第32話 幻惑蛾 Ⅰ
「ーーーカルロス!……どこですかカルロスッ!?」
僕はカルロスを探して孤児院近くの真っ暗な大通りを走っていた。
こんな深夜だから大通りとはいえ人の気配はない。
この近くは居酒屋通りもないから酔っ払った探索者の喧噪もない。
ポツポツとある魔石灯だけが仄かに通りを照らしている。
深夜だから大声は出せない。
ただでさえ嫌われている
ひたすら通りを駆けてカルロスを探している。
目を凝らして遠くまで見通してカルロスを探す。
脇道にも目をやって子供の陰を探す。
脇道にも人影はない…。
昼間ならスリを試みる孤児がいるような小道にも人影はない……
「……どうして…?」
こんな深夜にカルロスはどこに行ったんだ……?
カルロスが孤児院内にいないことに気づいたのは1時間程前。
今日僕たちパーティはマザーに誘われて孤児院に泊まることになっていた。
夕飯時には間違いなくカルロスはいた。
なのに夕食の後にカルロスを見た人はいなかった。
だからカルロスは4時間程前に孤児院を出て、それっきり孤児院に帰ってきていないことになる。
こんな深夜まで9歳のカルロスが帰ってこないなんて……。
何か事件に巻き込まれて帰って来られない可能性の方が高い……!
「……どこにいるんですか…カルロス…?」
……ここまで全力で走り続けてきたから額から汗が溢れ出している。
大通りの真ん中で1度立ち止まって荒れる息を整えながら額の汗を拭う。
顔を俯かせて深呼吸する。額の汗が顎を流れて地面に垂れる。
……どこにいるんですか…カルロス?
必死に頭を回転させてカルロスの居場所を考える。
……支援者のクレイおばさんのところか?
……それともやっぱり…誘拐等の犯罪に巻き込まれたとか…?
ーーークソッ!ガルム兄さんから
どこを……どこを探せば良いんだ……?
カルロスは……どこにッ…!?
さらに必死に考えて、ふと思いついたッ。
ーーーいやッ待てッ!!!
「ーーー『ソルト商会』、なのか……?」
ーーーソルト商会の支部長様とカルロスの不可解な繋がり。
近頃のカルロスの行動で不審な物はそれしかない。
カルロスはもしかして支部長様に軟禁されている……?
支部長様に会いに行って何らかの理由で帰れなくなった……?
最近のカルロスは精神的に随分不安定だった。
孤児奴隷を初めて見て、思い悩んでいた。
もしかしたらそこを突かれて支部長様に……何かされているんじゃ?
犯罪に巻き込まれたり、誘拐された可能性もあるけど……その場合カルロスがどこにいるか、可能性は無限だ。
この広大なマリア迷宮都市で無策で1人を探しあてることはできない。数百万人が住む迷宮都市を探しきるなんて不可能だ。
……それならやっぱり多少でも可能性が高い場所を当たるべきだ。
……ソルト商会にカルロスはいるかもしれない。
……ソルト商会にいなければ支部長様の自宅かもしれない。
「ーーー~い!お~い!アレン!!!」
僕が捜索方針を定めた瞬間、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。
視線を向けるとタケルが手を振って駆け寄ってきていた。
大声を出すと近所迷惑になるんだけど・・・タケルにそれを指摘してもどうせ無駄だ。
今のタケルはカルロスを探し出すことしか頭にないだろうし。
周りに人もいないし、叫んでいるのが
「ーーーおい!どうだ!?カルロス見つかったか!?」
タケルがゼーハーと必死に息を整えながら僕の肩を掴んできた。
暗闇の中で目を見開いてカルロスを心配するタケル。
その表情は迷宮内にいる時よりも必死で……
「いえ。まだです……」
「ーーークソッ!どこに行きやがったカルロスの野郎!こんな深夜によ!?見つけたら絶対タダじゃおかねぇ!」
通り沿いに聳える魔石灯を勢いよく叩くタケル。
その顔は激しい声音に反して眉を顰めて悲壮さが浮かんでいた。
こんな深夜に幼い弟妹を捜索に充てることはできない。
カルロスを探してるのは僕とタケルの2人だけだ。
マザーとユリアは孤児院の弟妹を落ち着かせるために奮闘してくれている。
2人だけじゃ孤児院周辺を回るのが精一杯だった。
この1時間孤児院周辺を丁寧に探し回ったけどカルロスはいなかった。
カルロスはたぶん
となると、さらに広範囲を探さないといけないけど、これ以上の範囲を闇雲に探してもきっとカルロスは見つからない。
「ーーーおい!頭脳担当!なんか心辺りはねぇのかよ!?もう近くは全部探しちまったぞ!?」
僕の目を見据えて必死な顔で訊ねてくるタケル。
僕はさっき立てた捜索方針をタケルに告げる。
「……カルロスは『ソルト商会』にいるかもしれません」
「ーーー!?なんだよ心辺りあんのかよ!?先に言えよ!!!」
タケルが僕の肩を掴んだまま思い切り揺すってきた。
「いえ!僕も確証があるわけではないんです。カルロスが最近、ソルト商会に出入りしているという話を聞いただけで……」
「ーーーってか、なんでカルロスがソルト商会になんか?」
「分かりません。分からないこそ気になっていたんです。……なぜカルロスがソルト商会の支部長様と…。カルロスがいなくなったことと関わりがある気がします…」
カルロスは支部長様との関係を必死に隠していた。
僕だけじゃなくて、ガルム兄さんにも、マザーにさえも秘していた。
頑なにあの賢いカルロスが僕たちに語ろうとしなかった…。
どうにもやっぱり引っかかる。
1度思い出すと、今回のカルロスが消えた件と関係がある気がしてくる。
「ーーーあ~!クソガッ!!!とりあえず今からソルト商会に行ってみるでいいんだよな!?頭脳担当っ!!??」
ガシガシ頭を掻きむしって混乱した頭を解し、今にも迷宮都市中央区へ駆け出しそうなタケル。
「はい。でもソルト商会は貴族様からの信頼も厚い大商会です。気を悪くさせるような行動は控えましょう…。穏便に…」
「そんな悠長なことしてていいのか!?カルロスになんかあるかもしれねぇだろ!?」
「分かっています……。でも、ソルト商会を敵に回すと……孤児院は簡単に潰されてしまうと思います…」
ソルト商会程の大商会の支部長様の一言があれば、平民の中でも最下層の孤児院なんて簡単に吹き飛ばされるだろう。
貴族様にも伝手のある支部長様の不興を買えば、最悪……
それくらい貴族様方の権力は
例え最下位の男爵様への不敬罪であっても平民は容易に奴隷落ち、最悪処刑されるくらいなんだ……。
僕ももし支部長様がカルロスを軟禁しているのであれば絶対に許せない。
何があっても全力でカルロスを取り戻してみせる。
でも……孤児院が消されることも避けなきゃ行けない。
慎重に。悔しいけど……慎重に行動しないと…。
「---クソがぁ!……分かったよ。穏便にだな…」
タケルもソルト商会を敵に回す難しさを理解してくれたようで、不本意そうながらも頷いてくれた。
眉を顰めて悔しそうに地面を勢いよく蹴った。
「……はい。なるべく穏便にカルロスの居場所を知っているか、聞きましょう」
「……あぁ。……クソッ!!!カルロスがやべぇかもしんねぇのよにッ!!!……」
「……………ッ……」
タケルを連れてソルト商会のある迷宮都市中央区に向かおうと一歩を踏み出した時。
「ーーーアレン兄ちゃん!!!」
十字路の先から僕の肩ほどの背の少年が走り寄ってきていた。
「ーーーサイ!?どうしてここに!?」
弟のサイだ。サイは僕の元まで駆け寄り、荒れる息を整えている。
全力疾走してきたみたいで、数秒しゃべることもできなかった。
緊急事態みたいだ。着替えるのも省いて急いで孤児院から来たみたいで、薄手の寝間着の麻服を着ている。
額から小川のように汗を垂らしながら険しい表情のサイ。
「ーーー大変なんだよ兄ちゃん!カルロスが帰ってきたんだけど!一緒に『ソルト商会の支部長』って人が来て!!!」
「ーーーやっぱソルト商会かよ!!!」
思わずといった表情でタケルがサイを遮る。
でも今は少しの時間すら惜しい。
「ーーーそれで、支部長様は何か言ってましたか?」
僕がサイに続きを促すと、サイは口を開いた。
「カルロスが借金をしてるからお金を返せって!お金を返せないならカルロスを
《ーーー支部長様に借金!?それに奴隷!?》
ーーーそこで点と点が繋がる感覚を覚えた。
ーーカルロスと支部長様との関係。
ーーカルロスがソルト商会に出入りしていたこと。
ーーカルロスが
ーーそれに鍛冶屋で
「ーーーそういうことですか!!!」
ユフィー王国では例え未成年であっても借金の借主になれる。
カルロスは支部長様との間にできた借金の関係で思い悩んでいたんだ。
借金未返済の場合、奴隷落ちになり奴隷の売却益が貸主に与えられるのはよくあること。
だからカルロスは奴隷への仕打ちを目撃して過度に怖がっていた。
……借金を返済できなかった場合の自分の将来と重ねて。
だからカルロスは探索者になりたがっていた。
僕は孤児院の経営を手助けするために一日でも早く探索者になろうとしていると思っていたけど実際は……借金を返すために探索者になりたがっていたんだ。
でも……あの賢いカルロスが借金?
それもなんでソルト商会の支部長様から借金を……?
「早くアレン兄ちゃん帰ってきて!!!今マザーが支部長様と話しているけど、マザーがアレン兄ちゃんを早く呼んできてほしいって!」
僕の身体を揺すり必死に懇願するサイ。
「ーーーアレン!早く帰んぞ!!!」
「はい。勿論です。サイ、あなたは1人で帰れますね?」
ここまで全力疾走してきたサイの呼吸はまだ乱れている。
体力を回復し切れていないだろうし、毎日探索者として訓練している僕とタケルの速度についてこれるとは思えない。
深夜の夜道に弟を置いていくのは忍びないが、今は非常事態だ。
内心で謝りつつ、サイの頭に手を置いて撫でる。
「大丈夫!だからアレン兄ちゃんとタケル兄ちゃんは早く!!!」
ーーーカルロス待っていてください!今行きます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます