第5話 孤児の不条理 Ⅴ







……昨日の夕食で、マザーはすぐに泣き止んだ。

泣き止んで、すぐににこりと、僕らを安心させるあの笑顔を浮かべた。

……マザーは16歳からほぼ1人で孤児院を運営してきたんだ。

……その苦労はぼくたちなどでは計り知れない。なんと声をかけてよかったのか、1夜明けた今でも分からない。


夕食はすぐに解散となり、探索で疲れていた僕たち3人はすぐに部屋の藁布団で寝た。

4日間の気の抜けない迷宮探索の深い疲れから途中で目を覚ますこともなく、目を覚ますと朝を迎えていた。


ーーー明日から僕たちはこの孤児院を出る。

今日はこれまでお世話になった孤児院に恩を返すつもりで掃除や買い物、畑仕事、その他雑事をこなす予定だ。

まずは掃除。

昔自分が着ていたズボンを雑巾として使い回し、孤児院全体を掃除した。

水で希釈した『スライムゼリー』を雑巾に染み込ませ、床や壁を磨いた。

加えて冬に備えて壁に穴が開いている箇所を見つけだし、板を打ち付け穴を塞ぐ作業も行った。


うちの孤児院は小さい。37人の孤児全員が寝るための部屋6つと居間と台所の8部屋しかない。

普通の家と比べたら大きいのだろうが、37人が住むには手狭だ。

3人の探索者として鍛えた体力も手助けして掃除と補修は1時間ほどで終わった。


次は孤児院の外、井戸と鶏小屋、用具小屋、便所の掃除だ。

特に辛かったのは鶏小屋の掃除だ。

鶏小屋の掃除は、鶏当番の弟たちと協力して行った。

まず鶏たちを小屋の外に出し、床に撒かれている糞尿を洗い流す。そのあと丁寧に床を雑巾で磨いた。

鶏特有の獣臭さと糞尿の混ざった匂いは強烈だった。


掃除を終えたら、畑仕事だ。

秋野菜の面倒を見る必要がある。

僕たち3人が畑に向かうと既に弟妹たちが畑仕事をしていた。

虫や病気にやられている野菜を探したり、休閑地を耕している。


「あ、兄ちゃんたちだ!お~い!」


僕たちに気づいた弟妹たちが手を振ってきた。

今日は芋の収穫日らしい。

僕たちも芋掘りを手伝うことになった。


「俺様たちは芋掘りだな。一瞬で全部抜いてやるぜっ!」


タケルが芋から伸びるツタを掴み、思い切り引き抜いた。


「おら、おら、おら~~~!!!!!」


抜いたらすぐ次の芋。次の芋。

どんどんと芋が地上に顔を出す。


「すげぇ兄ちゃん!こんな一瞬で全部芋抜いてる!!!」


「すげぇだろ!てめぇらもちゃっちゃと芋抜きまくれ!!!」


『サァ!イエッサー!!!』


タケルの力と弟妹たちの働きでどんどんと芋が抜けていく。

凄く効率がいい。この分だとすぐに全部の芋が抜けそうだ。


でも抜いた芋を地面に転がしておくのは看過できない。

誰かが不注意で芋を踏んで怪我をしたらどうするんですか。


「タケル、抜いた芋はしっかり籠に入れてください。抜きっぱなしはやめてください」


僕は地面に転がる芋を籠に収めながらタケルに注意する。


「後から一気に籠に入れればいいだろ。その方が効率的だぜ」


タケルはフンッ!と地面から特大サイズの芋を引き抜きながらニヤリと奥歯を見せた。


「足元に丸い芋が転がっていると踏んで転けて怪我する人が出るかもしれません。そうなったらマザーに怒られるのはタケルですよ」


マザーという言葉を聞いた途端急にタケルは狼狽えた。

目をニョロニョロと泳がせている。


「……ほ、ほ~。そこまで考えていたかアレン…。さすが俺様のライバルなだけはあるぜ…。ま、まぁ!その程度俺様も考えてはいたさ!そこを考慮してもなお!俺は効率を優先したんだがッ」


「まぁ!俺様の寛大さに免じて今回はっ!お前の意見を採用してやる!おいガキども!先に転がってる芋片付けんぞ!!!」


『え~。面倒くさい~』


タケルが右手を振って号令をかけるが、芋掘りの楽しさに気づいた弟妹には響かなかったようだ。

冷たい返事にタケルはブチンッと切れ、叫んだ。


「つべこべ言うんじゃねぇ!ぶち殺すぞ!!!」


『うわ!タケル兄ちゃんが怒った!にげろぉぉぉ!!!』


唐突に鬼ごっこが始まった。



「……はぁ」


芋掘りしごとそっちのけで遊び回る弟妹とタケルの有様に、つい溜息がこぼす……。

せめて怪我をしなければいいんですけど……。

次に落ちている芋を探そうと辺りを見回すと、すぐ近くにユリアがいることに気がついた。

ユリアは僕たち3人パーティの中で一番体力が乏しい。芋掘り作業の調子はどうか気になって、ユリアの下に近づく。


「ユリア、久しぶりの畑仕事ですが大丈夫ですか?」


「……うん。昔を思い出せて、楽しい…」


ユリアはンッと力を込めて地面から小さな芋を抜き、それを片手にそっと微笑んだ。


「そうですか。よかったです」


僕も近くの芋を抜く。芋を抜くコツは身体に染みついている。

探索者として活動するようになるまで、この畑で何年も芋の世話をしてきたから。

抵抗なく芋は簡単に抜けた。籠に入れて、隣の芋も抜いていく。


「……私とアレンの2人で、ホウレンソウ当番の時、あった…」


「ありましたね。確か、8歳の冬でしたか?」


「……うん。あの年は特に雪が多くて…大変だった…」


僕もよく覚えている。特にあの年は寒さが厳しかった。

薪代も節約したかった僕たちは毎日押しくら饅頭状態で固まって暖をとって寝ていた。


「……そうでしたね。あの年は特に寒くて、薪代が嵩むとマザーが悩んでいたのを覚えています。僕とタケルで近くの山まで薪を取りに行こうと計画したのを思い出します」


近くと言っても孤児院から20kmキル以上離れた山だ。そんな遠くまで8歳の子供が辿りつけるはずもなく、途中でタケルが足を挫いてリタイア。タケルの怪我はユリアの『ヒール』で回復したが……マザーにこっぴどく怒られたのを覚えている。



「……ホウレンソウの収穫の日もすごい雪だった。はやく収穫しないと…ホウレンソウが、枯れちゃうくらい強くて…」


「……寒さに震えながら、アレンと一緒に収穫して…全部収穫して、作業が終わっても寒くて震えが止まらなくて……」


「……その時、アレンが毛布を持ってきてくれて…私の手を握ってくれて…暖めてくれて…嬉しかった……」


「ーーー私の、一番の思い出・・・・・・……」



ピタリと止まったユリアの呟き。

ユリアの方を向くとーーーユリア僕を見つめていた。


お互いに見つめ合うこと数秒。

ーーー2人同時に気まずくなって顔を赤く染めながらバッ!、と背けて芋掘りを再開する。

頬に感じる温さに気恥ずかしさを感じながら、僕は鼻の頭を掻く。


「…そ、それが畑仕事の一番の思い出ですか?一生懸命育てた野菜の収穫とか迷い込んできた猪の退治とかではなくて」


訪れた沈黙に歯痒さを覚えて、そっぽを向きながらユリアに訊ねた。


「……う、うん…私にとっては、あれが一番の思い出…」


ユリアは人見知りで寡黙なくせに…たまに恥ずかしいことを言ってくるから困る…。


僕は頬を赤く染めるユリアを横目に捉えながら…再び感じた恥ずかしさに鼻を掻いた…。






「ーーーおい!ユリア!ソウがドジして芋で転んで膝擦きやがった!治してやってくれ!」


その後も2人で芋掘りを続けていたけど、タケルの叫びを聞いて振り返る。

タケルが泣きじゃくるソウおとうとを小脇に抱えてこちらに向かってきていた。

芋が転がっている中で鬼ごっこなんてするから……。


「……行ってくるね、アレン…」


ユリアは、案の定怪我をした弟にクスリッと笑ってから僕に告げた。


「お願いします」


「……うん…」


ピンクの長髪を靡かせながらユリアは家族おとうとを助けに畑を駆けた。











幸いにしてソウの怪我は大したことなかった。

ユリアの『ヒール』ですぐに治り、また元気に畑を駆け回っていた。


ソウの怪我が直った後も全員で力を合わせて芋を掘り続け、昼前には全ての芋を掘り終えることができた。


そして昼食肉抜きシチューをとった後。

僕とユリアとタケルは前回の探索で消費した備品を揃えるため、リュックを背負って迷宮都市の中心街行きの乗合馬車に乗っていた。


迷宮都市は迷宮と都市を治める『侯爵様』の屋敷と『貴族街』を中心にして円状に発展しており、外周に居住区、内周に商業区といった具合に区画分けされている。

そのため住民は大きな買い物をするとき、迷宮都市の中央、商業区まで足を運ぶのだ。

僕たちの孤児院は勿論、迷宮都市で最も土地代が安い最外周部に位置している。

最外周部から中心部にいくためには歩きで2~3時間かかる。

安く済ませるには歩きの方がいいが、やはり疲れるし、時間を浪費してしまう。

だから僕たちは中心街に向かうときには乗り合い馬車にのる。


馬形の魔獣『バッファン』が牽く乗合馬車は迷宮都市での最も主要な交通手段だ。

スタミナと馬力のあるバッファンが牽く馬車は、迷宮都市の最外周部から中央まで1時間で走り抜ける。

運賃は1人、3銅貨300円

安価だから僕たちも頻繁に使う。


乗合馬車は天井開きだ。

秋特有の乾いた涼しい風が胸に届く。

心地よさについ睡魔が顔を覗かせるが、頭を振って目を覚ます。

ここは孤児院の中ではない。寝るとスリに合ってただでさえ寂しい財布がなくなる。


ガァァァ!という豪快ないびきを聞いて横を見ると、タケルが白目をむいて寝ていた。

タケルの無防備さに、ふぅ、と嘆息する。

ユリアは大丈夫か?とユリアに視線を向ける。

ユリアはコクリ、コクリと船を漕ぎながらもなんとか意識は保っているようだった。


「ーーーユリア、眠たいでしょうが寝ないようにしましょう」


「……うん…」


ユリアは目をこすりながら応えた。


「……今日、どこに行く…?」


「カロリーバーと携帯砥石と投げナイフを買いに雑貨屋、底が磨り減ったタケルの靴を買い換えるために靴屋、マザーからのお使いでお肉屋ですね」


頭の中で買う物リストを作り、しっかりと覚える。

そこで思い出した。


「あ、ユリア、ナイフは持ってきていますか?」


「……うん。忘れてない…」


ユリアの解体用ナイフの鞘が壊れてしまったので新調しなければいけないんだ。

頭の買う物リストに鞘も追加する。


「よかったです」


ゴロゴロと馬車は進む。

車輪が地面を打つリズム良い音にユリアと会話していても眠りそうになる。

ーーーしっかり起きていないと。

頭を振って再度襲ってきた睡魔を追いやる。






ーーーそのとき。





『ごらぁぁぁぁ!』


ーーー!?


馬車の外から怒声が聞こえた。

乗員全員が声のした方を向いた。

僕も同じように声の方向へ向く。


『待て、このクソガキが!ーーーよしッ、捕まえたぞ!』



見たのはーーー盗んだパンを抱える薄汚れた少年が店主に殴り倒され、地面に押し潰され拘束されている光景だった。


ーーー地面に押しつけられている孤児しょうねんと目が合ったッ!



「ーーーっ!!!」



ーーーガタッ!!!



僕はーーー孤児・・へ振るわれる正義・・に思わず立ち上がるっ!

羽交い締めにされて孤児へ一方的に振り下ろされる暴力せいぎを看過できず、立ち上がったっ!!!


だけど腰を浮かせた瞬間……冷や水を浴びたかのように冷静になった…。


ーーー今の僕があの場に行って…どうなる……?

……孤児かれを…助けられるのか…?

……僕にそんな力があるのか…?金もない、力もない、今の僕が……。


ふと視線を感じてそちらを向く。


ーーーユリアが悲しげ表情で僕を見つめていた……。




「……………………」




店主は拘束して無力化したはずの孤児しょうねんに、今もなお拳を振るっている…。

何度もっ何度もっ……。

幼い、痩せ細った孤児の顔面に大人の全力の拳が振るわれている……。

何度も何度もたれて、変形していく少年の顔。目の脇に大きな腫れができて、口内を切ったのか、口端から血が垂れ流れ始めた……。


店主と孤児しょうねんの脇を通り過ぎる市民は……孤児しょうねんに対して暴力を振るう店主を止めようとしない……。

今にも少年を殺しそうな程の殺意を漂わせる店主に眉を顰めることもしない……。盗みに対して過剰防衛する店主を諫めることもしない……。


むしろ市民が不快な表情を向ける先はーーー殺されそうな・・・・・・孤児の・・・・っ……。


まるで……孤児は殺されて当然・・とばかりに店主の振るう暴力せいぎを見過ごしている…っ……。




ーーー勢いよく進む馬車の上から…孤児の姿はすぐに見えなくなった……。




迷宮都市で孤児は嫌われている・・・・・・

ーーーそれこそ、怪物や犯罪者以上に・・・……。


迷宮都市には夢がある。そう聞かされた地方の民が毎年このマリア迷宮都市にやってくる。それだけならば迷宮都市の人口は爆発的に増加すると自然と考えるが…実際には人口の増加は緩やかだ。


入ってきた探索者の数だけーーー探索者は迷宮で殺されているんだ。

殺された探索者に残るのは……妻子。妻も探索者ならば……子供だけが残る。


仕事のあてのない妻子や子の未来は悲惨だ。

若い女なら体を売る手段があるが、その例から漏れれば仕事はない。


ーーー飢え死。

残された子供は孤児としてその日その日を生き抜くので精一杯な人生が始まる。

寝る場所を奪い・・、飲むものを奪い・・、食べるものを奪い・・、着るものを奪う・・

窃盗に良心の痛む子供も多いだろうが、飢餓は人の性格を変える。


ーーー自分が生きるために。

ーーー弟妹を生かすために孤児は人から生きるためのものを盗む・・


ーーーその行為を一方的に責めることはできるだろうか?

窃盗はいけないことだ。分かってる……。


でもっ……生きるためには仕方ないんだっ…!



……仕方なかったんだ・・・・・・・・…。



だけど……盗まれる側はたまったものではないのも分かる。

迷宮都市にいる者は、ほぼ全員孤児による窃盗を経験している。


その経験から迷宮都市の人間はーーー孤児を忌み嫌う・・・・・・・


……その怒りは、僕たち孤児院・・・にも向けられている…。


孤児院の近くの店の多くは孤児院ぼくたちに対して物を売らない…。

今日、僕たちが態々マザーから中心街の肉屋での買い物を頼まれたのもそれが理由だ。


……僕たちパーティが魔石や素材の売却を『シルフィー買取屋』だけで行っているのもそれが理由だ。

僕たちが孤児院上がりだと知られて売却を断られたり、安い価格で買いたたかれることがあった…。

買取屋のシルフィーさんだけは適正価格で買い取ってくれる。




……さっきの捕まっていた孤児しょうねんは…マザーに救われていなかった場合の、僕だ・・…。


……マザーに救われて、孤児院に入れていなかったら…僕も、弟妹きょうだいも…ああなっていたはずだ…。



……あの少年は…運の悪かった・・・・・・僕たちだ・・・・……。











「ーーーまた孤児の窃盗か。ほんとうんざりだよ」


馬車のどこからかそんな声が上がった。

途端に馬車の中の会話が孤児の話題で持ちきりになった。


「うちの主人が昨日、野菜とお肉を入れた買い物袋をとられてーーー」


「私なんて先週財布をとられたんですよ。あの中には思い出の指輪も入っていたのにーーー」


・・・孤児についての会話をしていないのは、馬車の後方にいる鎧を着込んだ探索者たちだけだ。

探索者にとって孤児問題は、将来的に自分の妻子に降りかかるかもしれない問題だから口にしたがらない。




「ーーー孤児なんて都市から追い出せばいいのに」




ふと耳にそんな言葉が届いた。


ーーー怒りでどうにかなりそうになるっ。


あまりの怒りに限界以上に握った拳に痛みが走った。

手のひらを開くと血がにじんでいた。

……痛みで冷静になれた。

それでも抑えきれない怒りが目をギラつかせる。

ぼくは声のした方を睨もうとする。

でもーーーその前にユリアに手を握られた。


「……だめ、アレン…」


「……分かっています…」




パチンっ!

ぼくは気持ち強めに、横で呑気に寝ているタケルの額を叩く。


「ーーーん!?なんだ!?敵か!?」


呑気に見当違いのことをほざくタケル。


「降ります。早く」


「ーーーん?あぁ分かった分かった」


僕はなんとか怒りを堪えて早足で馬車から降りた。

タケルとユリアも続いて降りてくる。先頭に立って2人を先導する。

理性の保っている内に…少しでも馬車から離れようとっ、一歩でも遠く離れようと駆け足で進むっ……。




「ーーーん?ここ中央通りじゃねぇだろ?なんで途中でおりたんだ?」


少し歩くと、寝ぼけから覚めたタケルが辺りを見回して僕に指摘してきた。


「……少し歩きたくなっただけです。…それだけです」


「……ふ~ん。…俺は歩きたくねぇ気分だけど。まあ、アレンへの貸し1ってことにしといてやんよ!」


タケルは嫌みを漏らしながら僕から先頭を奪って立ち止まった。

僕に向けて人差し指を立てて「1な」、と宣言した。


「どうしてそうなるんですか…」


「これは大きな貸しだかんな。どうやって返してもらおうか。昼飯おごりとかか?いやもっといいやつがーーー」


腕を組み唸るタケルを抜いて先に進む。


「ーーーおいおい、またおいてくなよ!」







僕たちは数軒の雑貨屋や薬師屋を周り、前回の探索で消費したカロリーバーや塗り薬、新しい下着などを補充した。タケルの靴とユリアのナイフの鞘、マザーからのお使いの肉も忘れず購入できた。

費用はパーティーの共有資金から出した。

この辺りの商業区では僕たちが孤児院出身だとは知られていないので、買い物に不自由はなかった。


そしてーーー商業区の中心でも孤児の姿は見られた。






商業区での買い物を終え、帰りの乗合馬車止めに向かっている途中。

ふと、大通りの脇道に目を向けると、目をぎらつかせ獲物を物色万引きやスリしている孤児たちを見かけた。

孤児の見分け方は簡単だ。

風呂にも入れていないし、碌な服もないから不潔さですぐに判別できる。


僕は……無力だ。

……家族の前で全ての孤児を救う・・・・・・・・なんて言っておいて…実際にはなにもできない。目の前で殺されかかっていた孤児すら救えなかった……。

心の中で…貧困に喘ぐ孤児たちに謝罪する。


せめて……。


「………………」


僕は、多めに買っていたカロリーバーのいくつかを地面に落とした。

すぐにダッ!と孤児たちが全力で駆ける音がした。

数秒経って振り返るとーーー地面のカロリーバーは無くなっていた。


……昔の僕でもそうしただろう…。


「……アレン、早く行くぞ」


「……はい…」


タケルの催促に従って後ろ髪を引かれる思いで前進する。


「……ちっ、気分わりぃ…」


隣で顔をしかめたタケルを横目に見て、自然と僕たちは早歩きになった。








ただの買い物のつもりだったのに、今日は運悪く嫌な場面に多く遭遇した。

僕だけじゃなく3人とも気分が落ち込んでいる。

お調子者のタケルですら、今日は暗い表情だ。

帰りの乗合馬車から降りて、重い足取りで孤児院に戻った。


時刻はもう夜に近い夕暮れ。

日は完全に沈み、空は黒色に侵食されつつあった。


「お~い、俺様が今帰ったぞ~」


タケルが孤児院の門を潜って帰宅を告げた。


『あ、兄ちゃんが帰ってきたぁ!』


すぐに孤児院の中から明るい声が返ってきた。



『そうみたいだな』


次に男性の低い声が続いた。

玄関から弟妹が飛び出てきた。

その後に僕より背の高い男が顔を見せた。

男はシュンを肩車しながら器用に両手に2人の妹も抱えている。


「2週間ぶりに会うっていうのに、ずいぶん男らしくない顔してるな。タケル、ユリア、ーーーアレン」




ーーー僕の兄さんであり師匠、ガルム兄さんが2週間の迷宮探索から帰ってきていた。












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