第8話 孤児の不条理 Ⅷ
「ーーーおいアレンっ!こんなもんで下がんじゃゃねぇ!お前はタンクだろ!?」
ガルム兄さんから繰り出される剣戟!
上下左右縦横無尽に飛びかかってくる剣線を僕は必死に盾で防ぐっ!
鳴り止まない模擬剣の打突音が辺りに響いていた。
時刻は真昼。
場所は孤児院の敷地内の訓練場。
そこで僕はガルム兄さんと模擬戦をしている。
迷宮内での戦闘と同じように鎧を着込み、模擬剣と盾を装備し剣を交えている。
僕とガルム兄さんは共にlv1。
身体能力に隔絶した差はないはずなのに…僕は完全に押し負けていた…っ!
「タンクの仕事はなんだっ!?」
ガルム兄さんが僕の足を狙い、模擬剣を振るう!
足を下げて盾を構える。
すると模擬剣は挙動を変えて、肩を狙う突きに変わった!
僕は盾を動かし肩を守ると、ガルム兄さんの足が伸びてきて無防備になった左足に絡めてきた。
間一髪で足を引き抜くが、一本足で立つことになり、体勢が崩れる。
そこに上段からの模擬剣が迫る!
「ーーーグっ!…怪物の攻撃の全てを受け止めて、仲間の盾になることですっ!」
なんとか盾を間に合わせ、盾と剣の鍔迫り合いになった!
「そうだ!決して折れないパーティーの柱!揺るぎない柱だ!それがーーーこんなもんで務まるのか!?」
ガルム兄さんからの圧力が急に強まり、数歩後退してしまう!
すぐにガルム兄さんの模擬剣が再度迫る。
次は下からの斬り上げ。
盾で防ぎつつ、模擬剣で反撃しようと盾を構える。
兄さんの剣と僕の盾が衝突する。
ーーー軽いっ!!?
想像以上の軽さに注意が向き、目の前に迫る盾に気づけなかった。
兄さんの盾が胸に衝突するっ!
「ーーーガハッ!!!」
ーーー衝撃っ!
肺の空気が吹き出るっ。呼吸が出来ないっ。
痛みで涙が浮かぶっ。
不意打ちと痛みに膝を着きそうになるが、なんとか堪えるっ!
まだ
ーーー膝を着いている場合じゃない!
僕は痛みに顔を顰めつつも盾と剣を構えるっ。
「ーーーよしっ!よく膝をつかなかった!よく盾を構えた!」
兄さんが模擬剣を構え再度迫ってきた!
瞬きで見失いそうになるほどの素早い剣線が僕に迫る。
交わる銀線。交差する直剣と盾。
瞬時に入れ替わる互いの立ち位置。
息も尽かせぬ熱戦により踏み固められた訓練場に砂埃が舞う。
一方的な戦いながらも僕は確かに兄さんからの致命傷だけは避けられていたっ!
「『ヘイト稼ぎ』のコントロールが甘くなっていないか!?魔力の操作にも気を回せよっ!」
これはあくまで迷宮内での怪物との戦闘のための訓練だっ。
怪物との戦闘中は必ず『ヘイト稼ぎ』を発動し、タンクとして活動する。
『ヘイト稼ぎ』も絶やさず発動していなくてはいけない…。
僕はガルム兄さんの一刀に集中しつつ魔力にも意識を向けた。
「ーーーはいっ!」
今の僕がガルム兄さんに攻撃することなど不可能だ。
ーーーただ防げっ!!!
ーーー避け続けろっ!!!
「ーーーはぁぁぁぁぁ!!!!!」
実戦なら攻撃はタケルがやってくれるっ。
僕はタンクとしてただ
盾だけじゃなく右手に持つ模擬剣も使ってガルム兄さんの攻撃を防ぎ続ける!
時に躱し、受け流し、正面から受け止める!
目を凝らし、ガルム兄さんの動きを観察する!
ガルム兄さんの初動から攻撃を予想し、あらゆる攻撃に対応するっ。
「ーーーもっと耐えて見せろっ!」
突進を躱し、蹴りを受け流し、剣戟を受け止めるっ!
完全に戦闘に没入し、判断力が冴えている今の僕に恐怖心はない…っ!
決して後退せず、紙一重で躱し、勇気をもって前進するっ!
「ーーーそうだ!下がるなっ!お前の後ろにはヒーラーのユリアがいる!ユリアも最低限の格闘スキルは持っているが、本職はヒーラーだ!お前が抜かれたら、ユリアは死ぬ!下がるじゃない!前に出ろ!」
兄さんの一撃は空を切り、時に僕の盾により受け流される。
でもーーー決して隙は生まれない。攻略する隙は生まれないっ。
防戦一方を余儀なくされるっ!
「決して折れるな!下がるな!諦めるな!男らしく死ぬ気でユリアを守れ!!!」
「ーーーはいっ!!!」
兄さんのシールドバッシュを盾で受け止め、間合いが生まれた!
仕切り直し。
兄さんが駆け、また迫ってくるが今度は僕も前に出る!
一歩を踏み出すっ。
「ーーー俺たちの『夢』のためにも!こんなところで折れるんじゃないぞ!アレン!!!」
『夢』
『迷宮都市全ての孤児を助けること』
ーーー僕とガルム兄さんの夢っ!!!
「ーーーーーはいっ!もちろんですっ!!!」
一瞬の油断もできない連撃が続く!
僕はその悉くに盾を合わせ、受け止める。
兄さんから叩き込まれたタンクとしての技術。
3年間の訓練で身体に染みついたそれを本能で繰り出す。
兄さんから教わった全てが、兄さんとの戦いを硬直状態にさせていた。
「ーーーいいぞ!男らしい顔になったっ!!!」
兄さんはこれで仕舞いと、僕の盾に体重の乗った一撃を放った!
ザザァ!
踏み固められた地面に足跡を残しながら、その一撃を受け止め僕は膝を着く。
「ーーーふぅ、よしっ!よく耐えきったアレン!確実に前の稽古の時よりタンクがうまくなってるぞ!実戦を経験して直感的に致命傷になる一撃を判断して受け流せていた!LV1でここまでタンクがうまいやつはそうそういない!」
「ーーーはぁはぁはぁ……ありがとうございます。ガルム兄さん…」
僕は荒ぶる肺を沈めようと必死に呼吸しながらガルム兄さんに応える。
対して兄さんは息も荒げていなければ、汗もかいていない…。
僕の成長を手放しに喜んでくれていて、ニヤリと笑みを浮かべている。
「次は攻撃の特訓だ。長期戦において守るだけでは怪物からヘイトを稼ぎ続けられない。適度に攻撃して、怪物から脅威だと認識され続けなければならない」
ガルム兄さんは腰を落として盾を構えた。
「俺は一切攻撃しない。どこからでも攻撃してこい」
ガルム兄さんの全身から
これはーーーガルム兄さんの魔法だ。
「この身を、例え命を賭しても
ーーー防御魔法『鉄壁』。
身体を硬化させ、敵からの攻撃を防ぐ魔法。
タンクに最適の魔法だ。
鉄壁が発動した以上、例え僕がガルム兄さんに一撃を入れられても傷を負わせられない。
圧倒的な防御力がガルム兄さんの身を守る。
これで気兼ねなくーーー攻撃の訓練ができる。
僕は模擬剣と盾を構え、ガルム兄さんに接近する。
模擬剣を上段から振り下ろす。
当然その一撃は兄さんの盾で受け止められた。
ーーー壁だ。
ーーーどれだけ押し込んでも動く気がしない。
さらに上下左右全方向から剣を走らせ兄さんに迫るが、どれだけ攻撃を加えても全て盾に阻まれた。
「どうしたっ!傷はつけられないにしても、俺の体に一撃でも入れて見せろ!盾にしか当たってないぞ!」
「ーーーっ!」
ーーーこれは変だ…っ…。
兄さんは確かに強かった。常に僕にとって見上げる存在。
全戦全敗で、僕なんかじゃ勝てる相手じゃなかった。
特に攻めることに関しては僕は足下にも及ばなかった。
ーーーでもここまで強くはなかった。
実際に先月の模擬戦の終盤では兄さんのスタミナも切れて、接戦を演じられた・・・。
でも……今の兄さんはどうだ…?
これだけ戦闘を続けても息も上がらず、汗も零さない。
先月までの兄さんなら…今の僕と同じように溺れるように空気を求め、額から滝のように汗を流していたはずだ…。
ーーーこんな圧倒的な存在じゃなかったはずなのに…どうして……?
「やめっ!」
兄さんの合図を効いた瞬間、僕は大の字で訓練場に寝転がる。砂埃で革鎧が汚れるのなんて気にしない。気にする余裕がない。
はぁはぁはぁ!と必死に空気を求める。
全身筋肉痛だ。頭の使いすぎでクラクラする。
目も酷使しすぎて、瞬きが止まらない。
「ーーーふぅ。やはりまだ攻撃には改良の余地があるな。もっと実戦を経験して自分なりの攻撃の仕方を編み出せ。俺たちがやってきたようにな」
対して兄さんは…やっぱり息も上がっておらず汗も流していない…。
「はぁはぁはぁ……はい、ありがとうございました…。ガルム兄さん…」
兄さんから手を差し出される。
手をつかみ、兄さんの力も借りて立ち上がる。
「お前もずいぶん強くなった。今のお前なら十分パーティーを守れる。一端に男らしく強くなったな、アレン」
「ガルム兄さんのおかげです。兄さんたちみたいに独力でやっていたら、ここまでになれてません」
「謙遜するな!お前は十分強くなっている!俺の想像以上に、なっ!」
兄さんが勢いよく僕の背中を叩いた。
「いたいです!兄さん!」
「相変わらずお前たちは凄まじく仲がいいな」
「ん、セルジオか」
声に振り返ると、そこにはセルジオ兄さんが立っていた。
セルジオ兄さんはガルム兄さんのパーティでアタッカーを務めている。
「まったく。ガルムはアレンのような素直な弟子を持てていて羨ましい限りだ。タケルと取り替えてほしい」
セルジオ兄さんはタケルにアタッカーの技術を教えている。
タケルの師匠だ。
いつも指示を聞かないタケルに手を焼いているみたいだけど・・・。
「ははは!それはできない相談だ!弟子を今更取り替えるなど男らしくないからな!」
「セルジオ兄さん、タケルは?」
「あっちで伸びている。痛みとスタミナ切れでな。…ほんとにあの阿呆は『スラッシュ』に頼り切りだ。、スラッシュにさえ注意すれば実戦経験のない者でも倒せるかもしれん。アタッカーとして殊更に頼りない。パーティリーダーのアレンからも注意してやれ」
セルジオ兄さんは親指で背後を指しつつ呟いた。
「…確かにタケルはスラッシュさえ使えば敵を倒せると考えている節があります。実際に4階層までの敵はスラッシュ一撃で倒れましたから、そうなる気も分からないでもないのですが…」
「私もあいつが確実にスラッシュを当てられる技量があるならば文句はない。だが、今のあいつはスラッシュに振り回されている。いっそアレンのように『
「………………」
ーーー無魔法。
僕の特異体質…。
でもーーー僕はこんな体質いらなかった。
どんな魔法でもいいから……少しでも『力』が欲しかった。
タケルの『スラッシュ』やガルム兄さんの『鉄壁』のような…強い魔法。
『
……なさけない。力のない自分が…。
思い出すのは昨日目にしたーーー『救いを求めていた孤児』。
僕に
救えていたかもしれないのに…。
ーーーバンッ!!!
「ーーーいっ!!??」
僕の背中に強烈な痛みが走ったっ!?
張り手だっ!
僕は横に立つガルム兄さんを見上げる。ガルム兄さんはーーー僕の目を見つめていた。
「ーーーアレン、お前は『魔法がなくとも』優秀なタンクだ」
言い聞かせるようにガルム兄さんが告げた。
「適正な魔法がなくともlvを上げ、有名になった探索者はいる。お前もその一人になればいい」
再度バンッ!と背中を叩かれた。
……そうだ…。
僕なりの方法で…優秀な探索者になればいい。
……ないものねだりなんて、もうやめだっ…。
夢に向かって…前を向くんだっ!
「……終了。」
「ーーーおっ、シュリか。ユリアの調子はどうだった?」
僕は声のした方向を向く。
そこにはユリアとシュリ姉さんが立っていた。
シュリ姉さんはガルム兄さんのパーティで『魔法アタッカー』を務めている。
魔力の扱いに長けているのでヒーラーのユリアに魔力の扱いについて教えている。
ユリアの師匠だ。
「……抜群。最高。」
「そうか。よかったな!ユリア」
「……うん…」
ユリアがガルム兄さんに対して頷いた。
「よしっ!アレンたちはそろそろ荷物まとめておけ。俺たちはもう少し弟妹の相手をしよう」
ガルム兄さんが視線の向けた先には僕とガルム兄さんの模擬戦を観戦していた弟妹たちの姿があった。
一昨日に僕から発破を受けたばかりだからか。
全員が真剣な眼差しをして僕と兄さんの模擬戦を見ていた。
ーーー僕たちは今日、孤児院を卒院する。
昨日の夜に卒院式は終えている。
あとは荷物を持って出発するだけだ。
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