第五章(上)

「お前、それをどこで知った?」

 キュアが口部から出す音声が何時もと違う。長い時間を一緒に過ごしてきたから分かる特異。

「それはこの黒龍師団の中でも言葉にしたことは無い絶対不可侵の名」

 正確無比な機械の彼女が普段とは違う動作を少しでもしてしまうのは相当なこと。

「世界には知らぬ方が良いし、触れてはならぬことがある。お前が口にしたのが、それだ」

「ディアボロスを動かす巫女から聞きました」

 リュウガはミカルナから教えられた話を伝えた。

「ディアボロスを崇める国には以前からそのような信仰があるのは情報として知っていたが、まさか本当に実行しようとしているとはな」

 キュアも今までは星喰機を討つのは人心掌握のための方便だと把握していた様子。

「やはりあそこまで大きくならぬ内に国ごと亡ぼし五号機を回収しておくべきだったか」

「キュアはいるか」

 通路の奥から副長の誰何が聞こえた。

 十三号機の帰港直後に副長も帰還したらしい。後ろには途中で合流したリュウナを引き連れている。

「リュウガもここにいたか」

 専用桟橋に十三号機が横付けされているのは確認しているので、リュウガの所在も探していたのでちょうど良かった。しかし今は意思を持ちし自動人形との接見が先だ。

「どうしたのだ全員が全員帰国直後に押し掛けてきて」

「この格納施設も千年以上前からある筈だよな、キュア」

 視察から帰ってきた副長は、フィーネ台地から持ってきた疑問を一方的に訊いた。

「今さら当たり前のことを訊いてどうする?」

「だったら千年前の大水災の時はどうしたのだ?」

「水浸しだ、百年ほどな」

 キュアの即答。

「な⋯⋯それでは作業にならないだろう」

「水が引くまで稼働を停止していれば良い」

「⋯⋯」

 絶句。思わず言葉を失った。百年なにも出来ないのなら百年停止していれば良い。確かに利にかなっているが血の流れる生き物には不可能だ。

「⋯⋯その間生き残ったここの人間たちはどうしていたのだ?」

「他の地域と同じように海の上に仮の街を作り暮らしていたぞ、それは歴史書にも書いてあるだろう? それがどうした?」

 今さら誰もが知る史実を訊いてどうすると言う。

「それよりも副長、そしてリュウナ」

 改めて名を呼ばれた二人の表情が変わる。

「副長、お前もリュウナから聞いているな星喰機の名を」

「ああ、聞いている」

 リュウナも頷いて応じる。その為に姉との帰還中を離れて副長の下へと向かったのだ。

「お前たち人間は絶対不可侵の名を持ち帰って来てしまった。だから、触れてはならぬものを触れさせないために『それはなにか?』ということを説明せねばならなくなった」

 この場に集った三人の人間の顔を見回しながら自動人形が言う。

「私の言葉をお前たちがどこまで理解できるか分からぬが、星喰機の名をこの場へ持ち帰った代価として、今から真実を語ろう」

 過去にリュウガに語った時と同じように説明を始めた。

「我らは自力では自分自身の代わりとなるものは作れんが、唯一無効にしてくれるものがある。それが星喰機の帰還だ」

 黒き星の海――太古の世界では宇宙と言った――その星の海に瞬く星の一つ一つが、昼の空に浮かぶ太陽と同じもの、恒星。

 星喰機とはその名の通り、星を喰らうもの。どこかの世界を照らしていただろう、恒星の一つを数百年の時間をかけて喰らい圧縮して、一つの生命体を作り出す。

「それが我々自動人形のここに入っている電離体生命体プラズマライフだ」

 キュアはそう言いながら指先で自分の後頭部を叩いた。

 恒星一つを時間をかけて圧縮吸収し、その過程であらゆる叡智である複合意識を注ぎ込んでいく。そして出来上がったの生命体を自動人形という容器に収め母星であるここへと運んでくる。

 フィーネ台地は星喰機が帰還するために作られた場所。恒星を喰らって永久過熱を起こしている機体を冷却するためにあの場所はある。用意された氷を使用し機体を冷まし、再び飛び立てるように整備する。

 そして新造された自動人形を一つ残し、新たな星を喰らいにいく。

「星⋯⋯ひとつ」

 リュウガが思わず呟く。人間も他の生物を喰らわなければ生きていけないが、規模が違いすぎる。

 やはり彼女の言葉の殆どは理解できないが、自分の育ての親でもあった彼女が星一つと同じなのは分かったように思う。しかも他の自動人形も全て同等。それだけのものをただの常態維持機器に使うだけの機械神とは本当に何モノなのか? その正体は牽引機と知っていても理解出来ない。

「じゃあ世界が水に沈むのは冷却水が溢れだしてる、だけ⋯⋯なの?」

 リュウナが言う。

 固体が液体となった冷却用の触媒はその質量から、フィーネ台地を囲む岩山だけでは支えられなくなり外へ流れ出す。それが世界を水の底へ沈める大水災となっていたのだ。

「なぜ言わぬ! その事実を早く知れば多くの人間が助かる手段を講じれたものを!」

「それがどうしたのだ」

 副長の激昂をキュアがあまりにも静かに制した。

「多くの人間が助かるからどうしたというのだ。それが機械神の状態維持と自動人形の代替品創造の探求になにが関係あるのだ? 我々をお前たち人間と一緒に考えすぎなのではないのか?」

「⋯⋯その言葉はある程度予想していたが、改めていわれると辛いな」

 副長が力を落とすように言う。自動人形とはそういうものだ。分かってはいるつもりだったが改めて事実を認識させられると、辛い。

「ここで我ら自動人形に最も必要な選択肢は『星喰機に触れさせない』、それだ。そのために一番効率が良いのは『星喰機を知らない』という環境にお前たち人間を置くことだ」

 千年前の水災の時、黒き星の海より帰還する星喰機を目撃した者は多くいた筈である。しかしその殆どは直後に起きた冷却水の流出に飲まれて命を落としたのだろう。証言の数も少なくなるのだから、それが歴史書に書かれても真実を伝える効果は低くならざるを得ない。目撃者を減らすという意味では、世界が水に沈むのは好都合になる。自動人形が真実を伝えないのは当然だ。

「しかし、かの国の五号機が水災を起こさせないようにと星喰機を討とうとしている。我らにとって最悪の事態だ」

 千年に一度の唯一の機会を、しかも自分たちの主とも言うべき存在が阻もうとしているのである。

「もし星喰機が失われることになったならば、お前たち人間にとっても最悪になってもらう」

 キュアが告げる。

「一度世界を壊し、我ら自動人形に扱いやすいように世界を作り替える、この黒龍師団を作った時のように」

 鋼鉄の淑女が宣言する。信仰国家なる機械神と自動人形の理を壊すものが生まれる土壌があるのならば、その土地ごと亡くしてしまえば良いと。

「この格納施設の地下には千年以上の時間をかけ作り増やしてきた、機械神の予備部品が眠っている。それを人型に組み上げればどうなるか、分かるか?」

 機械神とほぼ同じ構造をしている兵器――ダンタリオンと同じ様なものを直ぐにでも作り増やすことが出来ると、キュアは言ってるのだ。

「ただ一度だけの戦闘に用いるだけならば、我らの乗らぬカラの機械神を何体も作り出すことは可能。カラで暴れるだけならば操士も不要で自立で動く。そしてこの世界を滅ぼすなどそれで十分」

 自動人形無しでは一度だけの出撃で大破するとしても、それだけ動ければ世界は滅ぼせる。それはハッタリでもなんでもなく、真実。

「お前たちが自分の機体でそれを阻止しようとしても無駄だ。我らは機械神より降り、身を隠す。そして新たな機体を作り上げ、再びその中で常態維持を続ける。たとえ何百年何千年かかろうとも、それが我ら自動人形の仕事」

 操士の下にも抜け殻となった機体が残るだけ。これでは何も出来ないのと同じ。彼女たちの唯一の大成を阻むとは、そういうことだ。

「お前たちは我ら自動人形の手の平の上で踊らされているに過ぎん」

 機械仕掛けの彼女らしく、人間が置かれた現状を、飾らずに突き付ける。

「その現状を打破したければお前たちも我らのことを利用しろ」

 そしてそれも彼女らしい打開の提案を出した。

「お前たち人間に利用されても、それが我らの二つの行動理念、機械神の常態維持と自動人形の代替品の創造を叶えてくれるのならばそれで構わん。自動人形とはそういうものだ」


 黒龍師団中央塔の一室に、今後の計画を話し合うべく関係者が集められた。黒龍師団施設にいた機械神操士は全員、機械使徒操士からはリュウナとダンタリオン一番機機長が召集された。

「まず第一に優先すべきは星喰機と接触しようとする五号機を止めることだ」

 副長が言う。

 人間側――操士側の意見としても、自動人形が増える唯一の機会を邪魔されても困るので、それは統一された意見になる。

「なぜ五号機は戦いを仕掛ける?」

「戦いたいだけ、そうとしか考えられぬ」

 副長の問にキュアの即答。

 操士陣の他には自動人形の彼女がこの場にいる。諸悪の根元に近しい存在だが、別に世界を滅ぼしたいと思っている訳ではない。そして世界が本当に砕かれる程に崩壊すれば星喰機の帰還場所が無くなってしまうので、彼女としても困った事態になる。人が助かりたければ自動人形を利用しろ。それが彼女の真意。

「戦いたいだけ?」

 副長が問い返す。

「リュウガから得た巫女の話を精査すれば、それ以外に答えが見つからぬ。リュウガもリュウナも他には何も聞いていないのは本当だな」

 キュアの問いに姉妹は揃って頷いて返した。ここで虚言を用いても仕方ない。

「自分に与えられた力を試したい。機械神が戦闘兵器として力を発揮する機会は殆ど無いからな。しかし五号機は自己保存機能として最恐の力を持たされてしまった」

「では何故それが星喰機? 自動人形にとっても仲間が増える唯一の機会だというのになぜそれを侵す?」

「それの帰還が不変のものだからだ」

「不変?」

「五号機が目的を達するには同じ機械神に相手になってもらう他は無いが、己以外の機体が稼働状態にあるかどうかは五号機自身も分からぬ筈。ならば機械神それに匹敵し動いているのが確定しているのは星喰機だけ、ということだ」

「その星喰機というのはどれ程の戦力なのかな?」

 数日前に帰還しこの話し合いに参加するカインが訊く。

「我ら自動人形が把握する範疇から外れるので私の記憶媒体には詳細な情報が無いが、それでも戦力的には他機の予備部品を外した十三号機と同等――そう考えた方が良い」

 それを聞いてリュウガが複雑な表情になる。

「恒星一つを丸ごと喰らい尽くすほどの力、それは十三号機が積む主炉である龍焔炉以外にはありえない」

 キュアの説明によると十三号機が積む龍焔炉は元々が太古の昔に作られた星喰機の動力炉であり、地上で使う規模のものではないとされる。しかし機械神の創造主が「もしものために」と、入れ物となる余剰の機体をわざわざ作って過去から送り込んできた。その未来にリュウガという火の力の使い手が生まれて来なければ、動くこともなく永久に封じられていただろう。

「そんな相手と戦うのなら返り討ちになるんじゃないかな?」

「帰還中の星喰機は自身が崩壊しないように機体剛性の維持に殆どの力を使っている。何しろ帰りついたら大地を丸ごと覆うほどの水量で冷却しなければならない殆どの永久過熱なのだ。戦闘のために龍焔炉を使う余裕はない筈」

 星喰機とはその名の通り星を喰らう機。それを達するために、十三号機であれば世界を焼き尽くす為にしか使えない同じ力を、恒星の補食と自身の崩壊阻止に使う。それが本来の龍焔炉の使い方なのだろう。

「そして攻撃の意思を持って星喰機に接触すれば、何らかの相手がそれを守るために迎撃に現れるのも考慮済みのはずだ。それと戦いまだ不満が残れば改めて星喰機を追撃する。その様に計画しているのだろう」

 この世界で不変となっているのは千年に一度の星喰機の帰還。そしてそれを知っているのは機械仕掛けのものたちだけ。帰還の影響で大地は水没する。つまり星喰機と戦うのは水没を阻止する正義という概念が生まれる。だから五号機に立ち向かってくる相手を悪と決め付けて叩く事ができる。その為に信仰国家を作り出し、星喰機を討つという自動人形と機械神にとっては歪んだ正義を育てて来たのだ。

「星喰機の驚異は分かった。だがそれだけで話しは終えられん。その帰還によって起こる水災をどうするかだ」

 副長がもう一つの問題へと話を移行させる。

「星喰機の帰還を不可侵のまま、水災を食い止める方法があるのなら、それを実行したい」

「それに関しては私からは創意の享受は出来かねる」

 副長の言葉をキュアが制す。

「どうしてだ?」

「大地の殆どを覆うほどの水によって世界全体も千年ごとに冷やされている。その冷却効果により何処まで影響が出ているのか把握できていない」

 百年の時間をかけ水が引くまでの間、地表を覆った水は、確かに大地を冷却しているのである。

「まだ見つかっていない機械神が不要の加熱により破損するやも知れぬし、自動人形も無駄に失われる可能性も否定できない」

「だが、冷却しない方が良かったという局面もあるのではないのか? 今回は水没しなければ二千年分の乾きによって地面がひび割れ、地の底に埋もれていた行方不明の機械神が顔を出すかも知れんぞ」

「確かにな。否定はできない。しかし肯定もできん」

 自動人形にとっては千年周期の繰り返しのままで安定した年数を稼いでいるのである。それを変更するのは、いくら希望的予測があっても非協力のままであるのは仕方ない。

「だが今回は俺たち人間のやりたいようにやらせてもらう。構わないな?」

「ああ、今回は仕方ない。お前たち人間には五号機の撃墜を任せなければならないからな。取引としては十分だ」

 自動人形がいないカラの機械神を操士無しの自立化で五号機迎撃に向かわせても、返り討ちに合うだけだ。

「なにか対処法を思い付いた者はいるか? 何でもいい、意見が欲しい」

「あ、あの⋯⋯良いですか」

 副長の問い掛けに、一番機機長が申し訳なさそうに言う。この場にいるのは機械神正操士に黒龍師団を真に取りまとめる自動人形という、組織内上層の者ばかりであり、自分と同じ立場であるリュウナにしても機械使徒操士の中では最強の機体を任されている乗り手である。気後れしてしまうのは仕方ない。

「⋯⋯雲にしちゃうってのはどうですか?」

 そんな凄まじい緊張感の中、彼女が意見を出した。

「雲?」

「私たちの教官は自分で雲が作れるんです、だからフィーネ台地とかいう所から流れ出す水を全部教官の十三号機で雲に変えてもらって⋯⋯あ、もちろん自分たちダンタリオンもお手伝いします! 今日まで重力面の制御と炉を臨界まで安定して上げられる自主訓練を続けて来たんです! お手伝いできるはずです!」

 一番機機長は一気にそこまで言い切った。

「⋯⋯」

 それを聞いてリュウガがとても不思議そうな顔で一番機機長のことを見た。

「お前、どれだけの量があるか分かっているのか?」

 副長が呆れたように言う。固体が液体となるのだから次は気体に変える。応急処置方としては一理あるが、規模が違いすぎる。

「わかりませんよ⋯⋯でも!」

 一番機機長が強く心を込めて叫ぶ。

「ここには機械神っていうものがあるんです! こういう時のためにあるのが機械神なんじゃないんですか!」

「!?」

 そこにいる正規の機械神の操り手たちは冷水を浴びせられた気分になった。機械神にも乗れない、この場では最も年若い、戦士としても未成熟な彼女が、一番この先の未来の事を考えていた。それは、このままではただ水没を待つだけの普通の人間たちに一番近いのが彼女だから。

 ――いざとなったら機械神が助けてくれますよね――

 副長は監視基地隊員の言葉を思い出す。今がその時。今動かずして、いつ動く?

「キュア、さっきは創意は与えないといいましたけど、一度だけそれを曲げてくれませんか」

 リュウガがとても穏やかな声で喋りだした。

「わたしの大切な後進の一人が必死になって考えてくれたんです。わたしはこの子たちを預かる先達としてそれに応えたい。そしてあなたならその方法が分かりますよね。わたしに持たされた力、みんなが持っている力、それを組み合わせればどんなことができるか」

 正規から外れる余剰の機体を授けられし者が、言う。

「わたしが十三号機のものになり十三号機がわたしのものになった始まりの日、あなたは世界を救うも世界を火に包むも今からお前の自由だといったじゃないですか。でも、わたしはまだ世界を火に包む方法しか知らない。だからわたしに世界を救う力があるのなら、その方法を教えて欲しい」

 紅蓮の炎で機械仕掛けの神をも死へ誘う、神に匹敵し者の言葉。それはとても優しくて、静かになった室内に響く。この力が他に使えるならば、それを知りたい。

「――この世界は、優しい残酷に満ちているのだな、本当に」

 まるで人の温かさを持ったかのように、キュアが機械声で言葉を繰る。

「育てた我が子が成長したのを実感するのか、それとも遥かに年下だった従姉妹が大人になって現れた感じか、とにかく奇妙な違和感だ。人はこれを喜びというのだろう」

 キュアにはリュウガが既に命を捨てる覚悟をしているのが分かってしまった。それだけ共に長い時間を過ごしてきたのだ。命を懸けるのを喜びと称するのは嫌な気分だが、仕方ない。あの時助けられた命をここで使うと彼女は決めたのだ。

「ただの自動人形として稼働していただけでは得られぬ感覚をくれた礼に、お前の望みを叶えよう」

「キュア⋯⋯」

 神妙とした静けさになった室内に低く響く、時を先に進ませるための声。

「計画としては荒唐無稽だが必要な材料は揃っている」

 そういいながら頭部をリュウガの方に向ける。

「リュウガ、お前は十三号機を駆りフィーネ台地から溢れ出す水を全て蒸発させろ。そしてそれを電磁誘導と重力制御を用いて後方に流せ。出来るな?」

「はい」

「次、ダンタリオン一番機機長」

「は、はい!」

「お前たちダンタリオンはリュウガが送ってくる水蒸気を重力面で囲い雲の核となるものを作れ。内部に溜まる雲の素が膨張を始めたら重力面を開放し中心へと飛び込み、今度は電磁誘導を使い周囲の塵や微結晶を雲の中へ注ぎ込んで、安定を計る」

「りょ、了解です!」

「気を抜くな。とてつもない量の水が気体となって天空に浮くのだ。それが雲にならず水蒸気のまま大地に流れれば、国の一つ二つ沈めるだけの降雨になる」

「はい!」

「そして各機械神操士」

 副長も含めた正操士たちが無言で頷く。

「お前たち機械神は重力面を使い、リュウガとダンタリオンが雲を作っている間、外周から抑え込み最終的な形状を保たせる」

「重力面? どうやるんだいそれは?」

「やり方が分からなければダンタリオンの乗員に訊け。彼女たちは既にそれの玄人だ」

 カインが疑問を投げると、キュアは一番機機長の方を見ながら答えた。全員の視線が集中して一番機機長は縮こまるように少し震える。

「ここまで来たら計画は第二段階へ移行する」

 キュアが仕切り直すように言う。

「全ての水が雲となったら機械神の数機とダンタリオンは交代で移動を制御」

 フィーネ台地に埋まる氷を全部雲に変えたらこの星の空の一割は覆う巨大な層雲が出来る。それはつまり地上にそれだけ巨大な影が出来続けることになるということ。光が届かなければ生物は死滅し土地にも悪影響が出る。それを極力抑えるためには適切な位置に移動させ続けるしかない。

「残った機械神は適量ずつ電磁誘導で雲をちぎり重力面で囲い、圧縮し水にして、影響の出ない場所へ運べ」

 少量ずつ千切り安全圏へ移送したならば、そこでそのまま流すなり、極寒部へ運び再び氷に戻すなり、自由になる。最終的には全てフィーネ台地内に戻さねばならないが、星喰機が帰還している間は一時的に他所に保管する必要はある。

「そしてこれからダンタリオンの後続機の建造に入る。完成し運用出来る状態になったら機械神を下げ、雲の管理はダンタリオンと同型後続機に任せる。雲を小さくしていく作業も何れは全て機械使徒に任せたいので、ダンタリオン型機械使徒の増産は続ける。そしてその乗り手の育成はリュウガ、お前の仕事だ」

「⋯⋯はい」

「だからまずは生きて帰ってこい。そうしなければ話が始まらん」

「努力、します」

 リュウガは儚く微笑むとそう答えた。

「キュア、確かに無茶苦茶な計画ですわ」

 九号機を操り一役を担うことになるアレックスが呆気に取られたように言う。

「でも、みんなが自分に持たされた力を全力発揮できれば確かに不可能ではありませんわね」

「それよりキュア、大事な点が抜けているぞ、五号機はどうするんだ!? 機械神を全部他のことに使ってしまって」

 副長が口を挟む。

「計画はこれで終わりではない。最後に」

 キュアの頭部がまだ役目を与えられていない者の方へ動く。

「五号機はお前が討て、リュウナ」

「⋯⋯」

 リュウナは無言でキュアのことを見返す。リュウナも覚悟は出来ていた。全ての機械神とダンタリオンを投入して雲を作り維持しなければならないならば、最も大きな災厄を止めるのは自分の役目になるのだと。彼女も姉と同じようにこの話が始まった時から命を捨てる覚悟は出来ていた。姉と共に助けられたこの命。姉が今使うのなら自分だって使う。誰にも邪魔なんてさせない。

「もちろんお前だけではない。動ける機械使徒は全機出撃させる」

 キュアが続ける。

「全ての機械使徒が全力で立ち向かい一太刀ずつ与えられれば、さすがに五号機も機体が崩れてくるだろう。作り置きしてある三十一吋対機械神銃も全て放出する。装備出来る手部マニュピレータを持つ機には全て持たせる」

 戦闘攻撃力だけならば機械使徒は機械神に匹敵する。しかしそれ以外の防御力も機動力も、全くといって良いほど敵わない。一撃ずつ与えるごとに致命的な反撃を喰らい戦場離脱しか、機械神相手の機械使徒には選択肢が無いと、キュアは補足する。

「そこまでの損傷を受けても操士に撤退の意思が見られない場合、操士との深い繋がりがあれば自動人形も機体崩壊まで運命を共にするだろう。大破擱坐したとしてもまだ我らはそこから脱出できるだけの頑強さを持っている。しかし五号機の場合は自身が戦いたいだけだ。損傷が蓄積し修復禍害となれば五号機自身が自動人形を逃がすかも知れぬし、中の自動人形が独自の判断で脱出する可能性は高い」

 自動人形の役目は機械神の常態維持。しかしそれが状況的に困難だと判断すれば、機体内の自動人形は離脱する。

 そしてキュアたちが黒龍師団を作ったように、機械神を一から作り直せる組織を作り、数百年の時間をかけて自分たちが常態維持の為にいる場所を元に戻す行動へと即座に移る。自動人形とはそういうもの。

「その時がお前の出番だ。自動人形が全て降りた機械神が動けるのはもって一日。プルフラスならばその間、攻撃を交わし続けることも可能だろう。それだけ時間が稼げれば五号機は自壊する」

「逃げ回るのは性に合わないわ」

 回避行動が主になっている事にリュウナは文句を付けるが

「もちろん早期に破壊できるのならそれで構わんぞ、出来るのならな」

「⋯⋯自動人形は逃げれても操士の二人は残るのよね? わたしは巫女と約束したのよ、二人とも助けるって。そのためなら五号機を犠牲にしても、良いのよね?」

「それならばお前の手で破壊してやってくれ。五号機も戦いの果てに破壊されるのならば本望だろう」

「わかったわ」

 これがこの計画の全てだとキュアは締め括る。

「しかし師団長もいないのに機械神全機出撃とはな。アリシア」

 キュアの説明を聞き終わり難しい顔の副長は、今まで黙したままだった操士の一人を呼びつけた。

「師団長機にはお前が乗れ。統一行動指示装置は使えるな」

「当たり前よ」

「ならばそれを使い無人の二号機をフィーネ台地まで連れていってくれ。そこでの運用も全てお前に任せる」

「了解」

「キュア、一号機は動けるのか?」

「最終調整がまだ終わっておらん」

 キュアに話を向けるとその反言。

「私は今からそれを行う。予定ではここももうすぐ水没する筈だったからな。その前に終わらせておきたかったのだ。今の時機を逃せば百年後になっていたのでな」

 やはり自動人形は独自の倫理で動き、それは独自の時間軸で行われる。人間が必要とする情報を与える時はあっても、それ以上に積極的に協力はしない。

「しかし予定は変更する。五号機からこぼれ落ちてくる同胞を回収してやらねばならなくなった。一号機も動けるようになり次第そちらへは向かう」

 一号機もフィーネ台地に向かうことになるが、それはあくまで自動人形じぶんたちの為。しかしここまで人間に協力してくれたのだから感謝せねばなるまい。

「最後に訊くがキュア、星喰機の帰還の日時は正確に分かるのか?」

「三日後だな」

「三日!?」

 拒否されると思った質問に簡単に答えてくれはしたが、その答えはあまり聞きたくないものだった。

「機械神も機械使徒も空を飛ばせば一日でフィーネ台地までは到着できるが、準備も考えるとギリギリだな」

 副長は早急に予定を組んだ。

「明日黎明時を出撃の時刻とする。各自は各機の準備をしろ。四号機のレベッカとは現地で合流、五号機の動向を伝えてもらう。機械使徒操士に対しては俺から通達する。出撃時刻に間に合わない機は随時出撃完了次第追い掛けろと伝える。他になにかある者はいるか?」

 全員無言。副長の号令を待つだけ。

「では解散。各自明日に備えろ」

 その言葉を聞いた瞬間「失礼します!」と言い残し一番機機長が駆け出して行った。他の乗員にも伝えなければならないことがあまりにも多すぎて、思わず飛び出した。機械神操士たちも続くように出ていく。

「副長、何かお手伝いを」

 自分も急いで退室しようとしていた副長をリュウナが追いかけてきた。

「お前は要の一人だ。プルフラスの整備が終った後は出撃まで休め」

「わたしは副長付きの操士です。だから副長の負担を減らすのも作戦準備の一つです。それに」

「それに?」

「副長には正直にいいますが今はあまりお姉ちゃんとは顔を合わせたくないのです」

 姉とはここで別れたらもう会えないかも知れないが、右手のこともあるので今は離れたかった。

「そうか。ならば着いてこい」

 副長は苦笑しながらリュウナの希望を受け入れた。

「どうしました急に笑って?」

「いや、お前は自分の姉のことを意外に可愛いく呼ぶのだなと思ってな」

「!」

 リュウナはしまったという風に思わず口に手を当てる。

「お前の姉は妹がどんなに立派になってもお姉ちゃんと呼んでもらえる幸せ者なんだな、羨ましいよ」

「⋯⋯」

 副長の言葉にリュウナは茹でたように顔が真っ赤だ。自身の体の変化もあり姉とは少し間を起きたいと思ったらまさかこんな失態を晒すとは。

「着いてくるなら頼まねばならんことが山ほどある。急ぐぞ」

「⋯⋯了解です」

 そうして殆どの人間が居なくなった後にはリュウガとキュアが残された。

「お前、死ぬ気だな?」

 リュウガの気持ちが分かる機械仕掛けの彼女が鋭利に訊く。意思を持った自動人形は人よりも聡い。

「⋯⋯自分から死に飛び込むつもりはないですけど、気付いたときにはわたしの体は燃えて無くなっているかも知れません」

「それを死ぬつもりというのだ」

「だってわたしのことを慕ってくれる後進の一人が、わたしの力の使い道を考えてくれたんですよ。火の力なんて何か壊すくらいしか使い道がないとずっと思ってたのに。だったら命の一つくらい懸けてそれに応えたい。それに考えてくれたのはキュアでしょう?」

「別にお前を死地へ追いやるために考えた訳ではない。それしか選択肢がないからだ」

「⋯⋯わたしも、そろそろ行きます」

 このまま問答を続けても時間がもったいないと、リュウガも準備のために部屋を出ようとする。

「十三号機を今の内に人型にしておかないと」

 龍焔炉の使用は一日一回。しかもまともな状態で動かすのはこれで最後だろうとリュウガも覚悟する。

「副炉を焼け付かせても良いと前にもいったろう」

「副動力を焼け付かせるのはみんなの機体に着いていく時に取っておきます。人型になって更に副炉を全開にしないと、十三号機では一日でフィーネ台地まで行けません」

「⋯⋯困ったものだな」

 キュアもそれしか選択肢がないと悟った。変形の為に副動力炉を使い潰しても、それの交換にはさすがに出撃時には間に合わない。

「まあ元はといえば今日まで黙っていた私の所為ではあるのだが」

「それだったらわたしだってもう少し早く帰ってくれば良かったんですよ」

 リュウガはそういいながらドアの所まで行く。部屋を出る寸前に振り替えると、最後にこう言い置いた。

「あの時わたしのこと――わたしたちのことを生きさせてくれてありがとう」

「お前のことを本当の意味で生きさせたのは十三号機だ。私は十三号機にお前のことをくれてやったに過ぎん」

「でも、ありがとう」

「⋯⋯お前もリュウナもこんな処で死なすために生かした訳ではないからな。ありがとうと思うなら、ちゃんと生きて帰ってこい」

「うん⋯⋯」


「みんなーっ!」

 一番機機長はダンタリオン各分離機が全機駐機している場所へとようやく辿り着いた。そこには乗員全員が集まっており、先頭には各機機長が並んでいる。

「覚悟はできてるわよ」

 到着した途端膝に手を突き肩で息をしている一番機機長に三番機機長が代表して言う。

 一番機機長に黒龍師団本体から突然呼び出しがかかった時、誰もが「ついに解雇か」と思った。とりあえず駐機場を集合場所にして一番機機長を送り出した。機内にある私物の回収や片付けを容易にするためであり、乗員の中には既に機内から持ち出した荷物を抱えている者もいる。

「覚悟? じゃあ話は早いわ。ダンタリオンは明日黎明時にフィーネ台地に向けて出発! 各乗員はそれまでに準備! しばらく帰ってこれないから家族とのお別れがしたい人は今のうちに! 以上! ⋯⋯はぁ、疲れたわ」

 そこまで一気にいうと、一番機機長はその場にへたり込んだ。

「⋯⋯は?」

 乗員全員頭の中が「?」である。あまりにも話が飛躍しすぎて理解の処理が追い付かない。

「⋯⋯ちょ、なにわけわかんないこと急に言い出すよのよ! 覚悟ってのは解雇処分のこと! みんなアンタに呼び出しかかってからクビの覚悟をしてたのよ――って、寝るな!」

 見知った顔に囲まれた安心感からかへたり込んでそのまま転がるように寝だした一番機機長を無理やり立たせると詳細を説明させた。

「え? 今から私たちが世界を救いに行くってこと?」

「すごく簡単に話をまとめるとそうだよねぇ?」

「しかもそれを提案したのが一番機機長で、後押ししてくれたのがムラサメ教官で、さらに作戦を考えてくれたのがあの鋼の女神さま?」

 この乗員たちの間ではキュアの愛称はそうなっている様子。

「あのさ、ひとつ気になることがあるんだけどさ、塵とか微結晶を集める電磁誘導って何さ?」

「機械神や機械使途の関節を動かす補助になってるものだょ⋯⋯」

「寝言で説明するな」

 三番機機長に寄り掛かりながら会議の内容を話していた一番機機長は、立ったまま半分寝ていた。

 機械神も機械使徒も電磁誘導を用いて見えない軌道を動きに会わせてその都度宙空に施設し、それに沿って四肢などを動かさせ、関節可動の補助にしている。これと機体そのものの移動の補助となる重力制御を組み合わせることにより、並の戦艦を遥かに越える超重量物に驚異的な機動力を与えている。

「あんた、良く分かってないまま返事してきたでしょ?」

「そんなことなぃょ⋯⋯」

「寝言で返事するな」

 一番機機長は元々が機械使徒操士候補生だったので、電磁誘導による間接可動補助やそれをどの様にして応用するかの知識もあったのだろうが、知識があるからといってそれが出来るとは限らない。

「どうする?」

「まずはコイツをスマキにしてから対策を考えるか」

「待つがよろしいよ」

 どこからか持ってきた幌布と荒縄で一番機機長を巻き始めた乗員たちを、二番機機長が止めた。

「なんか策があるの二番機機長?」

「この前は出力を上げすぎてダンタリオンが我慢できずに自分でバラけてしまったんだよ。それの解決策を私は考えていたのだよ」

「解決策?」

「全ての動力炉を臨界ギリギリまで動かさなければ私たちのやりたいことは達成できないよ。ならばダンタリオンの方に我慢してもらわなければならないのだよ」

 それは制限装置リミッターを外してしまって、人の感覚のみで限界値を見極めるということに近い。実行には天性の感性か熟練の技が必要な高等術となるが、ここから先の領域へ踏み込むにはそれが必要になると彼女は気づいたらしい。

「そこで肩や腰が離れようとしたら私らの方で無理やりくっつけてしまえと。使えそうなものを色々調べてみたら動きの補助の電磁誘導があったのだよ」

 機体固有の自動で動作する他にも、自動人形が独立して動かす作動装置もある。ダンタリオンの場合は作業用人形で機体各所の物を遠隔で動かすか、大操作室の操作卓から直接動かすかの選択になる。

「というわけで電磁誘導の動作も独学である程度は慣れたから、みんなには動かし方を教えてあげられるよ」

「ちくしょーっ、お前本当に役に立つな! 嫁になれ!」

 感極まった機長の一人が二番機機長に抱き付いた。

「せっかく嫁になるんだったら教官の嫁がいいよ」

 頬をすり寄せてくる相手に冷静に対処しながらそんな風に言う。

「そりゃ誰だって教官の嫁になりたいさ、あんなに頼りになる人、男でもめったにいないもん」

「ねえみんな」

 三番機機長が一般乗員も含めた全員を見回しながら言う。

「今回の作戦が終わったらさ、みんなで故郷の花嫁衣装を着てムラサメ教官の処に押しかけるってのはどうかな」

 ものすごくヤンチャな悪戯を思い付いたかのように含み笑いを見せる。

「任命式の時にやったみたいに?」

「いいねぇ」

「衣装が用意できない子とかいると思うけどどうするの?」

「ここには百人規模の『一応』女の子がいるのよ、白い布もらってきてみんなで裁縫よ。せっかくだからひらひらでびらびらの作るわよ足りない分は」

「じゃあそれを全てが終わってここに戻って来たあとの目標にするのが良いよ」

 抱擁から逃れながら二番機機長が提案する。何事も目標があればそこに至るまでの足りない分は補えるもの。

「よし、色々決まったわ。まずは二番機機長に先生になってもらって電磁誘導の動作を覚えようじゃないの」

「そんなにすぐに出来るもんなのかな?」

「私らは重力制御に関しては鋼の女神さまに玄人と認められたのよ、それぐらいすぐ出来る!」

「転がしたままの一番機機長はどうする?」

「このまま主操作室に放り込んじゃえ。フィーネ台地に行く途中は私らは電磁誘導操作やら重力制御の総仕上げをやらなくちゃいけないんだから、運転はコイツの仕事。だから今のうちに寝かせとけ。というわけで一番機の乗員のみんな、頼んだ」

「まかせろ」

 そうして話し合いが済むと、ダンタリオン乗員たちは各機に散っていく。

 彼女たちの永い戦いは終らない。


「キュア」

 探していた相手は一号機の側にいた。リュウナは機械神格納施設壁面の昇降機から降りると仮設の足場を伝い、一号機の胸部の上で作業していた自動人形の下へと行く。

「どうしたのだリュウナ、自分の仕事が終ったのなら部屋に戻って休め」

 今はもうすぐ日付が変わろうとする時間帯。

「⋯⋯」

「やはりその右手か」

 無言で見つめてくるリュウナにキュアの方から切り出した。キュアにしても彼女がずっと右手だけに手袋をはめたままなのは気になっていた。

「見て欲しい」

 リュウナは右手の手袋を脱いだ。

「義手、ではないのだな?」

 彼女の変わり果てた右手を見て、先ずは定石通りに訊いた。

「うん。気づいたらこうなってた」

 リュウナは普通の人の手であった時と全く同じ感覚でこの右手が動くことを伝えた。

自動人形われらの物と同じようなものの様に見えるが、オイルの代わりに血液が走るか。表面に傷がないということは形状記憶素子の様なものだな。小さい傷は直るが大きな傷は痕が残る。人の手と同じだ。しかしこの手首との接合部は見事な融合だ、美しいといっても良い」

 リュウナに右手を見せてもらい精査しながら説明する。

「機械で出来た人の手?」

「仮に名付けるとすればそうなるな。それにお前がこの作りの手部の関節を動かせているのならば、それは少しだけだが電磁誘導も重力制御も使えているということになる。そうでなければこの手は動かない。何故ならば自動人形われらの関節を動かすのもこの二つの力だからな」

「ようやくお姉ちゃんと同じになれた?」

「というよりも始まりは同じであったものが別の進化を遂げた、といって良いだろう。それを『同じ』とするならば、それはそれで構わんが」

「そう」

「しかし、これと同じ様なものを作り出すには我ら自動人形の技術を用いても五千年から一万年ほどの時間がかかるな」

 リュウナの手を離しながら言う。

「リュウナ、お前は一体何者なのだ?」

「⋯⋯それはお姉ちゃんも含めて?」

「そうだ。星一つを犠牲にして得た自動人形の叡智を用いてもお前たち姉妹のことがわからん」

 途方に暮れたようにキュアが言う。

「何か可能性があるとすれば、それはお前たち姉妹が我ら自動人形と機械神よりも遥かに歳上ということだ」

「⋯⋯それはどういうことなの?」

「とてつもなく大昔にお前たち姉妹は生まれ、どこかでずっと何らかの機構に守られ成長と進化を続け、今の時代に目覚めた。それを見つけた誰かがとりあえず機械神操士として使い道があると判断して保護した。あとはこの一号機の破壊から始まるお前も知る物語だ」

 過去という概念すらない時代では考古の知識すら通用しない、今の技術を遥かに超越する遺失技術が存在する場合がある。この時代に生きる人間にとっては機械神と自動人形であり、自動人形にとってはリュウナも含めた二人の姉妹――という仮説。その仮説が通ると自動人形でさえ理解出来ないのは仕方なくなってしまう。

「これは仮定にすぎない。しかし消去法に従えば他に選択肢が見つからんのでこれが真実になってしまう。だがな、お前とリュウガは本当に姉妹だ。その事実だけは揺るぎ無い」

「そうなん、だ」

 似たような存在が二人いるから姉妹という括りで取り扱っているのかともリュウナは思っていたが、自分と姉は本当に姉妹であるらしい。

「脊髄に与えられた番号が同じなのだ」

 幼少時より二人の身体も、自動人形の代替品創造の手掛かりを見つける目的で調べられているので、それは早い段階で分かっていた。

 今の時代では自動人形しか使えぬ太古の医療の術で、体の髄液が不調である者に他者から分け与える技術がある。しかしこれは脊髄に割り振られた番号が同じでなければならない。他人から受け取る場合は数十万に一人の適合率だが、家族の場合、特に兄弟姉妹は基本的に同じである。

「この右手のことはリュウガには教えたのか?」

「お姉ちゃんにはまだ見せてない」

「そうか。ならば私の方からは言わぬ方が良いな」

「⋯⋯それとあと二つお願いがあるの」

 右手に手袋をはめ直しながら言う。

「なんだ?」

「自動人形を二体貸して欲しい」

「先にも説明したが星一つと同等のものを二つも貸し出せと?」

「感情の無い普通の自動人形だったら基本的には人間のいうことなら何でも聞くんでしょ」

「まあ自壊しろなどの法外なもの以外ならな。それでもう一つは何だ?」

「今から説明するものをプルフラスに付けて欲しい」

 リュウナは愛機に施して欲しい増加装備を説明した。

「概要は承知したが、これを明け方までに作れというのは中々の難題だな」

「キュアなら用意できるでしょ? 部品だってここの地下にいっぱいあるっていってたし」

「無理とはいっておらん。アスタロト着きの自動人形を数十体向かわせれば出撃までには間に合うだろう。中心となる機材は十三号機から持ってくれば足りる。そのための移動部品庫だ。取り出した空所には八十米級自動人形でも入れておけば良い。丁度良い重石になる。それに自動人形の貸与もこの機材の中に常駐するものを二体連れていけば問題ない」

 キュアの説明が続くに連れてリュウナは幾分か納得のいかない顔になる。

「なんだ、姉に頼る形になって不満か?」

「⋯⋯少し」

「お前たちは出生はともかく、姉妹としてはどこにでもいるごく普通の姉妹なのだな」

 リュウナとリュウガは特別仲が良い訳でもなく仲が悪い訳でもない。リュウナは妹であるので姉に頼らなければならない場面があるのは理解しつつも頼りたくないと意地を張るし、リュウガは姉であるので妹に対して庇護欲はあるが突き放すように見て見ぬふりをする時もある。

 特殊な出自と肉体を持ちながら、よくぞここまで普通の姉妹に育ったものだと幼き頃より面倒を見てきた自動人形は思う。二人とも心の深部では普通の人間でありたいと強く思っているのだろう。その思いが血の絆だけはごく普通のものにしているに違いない。

「本当にどこにでもいる似た者姉妹だ、今回の作戦において二人とも死ぬつもりなのもな」

 既に自分の気持ちは見透かされていた。さすが育ての親だ。

「別に自分から死に飛び込むつもりはないけど、気付いたときには自分の体はもう壊れて命が消えていたら、それは仕方ないことでしょ」

「それを死ぬつもりというのだ。それに今の言葉、リュウガがいったことと殆ど同じだぞ」

 キュアはリュウナの右手を持ち上げるように手袋越しに掴んだ。変わり果てた手を何の躊躇いもなく掴まれて妙に気持ちが緩んだ。

「⋯⋯だってお姉ちゃんは教え子のみんなのために毎日命懸けで十三号機を扱って、しかも今回の作戦はその教え子の一人が考えたんだよお姉ちゃんの力を信じて。火の力は物を壊すしかできないと思っていたものを、こんなことに使えるなんて、お姉ちゃんが嬉しそうに一番機機長を見るの⋯⋯なんか悔しいじゃない、お姉ちゃんを盗られたみたいでさ。だったら命の一つも懸けてお姉ちゃんを自分に取り戻すよ」

「お前は優しい妹なのだな、いまだに姉離れができない程に」

「それでも良いよ。わたしも心の底ではお姉ちゃんのことが大好きなんだと思うから」

 例え自分の命と引き換えになっても離れて行こうとする姉を取り戻したい。やはり姉妹とは素っ気なく見えても心の奥底ではこういう繋がりを持つものなのかと機械仕掛けの淑女は改めて思う。

「そうか。ならば私と約束をしろ」

 だからこそ二人を育てた自動人形は呈示する。

「お前のこの右手、全てが終りここへ帰還した時に、リュウガに見せろ」

 どこにでもいる様な普通の姉妹としての生活が、この先も続くように。

「え⋯⋯でもどっちかが死んだらそんなこと出来ない」

「出来る出来ないではない、これは約束だ、約束を果たすのだ、お前がやることは約束を果たすことだ」 

 そういいながら相手の手を離した。

「⋯⋯うん」

 リュウナもキュアの思いを理解したのか頷いた。

「分かったならばもう休め。後はこちらで出撃時までには全部やっておく」

「うん、お願い⋯⋯」


 処々の準備を終えたリュウガは、自宅に戻っていた。

 黒龍師団中央塔にも自室があるのでそこで仮眠すれば効率は良いのだが、何となく空いた時間は家に帰りたくなった。

 寝るでもなく片付けものをするでもなく、一階に設けられた大窓を開いて椅子に腰掛け深夜の空を眺めていた。

 上着を脱ぎ袖のない下着姿。真っ赤に染まった両腕が剥き出し。リュウナが帰ってきた時にすぐ羽織えるようにと、上着は近くに置いてある。

 しかしそのリュウナは今日は戻ってこない。

 リュウナの右手が包帯から手袋に変わっていたのにはもちろん気付いていた。しかしそれは自分が居ない時に起きた変化なので見て見ぬふりをしていた。向こうの方からいいたくなったらそれで良いと。

「⋯⋯」

 黒の空を見ていると、それが少し薄くなった様な気がした。黒が灰色になるのではなく、薄まって少しずつ透明になっていく感覚。

 そろそろ夜明けが近いのを感じたリュウガは、出発の準備のために立ち上がる。

「⋯⋯今日はお帰りなさいっていえなかったですね」


 様々な人の想いが交錯し、時は進み、海の向こうが緋色に明ける。


 黎明の時が来た。

 黒龍師団中央塔前の大駐機場に鐘楼ほどもある鋼鉄の巨人が立ち並んでいる。日付が変わり深夜を駆け抜けて続行された作業により、必要な器材は殆どが揃った。

 フィーネ台地近くにいる四号機を除き、黒龍師団が保有する全ての機械神が其処に居る。

 その中には久方ぶりに姿を表した黒龍師団師団長機である十一号機の姿も見える。

 本機はそれまでに作られた一号機から十号機に至る建造情報片の粋を集めた機体であり、各機を統率する指揮駆逐機として生み出された。

 機械神の基準となる三号機を基礎に全体的な性能の底上げが行われており、動力炉も二基増やされ六基、高性能だがそれに比例するようにとてつもなく扱いにくい機体となる。

 この機体の特徴的な装備として統一行動指示装置の搭載が上げられる。単純な操作であれば他の機械神を遠隔で動かすことが可能であり、操士のいない機体の移動などに使われる。他機でも腕部や下半身の分離機を胸部本体から遠隔で動かす機能はあるが、機械神そのものを操れるのは本機だけである。原理的にはそれ以上の行動、例えば戦闘行為をさせることも可能であるが、それは二機以上の機械神で同時に複雑な動きをさせることであり、人間のできる行為ではない。

 この装備も含め、ただでさえ成り手の難しい機械神操士を更に選ぶほどの機体となってしまい、黒龍師団でも特に師団長機として運用されるのみで、殆ど動かされることもない。

 今回の出撃において師団長は不在のままだが、代理の操士を得ることにより起動することとなった。同じ様に操士のいない二号機を引き連れフィーネ台地へと向かう。

 機械使徒も総数の八割が揃った。中には建造中だった機を無理やり動かせるようにして間に合わせた機体もある。相手に一撃与えられればそれで構わないので、とにかく出せる機は全部揃えた。

 まだ機械使途の数機が動き回り出撃準備が進む喧騒の中、背部に増装備を背負ったプルフラスが現れた。自分の身長程もある直方体の両脇に、機械神の腰と脚に付く推進機と同様な物が両脇に一基ずつ着いている。まるで棺桶を背負っているかの印象。キュアを始めとする一号機着きの自動人形が出撃直前まで作業を続けて、操士の希望通りの物を間に合わせた。

 リュウナはプルフラスを十三号機の前まで進ませる。

「お姉ちゃん、良いかな」

 リュウナは直通回線を開き十三号機の操作室へと繋いだ。

『どうしました?』

「今時間ある?」

『準備は終わりましたんで大丈夫ですけど』

「じゃあちょっと外に出てきて欲しい」

 リュウナはそういうとプルフラスの腕を真っ直ぐ前に伸ばして十三号機の胸部に手を当てさせる。そうして固定させると操作室を出た。腰部に設けられた出入扉を開き、高い身体能力を生かして駆け上がるように肩口まで上っていく。風になぶられるのも物ともせず自機の腕で作った即席の橋を渡る。

 リュウガも操作室から出てきて高所とは思えない軽い足取りでプルフラスの手部を経由し、進んできた。姉妹が機械使途の腕の中央で顔を合わせる。

「どうしました?」

 もう会えないかと思っていた妹の姿を出撃前に見れてリュウガは少し安心した顔をしている。

「今回のことが全て終わってここに帰ってきたときに」

 リュウナも姉の姿を見れて安心した気持ちになれた。

「この手袋を取って欲しい」

 リュウナはそういいながら右手を出した。

「⋯⋯今じゃなくて、良いんですよね」

「⋯⋯うん」

「じゃあ帰ってきた時の約束、ですね」

「うん」

「じゃあ、もう行きましょう」

「うん」

 重ねた言葉などいらない。それだけで伝えたいことは伝わった。後は、約束を果たすだけ。それが一番難しいことだけれど、約束したことは果たさなければならない。どんなことがあろうとも。プルフラスの機械仕掛けの瞳が、自分の腕の上で同時に振り返り戻る姉妹を静かに見ていた。


「機械神は全機揃ったな」

 副長の乗る三号機が周囲を確認する。二号機、六号機、九号機、十一号機、十三号機が並んでいる。

「出撃可能な機械使途は全機揃っているか」

 機械神の後ろには、この黎明の出撃時刻に間に合った機械使途が並び、各々の機体が「準備完了」の発光信号を送っている。まるで星空が地上に出来たかの様な光の明滅。

「長話は好かんから簡潔にまとめる。全員生きてここへ帰ってくる、それだけだ。出撃!」

 号令を発した副長の機体が先陣を切って飛び立つ。それに正規の機械神が連なり、十三号機が後を追う。十三号機の後ろには機械使途群の中心機であるプルフラスとダンタリオンが並んで飛び、残りの機械使途たちが続く。

 編隊と呼ぶには余りにも規模が大きすぎる人型の空中艦隊が粛々と空を進んでいく。この威容を見れば誰も黒龍師団という組織に歯向かおうと思うものは居ない。しかもこれだけの力の集結をただ一つのこと、大地を水没から回避させる為に使うのである。

「⋯⋯」

 未だ格納施設から出れないでいる一号機の胸部に立つキュアが、開け放たれたままの大扉の奥からそれを見ていた。リュウナに頼まれたものを用意していたお陰で作業が遅れてしまっている。

「ちゃんと約束を果たすのだぞ二人とも」

 キュアは空に向かってそう言うと遅れを取り戻すべく作業に戻った。

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