第7話 孤児の不条理 Ⅶ





今日から暮らす小屋を軽く掃除して、持ってきた荷物を整理した後。

僕たち3人はガルム兄さんの背中を追って『雛の巣』を出て、10分程歩いた。



そしてーーー魔石灯が燦々と輝く、賑やかな飲み屋街にたどり着いた。



呼び込みの声と酔った探索者の奇声による途絶えぬ喧噪がそこにはあった。

香ばしい匂いが漂い、鼻腔をくすぐる。

目に入るどの店からも探索者の豪快な笑い声や叫声が鳴り響いていた。


「ーーーここが『始動通りラウンチどおり』だ。どの店も初級探索者向けに安くて、量の多い飯と酒を売っている」


「どの店もうまそうな匂いしてやがるっ…!ガルム兄貴、どの店で食うんだ!?」


タケルが鼻をスンスンと鳴らし、涎を堪えていた。

そんなタケルの様子にガルム兄さんは苦笑した。


「ーーーこっちだ」


ガルム兄さんが首を傾げ、先導する。





さらにガルム兄さんに従って大通りを進んでいくと、ガルム兄さんが一軒の店の前で立ち止まった。


「ーーーここが俺たちの行きつけの店『黒牛亭』だ」


黒牛亭は質素な外観で、黒塗りの看板と暖簾が垂れているだけ。

他店舗との装飾の差が甚だしい。

こんなに地味な外観で……お店として成り立つのかな?


「入るよ。おやっさん」


ガルム兄さんが暖簾を掻き分け中に入った。

続いてタケルが入り、セルジオ兄さん、シュリ姉さんが暖簾を潜る。

僕とユリアも続く。


黒牛亭の中は思ったよりも明るく、探索者の喧噪に満ちていた。

ほぼ満席。

僕の心配は見当違いなものだった。


「………………」


僕は座る席の指示があると思い立ち止まる。

だけどガルム兄さんは指示を待たず、空いているテーブルに向かってしまった。


「・・・・・・・・・店主。無口。」


シュリ姉さんが僕を追い抜きながら告げた。

僕は店の厨房の方にいる店主を覗う。

無精髭を伸ばした強面のおじさんだ。

無口なのも納得できた。


僕はシュリ姉さんの後に続いてテーブルに着く。

ユリアも座り6人全員が席に並んだ。


「ーーーおやっさん!とりあえずエール6つ!それと枝豆3人前とジャージャー鳥の手羽先6人前を頼む!」


「ウサギの山賊焼3人前も頼む」


ガルム兄さんとセルジオ兄さんがテーブルに座りながら大声で注文した。


「………………」


店主は相変わらず無口で厨房で料理を作り続けていた。


「ガルム兄貴、あれ通じてんのか?反応ねぇじゃん」


タケルが眉を顰めながら口にした。


「大丈夫だ。男は一々反応を示さず、泰然としてろというのが店主の心情なんだ。男らしいだろ?」


ガルム兄さんの言葉通り店主にしっかりと注文は届いていた。

6人で軽く雑談をして時間を潰していると、すぐに注文した物が全て届いた。

6人全員でエールを掲げる。


「それでは、ゴルゴナに感謝を込めて。いただきます!そして、アレンとユリアとタケルの卒院を祝して、乾杯!!!」


『いただきます!乾杯!』


ガツンッ!


エールの注がれた6つの土器がぶつかる。

僕はエールに口をつける。

ジュワッ!

喉の奥で炭酸が弾け、香ばしい苦みが口を満たす。


ーーーおいしい。


「うめぇ~!!このジャージャー鳥ちょーうめぇじゃん!これだけでもこの店通いまくるわ。寡黙な店主は伊達じゃねぇな……」


タケルはエールに口を付けず、目の前の肉に齧りついていた。

あまりの美味しさに顔を歪めている。


「タケル、お前…。乾杯したのに酒も飲まずいきなり肴に手を出すとは…。マナーというか、常識というか…。阿呆すぎて言葉が出ん…」


セルジオ兄さんが頭を抱えつつ、漏らした。


「まあそう言うな、セルジオ!今日は無礼講だっ!祝いの席で説教を行うのもマナー違反だろう?」


「……細かい。一々。面倒。」


「むっ。…確かに一理ある。今日は私もタケルのことは忘れて気分よく飲むとしよう」


セルジオ兄さんが頷き、エールを口につけ思い切り飲んだ。


「おいおいセルジオ兄貴~、俺のことそんな簡単に忘れんじゃねぇよ。俺の突っ込み役なんだから俺のボケには常に反応してもらわねぇと」


「うるさい阿呆。私は気持ちよくエールを飲んでいるのだ。邪魔するな」


「そんなこと言わねぇでよ~。頼むぜセルジオ兄貴~」


「ひっつくな!気持ち悪い!あ!私の手羽先をとるな!?」


嫌がる兄さんをおちょくりタケルが笑顔を浮かべていた。

思わず苦笑する。


「タケル、セルジオをいじめてやるな。男らしくないぞ」


ガルム兄さんも笑いながらタケルに注意した。


「ちぇ~。いいじゃねぇかガルム兄貴」


「ガルム、私がこいつ如きにいじめられるはずがないだろうっ。失礼だぞ!」


「……セルジオ。可哀想。」


「な!?シュリまで!?私はいじめられてなどいない!!」


目を見開き、大声で抗議した。


「まあまあ。セルジオ、そんな怒っていると酒が早く回るぞ。1度落ち着け」


そこをガルム兄さんが止めに入った。


「これが落ち着いていられるか!?兄の威厳に関わるであろう!?」




「ーーー今日は3人にあのことを話すために来たんだろう?酒が回ったら話せるものも話せなくなるぞ」


ガルム兄さんが突然真剣な顔になった。




「ーーー!そうだったな。……納得はいかないが反省はしよう。軽率だった」


セルジオ兄さんも真剣な表情になった。

見るとシュリ姉さんも真面目な顔をしていた。

対して僕たち3人は何も分からず戸惑う。


「ガルム兄さん、話すことというのはなんでしょうか?」


真剣そうな空気にタケルの食事の手も止まった。

ガルム兄さんがーーー語った。





「ーーー俺たちは準備が整い次第、『門番』に挑むことにした」



ーーー!?


「ーーーは!?門番!?え!?」


タケルも両手に持っていた手羽先を離し、狼狽えていた。





門番・・

迷宮の6階層毎に、下層へ続く階段の前の『挑戦の間』に出現する強力な怪物。

『門番』を倒さなければさらに下層に進むことは叶わない。

野望を抱き下層を目指した多くの探索者を阻み、消してきた存在。


ーーー探索者が最も恐れている怪物モンスターたち。





「ーーーちょ、ちょっと待ってくれよ兄貴!?どうしてこんな突然!?」


「前回の探索でいいことがあってな。ーーーアレン、お前なら分かるだろう?今日の俺は強かっただろう?」


思い浮かぶのは昼間のガルム兄さんとの模擬戦。

ガルム兄さんは僕の知るガルム兄さんではなかった。


ーーーあまりに強くなっていた。

勝つビジョンが思い浮かばないほどに。

あれは絶対的な実力の差だった。


ーーーlv1の僕との絶対的な差・・・・・




「ーーーガルム兄さんのlvが上がったということですか?」



「ーーーそうだ。3年かかってやっとな」



ーーーlv。

探索者ーーーいや人間の格を示す数値。

lvが1つでも上がると、より神に愛されるようになり飛躍的に身体能力、魔力が向上する。

lv上昇による能力の上昇値はあまりにも高い。

その事実を物語る歴史がある。

lv1の2千の軍隊と6人のlv3の上級探索者が衝突することがあったらしい。


結果ーーーlv3の探索者6人は無傷。軍隊は全滅した。


まさしく高lvの探索者は一騎当千。

lv1の常人とは隔絶した能力差がある。

兄さんはそんな超人集団に一歩足を踏み入れたんだ。



ーーーlv2。



兄さんはlv2に上がるまでに掛かった3年をやっとと言ったけど……十分早いと思う。

lv1からlv2へのlv上昇に要する期間は平均的に4年ほどと言われている。

平均より1年も早くlv上昇するなんて……さすが兄さんだ。


「6階層の門番の能力はlv2下位と言われている。lvが違うだけで圧倒的な戦力差になるからこそ多くの初級探索者が門番に殺されてきた。だが、lv2同士の戦いとなれば差は無い。むしろ、1対1パーティーの分勝率は高い」


「私が調査した情報によるとlv2を有するパーティーの門番突破率は9割。ほぼ確実に死傷者ゼロで門番を突破できる」


ガルム兄さんの説明に、セルジオ兄さんが補足した。


「俺たちは孤児院のためにも、夢のためにも……絶対に門番に殺されるわけにはいけなかった。だから3人の内の誰かがlv2になったら門番に挑むことを決めていた。そして…やっとlv上昇きょうを迎えた。『明日の希望』のような優秀な同期たちには随分遅れを取ったがーーーやっと男らしく戦える」


ガルム兄さんが拳を握りながら、力強く語った。


「……このこと、マザーには?」


「もう言ってある。最初は止められたが、俺がlv2になったことを聞いて納得してくれた」


「………………」



僕と兄さんの夢。

『迷宮都市全ての孤児を救うこと』


夢のためにも中層進出は必須だ。

今のままじゃ力が足りない……。

金も力も名誉もなにもかも足りない……。

夢を叶えるためには、1回の迷宮ダンジョン探索で数金板数千万円を稼ぐようなBランク探索者やAランク探索者になる必要がある。つまり…『門番』への挑戦は避けられない…。


危険を冒さなければいけないのは理解していた。

いつか『今日』が来ることも。

だけど……危険が目の前まで来て、ようやく実感する。

ーーー覚悟が足りなかったんだと…。


「門番に挑んで、少しでも力が足りなそうだと感じたら…男らしくないが撤退する。孤児院のために、夢のためにも…今死ぬわけにはいけないからな…」


僕の顔を見てガルム兄さんが付け加えた。


「ーーーそ、それは!その……だ、だけどよ……」


タケルがしどろもどろに漏らした…。

タケルの気持ちは分かる。止めたい気持ちも。


でも…夢のために止まっては・・・・・いけない《・・・・》ことも分かるんだ……。


「タケル、私たちののためには必ず通らなければいけない道なのだ。気持ちよく送り出してくれ」


「……セルジオ兄貴…」


……大丈夫だ。

……兄さんたちは強い。

その上、ガルム兄さんのlvも上がって、どこに負ける要素がある……。


「……僕たちに何か協力できることはありますか…?資金集めでも素材集めでも何でもやります」


「ある」


ガルム兄さんが即答した。


「といっても、俺たちの門番討伐に直接関わることではないが。……アレンたちには5階層を攻略してほしい」


5階層?

僕たちの5階層攻略が、どう兄さんたちへの協力になるんだ…?


「俺たちは師匠としてお前たちの面倒を見て来た。だが…正直もう教えられる物はない。そもそも俺たち自身誰かに技術を教えてもらったことはない。見様見真似でうまい探索者の動きを身につけただけだから、教えることは得意じゃない」


「だから俺たちが門番に挑む前に、お前らに弟子卒業試験・・・・・・をと、そう思ったんだ。それが5階層攻略だ。お前たちが単独で5階層攻略できるんなら、たとえ……俺たちがいなくなっても孤児院いえは回る」


「……兄貴、そりゃ縁起わりぃだろ…」


「もちろんこんなところで死ぬつもりはない。ただの保険と考えてくれ」



5階層か…。

確かに僕もそろそろ5階層に挑戦する頃だと思っていた…。

僕たちパーティは5階層に到達するまで、1階層2ヶ月ペースで安全重視で攻略してきた。1~3階層それぞれ2ヶ月かけてきた。

でも…4階層に到達してからは既に4ヶ月経っている。

迷宮初挑戦から10ヶ月経ち、4階層で予定より2ヶ月長く足踏みしていた…。


5階層へ踏み出さなかった理由はーーー『ホブゴブリン』。


「……5階層といえばホブゴブリンですね?」


「そうだ。初級階層1~6階層で一番厄介なモンスターだ。探索者の1部からは第2の門番とさえ呼ばれて恐れられてる。お前らはまだ戦ったことないよな?」


「はい。まだ5階層には行ったことないですし、運良く『異常個体イレギュラー』にも当たっていません」


「ホブゴブは頭は悪いが、ゴブリンと比較にならないくらいに力が強い。技術はないが、振るわれる棍棒の威力がすさまじい。タンクでもモロに頭に食らうと確実に意識が飛ぶと言われている」


「ーーーホブゴブと正面から戦えて、連戦できるようなら初級階層にもう敵はいない」


ガルム兄さんはホブゴブリンを倒せれば初級階層1~6階層に敵はいないと言い切った。



つまり、ホブゴブリンはそれだけ厄介でーーー強い。

ーーー死ぬかもしれないということ。



「俺とセルジオは門番戦に備えて防具と剣を新調するつもりだ。装備が届いて、慣れるまで1月くらいかかるだろう。それまでにアレンたちには5階層を突破してほしい。俺たちにお前たちが成長したってところを見せてくれ」


「……………………」


僕は少し悩むがーーー即答するっ。



「分かりましたガルム兄さん。1月なんていりません。明後日からの探索で必ず5階層を突破して見せます。そして兄さんたちの心残りを無くします」


「ーーーそうだぜアレンッ!ホブゴブなんて一撃で倒して兄貴たちの門番挑戦気持ちよく送り出してやんよッ!!!」


タケルが立ち上がりながら宣言したっ!

それを見てガルム兄さんの表情が明るくなった。


「ーーーよく言った!!!それでこそ俺の弟たちだ!男らしいぞ!!!」


「……ユリア。大丈夫。?」


「……うん、アレンが行くなら…」


ユリアも納得してくれそうだ。



ーーー僕たちの5階層挑戦が決まった。



「ーーーつうわけで!卒院式は俺様と兄貴たちの決起会に早変わりってわけだ!!じゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食ってやるぜ!!!」


「おお!食え食え!いくらでも食え!男らしく奢るという言葉に二言はない!!!」


「おい、ガルム。手持ち以上には食わせるなよ。決起会で警邏隊の世話にはなりたくないからな」


僕たちの卒院式改め決起会は大いに盛り上がった。

本当に楽しかった。




ーーータケルが食べ呑み過ぎで吐いたのだけが残念だったかな。



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