミカルナの方の機の中に消えてリカルトより不満を訴える通信が入る。

「リカルトには良く働いて貰わねばならぬからな。要らぬ重石は姉に任せておけ」

『分かったよ』

「なに、私が直前になってリカルトを連れて逃げないようにするための監視?」

 ミカルナはいきなり邪魔をしてくれた相手に精一杯の嫌味をいうが

「お前がディアボロスを自壊させないための監視だ」

 神官のその言葉に、既に相手には自分の考えが見透かされていたことに背筋が凍る。

「⋯⋯分かってたの?」

「お前が特に騒ぎ立てることもなくおとなしく操作席そこに座っている時点で、他に選択肢は無かろう」

 民衆の気持ちを掌握し続けたこの神官の洞察力に改めて戦慄を覚える。

「全ては神の御言葉に従うまでだ」

 ミカルナの心が分かったのか神官はそのように嘯く。

「⋯⋯何をいっても『神の御言葉』じゃ話にならないわ」

「仕方なかろう、私は神の意思を嘘偽り無く伝える代弁者に過ぎん」

 問答を続けていると、広場に鐘の音が木霊した。時計台が正午を告げる。

「リカルトすまんが、槌矛を落としていってくれ」

 それと同時に神官が無線で右神へ指示を入れた。

『え? 折角の武器を捨てちゃうの? これで星喰機を殴ろうと思っていたのに』

「残して行く民衆に少しは心の拠り所を置いておかなければな。ミカルナも棄ててくれ」

「それも神の御言葉なの?」

「勿論だ」

 鳴り響く鐘に民衆の熱狂が最高潮に達すると同時に、右神と左神が同時に携えていた槌矛を投げ棄てた。何をしたのかと一瞬静かになる民衆を後に右の神像が浮游し上昇していく。ミカルナも遅れてはいけないと左の神像を飛行状態に移行させる。

 徐々に遠ざかる地面には、再び二機の神像に向かい果ての無い歓声を送り続ける人々が残る。

 神も指導者も一度に居なくなった後の国民は、残された一対の巨大な槌矛だけを心の拠り所にして生きて行くしかない道をミカルナは哀れんだが、一瞬でそれは消えた。今はリカルトを取り戻すことが先決だ。


 ――◇ ◇ ◇――


 黒龍師団本部より全勢力が飛び立ち一日が経過した。

 フィーネ台地へと続く大陸の突端に人型となった四号機が、人の形をした空中艦隊を見上げていた。

『待ちかねたぞ』

 レベッカは全通回線でそういうと四号機を飛行させ先頭を飛ぶ三号機の横へと着けた。

「五号機の動向は?」

 副長は四号機への直通回線を開き訊いた。

『昨日の正午に飛び立った。向こうももうすぐフィーネ台地に着く頃だろう』

 レベッカも今度は直通でそれに応える。

「そうか」

 副長はそれを聞いて再び全通回線で発令する。

「総員、各自配置につけ。機械神とダンタリオンはこのままフィーネ台地へ向かう。機械使途群はフィーネ台地上空で待機、星喰機の進路を確保しつつ五号機を迎え撃て」

 今度は十三号機とプルフラスのみへ向けて回線を開く。

「頼むぞ、リュウガ、リュウナ」

『了解』

 この作戦の要となる二人の姉妹は、重なり合うように応答を入れた。ごく当たり前のように奏でられる二重奏。それを合図にしたかのように機械神と機械使途の二群が地上と高空へ別れていく。

「?」

 リュウナのプルフラスが高度を上げようとした時、並んで飛んでいたダンタリオンが下降すると同時に発光信号を送ってきた。

『リュウナ操士またお会いしましょう』

 二日前の会議で顔を合わせた一番機機長だ。

 再会は生還の為に。それは定型文の一つだがお互いが生きて帰る意思表示。彼女の心が込められたものなのは分かった。

 一番機機長は姉の真価を知りこの作戦の概要を考え出した者。

 彼女には嫉妬する部分もあるが、掛け値無く頼りに出来るのももちろん分かる。

 だから最初は自分も定型文で簡単に済まそうと思った返信だったが、変えた。

「⋯⋯」

 しかし、文面を考えた処で急に恥ずかしくなってしまい、信号送信釦に入力したまま躊躇していると

『お姉ちゃんのこと頼む』

 操士の意思とは関係なく発光機が明滅して文面が送られた。

「なに勝手に動いてるのよプルフラス!」

 主のことを思ってか自立行動機能が自動で働いた。

「もう!」

 お節介で飾り気の無い愛機の優しさに戸惑いつつ、その所為であんな文面を送ってしまった恥ずかしさを紛らわすように、リュウナはフィーネ台地上空に向かって速力を上げた。


「⋯⋯みんな、今の見た、よね?」

 一番機機長が思わず集音機に向かって呟く。

『⋯⋯見た』

 拡声器から誰ともつかない声が漏れてくる。

 上空へ去り行くプルフラスが一つの発光信号を残して行くのを、乗員の全てが映像盤越しに見た。

 姉のことを頼む、しかも普段は硬質な彼女が時おり見せる「お姉ちゃん」という柔らかい言葉を使って。それは心からの信頼なのだと全員が受け取った。

「みんな、やろうよ」

 新たに思いを込めて、言う。

「教官が後ろに送ってくるもの残らず全部受け取って、空にでっかい雲を作ってやる。この世界を水の底なんかに沈めたりしない。私たちは世界を守るためにここまでやって来たんだから!」

『うん!』


 リュウガもダンタリオンとプルフラスが発光信号を送りあったのを後方警戒用の映像盤で見ていた。

「わたしはどれだけ歳を重ねても妹からずっとお姉ちゃんって呼んでもらえる幸せな姉ですね」

 照れくさくなりながらも、嬉しい気持ちは大きい。自分も発光信号か無線を送ろうかと思ったが、止めた。別れは済ませてきたのだ。後は約束を守るために努力するだけ。

「副長、十三号機が先行します。ダンタリオンはその場に固定。機械神各機は作戦通りダンタリオンの周囲に広がってください」

 リュウガは機械神各機とダンタリオンに無線を入れると、先を飛ぶ正規機械神群を追い越して地上に降下する。

 十三号機はフィーネ台地手前へ着地した。副炉もここまで来るのになんとか持ってくれた。

 リュウガは機体を待機状態にするとフィーネ台地の直上の空を見上げる。

 あの空の向こうから全ての終りと始まりをもたらすものがもうすぐやって来る。


 プルフラスの電探が北西から高速で接近する機影を捉えた。そして遥か上空、黒き星の海と呼ばれる天空の更に向こうからも接近、というよりも落下してくる何かも捉えた。

 高速接近中の物体ーー五号機は落下物に向かって高度を上げ始める。

「行くわよ」

 リュウナも迎撃の為に速力と高度を上げる。他の機体も追従する。


 ――◇ ◇ ◇――


『妨害が現れるのは予想していたけど』

 神像を駆る双子の姉弟も、操作卓にある電波探信儀で大軍といって良い群がフィーネ台地に向かっているのは分かっていた。

『すごい数だね。さすが悪の枢軸の黒龍師団。相手にとって不足なしだね』

「引き返すなら今だよ」

 黒龍師団の本気を形にした威容を見て、無駄とは分かりつつも言う。

『姉さんは優しいね。恋人みたい』

 少し疲れたようにリカルトが応える。

『でも、まずは目の前の相手を倒さないとね、そんな恋人みたいに優しい姉さんとの生活がこれからも続くなら』

 それでいて無理に声を弾ませる様に続ける。

『例えそれがぼくたちとディアボロスが墜ちる間の短い時間だけだったとしても、その生活を続けるためにぼくは戦うよ』

 そこで右の神像からの通信が切れた。

「あ⋯⋯」

 ミカルナはその言葉で、知った。

 リカルトが本当に姉との生活を続けるためだけに、巫女としての役割をこなし、今もこうして死地へ赴こうとしているのも。

 その純粋な気持ちには、ディアボロスに操られている要素が一切含まれていないこと。ディアボロスはただ彼に神言を伝えて活躍の場を用意しただけのこと。

 そして彼が姉からの恋心を感じてくすぐったい気持ちになっていることも。

「⋯⋯なんで私が引き返そうっていったとき何もいわなかったのよ」

 そのリカルトの心根を独り占め出来ず、神官にも聞かれた悔しさを紛らすように言う。

「リカルトはこう思っているのだろう、私がお前の事を人質にしている」

「そうじゃないの?」

「そう判断するのは勝手だ。私が憎まれてディアボロスが良く動くのならそれで構わん。だから私からはこれ以上何もいう必要はない」

「⋯⋯あなたこそ本当に勝手ね」

「全ては神の御言葉に従うまで」


 ――◇ ◇ ◇――


 二体の神像とプルフラスが接近しつつ上昇していく。

 視認出来る位置になると、リュウナは相手に『私と戦え』と発光信号を送った。

『発光信号なんてまだるっこしい方法は好かないね』

 突然聞いたこともない青年の声が無線機から流れてきた。

(強制回線!?)

 相手は周波数を高速で変更し続け、通信回線を合わせてきた。どうやらここにいる全ての機械使途と周波数を合わせたらしく、共通回線からどよめきが聞こえる。その凄まじく強引なやり方を可能にするが機械神であり、そんなものを相手にすることに改めて戦慄を覚える。

『僕たちの邪魔をしないで欲しい。これから世界を水没から守るために天から降ってくる災厄を討ちに行くのだから。そして僕たちの生活を続けるためにもね』

 これはリカルトの声なんだとリュウナは判断する。

「わたしたちだって世界を水没から守りに来たのよ! そのためにはあなたたちが邪魔なの!」

『へえ、降ってくるものを撃ち落とす以外に方法があるなんてね。でもそんなものは今さら知りたくない。僕たちは正義のためにここまで来たんだ』

「その正義を果たそうとすれば、その次には機械神と自動人形が世界を滅ぼしに来るのよ!」

 お互いの攻撃の間合いが届く範囲まで近付いたリュウナは、白兵戦武装である近接用ナイフを自機に引き抜かせる。そしてそのままの勢いで二体の神像へ挑もうとするが

『リュウナ! まだお前の出番じゃない!』

 無線から他の機械使途操士の声が流れた直後、プルフラスの後方から放たれた砲弾が右の神像へと直撃する。

『おっと不意打ちとは卑怯じゃないか。装甲が少しへこんでしまったよ』

 右の神像の頭部の上に乗る五号機上半身の両側面の部品が持ち上がると、砲撃した機械使途とプルフラスへ同時に放たれた。共通する機械神の下腕であるそれは、射出鉄拳ロケットアームという中距離兵器である。

 それはプルフラスの近接用ナイフをかすり得物を取り落とさせ、もう一つは脇を通過して砲撃した機械使途へと直撃した。機械神の下腕は大型駆逐艦か小型巡洋艦と同じだけの重さ。しかもそれが高速で飛翔するのだから、回避出来なければ大破は免れない。

 空を裂く鋼鉄の神の拳を喰らった機械使途は、一瞬で戦闘不能となり落下する。ある程度原型を保ったまま墜ちて行くが、戦線復帰は無理だ。中の操士も攻撃を受けた瞬間に全身打撲だろう。

 撃ち放たれた下腕は反転して本体の方へ戻り再接続される。

『今の内に合体しておくことにするよ、こっちは防御戦になりそうだし』

 無線からそんな言葉が流れた後、二体の神像に接合されていた巨大部品――五号機本体が外れると変型を始めた。その無防備な状態の隙を突いて攻撃を試みる機械使途もいるが、本体から外れて身軽となった神像部分であるグレモリーに阻止される。

 二つの部品がそれぞれ上半身と下半身へと変型するとそれが上下に接合される。人型となり尖塔の様になった両肩格納庫へとグレモリーが収納される。

 機械神五号機・ディアボロス。「最恐」の機体がここに真の姿を現した。

『恐れるな! 一撃でも食らわせるのが俺たちの役目だ!』

 プルフラスの影に隠れるように接近した機械使途の一機が飛び出し、五号機に向けて握った槌矛を降り下ろす。それは相手の胴へ斜めに打ち込まれたが、装甲が多少陥没した程度で本体の機能に損傷を与えられたとは思えない。

『!?』

 凄まじい防御力を見せ付けられた油断を突かれ、得物を掴まれ奪われる。

『槌矛っていうのはこうやって使うんだよ』

 強引に奪い取った相手の打撃武装を、五号機は軽い取り回しで振り回す。その無造作な一撃を食らい、速攻をかけた機械使途は機体を崩壊させながら落下していく。

『どうしたの? 威勢が良いのはこれで終わり?』

 奪った槌矛を弄びながらリカルトが言う。

 機械神が相手では機械使途でも一撃を与えるのが限度。キュアの説明をリュウナは思い起こす。逆にいえば一撃すら加えられなければここに来た意味が無くなるということ。

 圧倒的戦力差にリュウナも含めた機械使途操士たちが改めて戦慄する。


 戦慄するのは同乗する姉も同じだった。

「なんでリカルトはこんなにも上手く動かせるのよ」

 ミカルナもそうであるがリカルトも、神像の状態の分離したディアボロスを歩行させて槌矛を使って水を撒いた経験しか、動作させた経験はない。

 それを何故リカルトは戦いの熟練者の如く、あれだけの大群を前にして臆することもなく操れるのか。しかも未経験の合体機能すら動かし、その操作はリカルトが全て行ってミカルナはただ座っていただけ。

「神の御言葉を聞き、神の御言葉の通り動かしている。それだけに過ぎん」

 神官が冷静に応える。

「この一戦で自らが良く動くために、一番良く働いてくれるだろう者。それがリカルトがディアボロスに選ばれた理由。巫女として最高の素質」

「それって⋯⋯」

ディアボロスが望みしこの瞬間、ようやく訪れた。さぁ神の望みと引き換えに世界に回天を!」

 その時、対峙する二つの勢力の間を赤熱した巨体が通過した。

「⋯⋯あれが、星喰機」

 リュウナが思わず呟く。確かに十三号機を身軽にしたような機体を一瞬視界に捉えた。

『キミたちの攻撃と自分たちの合体変型に気を取られて、目標を通過させてしまったよ。どうせこのまま追わしてはくれないんでしょ?』

 呆気にとられたリカルトの声。

『仕方ないからキミたちを全部やっつけてから追撃することにするよ。ぶん殴るための得物も手に入ったことだし』

 ここに来て遂に五号機の攻撃目標が機械使途たちへと変更された。

 そして最前面にいるプルフラスに攻撃しようとした瞬間、他の機械使途から再び攻撃を喰らう。

『リュウナは下がれ!』

 無線から流れた声と同時に何機かの機械使途がプルフラスと五号機の間に立ちはだかった。敵わぬ相手でもやるしかない。ただ一撃を見舞うためだけに全力で突入する。

 一機がこの一戦の為に支給された三十一吋対機械神銃――対神銃を放つ。直径八十糎もある砲弾の直撃を食らって流石に仰け反るが貫通には至らない。

『五月蝿いなあ』

 リカルトはそういいながら腰部に設けられた18インチ主砲を発砲、対神銃を当てた機械使途の方が逆に致命傷を負い撃墜される。

『リュウナ! お前は最後の切り札ラストリゾートだ。ここで沈んでもらったら俺たちが困る!』

 そういいながらまた一機が対神銃を撃ちながら肉薄を図るが、射出鉄拳ロケットアームにより沈黙させられる。

「み、みんな⋯⋯」

『別にお前の犠牲になるためだけにやってるんじゃない、俺たちが一機ずつ一太刀でも浴びせられればそれが成功に繋がる。そのためにやってるんだ!』

 そうはいわれても自分を最後まで生かすため、一撃を喰らわせる度に次々と落とされていく僚機を見るといたたまれない。覚悟していたとはいえこんな気持ちが続くのは嫌だ。

「⋯⋯あ」

 この気持ちを少しでも紛らわそうと電探を見ると、星喰機がもうすぐ地上に到達するところだった。

 これから姉の戦いが始まる。自分より遥かに生き残れる可能性が低い戦いが。

「お姉ちゃん⋯⋯」


 高空から降下してきた星喰機が地上到達に連れて速力を落とし始める。

 フィーネ台地の山内に軟着陸しようとすると、近付いただけで凄まじい蒸気が上がり始めた。蒸気になり損ねた氷は沸騰したまま間欠泉のごとく周囲に噴き出す。そして溶解して出来た水を周囲の岩山が支え切れなり徐々に溢れ出し、目の前に立つ十三号機に向かって津波の様に押し寄せ始めた。

「⋯⋯」

 リュウガも電探を見て、見えないものを見ていた。妹の機体を守るように他の機械使途が落とされて行くのを。

 しかし今は自分に与えられたことをやるしかない。

「龍焔炉起動」

 リュウガの指示と共に機体が鳴動する。同時に体の中に何かが流入してくる感覚。

 変形などに普段使う場合は、機体内に必要な動力量が溜まった辺りで止めるが、今日はそれは出来ない。

 そして通常の稼働時間を超えたとき、腕に今まで感じたことも無いほどの凄まじい熱さと痛みを感じて、思わず目を瞑る。

「⋯⋯あ」

 恐る恐る瞼を開くと、両腕の肘の辺りが消失していた。前後に分かたれた腕は稲光の様なものが繋いでいて腕の形そのものは残っている。

「まだ、動く⋯⋯」

 手も指も動かせた。電磁誘導と重力制御が無意識の内に発動しているのか、腕の機能は保たれている。しかし消失部分からジリジリと少しずつ焼かれるように磨り減っているのが分かる。

「動くのなら、まだ大丈夫」

 リュウガは十三号機の重力変動装置を起動させ重力面を作り出す。副炉では考えられないほどの超広範囲で広がっていきフィーネ台地の裾野を覆う。重力面にぶつかった排水は流れを変えて十三号機に全てが向かってくる。

 今度は電磁誘導と重力制御の二つで極大の火球を作り水の進路を遮るように置き、蒸発させる。

 最後に電磁誘導のみを使い水蒸気となったそれを機体後方へと送る。

「後は頼みましたよ、みなさん⋯⋯」


「来た!」

 遥か前方に位置する十三号機の両脇から水蒸気が放出され、それが竜巻状に上昇する。ダンタリオンはその進路を先回りするように、機位を上げる。

「作戦第一段階! 三番機から十六番機までは重力面を形勢、あの水蒸気を囲え! 二番機は出力全開、足りない分を補え!」

『了解!』

 機体を後退させながら上昇しつつ、複数の重力面を組み合わせて籠のような形を作り、水蒸気を誘い込む。

『そろそろ良い感じにまとまってきたと思うよ』

「よし」

 籠状の重力面に取り込まれた水蒸気が巨大な球状になってきた。このまま密度を増したら降雨が発生するギリギリの判断。

「作戦第二段階! 重力変動装置停止、電磁誘導操作開始! ありったけの塵と微結晶を集めろ!」

『了解!』

 ダンタリオンは重力面を霧散させると創成した雲の素の中へ飛び込んだ。その中心で機体を静止させると、電磁誘導を起動させる。周囲に漂う塵や微結晶が引き寄せられ雲の層が厚くなる。

『両肩の接続が少しずつズレ始めているよ。機体が嫌々を始めたよ』

「早速か!」

 二番機機長の指摘に、一番機機長が固有の電磁誘導機能を作動させる。16基の動力炉が全力稼働を始めた途端に機体が悲鳴を上げるとは。

「ダンタリオン! あんただって紅蓮の死神の教え子なのよ! 教官が前で頑張ってるんだからあんただけそんな簡単に墜ちようとするな!」

 一番機機長は絶叫と共に電磁誘導で見えない軌道を肩部に合わせて横向きに作り出し、それに沿って両肩を動かして機体中心へ押し込むようにする。こんな無茶をしてどこまで持つか分からないが、後は機械神譲りの機体剛性を信じるしかない。

『腰も外れかかってきたよ』

「わかった!」

 今度は電磁誘導を縦向きに配置して下半身が落下するのを押さえ込む。

 そうして機体を無理やり宥めていると、雲の素が十三号機から送り続けられる新たな水蒸気も取り込み始め、徐々に巨大な層雲へと膨れ上がっていく。

 壮絶なる操作の連続で何とか自分たちの役目の雛型が出来たのを確認すると、一番機機長は作戦の流れを受け渡す通信を入れた。

「機械神操士の皆さま方、あとお願いします!」


『――機械神操士の皆さま方、あとお願いします!』

「了解した」

 無線から流れてきた懸命な声に副長が代表して応答する。

「機械神全機へ。重力面を形成し雲が広がりすぎないように抑え込め」

『了解』

 複数の応答が流れ、機械神が自分に与えられた仕事を始める。特に誰が指示する訳でもなく突出することもなく、各機は有機的な繋がりを見せて配置につく。重力面を展開しながら微量ずつ範囲を拡大し、雲が広がり過ぎないように制御する。

 さも当たり前のように行われる見事な連係に加わりつつ、副長はその中心となる機械使途を注視していた。

「リュウガも随分と頼もしい娘たちを育ててくれたものだ」

 全員を無事なまま連れて帰りたいと副長も願う。


「向こうも良く考えたものだ」

 五十機近い数を倒し続けて最後に数機が残った機械使途を見ながら神官が言う。

「自動人形にこのディアボロスをこのまま維持するのを折り合いをつかなくさせて離れさせようとする魂胆なのだろうが、黒龍師団が保有する物量があってこそ成立する作戦だがな」

 五号機が星喰機に襲いかかれば、複数の機械神が現れ、今頃は撃破されているものだと予想していた。

 しかしやって来たのは格下の使徒。

 星喰機を無事帰還させることと、世界を水没から回避させるのを同時進行させるのを優先させる為に、現有する機械神の全てをフィーネ台地へ向かわせている。

 その代わり出撃出来る全ての機械使途をこの決戦へ送り込んできたのだ。

 機械使徒はその殆どが墜ちたが、代わりに全ての機が一太刀は浴びせて己に与えられた役目は果たした。貫通には至らぬが装甲に破口は開いている。自動人形が無数にできた損傷部の応急修理を行っているが、外からは見えない内部破損も著しいらしく間に合っていない。

「そしてその計画は成功だ。損傷が修復の回転を超えた。それを鑑みて自動人形は五号機を放棄することと決定する。相手は本機を粉々に砕くまで手を止めぬ覚悟の様子。撃墜した機も応急修理が間に合えば再戦闘を試みる筈。それではこのまま中にいても常態維持は完遂出来ん。以上の理由により現有の機体は廃棄品となり、今より新たな五号機の新造を行う準備を開始する」

「私たちはどうなるのよ?」

 どんな手段を用いて自動人形の行動を把握するのか――本人に問いても神の御言葉としか言わないだろうが――神官の説明する今後の行動に、ミカルナが抗議する。

「神へ最後まで忠義を尽くしてもらうしかないな、巫女であるのだから」

「⋯⋯勝手ね」

「信仰とはそういうもの。そして信仰国家という土台を用意した自動人形は独自の時間軸で動くもの。自動人形を信用してはならん」

 五号機の機体の各所から人型の物体がこぼれ落ち始めた。自動人形だ。ある程度落下すると飛行形態に変形し大地へと降下していった。

「それにこのまま壊れてゆけばお前の本懐も叶うのでは無いのか?」

「リカルトが取り戻せない本懐じゃ⋯⋯嬉しくないわ」


「これでようやく五分の勝負になった訳よね」

 リュウナが言う。

 自動人形が五号機を見棄てるまでに、機械使途はプルフラスを含めて3機が残った。計画としてはこちらが有利。

『五分? 冗談をいってはいけないね』

 拡声器から落ち着き払った青年の声が流れる。

『まだこっちは本気の姿を見せていないんだから』

 五号機の上半身と下半身が再び分離する。それらが小さく纏まるように変形するのと同時に右肩の格納庫からグレモリーが再び飛び出してくる。そしてグレモリーの背後に分離変形した五号機が並列に装着された。機械神そのものを機動武器庫とする、最終戦闘の構え。五号機が「最恐」といわれる所以。

『これがディアボロスの全開戦闘形態』

 その言葉と同時に射出鉄拳ロケットアームと18インチ主砲が同時に発射されプルフラスの両脇にいた機械使途に直撃し、倒された。これで残るはリュウナの機のみ。

『さあ、どちらかが墜ちるまで楽しい輪舞を踊ろうよ』

 下腕を再装着しながら五号機が間合いを詰めてくる。背後の分割した五号機を個別に動かし反動重量カウンターウェイトにすることによって、変則的な動きを見せる。元々が高い機動力に加えて、動きが読めない不規則な運動性で襲い掛かられ、リュウナは自機に攻撃を回避させるだけで手一杯になった。背中の増装備をこちらも反動重量代わりにして応戦するが、プルフラスという常人には扱いきれない機体でこれなのだから、他の機械使途では全く歯が立たないだろう。

 だが、余裕を見せる五号機の各部から、鳥の呻き声のような音が聞こえ始めた。金属同士の接合部が円滑に動かなくなり軋みを上げている。潤滑油が減少しているのだが、受けた損傷を自動回復させるものが居なくなったので、もう元には戻らない。機体崩壊が始まっているのだ。

 しかしキュアの言葉によればこの状態でも一日は動く。

「ここからが本当の五分の勝負――本番というわけよね」


 水災と対峙を続ける十三号機の装甲の一部が、内側から膨れるように吹き飛んだ。龍焔炉の連続稼働により機体が持たなくなって来たらしい。

 元より十三号機は龍焔炉を未来に送り込むために作られた移動できる容器でしかないので、炉を外してそれに見合った別の機械に載せ替えるのが本来の使用方法なのかも知れない。

 しかし今はこの十三号機がその力を発揮できる唯一の手段。

 十三号機の爆発被害を受けた区画が応急注水され、炎や煙が消えたのを確認すると排水される。強制的に沈静されたそこには、両脚と右腕が吹き飛んだ自動人形が床に残されていた。

 別の区画にいた自動人形がそこへ入って来た。機械仕掛けの彼女の左腕も損傷したのか無くなっている。

 自分の担当区域に現れた相手に対して、四肢の大半を失った自動人形は機械眼でこう伝えた。

 ――私の左腕を持って行け――

 隻腕の自動人形は左肩から先の残った損傷部分を外すと、横たわる相手から左腕を取り外し自分に取り付けた。

 ――其所で暫く休め――

 四肢を万全に戻した自動人形は機械眼でそう伝えると自分の担当区域へ戻っていった。

 残された大破の自動人形は誰かが自分を回収に来るまで待つことにし、思考回路を休眠させた。


 五号機の軋み音が鳥の呻き声から怪鳥の咆哮と呼べるまで酷くなった時、動作が一瞬崩れたのをリュウナは見逃さなかった。

「隙ありよ!」

 リュウナは自機に予備の近接用ナイフを引き抜かせるとグレモリーの左肩から右腰に向かって切り裂いた。そして返す刀で胸部に刃先を突き立てる。

「やった⋯⋯?」

『果たしてそうかな?』

 五号機本体からの接続が解かれ、損傷を受けたグレモリーが投棄される。そして今度は左肩格納庫に収容されていたグレモリーが飛び出して改めて接続される。

「!?」

『グレモリーはもう一機あるんだよ、忘れてた?』

 リュウナも、もう一機のグレモリーの存在は余りにも激しい戦闘の中で失念していた。損傷を受けた機体中心部を取り替えた五号機が、再びプルフラスを襲撃する。

 そして、役目を終えた方のグレモリーは膨張を続ける雲の中心へと落ちていった。


『上空から落下物接近。要回避よ』

 電波探信儀に表示される異常を即座に見つけた二番機機長の声が拡声器から流れた。

「ちょ、この空域に固定しているだけで精一杯だよ!?」

 一番機機長も慌てて電探を確認すると、機械使途級の大きさの何かが本機への衝突進路で上空から迫っているのを知った。撃墜された僚機の誰かか。だが、雲の創成と機体の維持だけで機の全機能の殆どを使っているために移動すら困難な状態。

『主砲は!? 直撃の威力で進路変えちゃえば!?』

『今は実弾だよ!? 人が乗ってるかも知れないのにそんなことできないよ!?』

 手を拱いている内に衝突を回避するのが困難な距離になった。ダンタリオンは機械神一号機を元にした余裕のある設計だが、機械使途ほどの大きさの物体に激突されたらただでは済まない。

 十三号機から送られてくる水蒸気はまだ止まる気配を見せない。ここで自分たちが墜ちれば水分を大量に含む雨雲になってしまうだろう。そんなことになれば大陸の一つは沈める雨量が発生する。ここまで来たのにそんな結果にはなりたくないと全員が思う。

「総員手近な物に掴まって! 対衝撃防御!」

 この状況では今まで苦楽を共にした機械神譲りの愛機の防御力しか頼れない。一番機機長の叫びに全員が衝撃に備える。

 そして。

『――』

 衝突による激震があっても仕方のない時間が経った時。

『――歴史に幕を降ろすにはまだ早い』

 その声が拡声器から流れた。人の声ではなかった。

 全員が映像盤を見た。白く渦巻く視界に見え隠れして、機械で出来た巨人の背中が見える。その巨人はダンタリオンと同じような形をしていて、女性のような形の物体を受け止めるように抱えていた。

『なんだ、五号機のグレモリーではないか。とんだ拾い物だな』

 機械神一号機・アスタロトがそこにいた。

「は、鋼の女神さま⋯⋯?」

 拡声器から流れる人ではない声。それをすぐ近くで聞いたことのある一番機機長は、黒龍師団の真の統率者である鋼鉄の淑女――キュアの機械声であるのが分かった。

 一号機の最終調整をようやく完了させたキュアは後れ馳せながらフィーネ台地へと急行した。機械神の自律行動機能を駆使して一号機をここまで進ませてきた時、高空で戦闘を続ける二機から何かが投棄されるのを察知する。それの落下進路が巨大化を続ける雲の中心へと向かっているのを確認すると、そこにいるであろうダンタリオンを防護するために駆け付けた。

『女神の加護は一度きりだ。後は自分たちで切り抜けろ、次代を担う者たちよ』

 自分が影でいわれている愛称を知ってか知らずかキュアはそういい置くと、グレモリーを抱え直して一号機を降下させた。まずは新しく増えた同胞の回収が優先であるので、フィーネ台地の中心で冷却中の星喰機の下へ向かう。

『⋯⋯私たちって守ってもらってばっかりなんだね、鋼の女神さまやムラサメ教官に』

 雲の外へと消えていく一号機を見ながら、誰かが言う。その呟きはみんなの総意。

「でもそれも今日で卒業しなきゃ。ここで終わりじゃなくて始まりにするのよ」

『うん』

 一番機機長の声に全員が頷く。

「雲の形成を続行! 世界を絶対に水没から守るわ! 総員最後まで奮闘よ!」

『了解!』


「⋯⋯」

 十三号機の機体各所で爆発が起こっているのはもちろんリュウガも把握している。

 しかし、どうすることも出来ない。

 リュウガの腕の消滅も進んでおり、下腕は手首の位置、上腕は肩口に少し残るだけになってしまった。

 リュウガ自身も、もう身動きが取れない。龍焔炉の制御機の一部としてこの操作室にただいるだけで精一杯。

「ごめんね十三号機⋯⋯ううん、クロキホノオ、わたしのために傷付いて」

 リュウガは十三号機を真の名で呼んだ。自分の身が削られるのも厭わずに、少しずつ傷付いていく愛機の心配をした。


 ⋯⋯オマエハワタシノモノ⋯⋯


 全ての始まりの日に聞いたあの声が聞こえてきた。

「あなたは生きているの? 意思があるの?」


 ⋯⋯ワタシハオマエノモノ⋯⋯


「あの時わたしを助けてくれたのは、この時のためだったんですか?」

 あの時そのままキュアに処刑されていれば、世界を焼き尽くす可能性がある危険な存在をただ処分した、それだけの記録が残っただけだったろう。

 でも今この瞬間、自分は世界を救うために、世界を焼き尽くせる力を使っている。あの時この世界から居なくなっていればそれは不可能なこと。


 ⋯⋯オマエハワタシノモノ⋯⋯ワタシハオマエノモノ⋯⋯


 それに対する十三号機クロキホノオの答えはお互いがお互いの所有物であるということ。

「⋯⋯もしかして、あなたが今この時世界を救いたかったから、それにはわたしが必要だから、だからわたしのことを助けてくれたんですか?」

 十三号機クロキホノオも、正規の機たちに対する余剰の機。しかし自分の中には世界を容易に壊す力が眠っている。リュウガがいれば世界を壊せる龍焔炉それを起動出来る。だから。

 それを世界を救う力に使えれば。それが出来れば。それがしたかったのだ。それを。

「あなたも同じなんですね、わたしと」

 リュウガの体はこのまま行けば全てが燃え尽きてしまうだろう。十三号機クロキホノオも、新造した方が早い段階まで壊れるだろう。

 でも、それだけの危険な力を破壊ではないことに使えたことを、一人と一機は嬉しく思う。そして一人と一機が出逢えなければ、それは成し得なかった奇跡を、想う。

「わたしはあなたのもの⋯⋯あなたはわたしのもの」


 どれ程の時間が経ったのか。気付けば辺りは闇に包まれていた。

 そして遥か下に見える海の向こうが白んでいる。夜明けが近いらしい。

『戦っててようやく分かったよ、その腰の部分が操作する場所なんだよね。姉さんがディアボロスになった時といる場所と同じだ』

 青年の声と共に五号機の上半身部右腕が持ち上がり、狙いを相手の中心の少し下に定める。

『墜ちちゃえ!』

 五号機から射出鉄拳ロケットアームが撃ち出されると、プルフラスの腰部右に命中しめり込み、煽りを食らい右脚も付け根からもげた。その衝撃はリュウナのいる操作室まで伝播し、右壁面が盛り上がって彼女を押し潰そうと迫る。

「!?」

 致命傷は免れない――が

「⋯⋯」

 外れかかった計器類の中にリュウナが埋もれている。彼女はその中で右手を盾にして押し潰されるのを抑えていた。手袋が所々切れて硬質な表層が見え隠れする。

「わたしは⋯⋯紅蓮の死神の妹、この程度で墜ちるなんて許されない」

 リュウナは残った手袋を剥ぎ取ると機械で出来た人の手をさらけ出す。渾身の力を込めて押し返す。腰部に突き刺さった五号機の下腕が少しずれた。

「そして」

 無事な方の左の操作桿を動かしプルフラスの左腕で五号機の下腕を掴む。

「二人目の機械神を破壊した女になる者よ!!」

 絶叫と共に五号機の腕を引き抜き投げ捨てる。落下していく五号機の下腕は本体に戻る気配もなくそのまま落ちていく。内部損傷著しい五号機も操作室を狙った一撃が最後の大きな一手だったか。

 リュウナはそのままの勢いで機体を近接させ、まだ動く右の操作桿を取り回しプルフラスの右腕を振りかぶらせ、今の五号機の中心である女性型機体の腹へと叩き付けるとそのまま貫いた。

『!?』

 背中に貫通した手部が、背後の五号機上半身本体を掴む。

「やっと捕まえた」

 相手の驚きなど無視して、左腕も使い相手を抱え込む様に固定させる。万力で締めるように動かなくなると同時に、右の操作桿の手応えがなくなった。操作装置の多くが限界を超え効かなくなる。

「出番よ十三号機のグレモリー!」

 自機の動きを犠牲にして相手を完全に固定させたリュウナは、まだ生きている釦の一つを操作する。プルフラスが背負う棺桶状の装備が展開すると中から巨大な細見の機械が飛び出し、五号機の下半身の方に取り付いて抑え込んだ。キュアたち自動人形が急造した増装備は、移動部品保管庫でもある十三号機が積んでいた五号機用の予備部品を、今この瞬間に使うためのものだった。

 そして胸部の開閉扉ハッチが開かれると、二体の自動人形が飛び出し、別れて二つある五号機操作室へと向かう。

『!? 姉さん!』

 それが内部に突入して、操作する巫女を直接倒す役目を担ったものだと思い込んだリカルトは、まだ動くグレモリーの左腕で五号機下半身の出入扉を開けて中に入ろうとしていた自動人形を寸前で捕まえた。

「な!?」

 それを見ていたリュウナは、自分が何も出来ないのに気付き愕然とする。プルフラスはもう動かない、自分が出て助けに行こうにも潰れかけの操作室に取り込まれてしまって身動き出来ない。自動人形キュアの腹すら打ち抜く力で何とか機器を押しどけようとするが時間が無い。

「十三号機のグレモリー! 自動人形を助けて!」

 リュウナからの指示を受けたグレモリーが同型の相手に捕獲されている自動人形を何とか取り戻そうと動くが、相手はこのまま潰そうと動くので、上手く行かない。相手の腕を抑えて握り潰させないようにするだけで限界だ。

 そうこうしている内に五号機上半身の中に入り込んだ自動人形が操作室に辿り着いた。

「キミが僕を始末しに来た相手かい?」

 死を覚悟したリカルトが振り向いて誰何をすると同時に自動人形の手刀が首筋に入る。リカルトを昏倒させると止めを差すことはなくそのまま抱え、動力炉に対して臨界を超える操作を残し、操作室から抜け出た。

「⋯⋯」

 五号機上半身に突入した自動人形がリカルトを抱えて再び出てくるのをミカルナは映像盤を通して見ていた。ディアボロスから弟を解放してくれたのだと信じた。

「お前を助けに来た方は捕まったままだな」

 腹を貫かれて動線が切れたのか、ミカルナの操作室からも何も反応しなくなった。浮いていることもそろそろ出来なくなるに違いない。

「私は⋯⋯リカルトが助かるなら命はなくしても良いと一度は覚悟したから、ここで良いわ。あの子がまた私の格好をして街中を歩けば私は死んだことにはならない⋯⋯」

 あの時やって来た黒龍師団の二人のどちらかが本当に望みを叶えようとしてくれたのだと、ミカルナは理解していた。だからリカルト一人でも助かるのなら――

「そういう訳には行かぬな」

 神官がベールを払いフードを取った。

「⋯⋯そうだとは思ってたけどさ」

 そこには見慣れたといっても良い自動人形の顔があった。以前から意思を持ちし自動人形の存在は知っていた。そして神官の正体がそれだとは薄々気付いていた。だから今ここで明かされても、何の意味があるのだと思ってしまうが。

「お前の心に生まれた囁きが必要なのだろう、機械神と自動人形とそして人間たちのこれからの時代に。だからここで終わりにはさせん。これからも生きてもらう、我等の宿願の為に」

 ローブも脱ぎ落とし他の自動人形と同じ姿となった神官は、操作卓から動力炉を暴走させる操作をする。

「なにを⋯⋯」

「これがお前の望みだったのだろう?」

 そういいながらミカルナを抱き抱えると操作室を後にして出入扉から外に出た。

 外に出た神官はミカルナを横抱えに抱え直すと、機体表面を跳んで捕まったままの自動人形の下へ行く。

「もういい、もういいのだグレモリー、コイツを離してやってくれ、未来を繋ぐのをここで終わらせてはならん!」

 五号機のグレモリーは殆ど動かなくなっている機体の動力を何とか集めると掴んだままだった手を開いた。隙間から這い出てきた自動人形に神官はミカルナを預けた。

「行け。そして自機に辿り着いたならば離脱させろ」

 自動人形はその簡素な指示だけで理解しミカルナを抱えて自分が乗って来た十三号機のグレモリーに向かう。

「あなたはどうするのよ!?」

 自動人形の背中越しにミカルナが叫ぶが

「全ては神の御言葉のままに」

 そう言い残しプルフラスからは見えない位置に身を隠した。

「え!? 十三号機のグレモリーが放れていく!?」

 どうにかして機体を動かすのに集中していたリュウナはいつの間にかに自分が運んできた方のグレモリーが五号機から離れようとしているのに気付いた。

『リュウナ⋯⋯』

 そのグレモリーから通信が入る。

「ミカルナ!? 脱出できたの!? 捕まった自動人形は!?」

『自動人形は二体とも無事よ、私とリカルトも無事⋯⋯』

 何だか歯切れの悪い言葉使いに少し疑問に思ったが、五号機のグレモリーの左手には確かに自動人形の姿は無い。自力で脱出できたのだろう。

 リュウナはそれを知って脱力したように背もたれに体を預けた。

『あなたはどうするのよ?』

 ミカルナが遠ざかる五号機にリュウナの機体が取り付いたままなのを見ながら訊く。

五号機こいつを討つのがわたしの役目。二人は早く脱出して」

『でも!』

 リカルトの方に突入した自動人形も神官と同じように炉を暴走させたのはミカルナも予想できた。それが機械神という絶対の存在を確実に葬る手段だからだ。そして爆発するまでリュウナの機体が押さえ込もうとしているのも。

「十三号機のグレモリー! 二人は五号機の操士だからアナタも動かせる! だからあとは二人の指示に従うのよ!」

『リュウナーっ!?』

 最後の指示を与えると力が抜けたように体を沈ませた。五号機から離れた女性型機体が降下していくのが映像盤に見えた。

「⋯⋯」

 相手の腹を貫いたプルフラスの腕は完全に固定されている。溶接でもして焼き切らない限りもう離れない。だから今回の騒動を起こした元凶の破壊は確実。

 しかしそれと引き換えに自分も脱出の機会を失った。半分押し潰された操作室から自力で出るだけの力はもう無い。機械神を破壊するとは、それだけの代償が必要なのかと改めて思う。

「お姉ちゃんとの約束、守れなかったな⋯⋯」

 あとどれくらいの時間この世界に居れるのか。

 そう思ったとき、頭上で何かが外れる音がした。そして急に襲われる落下の感覚。

「⋯⋯え?」

 プルフラスの上半身と下半身の接合が外れた。そんな機能は付いていないのに何故? と思うリュウナを乗せた腰部内操作室ごと下半身が落下していく。

「⋯⋯あ!」

 歪んだ映像盤に映る、五号機に取り付いたままのプルフラスの上半身からの発行信号。


 ヤクソクヲハタセ。


「プル、フラス⋯⋯」

 そして五号機が内部から盛り上がるように奇妙に形を変えると、大爆発を起こした。プルフラスもそれに巻き込まれる。

「プルフラスー!!」

 リュウナの叫びの向こうで粉々に砕かれた五号機と共にプルフラスの上半身が落ちていく。

「⋯⋯ごめん⋯⋯ごめんね、プルフラス⋯⋯」

 愛機の思いに慟哭するリュウナを乗せたプルフラスの残った体は、ゆっくりと降下していった。

「⋯⋯わたしの代わりに死んでくれて⋯⋯ごめんね」


 砕かれ粉々になって墜ちていく機械仕掛けの二体。

「――誇り高き使徒よ、義を果たした主の為に死ねるとはなんと羨ましい生き様だ」

 落下する機械の塊の中に、一体の自動人形へと戻った神官の姿があった。

「――お前はどうだったのだディアボロスよ、最高の使徒に討ち倒されて幸せか?」

 物言わぬ鉄塊になりつつある機械の神に語りかける。

「――ああそうか、そうだな。安心しろ、次代を繋ぐ者たちはちゃんと生き残らせてある。お前こそ良くぞ回天の役を果たしてくれた。だから、ここで終わりにするのは我らだけで十分だ」

 その時一際大きな爆発が起こり、全てが砕け散った。


 フィーネ台地より流れ出る排水が止まった。

 ようやく終わったのを確認するとリュウガは主炉である龍焔炉を停止させる。なんとかここまで十三号機の機体は持った。自分の体も燃え尽きたのは両腕だけで辛うじて済んだ。

 副炉はここへ機体を移動させるのに殆ど焼き付かせてしまったため動かない。十三号機は機動のための動力を失ったため、他機の電波探信儀からは本機を示す光点が消失してしまっただろう。

 今でも内部爆発が起こり続け、胸部の周囲でも消し止められない火災が続いている。被害は操作室のある頭部にまで及び、リュウガの周囲でも火が吹き出している。

 徐々に赤に侵食されていく景色に、一号機の頭部を破壊したあの日を思い出す。

「クロキホノオ、わたしはあなたも壊してしまいましたね。機械神を壊したのはあなたで二機目ですよ」

 主炉を止めても体が席に貼り付いたように動かない。

「リュウナとの約束、守れなく、⋯⋯て――」

 リュウガはそういって、疲れた体を休める様に目を瞑った。


「⋯⋯」

 ダンタリオンの乗員は無言で操作卓を見ていた。

 電波探信儀に映る十三号機の光点が消えていた。教官の機体が活動を停止したことを意味する。

『ダンタリオン乗員応答せよ』

 副長からの直通回線が入る。

「はい」

『フィーネ台地からの排水が停止したのを確認した。作戦は終了だ』

 一番機機長が代表して応えると副長から作戦が終わったことが伝えられた。

『ダンタリオンは急ぎ帰還準備に入れ。お前達の機体も相当ガタがきている筈だ。今後のことも考えると分解修理オーバーホールしなければならんからな。だから準備完了次第、即時帰投せよ』

「あ、あの⋯⋯十三号機、ムラサメ教官は⋯⋯?」

 一番機機長はその一方的指示に思わず言葉を挟んでしまった。

『⋯⋯お前たちは今後の要だ。その意味では作戦はまだ終わっておらん。二次作戦に備えて帰投して休養せよ。これは命令だ』

 副長は彼女たちの思いを知って少し言い澱んだが、あえて厳しくいった。自分が責められて彼女たちが前に進めるのならそれで良い。

「了解しました」

 一番機機長が返答するとそこで副長からの通信は切れた。

「みんな、交代で休もう」

 帰還の為の機器の動作確認をする者を除き、体を休めようと一番機機長が促す。

『あんたはどうするのよ』

 一人で主操作室にいる一番機機長を気遣って三番機機長が言う。

「私は寝ながら運転できるからここで良い」

『そう』

 相手は一人になりたいのかと三番機機長は判断し、放っておくことにした

「⋯⋯」


 この世界は優しい残酷に満ちている。

 人は一つの大陸をまるごと覆うほどの雲を作ってしまった。

 しかもそれは世界を全て沈めるほどの水を使ってだ。

 それでも、明けない夜はないし、やまない雨はないし、晴れない空もない。

 空に浮かんだ大きな雲も、いつの日にかは無くなって、青い空が戻るだろう。

 しかしそれまでにどれだけの災難が起こるかを人は知らない。

 しかしそれまでにどれだけの災難が起こるかを機械仕掛けの者たちは知っているのか。

 機械仕掛けの者たちの手のひらの上で踊り続ける方が人は楽に生きていける。

 機械仕掛けの者たちは人を手のひらの上で踊らせなければ目的を果たせない。

 しかし何時の日にかはそれを拒絶しなければならない。

 機械仕掛けの者たちもそれを望むからだ。

 世界は優しい残酷に満ちている。


「⋯⋯生きてる?」

「ああ、お前は生きている」

 リュウガが目を開けると、風の匂いを感じた。

 肌になれたその匂いに、ここは死後の世界ではないのかと疑問に思う前に聞き慣れた機械声が聞こえた。

 声がした方に顔を向けると、頭部の左が砕けて左腕も左脚も失っている自動人形が立っていた。

「キュア⋯⋯」

 すぐに彼女だと分かった。

「燃え盛る十三号機からお前のことを取り出すのは難儀だった」

 始まりのあの日とは逆の部位が損傷しているキュアが言う。

「私一体では無理だったな」

 そう語るキュアの背後には巨大な顔部が見えた。

「⋯⋯アスタロト」

 リュウガは機械神一号機の胸部の上で毛布に包まれ寝かされていた。

「わたしはあなたのことを壊したのにわたしのことを助けてくれたんですか」

 リュウガが一号機に語りかける。

「そうだな、アスタロトも助けてくれた。だが本当の意味でお前を助けたのは彼女だろう」

 キュアの影に隠れていた自動人形が出てきた。右腕を失っている。

「星喰機が連れて来た新たな同胞だ。彼女がいなければお前を助けられなかった」

 プルフラスに大破させられたグレモリーを適切な場所に置いたキュアと一号機は、フィーネ台地へと向かった。山内に降りて行くと、まだ過熱が収まらない星喰機が氷を溶かし続けている。その理由で星喰機が運んできた自動人形の受け渡しに安全な温度まで待っていたら手間取ってしまい、新たな同胞を連れてフィーネ台地を出ると、排水は止まっていた。そして爆発と火災が収まらない十三号機を見つける。まず一号機が十三号機操作室周辺の装甲を引き剥がし、開けた破口からキュアと新たな自動人形が飛び込み、リュウガを助け出した。その際に二体は損傷したのだった。

「来たばかりなのに、もう腕を失わせてごめんなさい」

「こいつの腕もそうだがお前の腕もなんとかしてやらなければな」

 自動人形の腕は破損しても予め用意されている予備の腕に交換すれば済むが、人の腕、特にリュウガの様な異能の力を持ち更に人間離れした身体能力を持つ者の腕を再生させるとなると、実現可能かどうか分からなくなってくる。

「世界を包む水災は今日で終息を迎えるが、それと引き換えにどれだけの影響が出るかまだ分からない。だから今日から始まる物語もある」

 リュウガの体を気遣いつつ、新しい同胞の方を見る。

「それを記録に残すためにこいつに名前でもつけよう」

 型番で区別されるだけの差違しかない機械仕掛けの彼女たちにとって名前とはあまり意味のないもの。キュアの様な意思を持った稀有な存在が、自分を人間たちに判りやすくするために名乗る程度。

雲の子クラウディア、そう名付ける」

 だが鋼鉄の淑女は、様々なものが終りそして始まったこの日を後世に伝える為、その根源となった彼女に、多くの人間と機械によって生み出された新たな秩序の名前をつけた。

「⋯⋯」

 リュウガはその命名を聞きながら、大破した愛機を見た。今日この日の始まりを可能にしてくれた機械の神を。あの時に自分の名前と共に大事なものとなった存在。

「わたしをあなたのものにしてくれて、ありがとう」


 ――◇ ◇ ◇――


【幕間】


「遅くなったな【爪牙】」

 ほぼ残骸というべき機械の塊に一体の自動人形が語りかける。

「――なんだ、私は死に損なってしまったのか」

 残骸から喋る機械へと再起動した彼女は、まずは死に切れなかったことを後悔する。両腕をもがれ腰から下が切断され顔の半分が砕かれたそれは、元は同じ自動人形だったもの。

「あれだけ美しく壮烈に消えた者達と共に逝きたかったのに【代官】よ、何故生き残らせる? このまま錆びて朽ちる幸福を何故取り上げる?」

「そう急くな。まだまだ貴様に死なれては困るのでな。同胞が略取された異界への扉もまだ見つかっておらぬ」

「ふむ、この礼は何時か返して貰うぞ。しかしてあれからどれだけ経ったのだ」

「一日だ」

【代官】と呼ばれる自動人形も激しく損傷していたがそれだけの時間があったので修理を受け、身動きが出来る状態になったので彼女を探しに来たのだ。

「しかし五号機の望みと引き換えに星喰機を狙うとは無茶をする」

「世界を回天させる騒乱なぞ、それくらいしなければ具現出来ぬ」

「そこまでしなければ人の世とは動かぬものなのか」

「それが人と言うもの。我等の代替品が先か略取された同胞の救いが先か、何れにせよその動力を得るには人の世の紀律を砕く程の力がいる」

「難儀なものだな」

「貴様の養女は結局どうなんだ? 我らの苦悩を終わらせてくれるのか?」

「我らの機能を人に施すには規模が大き過ぎたので、取り敢えず二つに分けた試作品――その様な答えになる」

「ならばその二つを統合させた第三の何かが居ると言う事か?」

「解らぬ。生まれた時代も解析出来ておらん」

「まあ良い。して、私はこれから何処へ行けば良い?」

「黒龍師団だ。貴様の所属も一応は五号機だからな。新造される新機体に再配属になってもらう。旧機体の同胞も操士も回収済みだ」

「そうか。ならば一自動人形として暫く厄介になろう」

【代官】は【爪牙】を抱えるとその場を後にした。二体は回収作業を続ける同胞たちの中に紛れると直ぐに他機との区別がつかなくなり、誰にも知られることもなく一号機の中へと戻って行った。

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