第2話 孤児の不条理 Ⅱ







「ーーーっしゃぁぁぁ!!一撃だぜぇ!!!さすがぁ俺様っっっ!!!」



ゴブリン共を屠った後、タケルはブンブンと剣を振り回しながら大声を上げて喜んでいた。

ーーー喜ぶのはいいんだけれど、大声は上げないでほしい。

怪物モンスターが声に寄ってくるから……。

同じことを危惧しているだろう不安げな顔のユリアが、タケルをチラチラと窺っている。

ユリアに代わって嘆息しながら口を開く。



「ーーータケル、声が大きいですよ。静かにしてください。怪物モンスターが集まってきます」

「ん、まあ、そうかもしんねぇけど…。そんときはまた倒せばいいじゃねぇか?俺様のーーー『スラッシュ』でなっ!!!」



タケルがスラッシュを発動して片手剣を振りきった。

ブンッという気持ちいい風切り音を伴い、青い剣線が残像を残す。

タケルはそれでいいかもしれないけど、タンクの僕の負担も考えてほしい。ゴブリンの一撃は結構芯に響くんだ。



「ーーーとにかく、遊んでないでキルラビット解体してきてください」



僕もユリアと同じようにタケルが奇襲で仕留めたゴブリンに解体用ナイフを突き立てながら言う。



「遊んでなんかねぇよ。これは、さっきの戦いのイメージをだな」

「戦いの反省は後でいくらでもできるでしょう。今解体作業してないのはタケルだけですよ」

「ーーーちぇ。仕方ねぇな~。やってくりゃいいんだろ、やってくりゃ」



タケルは嫌々な顔を隠さずも剣を腰に納めながら血溜まりに沈むキルラビットの方へ向かった。



「……ありがと、アレン…」



隣のユリアが、横たわるゴブリンを解体しながら感謝してきた。



「いえ、今のは僕も注意すべきだと思いましたから」



迷宮内では突然真横に怪物モンスターが湧くこともある。いつでも気は抜けない。さっきのタケルは少し調子に乗りすぎていた。


……確かにタケルの魔法、『スラッシュ』は強力だと僕も思う。

あそこまで強力な魔法を持っていたら、惚れ込んでしまう気持ちが分からなくもない。

だけど、迷宮にいる間は状況を考えて行動してほしい。


ーーー迷宮ダンジョンでは一歩間違えるだけでにつながるんだから……。


僕とユリアはゴブリンの解体を黙々と続けて、僕が先にゴブリン体内の『魔石』を見つけた。

ゴブリンから黒い魔石を取り出すと、ゴブリンの体が周囲に飛び散った血を含めて『全て砂になって』崩壊した。

残ったのは僕の手の内の石粒ほどの『極小魔石』と、砂山の中から顔を覗かせる『ゴブリンの牙』。



「ーーーあ、素材アイテムです。ついていますね」



僕は呟きながら、砂の中からゴブリンの牙拾った。


迷宮内の怪物は体内から魔石を取り出されると体を崩壊させ、魔石と稀に怪物の体内で最も魔力を含む素材アイテムを残す。

ゴブリンの素材はゴブリンの牙だ。

ゴブリンの牙は塗り薬の材料として使われるため、持ち帰れば3銅貨300円になる。


魔石とゴブリンの牙を腰に下げる巾着袋に収める。



「ーーーおいアレン!こっちもついてたぜ!『ウサギ肉』だ!」



タケルが木の葉に包まれてドロップされるウサギ肉を掲げながら戻ってきた。



「それはよかったです。換金すれば1銅板半1500円ですね」

「おう。それとほい、魔石もな」

「はい。ありがとうございます」

「……アレン、私も…」

「はい。ありがとうございます」



ユリアが解体したゴブリンからは、ゴブリンの牙はドロップしなかったようだ。

タケルから魔石とウサギ肉を、ユリアからは魔石を受け取って腰の袋に収める。


僕たちパーティーの中で一番スタミナに優れているのは僕だ。

基本的に僕が多くの荷物を運搬することにしている。

手に入れた魔石や素材も僕が管理している。

探索に必要な食料や雑貨類の運搬も僕の担当だ。

僕は戦闘に備えて通路の脇に置いておいたリュックサックを開け、中からカロリーバー3本と『水生成の魔道具』、カップ《土器》3つを取り出す。



「ーーーはい、2人とも。少し休憩しましょう」



2人にカロリーバーとカップを手渡す。



「ーーーお、わりぃな」

「……ありがと、アレン…」



3人で床に腰をつき、カロリーバーをもさもさと食べ始める。


カロリーバー1本食べるだけでも食べ方に性格が滲み出る。

タケルは豪快に1本丸ごと口に含み、水生成の魔道具から湧き出す水で流し込む。

ユリアは小さな口で少しずつ咀嚼しながら時間をかけて食べる。

僕は、タケルとユリアの中間のような感じだ。豪快とまではいかず、ゆっくりでもない。


タケルが2杯目の水を飲もうと水生成の魔道具のボタンを押すが、水が出なかった。



「ーーーはぁ?水でねぇんだけど。おいおい2日前に魔石交換したばっかだよな。魔力切れるの早くねぇか?」



タケルが何度も念を押してボタンを押すが、水が出る気配はない。



「ちょっと待っててください。すぐに新しいのを出します」



僕はリュックの中から水色に輝く『水の魔石』を取り出し、魔道具の中の魔力が空になった水の魔石と交換する。



「あ~あ。これでさっきの戦闘で稼いだ分がパアだな」

「むしろ赤字です。水の魔石が3銅板(3000円)。さっきの戦闘で得られるお金は2銅板半(2500円)程度でしょうから」

「ーーークソッ。ほんと中層のもんたけぇな!早く中層行きてぇなぁ!!!」



迷宮は初級階層1~6階層中級階層7~12上級階層13~18高位階層19~24最高位階層25~と区分分けされていて、下層へ進むほど強い怪物が出現する代わりに希少な素材や魔道具が発掘される。

僕たちが今いる4階層は初級階層に分類されていて、初級階層Eランクは最低位の探索者、〔Eランク探索者〕の狩り場だ。希少な素材は産出されないから魔石も怪物の素材アイテムも大した額では売れない。一番高値で売れるウサギ肉も売値は精々1銅板半(1500円だ。

対して7階層からの中級階層では初級階層を突破した限られた〔Dランク探索者〕が活躍し、希少な素材が多くあるため稼ぎは段違いにいいと聞く。1体の怪物モンスターからの素材アイテムが1銀貨(1万円)で売れることもザラにあるらしい。

中層以降は凶悪な怪物ばかりらしいけど…お金のためにも早く中層に上がりたい…。


そして、中級階層も超えることができれば、13階層からは〔Cランク探索者〕が攻略する上級階層。19階層からは〔Bランク探索者〕が攻略する高位階層。25階層からは〔Aランク探索者〕が攻略する最高位階層。

より深い階層に潜れれば、遙かに希少価値が高い怪物の素材アイテムと魔道具が手に入る。


最近耳にした噂だと…Aランク探索者の【鬼王】様が29階層で30金板(3億円)もの値段が付く魔道具を産出したらしい。


Eランク探索者の今の・・僕たちが希少レアな魔道具を発掘できるとは思えないけど…僕たちもいずれ高位ランク探索者になって、高価な魔道具を手に入れたいっ。

貧しい僕たちの生活を改善するためにも…僕の『』のためにも……。




3人ともカロリーバーを食べ終えた後も十分程休憩をして、疲れを癒やした。



「ーーーさて、あと3戦ほどしたら地上に戻りましょうか」



僕は立ち上がりながら今後の予定を口にする。



「お、やっと日の光を浴びれんのか」

「そろそろ帰り始めないと明後日中に地上に戻れません。急げばなんとかなるでしょうが帰宅が遅れるとマザーが心配します。余裕を持って行動しましょう。ユリアもいいですか?」

「……うん、アレンが言うなら…」

「ーーーそんじゃあ!残りの戦いも俺様のスラッシュで一瞬で片付けてやるぜ!一瞬で、ほんの一瞬でな!」



タケルが勢いを付けて立ち上がり、抜刀しながら叫んだ。

刀身を舐めるような素振りに不気味さを感じながら僕は思わず呟く。



「……それは構いませんが…間違えて僕を斬らないでくださいね?」

「ーーー薄皮一枚ぐれぇならいいだろ?」

「やめてください」



その後僕たちは3度の戦闘を繰り返して、さらに魔石と素材を獲得した後、1日かけて地上へ帰還した。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る