第30話 疑心 Ⅱ









「いらっしゃいませ。ーーーえっ……以前回復薬ポーションをご購入しにいらしたお客様ですよね……?」


ソルト商会の正門を潜るとすぐに店員さんが駆け寄ってきた。

燕尾服姿の女性が綺麗にお辞儀し、頭を上げて僕の顔をみた瞬間驚いた表情をした。


店員さんは前回ソルト商会にやってきた時に対応してくれた女性だった。

確かーーーフィルミさんだったかな?


「ーーーは、はい。お久しぶりです……」


フィルミさんは驚いた表情のまま周囲を・・・見回した・・・・



「ーーーえっと……私に付いてきてください」



気まずそうな顔でフィルミさんが小声で僕に告げた。

僕はフィルミさんの案内で正門・・の端に寄る。


……カルロスのことが気になって考え無しに『正門』から入ってきてしまったけど……本来正門は『高貴な方々専用の通路』だ。


周囲には……綺麗な正装の方々ばかり。

身嗜みを整えた高貴な方々がソルト商会の店員さんに接待されている。


執事服を着るダンディーな男性。

メイド服で身を包む女性。

可憐なドレスで着飾ったお嬢様も見られる。


僕は……この場にいる全員から、蔑まれるような視線に晒されていた…。

……ゴミを見るような目で侮蔑されているのをヒシヒシと感じる…。

……当然だ。

……僕はソルト商会の正門で薄汚れた・・・・革鎧を着て立っているんだから…。


……何をやってるんだ、僕…。……短慮すぎるだろ…。


僕は赤面して後悔する。





さらにフィルミさんの後を追って移動し続け、やっとの思いで探索者用の出入り口である裏口に到着した。


「ーーー急かしてしまい申し訳ありません。ただ……今後はこの裏門を通ってご来店ください」


フィルミさんは僕に有無を言わせず告げた。


「すいませんでした…」


僕は素直に頭を下げる。

ほんとに馬鹿すぎた…。カルロスのことにしか頭が回っていなかったな…。


僕の心からの謝罪を受けてフィルミさんの表情が和らいだ。


「それで、本日はどのような商品をお求めでしょうか?」


フィルミさんが笑顔で尋ねてきた。


……僕は狼狽する。

カルロスのことを気にかけてソルト商会に入ったけど……入店後のことを何も考えていなかった。……どうやってカルロスが商会にいた理由を調べるつもりだったんだよ。

……本当に短慮すぎるだろッ僕…。


「……い、いえ…。……なにかを買いに来たというわけではないのですが…」


「?」


フィルミさんが動揺する僕の様子に首を傾げた。

……お店に来て買い物以外で何をするんだ。物を買う気がなくて来店するなんて、ただの迷惑な客じゃないか…。ほんと何を言ってるんだ僕は。

自分の発言に呆れながら僕は素直にポツポツと事情を説明する。



「実は……さっき僕の弟がこの店から出てきたのを見たんです。……僕たちの孤児院いえはあまり裕福ではないので、弟が『ソルト商会』から出てきたのを見て驚いて…つい入ってきてしまった、という感じです…」


「弟様、でございますか…?」


フィルミさんが瞬きをして呟いた。


「はい。9歳で背はこのくらいで、痩せ型の……見てませんか?」


フィルミさんが考えるように目線を下げた。

数秒顔を俯かせてから口を開いた。


「……本来、来店くださった方についてお話してはいけないのですが…」


ムムム。

擬音が流れそうな程フィルミさんが悩んでいる。

何か知っているみたいだ…。もう一押しすれば話してくれそうだ。


「お願いできないでしょうか?」


僕は頭を下げて再度お願いする。

フィルミさんは必死に頭を下げる僕を見て嘆息しながら口を開いてくれた。


「……実は最近、店舗内で弟様のような方を『何度か』お見かけしております」


「ーーー何度もですか?」


何度もソルト商会にカルロスが来ている?

どうして?


「はい。何度もいらっしゃってます。ただ……弟様はお客様としてご来店しているわけではなく、本店舗の代表ーーー『支部長』に用があるようです」


「ソルト商会の支部長様に……?」


どうしてカルロスが大商会の支部長様に用があるんだ?

僕が首を傾げてもフィルミさんは続けた。


「ご来訪の度に支部長室に入室されています。私共店員も気になり支部長にお話を伺ったことがあるのですが……支部長は『個人的なお知り合い』とおっしゃられました…」


「………………」


ソルト商会の支部長様とカルロスが、個人的な知り合い…。

どうやってカルロスと支部長様が知り合いになるんだ……?

片や迷宮都市の嫌われ者である孤児カルロスで、もう片方はユフィー王国でも有数の大商会の支部長様だぞ…。

どういう事情があれば、知り合いになるんだ……?


僕は必死に想像力を膨らませるが……どれだけ考えても答えは出ない。

……2人が出会う想像すら付かない。


「……支部長様とお話することはできませんか…?」


僕はダメ元で聞いてみる。

でもやはりフィルミさんは首を横に振った。


「……支部長は多忙な身の上です。貴族様や高ランク探索者様方への対応、時には領主様侯爵様の家系の方々との接待の予定もございます。予めお話を通すことなくお会いできる方ではありません」


やっぱりそうか……。


……ん、あれ?


「でもカルロス…弟には会っているんですよね?」


「……はい。重要な予定がなければお会いしているようです」


「それなら、カルロスの兄と言うことでお話を通していただけませんか?弟と支部長様の関係さえ聞ければ満足なので……」


僕はもう一度深く頭を下げる。


ただ……カルロスと支部長様の関係が知りたい。

別にそこに『危険・・』がなさそうなら僕の関知するところじゃない。

ただカルロスに危険がないことさえ知れれば……それで十分なんだ。


僕の誠意が通じてフィルミさんは頷いてくれた。


「……わかりました。許可を頂けれるかは分かりませんが…支部長に伺って参ります」


「ーーーッ!ありがとうございまーーー」




「ーーーその必要はありません」




僕の背後からリンとした声が届いた。

振り返るとーーー『白い燕尾服』で身を包む男性が微笑みながら立っていた。


30代くらいの若い男性だ。

血色の薄い色白の肌、純白の燕尾服も合わせて全身真っ白だ。


『瞳の覗けないほど細い目』が弧を描き、僕に向かって微笑んでいる……。



「ーーーし、支部長!?」


ユフィーさんの驚愕の声が商会の裏門に木霊した。



ーーー!?

ーーーこの人がソルト商会の支部長様!?

ーーー迷宮都市周辺のソルト商会店舗を1手に管轄する大商人。



「……お話は聞かせていただきました。あなたはカルロス君のお義兄さんのようですね?」


「ーーー!」


支部長様が僕に1歩近づいて尋ねてきた。

今支部長様は、カルロスと口にした。つまり、僕が馬車から目にした少年は間違いなくカルロスだったということ…。

やっぱりカルロスは支部長様と会っていたのか……。


「……はい。アレンと言います」


「偶然お話を伺いましたが……私とカルロス君の関係を聞きたいと?」


ーーー支部長様の『蛇のような極細の目』が僕を捉えた。


ーーー身が凍えるような寒気を感じる…。

ーーー身体が勝手に震える…。

ーーー悪寒が全身を支配する…。



ーーーこれが…『歴戦の大商人の凝視』……。


ーーー呼吸も忘れて支部長様の目を見つめ返してしまう……。



「……私とカルロス君の関係ですがーーー今この場で言うことはできません。それがカルロス君の望みですから」


ーーー悪寒が晴れた。

支部長様がやっと視線を外してくれた……。

なんとか呼吸を取り戻した。空気を求めて酸欠の胸が呼吸を繰り返す。


カルロスがーーー自ら望んだ?

……支部長様との関係を知られないことを?


「……カルロスが、支部長様との関係を僕に伝えてほしくないと言った…ということですか?」


「はい。カルロス君が『家族』に伝えて欲しくないと明言しておりました。私が言えるのはこれだけです。私はこの後、予定がありますので」


支部長様が僕を追い越して裏門から外に出ようとする。

純白の燕尾服を揺らしながら外の馬車に向かっている。



「あのーーー」


ーーー納得できてない。

ーーーカルロスとの関係をまだ聞けてない。

ーーーいや…カルロスが聞いて欲しくないなら聞かない方がいいのか……?


ーーーとにかく頭の中で整理できてない。とにかく納得できてない!


僕は支部長様の前に回って足止めしようとする。




ーーー肩を掴まれた。




「ーーー退け。ソーマ様の邪魔をするな」




ーーー動けない。

ーーー背後から感じる圧倒的な存在感オーラ

ーーー威圧感オーラに身体を固める。


……なんとか首を回して声の主を見た…。


ーーー『2mを超す筋骨隆々の偉丈夫』。


ーーー棍棒が似合うような巨躯にも関わらず、その身をパツパツの『燕尾服』で包んでいる。


ーーー『猛牙豚オーク』より小さい体躯なのに、その身からオークを超す威圧感オーラを放っている。




ーーーガルム兄さん《LV2・・・》を超す迫力オーラ




僕が偉丈夫の迫力オーラに呆然とする内に支部長様が馬車に乗り込んでしまった。

偉丈夫も続いて馬車に乗った。

馬車の窓が開いて支部長様が顔を覗かせた。

視線だけが僕に向いた。


「ーーー恐らく近いうちに再びお会いすることになると思います。それでは」


ーーーどういうーーー?


一方的に告げられて窓が閉められてしまった。








ーーー呆然とする僕を残して、馬車は悠然と離れていった。






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