第33話 幻惑蛾 Ⅱ
バンッ!!!
月明かりに照らされる夜道を全速力で駆けて孤児院まで戻ってきた。
孤児院の正門に駆け込んでドアを開けて孤児院に入った。
居間に続く廊下すらも走るタケルを追い、さらに奥へ奥へ。
タケルが思い切り居間に続く扉を開き、木同士がぶつかる甲高い衝撃音が居間に響いた。
暗い廊下に居間の蝋燭の明かりが差し込んだ。
「ーーーマザー!!!大丈夫っすか!?」
「ーーータケル!アレンッ!」
「ーーーに、兄ちゃん……」
タケルの背中から、複数の蝋燭で橙色に照らされる居間の様子を覗き込む。
居間の中央にテーブルが1つ鎮座していた。いつも置かれている他3つのテーブルは居間の脇に寄せられていた。
中央のテーブルには3人が座っている。マザーとカルロスと・・・支部長様だ。
悲壮な顔のマザーの対面に顔を俯かせるカルロスと狐のような薄い目で笑顔を浮かべる支部長様が座っている。純白のスーツを着込む支部長様の後ろには、以前ソルト商会で会った燕尾服を着込む巨漢の男性が控えていた。
「ーーーてめぇがっ!!!」
支部長様を見た瞬間詰め寄ろうとするタケル。
「ーーータケル!」
勿論そんな無策なことはさせない。
タケルの腕を掴んで支部長様に近寄らせない。
支部長様の不興を買えば……
慎重に行動しないといけないから……。
「……クソっ…分かってるよ…!」
タケルもソルト商会の影響力を思い出してくれたみたいだ。
僕の腕を振り払いながらも冷静さを取り戻してくれた。
不服そうな顔のまま剣呑な気配を隠そうともしていないけど、暴力的な色は消えた。
「……アレンは私の隣に座ってください」
「……はい。タケルは僕の後ろに」
「……おう。…なんかあった時は任せろ…」
タケルが眉を顰めて支部長様に視線を向けながらボソリと呟いた。
マザーの指示に従って支部長様の対面に座る。タケルも僕の背後に控えてくれた。
椅子に座りながら顔を挙げると狐目で微笑む支部長様と目が合った。
「ーーー支部長様、お久しぶりです。まさかこのような形で再会することになるとは思っていませんでした」
「私もできればこのような形でお会いすることは避けたかったのですが致し方ありません」
ふぅと嘆息する素振りを見せる支部長様。
「……マザー、カルロスが奴隷になりそうと聞いたのですが…本当ですか?」
「……はい」
「どうしてそんなことにッ?」
マザーが僕から支部長様に視線を移した。
「……支部長様、出来ればアレンにも分かるようにもう一度、カルロスの借金についてお話して頂きたいのですが…」
「……分かりました。カルロス君が私から金貨2枚(200万円)借入した経緯について再度お話しいたしましょう」
「ーーーき、金貨2枚!?」
タケルの驚愕が居間に響いた。
借金の方に奴隷という言葉が出てくるくらいだ。
カルロスの借金が少額ではないのは覚悟していたけど……金貨2枚か…。
どうしてそんな額の借金を…カルロスが…。
「まず最初に一言申させていただきたいことがあります。私は決してカルロス君に無理矢理借金をするよう強要したわけではないということです。『ソルト商会』の支部長の名にかけて誓いましょう。その上で話を聞いてください」
優雅な手振りで笑顔を浮かべたまま支部長様は説明を始めた。
「カルロス君が私に借金をしたのは今日から数えて1週間前です。カルロス君はこの孤児院にほど近い通りを歩いていました。しかし余所見をしてしまったようで、馬車と接触しそうになったそうです。御者の咄嗟の判断で接触は避けましたが、運が悪いことにその馬車に乗る、『さる高貴なご婦人』が、急な馬車の動きで身体を打ち付け、怪我を負ってしまったのです。このような場合カルロス君は治療費と慰謝料を合わせて支払わなければなりません。またカルロス君に支払う能力がなければその保護者が支払うことになります。カルロス君の保護者ーーーつまり院長、あなたです」
マザーに手を向ける支部長様。
「孤児院に迷惑をかけるのを嫌ったカルロス君は必死に謝っていましたが、御者がそれを許すはずもなく、警邏隊に捕らえられるところでした。そのとき偶然その場に居合わせた私がカルロス君に借金の話を持ちかけたわけです。ご理解いただけたでしょうか?」
「……はい。……お話を聞いて納得しました。
平身低頭。
僕は心の底から支部長様に謝罪し、頭を下げる。
……さっきまでカルロスは支部長様に騙されて借金を負わされたのでは、と怪しんでいた。
だけどまさか、支部長様がカルロスを
カルロスが支部長様の話を否定しないことから話が真実であることがわかる。
支部長様がカルロスに借金を提案してくれていなければ……カルロスは事故の現場で、問答無用で奴隷落ちされていただろう……。
本当にいくら感謝してもしきれない……。
「私からももう一度言わせてください。カルロスを助けてくださり、本当にありがとうございました……」
マザーが僕と同じく深く頭を下げると、支部長様が手の平を向けてマザーを止めた。
「感謝は結構です。それよりも私は
支部長様が手元の黒塗りのアタッシュケースから上質な羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「カルロス君との契約について説明させていただきます。即金で
隣に座るマザーの顔が曇った。僕も思わず眉を顰めてしまう。
……毎月銀板1枚(10万)の返済が2年も続く。
毎日の生活ですら手一杯の孤児院の運営にとって大きな重石だ。
でもーーーこれなら大丈夫だ。
今週中にはガルム兄さんたちが門番を倒して中層を探索するDランク探索者になる。
Dランク探索者になれば今までとは段違いの収入になるという。
噂だと探索者パーティは月に金貨(数百万)すら稼ぐというくらいだ。
その額があれば毎月銀板1枚くらい余裕を持って支払えるはずだ。
「ーーーカルロスっ!てめぇなんでこんな大事なこと黙ってたッ!?」
「……に、兄ちゃんたちに…迷惑かけたくなくて……」
「ーーー馬鹿野郎っ!もう迷惑かかってんだよ!先に聞いてればーーークソッ!」
タケルの形相を横目に目前の契約書を読み込み続けて、1つ疑問が浮かんだ。
「ーーー待ってください。この借用書を見る限り、今日すぐにカルロスが奴隷になるようなことはないはずです。返済期限はまだ1度も迎えていないはずですから。でも僕は、
「……この項目をご確認ください」
契約書の後半部分を支部長様が指差し、コンコンと叩いた。
指された契約書の文章を読む。
『ーーー借入者は返済を拒否し、自殺、貸与者からの逃亡を試みてはならない。もし、そう見做される行為が判明した場合、直ちに違約金として残り返済額の
「この文章が……どうしたんですか?」
契約書を読み込みながら支部長様に尋ねた。
「ーーー本日夕頃、私の協力者がたった1人で迷宮に潜ろうとしていたカルロス君を発見しました」
《ーーーカルロスが迷宮に!?》
そんな所に9歳のカルロスが1人で行くなんて……。
「ーーーおいてめぇカルロス!!!本当か!!??」
「……う、うん…。……迷宮に潜って少しでもお金を手に入れようと思って…」
タケルの叱責にビクッ!と怯えるようにカルロスが震えた。
今日もカルロスの様子に別段異常なものは感じられなかった。いつもと同じで明るく笑顔を浮かべ畑仕事や野菜配りを行っていた。弟同士で楽しそうに遊んでいた。
外面は繕っていたが、内心相当に借金に対して追い詰められていたのか…。
……たった1人で迷宮に潜ってお金を稼ごうとする位に…。
「未成年の子供がたった1人で迷宮に潜るなど自殺行為と判断されてしかる行為です。私は貸与者としてカルロス君の返済能力に疑問符をつけざるを得ません」
「……条文通り、違約金として今すぐ金貨1枚を返済しろということですか…?」
「はい。もしくはカルロス君を正式に
「………………」
カルロスはまだ顔を俯かせたままで表情は窺えない。
でも…膝の上に置かれた手はプルプルと恐怖に震えていた。
……奴隷になることを本当に怖がっているんだ…。
「……マザー、いくらなら用意できますか?」
「ーーーおい!アレン!?」
背後から僕の肩に掴みかかってくるタケル。
肩に乗せられた手に手を重ねて、納得させるためにタケルの目を見つめる。
「支部長様は……凄く合理的な判断を下しています。国法に則った判断です。……僕たちは誠実に、
「……まじかよ…」
愕然とした顔で漏らすタケル。
「支部長様は…むしろ大きく譲歩してくれています。本来ならカルロスが違約金を払えない段階でカルロスを奴隷に落とせるはずですから…」
「……クソッ…」
罰の悪そうな顔でタケルが舌打ちをした。
「それで……マザー、いくらなら用意できますか?」
「……手元には、銀貨5
孤児院の支援者の方々は全員が一般的な平民だ。
毎年無利子で人頭税のためのお金を貸していただいているが、それ以上は支援者の方々の懐の事情で貸して貰えない。
本来は支援者の方々も自分たちの生活で手一杯のはずなんだ。
それなのに毎年多額のお金が必要な納税の時期にお金を貸していただけている。
……それ以上を求めるのは横柄すぎる。
……支援者の方々からお金は貸して貰えないと考えた方が良い。
「僕の貯金は銀板1枚(10万)くらいです。タケルは?」
「……銀貨3枚(3万)だ。……こんなことになるならもっと貯めておきゃよかったぜ、クソッ…」
ぎ、銀貨3枚…。全財産が、その貯金額って…少なすぎるでしょう……。
もしお金が必要になったらどうするつもりだったんですか……。
タケルの浪費癖に内心で嘆息する。
「……パーティの貯金として銀板2枚(20万)あります。それも合わせて銀板4枚程度。……マザー、ガルム兄さんから預かっているお金はありませんか?」
「……門番挑戦に向けて、ガルムたちの装備を整えさせるために使ってしまいました……。手元には本当に銀貨5枚しかありません……」
「ユリアは金使わねぇ奴だから銀板2枚(20万)くらい持ってんだろ」
「……ユリアが協力してくれても、全部合わせて銀板6枚ですか…」
残り銀板4
……駄目だ。
……どうやっても銀板4枚も集められるとは思えない。
借入先に心辺りもないし、秘密の貯金なんてものもない。
……どうすればカルロスを助けられるのか…。
「ーーーなあ、支部長さんよ。銀板6枚で、今回は許してくれねぇか?」
タケルが支部長様に訊ねた。
「ーーー許可できません」
「ーーーな!?いいじゃねぇかよ!これからもしっかりカルロスの借金は返済するからよっ!!!」
「ーーータケル!!!」
支部長様に今にも掴みかかりそうなタケルを抑える。
「商人にとって契約書は絶対のルールです。もしここで私が契約書の内容を歪め、カルロス君に対して優しい判断を下したことが周知となれば、私は他商人に契約で舐められてしまう。か弱さや武力をチラつかせれば契約を緩めてくれると勘違いされれば『ソルト商会』全体に迷惑をかける。きっちりこの場で金貨1枚支払っていただきます」
有無を言わせず狐目の奥に剣呑な瞳を怪しく輝かせながら支部長様はタケルを睨みつけた。
「ーーークソッ!!!」
冷静さを取り戻して、支部長様への無作法に気づいてくれたみたいだ。
タケルの力が弱まった。
ほっと一息つくと、カルロスが顔を挙げているのに気づいた。
「……カルロス…」
僕の呟きを受けてブルッと震えるカルロス。
初めてこちらを見上げた瞳はーーー恐怖に染まっていた。
……今は僕が長男なんだ…。
ガルム兄さんの代わりにーーー家族を助けるっ!!!
「ーーー支部長様、この場で新たな契約を交わすのは如何でしょうか?」
落ち着いたタケルの拘束を解きながら、覚悟を決めて支部長様に提案する。
ここからは……
分の悪い賭け。幾千の商談をこなしてきただろう支部長様を口だけで誑かさないといけない。
……でも。
僕は絶対に
ーーーもう
「ーーーほぅ……。お話を聞きしましょう」
ーーー食いついた。
いや……食いついてくれた、という感じだ。
とりあえず話を聞いてはやる、といった具合か……。
「僕たちは今すぐ金貨1枚を払うことができません。でもカルロスを奴隷として欲しくない。たとえーーー違約金(金貨1枚)
ここまで話して支部長様もこれが
興味深げに微笑む狐目から僅かに金色の瞳が覗えた。
「そこで、金貨1枚に加えてさらに金貨1枚相当の品物をお納めします。賠償金を実質倍にする代わりに4日間だけ返済を待って頂きたい。期限を4日延ばすだけで違約金が倍になるのですから、ソーマ様が他の商人に舐められることはないはずです」
「……現在金貨1枚すら支払えないのに4日待てば2枚を支払えるのですか?借入先の心辺りもないようですし、到底支払えるとは思えません」
支部長様の疑心は尤もだ。
僕が支部長様の立場でも同じく疑ってしまうだろう。
だからーーー。
「ーーー金貨の代わりに『
「ーーーそっか!その手があったか!?さすがアレンだぜ!!!」
「……
5階層の固定
初級階層唯一の固定怪物でありその強さから数多くのEランク探索者を屠ってきている。にも関わらず、挑戦する探索者は尽きない。
それはーーー幻惑蛾の
「
「……お願いします…どうか、カルロスをお助けください……」
僕が頭を下げるとマザーも同じく頭を下げてくれた。
タケルも渋々続いて頭を下げてくれた。
「……………………」
……居間に沈黙が鎮座する。
随分長く頭を下げ続けているのに……支部長様からの返答が返ってこない。
チラリと支部長様を覗うと……支部長様は顎に手を当てて熟考していた。
悩んでいると言うことは……拒否される可能性もあるということ。
もし……この提案に納得してもらえなければ……もう
ーーーもしこの提案を拒否されて……カルロスが連れていかれそうになったらっ…。
ーーー僕は護身用に腰に携えている『ナイフ』を一瞥する。
……覚悟は決めてある…。
でも……僕だけでは支部長様の護衛を抑えられるとは思えない。
支部長様の後ろに控える燕尾服を着込む
……lv2のガルム兄さんよりもーーーたぶん強い。
それだけの突き刺さるような
ーーー背後のタケルに視線を向ける。
僕の視線に気づいたタケルがーーーニヤリと笑った。
ーーータケルも腰のナイフに手を当てた。
……僕の意図に気づいてくれたみたいだ。
……すいませんタケル。
……付き合わせます。
ーーー僕とタケルの殺気に気づいたのか、
強烈な殺気にタケルと一緒に息を呑むっ。
ーーー心の奥底で死を覚悟した瞬間。
「ーーー内容の合理性は理解しました」
ーーー!?
戦闘前の緊張感に支配されていて、支部長様の存在を忘れていた。
支部長様の言葉を一瞬理解できず呆けてしまう。
「ーーーただ、その内容で契約を結ぶためには1つ確認することがあります。あなたたちパーティが確実に
「…………………」
「ただ、それはこの場で判断することができます。ーーー紹介します。私の護衛隊長のニクソンです」
支部長様が後ろに控えていた燕尾服の
さっきまでお互いに殺気を飛ばし合っていた……ニクソンさんが一歩前に出た。
「彼は私の護衛でありながら
「……貴様らパーティの構成は?」
ニクソンさんが支部長様の背後に控えたまま僕に尋ねてきた。
「……僕がタンク。このタケルがアタッカー。もう一人がヒーラーを担当する、3人パーティです…」
「3人の魔法を教えろ。それと3人ともlv1のEランク探索者で相違ないな?」
初対面の人にlvと魔法を教えるなんて不用心なこと……普段ならしない。
でも今は少しでも支部長様に信用されないといけない……。
魔法を教えることくらいカルロスの命と比べれば安すぎる。
「……はい。3人ともlv1です。ヒーラーは『ヒール』を、タケルは『スラッシュ』の魔法を持っています」
「……貴様の魔法は?」
「……………………」
「……どうした?口に出せないほどの雑魚魔法なのか?」
ニクソンさんの鋭い眼光に怯んで目を泳がせてしまう。
……僕の魔法の正体は僕にも分からない。
……『商人は確実性を最も好む』と居酒屋で小耳に挟んだことがある。
僕の魔法なんて……不確かさの塊だ。
『魔装』という自称はあるけど……魔法の正式名すら実際には分かってないんだから。
魔装と言っても支部長様には通じないだろう。
……売り文句が思いつかない。
……正直に話すしかない…か…。
「……僕の魔法は…分かりません」
「ーーー分からない?まさか、探索者の癖に力量球を使ったこともないのか?」
ニクソンさんが片眉を持ち上げ、訝しげな顔をした。
支部長様も眉間に皺を寄せ、目を細めて僕を見つめる。
ーーーまずいッ。なんとかカルロスのためにも巧く説明しないと…。僕の魔法が一般的な魔法とは違うこと。それでも僕の魔装は強いってこと……。
僕は必死に頭を回転させて、角の立たない説明を心がけながら口を開く。
「いえ、使ったことはありますが……僕の魔法は
……情けない。
僕の『魔装』は強いはずなんだ…。
ガルム兄さんも認めてくれたくらいの強力な魔法のはずなのに……今この場では魔装の強さを証明できない。
どうしたら魔装の強さを証明できる?実際にこの場で魔装を使ってみせるか…?
どうすれば自身の魔法について説明するか悩みながら、そっと怪しさまれないように顔を上げて支部長様の顔色を覗う。
どうせ得体の知れない不確実な魔法を持つ僕に失望しているんだろうな、と達観しながら見上げるとーーー支部長様の顔が
「ーーー!?……その話、詳しくお聞かせください…」
支部長様が初めて動揺した素振りを見せ、前のめりで僕に尋ねてきた?
よくよく見ると、後ろに控えているニクソンさんも
支部長様とニクソンさんの変貌に驚きながらもお二方に促されたので話を続ける。
「……僕の魔法は防御魔法なのですが…力量球を使っても表示される共通文字がぼやけていて読めないんです……。つい最近までは……『無魔法』だと勘違いしていたくらいで……」
「……『無魔法』…『解読不能の魔法』……」
支部長様が目を見開きながら小さく何か呟いている。
小言すぎて何と言っているのかは分からない。
でも……狐目を大きく見開いて何かに驚いているみたいだ?
僕の魔法は……確かに異常だ。
時に無魔法だったり、力量球でも読めない魔法だったり。
無魔法や読めない魔法を持つ人間なんてお伽噺でも聞いたことがない。
でもーーー天下のソルト商会の支部長様がここまで驚くことか?
「……ニクソン、私は『
「……はい。私も聞いたことがあります。……ただの偶然かと思いますが……」
支部長様とニクソンさんが小言で何かを相談している…。
できれば…僕の魔法がマイナスの印象を与えてなければいいんだけど……。
「その防御魔法を見せてみろ。今すぐ、ここでだ」
支部長様とニクソンさんの相談が終わり、ニクソンさんが低い声で僕に指示を出した。
「……分かりました。……『魔装』、発動っ!」
ニクソンさんの指示に従って大量の魔力を身に纏い、魔装を発動させる。
「『魔装』?」
「名前がないと不便なので、自分で『魔装』という名前を付けました」
「なるほど。……魔法を発動したな?ーーー腕を出せ」
ニクソンさんの指示に従ってテーブルの上に右腕を差し出す。
《魔装の力を実演しろということ、か?》
全身に纏っていた魔力を右腕に集中させ、防御力を高める。
「……動くなよ。動けばーーー死ぬぞ」
ーーー死!?
魔装の力を試すためとはいえ、死の危険があるのか!?
危機感から思わず両目にも魔力を振り絞り、動体視力を向上させるっ。
魔装の能力向上によりlv1の限界を超えた視認能力が、ニクソンの動きの一片を捉えた。
ーーー一瞬で剣が振るわれたっ!
ギィィィン!!!
胸元から取り出した短刀と魔装の衝突音が響いた。
上昇した動体視力でもニクソンさんの動きのほんの断片しか見切れなかった!
出来たことと言えば、数cm腕を動かすことくらいだ!
「ーーーなっ!なんということを!?」
「ーーーて、てめぇ!!!」
予想外の荒事にマザーとタケルの悲鳴が響いた。
マザーが立ち上がり、タケルは腰のナイフの柄に手を置いた!
「ーーー僕は大丈夫ですマザー!タケル!ほら!無傷ですから安心してください!」
2人に無傷の右腕を見せて落ち着かせる。
今は交渉の最中なんだ。カルロスのために支部長様を挑発しちゃいけない!
2人を宥めながらニクソンさんに視線を向けるとニクソンさんは魔装に弾かれたナイフを凝視していた。
「……貴様、lv1ではなかったのか?」
「ーーーニクソン、どういうことですか?」
「lv1では到底追えないはずの動きを見切っていました。……魔法の能力か?」
……カルロスのために支部長様に隠し事はしない。
奴隷落ちに怯えて今も震えているカルロスを助けるために……。
支部長様に少しでも信用されるために…。
「……僕の魔法はただの防御魔法ではないようです。
「ほう。……防御だけでなく強化もできるのか…。優秀な魔法のようだな…。……ソーマ様、この者なら
「……そうですか。これで私も安心して契約を結ぶことが出来ます」
ーーーよしっ!
僕は思わずテーブルの下で喜びに拳を握る!
穏便にカルロスを助けられることに酷く安堵する。
……カルロスを助けるために1度は強引な手段を考えたが、Cランク探索者のニクソンさんを超えてカルロスを助けられる自信は正直なところ皆無だった。
無事にカルロスの奴隷落ちを回避できそうで……心底から安心する。
「……ありがとうございます。必ず幻惑蛾の鱗粉と金貨1枚は4日以内にお渡しします」
「そうしてください。私も
支部長様が優しげな目付きで僕を見つめて小さく呟いた。
突然支部長様からアレン《・・・》と名前を呼ばれたことに驚きつつ、支部長様から差し出された手を握り返す。
固く握手する支部長様の狐目は……まるで獲物を見つけた
新たに認めた契約書にマザーと支部長様がサインをして、正式にカルロスの契約を上書きした後。
「ーーーアレン君、またお会いする時を楽しみにしています」
孤児院の前に停められていた黒塗りの馬車に乗り込んだ支部長様。
横窓から僕に視線を向けて、最初とは打って変わった
気を抜けば無二の親友のように感じてしまうような居心地の良い雰囲気。
数千の部下を抱える大商人の実力に呑まれてしまいそうだ。
「……はい。幻惑蛾と金貨を持って可能な限り早くお伺いします」
満面の笑顔を支部長様に返す。
支部長様は笑顔を浮かべたまま同じく馬車内にいるニクソンさんに視線を向けた。
「ーーー出せ」
ニクソンさんの合図で御者が馬に鞭を打ち、走らせ始めた。
『カルロスを助けてくださり、ありがとうございました!!!』
4人で頭を下げて徐々に小さくなる馬車を見送る。
馬車が角を曲がり消えるまで僕たちは頭を下げ続けた。
「……カルロス…」
馬車を見送り終えて振り返ると、顔を俯かせるカルロスがいた。
「…………………」
……カルロスは下を向いたまま微動だにしない…。
……こんな時、ガルム兄さんならどう声をかけるんだろう…?
僕にはなんと声を掛けて言いか分からなかった。
カルロスは……支部長様との間の借金を僕たちに隠した。
それが原因でカルロスは奴隷落ちしそうになった。
借金の返済とは別に余計な違約金を払うことになった。幻惑蛾を命懸けで討伐しなきゃいけなくなった……。
でも……これはカルロスなりに孤児院に迷惑をかけないように努力した結果だ。
結果としては悪い方向に転がったが、カルロスの意思は決して
孤児院のためを思って行動したんだから……。
……僕は…カルロスを叱るべきなのか?
……それとも褒めるべきなのか?
「……カルロス」
僕が迷っている間にマザーがカルロスに語りかけーーーハグした。
きつく抱きしめてカルロスの背中を優しく撫でた。
……カルロスの表情がどんどん柔らかくなり、目尻に涙が浮かんだ。
「………ま、マザー…うぇぇぇぇぇん!!!!」
カルロスの鳴き声が深夜の静寂に轟く。
マザーの温もりを感じてカルロスも、やっと安心できたみたいだ……。
答えはーーーただ抱きしめる
「……タケル、すいませんでした。勝手に
「……何言ってんだ。家族は助け合うもんだろ。……恥ずいこと言わせんなっ!!!」
「ーーーいたっ!」
タケルに右肩を思い切り殴られたっ。
痛みに思わず泣言が漏れたけどーーー悲しい痛みじゃない。
カルロスが救われた……。
それだけで満足だ……。
「……ありがとうございます」
「……ったくよ…」
顔を真っ赤に染めて頭を掻くタケル。
明日からは
たった4日間でファントムモスを討伐して地上に帰還しなければいけない。
常に足を動かす厳しい探索になるだろう。
ーーーでも。
目の前の安堵した表情で泣く
月明かりに照らされるマザーとカルロスを眺めながら、ふと…ユリアへも説明しないとな、と思い出した。
「ーーーソーマ様、あのアレンという子供ですが」
ガタガタ。
巨万の富が巡る、天下のマリア迷宮都市とはいえ、最外周部の街道の整備はやはり稚拙すぎる……。
中央区の街道とは雲泥の差だ…。
マリア第七孤児院を出立した
ここまで道が悪いと身体を休めることもできない。
激しく揺れる馬車内で休憩することを諦め、私物のメモ帳を読み込んでいると対面に座るニクソンが語りかけてきた。
「勿論分かっています。目をかけるようにしましょう。……『
……
あの日は大きな商談が片付き、気分良く自宅への帰路に着いていた所でカルロス君の事故に遭遇した。
早く自宅に戻り身体を休めたかった。
示談で片がつけば事故の渋滞はすぐに解消される。
でも示談がつかなければ警邏隊の聞き込み等で自宅に帰るのが遅れる。
早く自宅に戻れるなら金貨2
今日もカルロス君を奴隷にして売却する手続きが面倒だったから、なんとか金貨を用立てさせて手打ちにしようと考え、態々最外周部の孤児院まで足を運んだのだ。
《だがまさか
ーーーアレンという少年を思い出すと、舞い込んだ
「……ニクソンは『
「……lv1にも関わらず、私の動きを見切っていました。……自分でも信じられませんが…私の直感は『黒』だと告げています…」
Cランク探索者のニクソンのお墨付き。
私もアレン君が嘘をついていたようには思えなかった。
ーーー
彼が本当に【
次回会うとき。幻惑蛾の鱗粉納品の際に力量球を使わせれば、
「直ちにあのアレンという少年の素性を調べてください。それと過去に……【
「かしこまりました。すぐに手配させます」
「………ふふふ…」
ーーー笑いが止まらない。
ーーー舞い込んだ幸運のあまりの大きさに今日は眠れそうにない。
ーーー興奮を抑えられなそうだ。
ーーーアレン君をうまく使えれば、私はっーーー!!!
月夜を駆ける馬車からーーー私の未来を予見するような煌びやかに黄金に輝く満月がひっそりと覗えた。
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