第6話 孤児の不条理 Ⅵ 





「アレン、タケル、ユリア……いつでも帰ってきなさいね…」


『はい、マザー』


背中にかけられる幼い弟妹からの泣き声に足を重くしながら、僕たちは十数年お世話になった孤児院を卒院した。









「ーーー見えてきたぞ!あれが『雛鳥の巣』だ」


僕たち3人は引っ越し用のリュックを背負ってガルム兄さんたち3人の先導で『引っ越し先』まで来ていた。


孤児院から馬車に乗って30分ほど揺られ、辿り着いた僕たちの引っ越し先は広大な平野だった。

丘の上から一望すると平野には無数の小屋が点在しており、それら全てから焚火の黒い煙が上がっている。

小屋を中心として行動する人の数も数え切れないほど多い。



『雛鳥の巣』。

ギルドが貧しいEランク探索者パーティ《lv1》に向けて提供してる簡易住宅群。

月4銀貨4万円の低賃料で最大4年間借りることが出来る。



僕たちの新しい引っ越し先いえも『雛鳥の巣』内の一戸だ。

丘の上から窺えるように『雛鳥の巣』は無数のEランク探索者の喧噪に満ちている。

夕食時の今は芳しい香りにも満ちていた。


「お~!あれが!?やべぇテンション上がってきたぁぁぁ!ーーーグヘッ!」


「落ち着けタケル。みすぼらしい」


タケルが新天地に興奮し叫声を上げる。

すぐにセルジオ兄さんに後頭部を叩かれていた。


「……今日から。近所。恥。禁止。」


シュリ姉さんがタケルに注意した。


ガルム兄さんにも予め注意されたが、初級探索者をなるべく収容するため『雛鳥の巣』の住宅同士の間隔は非常に狭い。

そのため隣住宅パーティとの関係は非常に密接なものになるらしい。

『雛鳥の巣』で快適な休息を取るためには良好な隣人付き合いが必要になるようだ。

ただでさえ僕たちは・・・脛に傷を持っている孤児上がりだ。

なるべく他パーティの迷惑にならないように生活しなければならない。


僕たちは通路を歩み、『雛鳥の巣』の奥に進む。


「ここにいる全員がEランク探索者なのですよね?」


「そうだ。それこそ探索者成り立てのやつもいれば、Eランク上位のパーティーもここにはいる。例えば・・・あそこを見ろ」


ガルム兄さんが前進しながら、あるパーティを指さす。

彼らは住宅の表にあるウッドテーブルに着いて、談笑していた。

隣でパチパチッと燃える焚火が、彼らの明るい表情と姿を照らす。


「最近迷宮都市にきたばかりのパーティーだろう。足腰は農業で鍛えられているようだが、装備が整えられていない。全員、最安値の防具の『ビッグラットの皮鎧』で身を固めている」


次に兄さんは隣の住宅のパーティを指さした。


「隣のパーティーは…明日、中層に到達してても不思議はないEランク上位のパーティーだな…。優秀だ。動きに連帯感を感じる。…タンクの防具は中層の怪物を材料にしたものだろうな。見たことがない」


僕でも2パーティの練度の違いは分かる。

彼らは修羅場を潜ってきたような貫禄があった。

互いに言葉を交わさず、食事を取っていた。




その時、目の前から1つのパーティが迫ってきた。


「あ!ガルムかい!?」


「パティか!?久しぶりだな!」


そのまますれ違うと思えば、先頭の男性がガルム兄さんに話しかけた。

ガルム兄さんも親しげに応え、握手を交わした。


男性は長身でガルム兄さんとほぼ同じ背。

身体はガルム兄さんよりも細いが、威圧感オーラは遜色ない。

バランスの整った身体。


その身を頑強そうな防具で固め、腰から剣を垂れ下げている。


「ああ、最近ガルムとは擦れ違い気味だったからね。会えて嬉しいよ」


「俺こそ会えて嬉しいぞ。フル装備のようだが…『明日の希望』は今から迷宮ダンジョンか?」


「ん~…まあ、依頼クエストでね。今から出るところさ。それより、うしろの3人は知り合いかい?」


パティさんは僕たち3人に目配せして兄さんに尋ねた。


「俺の弟妹きょうだいだ。左から、アレン、タケル、ユリアだ」


ガルム兄さんが身を翻し、笑顔で僕たちを紹介した。


「ああ、君の孤児院の・・・・…。僕はパティ。後ろの5人が僕のパーティ『明日の希望』のメンバーだ。よろしく頼むよアレン君」


「はい。よろしーーー」


パティさんから差し出された手。

僕も呼応して手を差し出し、握手しようとするがーーー横から飛び出てきた手に奪われた。


「ーーーよ、よろしくお願いします!!!」


タケルがパティさんの手を両手でガッチリと掴みながら挨拶をしていた。

僕は驚きすぎて固まってしまう。

パティさんも予想外の展開に目をパチクリ瞬かせた。


「え、あ、うん」


「ーーーあ、『明日の希望』って1年半で初級階層突破したすげぇパーティっすよね!?すげぇ!有名人じゃん!本物じゃん!有名人と知り合えちゃったよ俺!!!ーーーグヘッ!」


タケルは握手している手をブンブンと上下させ興奮していた。

すぐにセルジオ兄さんが後頭部を叩き、鷲掴みにして謝らせた。


「すまないな。また阿呆な弟が阿呆なことをした」


セルジオ兄さんの謝罪がタケルの勢いに気圧されていたパティさんに届いた。


「ははは…。まあ、慣れてるから大丈夫だよ。それで…繰り返しになるけどよろしくね、アレン君」


「はい。よろしくお願いします」


今度こそ握手を交わす。


「君の話は酔ったガルムから何度も聞いているよ。優秀なタンクだそうだね。それに…『無魔法』という特異体質だとか…」


「はい…。恥ずかしい限りですが…」





『明日の希望』のリーダー、パティ。

……名前だけは聞いたことがある。

探索者になって1年半で初級階層1~6層を突破し、2年目にはlv2にlv上昇アップ。3年目の今は中級階層7~12層の半ば、10階層を攻略しつつある大型新人スーパールーキー

希少で強力な魔法を駆使し、常に立ち止まらず怪物を屠り続ける。

探索者ギルドが最も期待している次世代の星だと……。


その実力を期待されてDランク探索者にも関わらず、【偉名ふたつな】すら付けられているらしい。

偉名ふたつな】は本来Bランク探索者以上にしか与えられない。高位探索者への畏怖から付けられるものなんだ。

それをDランク探索者にも関わらず与えられているだけで……目の前の人の凄さが分かる。




その【偉名ふたつな】はーーーー【新星しんせい】のパティ。




マリア迷宮都市の大型ルーキーちょうしんせいに無魔法を指摘されて、恥ずかしくなる。


「いやいや。他と違うのはそれだけで才能だ。もしかしたら…アレン君は魔法が無い分、他の部分に才能が集約されているのかもしれない。事実、君はガルムに認められるほどのタンクなんだとか」


「……その考えはありませんでした。…少し、自信が付きました…」


パティさんは心底からそう思っているんだろう。

偽りのない表情で笑みを浮かべ僕を褒めてくれた。

パティさんが僕の肩をトントンと叩いた。


「君の成長を期待しているよ」


「……ありがとうございます。ご期待に沿えるよう頑張ります」


「ーーーパティ。そろそろ」


パティさんの後ろに立つ、『明日の希望』のメンバーと思われる魔法士然とした女性がパティさんに囁いた。


「うん。……できればこの後一緒に食事でも、と思ったんだけど…僕たちは依頼クエストですぐにでも都市を出なくてはいけないんだ。でもいつか必ず食事に行こう、アレン君」


「はい。そのときは是非色々お話を聞かせてください」


「うん。じゃあ、僕はここで」


パティさんはガルム兄さんに目を合わせた。


「ああ。またな」


「男らしくすぐにクエストを片付けて帰ってくるよ」


ガルム兄さんの口癖、『男らしく』を使って微笑みながら別れを告げた。

パティさんたちパーティが去って行く。

その後ろ姿を見つめつつガルム兄さんが囁いた。


「……パティあいつは孤児に対しても偏見がない良い奴だ。優秀な『魔法』を持っていて、アタッカーとしてずば抜けた技術もある。それに新人の中じゃ一番ギルドに注目されている。仲良くしていて損はない。次に会ったときはお前から声をかけてみろ」








さらに『雛鳥の巣』を奥に進み、遂に僕たちの新居に辿り着いた。


「ここだ!ここが今日からお前たちの家になる」


兄さんが指した小屋は雛鳥の巣に並ぶ他の住居と変わらない。

画一的な作りだから当然だ。

でも、この小屋が今日から僕たちパーティの物だと思うと感慨深い物があった。


「おお~!ここが今日から俺様の家かぁ!ふぅ~ん、ぼろっちいけどまぁ……悪くねぇ!!!早速、中見てくるわ!」


タケルは駆けだしてガルム兄さんを追い越し、勝手に小屋の中に入った。


「おい!タケル!勝手な行動をするな!」


セルジオ兄さんもタケルを追いかけ小屋の中に入った。

僕も2人に追従して玄関から小屋に入る。


「うぉ~!中は思ったより綺麗じゃん!孤児院より綺麗かもなっ!でも、せっま!!!寝室しかねぇじゃん!」


外観から想定していたが、小屋の中はすごく狭かった。

部屋は男女別用に寝室が2つしかなかった。

その寝室も2段ベットが2つ左右に並び、鮨詰め状態。

小屋の中にいると狭すぎて腰を悪くしそうだ。

寝る時以外は、小屋の外での生活になるだろうな。

玄関に背負っていたリュックを置く。ユリアも僕に続いて置いた。


「タケルはセルジオに任せるとして。2人とも、裏にある便所とキッチンも案内するからついてきてくれ」


ガルム兄さんに従って小屋の裏手に来た。


「小屋の中にはさっき見たとおり男女別の寝室があるだけだ。だから、基本的に食事は外でとることになる。今は秋だから虫も少なくなってきたが、夏には虫除け網が必須だ」


ガルム兄さんは石作りの竈と台所、中央にあるウッドテーブルを指さして告げた。


「……ガルム。火。付けとく。」


「ああ、任せるぞシュリ」


シュリ姉さんが竈の隣に積まれていた薪と枯れ草を組み始めた。

ガルム兄さんは僕たちに着いてこい、と言い少し歩いた。

チャポンチャポン。

少し歩くとどこから水のせせらぎが聞こえてきた。


「この道を下ったところに川があるから洗濯はそこでやる。下流域にあるから上流の排水の影響で少し臭いがあるが、問題はない。あ、それと本当に金が無かったら魚取りもできるぞ。ただ……『漁師』と蔑称をつけられることになるからお勧めはしないがな」




その後も幾つかガルム兄さんから雛鳥の巣での生活についてアドバイスを受けた。




「まあ、こんなところだろう。何か聞きたいことはあるか?」


「近くに訓練で使えるような広場と商店街はありますか?」


「すぐ近くにギルドが用意した無料の訓練場がある。それと初級探索者を狙った露店街もな。案内しなくても気づけば場所を覚えているはずだ」


他に質問はない。

ユリアもないみたいだ。

ガルム兄さんは僕たちの反応を見て身体を翻し、小屋の方へ戻り始めた。


「次は俺たちの行きつけの酒場を紹介しよう。安くてうまくて量が多い男らしい良い店だ。お前らもきっと行きつけになる。今日は男らしく俺たちが奢ってやる。そこで……これからのことについても話そう」



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