第3話 孤児の不条理 Ⅲ
ーーー迷宮(ダンジョン)。
有史以前から世界に8つだけ存在するその
大穴に満ちる魔力を吸収して光る
世界に点在する8つの迷宮はどれも内部構造は同じで、まるでミルフィーユのように複数層に分かれており、それぞれの階層に特徴がある。
岩盤を刳り抜いた坑道のような階層。
生命力溢れる新緑が満たす階層。
蜃気楼渦巻く灼熱に燃える階層。
どの階層からも希少な
資源を求めて、多くの人間が
探索者の中でも数多くの|怪物(モンスター)を屠った猛者は並外れた怪力を有し、常人が
深層の桁違いの力を持つ
迷宮から発掘された
lvの上昇によって探索者が有した力は、常人を圧倒した。
探索者の武力を利用し為政者は、
迷宮を持たない国は栄えず、迷宮を持つ国は繁栄する。
人々もそれを理解し、立身出世を志す平民が迷宮に集まり、探索者になる。
数多くの探索者の屍を晒して、迷宮から貴重な資源が産出され、迷宮の攻略は進んだ。
迷宮の最高到達階層は大陸中央に位置する
ただし、その記録を成した史上最強のSランク探索者【
現在の
世界各国がーーー
『マリア
世界に8つある
迷宮を有する『
『夢の迷宮都市』の二つ名に恥じぬ栄えぶりに迷宮都市には富が集まり、それに引き寄せられ数百万人もの人が居住している。
その迷宮都市の中心にある迷宮は常に人であふれ返している。
迷宮は迷宮都市の中心、『探索者ギルド』の地下にある。
探索者は迷宮での探索を終えると、まずギルドに帰還報告をする。
僕たちも探索者であふれるギルドの人混みをかき分け、『帰還報告窓口』にやっとの思いでたどり着き、帰還報告をした。
帰還報告をせず探索帰還予定日を超えると公的に死者として取り扱われてしまい、厄介な事態に陥るため帰還報告は必ず行わなければならない。
ギルドの受付嬢に首に提げる灰色の金属板、Eランク探索者証を見せて本人確認を行い、薄い羊皮紙にパーティーリーダーの僕が署名したら帰還報告は完了だ。
帰還報告して、やっとギルドから出て地上に帰ってきたことを実感する。
ーーー赤い日の光。
夕日だ。
迷宮は各階層20km四方程度の広さを有する。
そのため1層踏破するにも数時間かかることが多く探索者のほとんどは迷宮で寝泊まりし、より深い階層の攻略を目指す。
Eランク探索者の僕たちが主戦場とする4階層まででさえ地上との往復に2日かかるため、僕たちは一度の迷宮探索で地上との往復に2日、4階層の攻略に2日の計4日の時間をかけている。
一般的な探索者は1度の探索で1~2週間近く潜り続けるらしいけど、僕たちは安全を優先して短い探索期間にしている。
怪物に囲まれた迷宮内での長期間の寝食に精神をすり減らされる探索者は多いと聞く。探索期間が短いといっても僕たちも当然その例に漏れない。迷宮での気を張り詰める一日は結構しんどいんだ。
僕は4日ぶりに戻ってきた地上の空気を思い切り吸い込む。
……帰ってきた。
……今回も無事に。三人とも生きて。
……確かな達成感と地上の新鮮な空気を胸に宿す。
「ーーー俺様がやっと帰ってきたぜぇ!ビバ、地上ッ!!!」
僕が幸せな気持ちに浸っていると、突然背後のタケルが大声を上げた。
唐突な叫びに大通り中の衆目が集まる。
特にここは迷宮都市の中心、探索者ギルド前だ。
数え切れないほどの視線が僕とユリアをも巻き込んでタケルに突き刺さったっ……。
「……恥ずかしいッ…」
ユリアが頬を紅く染め、顔を俯かせて呟いた。
「いつもいつもよくこんな衆目の中でできますよね……。ユリア、先に行ってしまいましょう」
僕も突き刺さる衆目に気恥ずかしさを感じ、タケルを置いてユリアとその場を早足で抜け出す。
幸いすぐに衆目は散り、圧迫感が消えた。
「ーーーおいおい、なんで俺様をおいてくんだよ!?」
タケルが駆け足で追いついてきて、僕たちの行き先に立ちはだかった。
ーーータケルが叫ぶからですよ…。
僕は溜息をつきながら嫌みを飲み込む。
「……どうせ次は『買取屋』に行く予定です。タケルは先に『
「ーーーあ~、そういうことな。分かったよ。……
タケルは納得したように頷いた。
そして……僕に手の平を差し出してきた?
「ま、そーいうことなら、ーーーんっ」
「なんです?この手は?」
差し出された手の平に心辺りがなく、僕は眉を寄せる。
「串屋寄って小腹満たしてから帰るわ。金ねぇから貸してくれ」
「……………」
……僕は半目でタケルを見下しながら、腰の財布代わりの布袋から
「……しっかりと分け前から引いておきますからね」
「わあってるよ。わあってる」
タケルは手をブラブラと振って、そのまま大衆の中に消えていった。
タケルと別れた後、僕とユリアはギルドから離れるように20分ほど歩いた。
ユフィー王国で1、2を争う大都市の大通りは常に商売人の客引きの声で満ちている。
商人の巧みなセールストークをなんとか躱して、躱して、躱し続けて、やっとの思いで大通りを外れ、暗い細道に入る。
大通りから響く喧噪が徐々に遠のく中、さらに裏路地を奥に進む。
さらに数分路地を進むと、防具に身を包む6人組の探索者パーティが立っているのが見えた。彼らが待機しているのは僕たちの目的地、買取屋の前。
6人ともやや疲れ気味で、防具には土汚れが覗えた。僕たちと同じくついさっき探索を終えたことばかりであることが容易に分かる。
僕たちと目的は同じだろうな。
僕とユリアは彼らの後ろに並んだ。
買取屋の外観は極めてシンプルだ。
入り口の上に『シルフィー買取屋』と書かれた看板が掛けられており、入り口に赤い暖簾が下がっているだけ。
チリンッ♪
僕たちが彼らの後ろに並ぶと同時に暖簾の奥からベルが鳴った。
前列のパーティが暖簾を押しのけ店の中に入っていった。
僕たちも彼らと同じようにベルが鳴るのを待っていると暖簾の奥から交渉の声が届いた。
『もうちょっと高く!』、『いや無理無理~』、と探索者と店主の間に交渉が交わされている。
さらに数分待つと、暖簾が持ち上げられて彼らが出てきた。
「よっし!飲みに行くぞ!」
「1週間ぶりの酒だなぁ。どうせ安酒だけどぉ」
「仕方ないわよ。今日もそんなに稼げなかったんだから」
さっきも見て思ったけど6人全員若い。15歳の僕とユリアよりは年上だろうけど・・・17歳くらいかな。
その若さと安物の防具に身を包んでいることから、僕たちと同じEランク探索者だろうことが予想できる。
彼らは脇道を大通りの方向に進んでいった。
彼らの小さくなる後ろ姿を眺めていると。
チリンッ♪
ベルが鳴った。
僕とユリアは暖簾を持ち上げ、店の中に入る。
「へ~い、次のやつ~」
中は外と違い『魔石灯』に照らされてオレンジに明るい。
店内の構造は9の字。
入り口からの一直線の狭い通路の先にはカウンターがあり、その隣に接待用のテーブルが一脚ある。
カウンターの奥に店主はいた。
今もカウンター下で何か作業をしているらしく、その可愛らしい『狐耳』だけをカウンターから覗かせている。
「こんばんは、シルフィーさん」
僕がカウンターに接近しながら挨拶をすると狐耳がピクッと揺れた。
カウンター下から可愛らしい顔がヒョッコリと出てきた。
金髪から覗かせる狐耳から分かるようにシルフィーさんは狐の獣人だ。
確か、今年で30歳。
だけど、その快活な顔を見て三十路と見破れる人はいない。
「お、なんだ坊主たちか~。あっ!ユリアたんも久しぶり~!!!」
シルフィーさんはチラリと僕を一瞥した後すぐにユリアに視線を向け、満面の笑みを浮かべ手を振った。
「……お久しぶり、です…」
ユリアは僕の背中に身体を隠しながら挨拶を交わす。
「うん!久しぶりぃ~!」
ユリアに向けられていた満面の笑みが僕に向けられた瞬間、無表情に変わった。
「……で、あのクソやろうはいないだろうね…?」
クソやろう……。タケルのことだ……。
シルフィーさんとタケルは、ある1件以来一目見るなり喧嘩をするような仲になってしまった。
だから毎回この買取屋に来る時にはタケルを先に家に帰している。
「はい。もちろん先に孤児院に帰しています」
「ならよろし。で~、買い取りか~い?」
無表情が溶け、再び笑みが浮かぶ。
僕はリュックの中から大小2つの布袋を取り出して、カウンターの上に置く。
「はい。これをお願いします」
小さい袋は魔石用、大きい袋は素材が入っている。
今回の探索はいつも以上に順調に進んだ。
どちらの袋もパンパンに詰まっていて、買取り額も期待できる。
「は~いよ。確か坊主たちは4階層攻略中だよね~。お、今回の探索も頑張ったみたいだね~。勤労だね~」
シルフィーさんは布袋を受け取り、カウンター奥の作業台に置き、布袋の中身を確認し始めた。
「いつも通り死なない程度に頑張りました」
「それが一番いいね~。死んだら仕入れ先一つ潰れてうちもちょっとは困るからね~」
「魔石の方は、
シルフィーさんはいつもの査定と同じように丁寧に布袋の中の魔石を数えていく。
その数が10を超えた辺りで、ふとシルフィーさんが口を開いた。
「あ、査定の間に『力量球』見とく~?」
「お願いします」
「ほ~い。壊さんといてよ~」
シルフィーさんが奥の棚から一つの水晶玉を取り出し、カウンターの上に置いた。
この水晶玉は『力量球』と呼ばれる魔道具だ。
人の手で作れない魔道具、『
内部構造の把握が困難で魔石灯のような量産は行われていない。
でも力量球だけは
他の魔道具と比較しても類を見ない産出数を誇り、またその頑丈さから壊れず、今では流通量が多く安価で取引されている未知魔道具なんだ。
だからこの買取屋でも探索者への無料サービスとして貸し出しされている。
この力量球の力はーーー『使用者の力を明示すること』。
僕とユリアはそれぞれ力量球に手を翳し、魔力を流す。
すると力量球の内部で魔力が白色になり、『共通文字』を形取った。
ユリアの魔力が形取った共通文字。
*****
lv 1
魔法 『ヒール』
*****
そして……僕の魔力が形取った共通文字はーーーこれ。
*****
lv 1
魔法 『』
*****
……なにも変わっていない。
……胸に抱いていた僅かな期待が儚く崩れた。
初めて力量球を使ったときから変わらぬ文字の羅列。
この1年間探索者として活動したけどなにも変わっていない。
僕の魔法の欄は相変わらずーーー何の記載もなかった。
「なんか変わっとったか~?」
「……いつも通りでした…」
「やっぱ『
「……はい」
魔法は全ての人間が保有していると言われている。
魔法の種類によって希少さや効力の違いはあるが、万人に必ず魔法は与えられる。
神様がそう決めてくれたらしい。
でもーーー僕はそのザルから漏れたようだ。
僕は生まれてから魔法を持たない。使ったことがない。
ーーー
……僕の特異体質だ。
迷宮探索から戻る度に、
「ん~と、素材の方は~。いつも通り『猪脂』に『ビッグラットの皮』に『ゴブリン牙』、『狼皮』、『コボルト牙』、お、『小熊肉』に『ウサギ肉』ね~。『小熊肉』と『ウサギ肉』は需要が増しているから嬉しいよ~」
シルフィーさんは力量球を棚に仕舞って、魔石の次に素材の査定に移った。
「………嬉しいなら買取金額に色をつけて欲しいです」
「にゃははは。まあ坊主たちはお得意様だし、少しは色つけるよ~」
シルフィーさんは親指と人差し指で\のマークを作り、嫌らしく笑った。
そして筆を持ち、手元の羊皮紙に何かを書き込んだ。
「ーーーよっし。査定出たよ~」
ニヤリと奥歯を見せて微笑んだ。
「いくらでしたか?」
「色つけて端数は切り上げといたよ~。ん~と……占めて|8銀貨と9銅板《8万9千円)ね~」
悪くない額だ。Eランク探索者3人が4日間かけて稼いだ額としては悪くない。
これまでの最高額かもしれない。普通の探索者なら額に満足して買取成立かもしれない。
……でも、僕たちは
ーーー貧しい僕たちの『
「……もう一度切り上げて
僕はシルフィーさんに交渉する。
「え~、それは無理だよ~。無理だって~。無理無理。む~り~」
しかしシルフィーさんは頑なに拒絶した。
「なにを言われても無理~。無理~無理~」
ーーーちらちらッ。
シルフィーさんの目が不自然にユリアに小刻みに向けられている……。
……これも交渉だ。交渉なんだッ。
ーーーユリア、すみませんッ!!!
「……ユリア、お願いしてみてください」
僕は背後で若干怯えているユリアに目配せをする。
ユリアは僕の背後から顔をヒョコリと出して、やや怯えた目のまま。
「……お、お願いします…。……シルフィーさん……」
「む~ひょ~~~!!!ええよええよっ!!!ユリアたんのお願いならあたしなんでも聞いちゃうで~!1銀貨なんて簡単にあげちゃうで~!!!」
「……………………」
……これも交渉です。交渉なんです。ええ本当に…。
本物の商人が見たら怒りそうな
……シルフィーさんはユリアを溺愛している。
初めてユリアと会った日からずっと。
この
「
「は~いよ~。両替両替。ちょい待ち~」
ふと、水の魔石が切れかかっているのを思い出した。
買取屋は素材買取を主に行っているが、魔石の小売も行っていた。
「それと今の水魔石の相場を教えてください」
「あ~……変わらず水の中魔石なら
「その値段なら買っておきます。銀貨1枚分で買えるだけお願いします。なるべく高純度の魔石でお願いします」
「うちの店の魔石はどれも高純度だよ~。うちの『鑑定』に賭けて保証したるわ~」
シルフィーさんが髪を掻き分け、『黄色に光る』目を見せた。
LV1の一般人は1つしか魔法を持たないが、LVの上がった探索者はLVの数だけ魔法を持つことができる。
シルフィーさんはLV2の元探索者だ。
LV2になった時に手に入れた
シルフィーさんはゴソゴソとカウンターの下で作業を続け、ついにカウンターの上に銀貨と銅貨、布袋2つを並べた。
「は~いよ。銀貨7枚に銅板10枚、それに水魔石銀貨1枚分。中魔石が3個と小魔石が1個ね~」
「ありがとうございます」
僕は銀貨と銅貨を財布の布袋に入れ、水の魔石が入った布袋もリュックにしまった。
最後に余った1つの布袋を見て首を傾げる。
「ーーー?これは?」
布袋の中を確認すると、中には沢山のパンが入っていた。
「あ~それな~。そろそろ坊主たち『
シルフィーさんは頭を掻きながら呟いた。
これまでシルフィーさんが僕たちの『家族』について言及したことはなかったので驚く。
「……ありがとうございます。家族皆でいただきます」
すぐに頭を下げて感謝する。
「堅いな~アレン君は。ええよええよ~。ただこれからもうちの店に売りに来てや~。あ、ユリアたんは特に用事がなくてもきてもええんやで~」
「ありがとうございます。ほら、ユリアも…」
「……あ、ありがとうございます……シルフィーさん…」
シルフィーさんに感謝しつつ別れを告げて、僕とユリアは買取屋を出た。
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