第29話 疑心 Ⅰ








「ガルム兄さん、それが猛牙豚オーク素材アイテムですか?」


オーク討伐後。

僕たちは5階層と6階層を繋ぐ広間まで撤退していた。

6人で広間の片隅で休憩している。

広間には常に複数パーティがおり、怪物からの奇襲を気にせず休憩できる。

全員、激闘の緊張から解放され、息をついていた。


僕も地面に座り身体を休めている。

隣に座るガルム兄さんは、『葉に包まれた何か』を持っていた。


「そうだ。『オーク肉』だろうな」


ガルム兄さんが笑いながら答えた。


「ーーーえ!?それってたっけぇ肉だよな!?あの豚、そんなん落とすのかよ!?」


タケルが耳聡くガルム兄さんの声に反応した。


オーク肉は広く知られる高級肉だ。

僕たちでは手がでないような高級品。

噂に聞く話だとーーー甘い脂がのっていてジューシーで凄く美味しいらしい。

迷宮都市中央区の料理店で売られているのを見たことがある。

商人様や騎士様が頻繁に召し上がるようだ。


1度シルフィーさんから聞いた話だと買取金額はーーー銀貨1枚1万円

流石、中級階層の怪物の素材アイテムだ。

初級階層の素材よりも遙かに高い買取り額。

高い買取額がオーク肉の需要の高さーーー『美味しさ』を示している。


「ーーー兄貴、ここで食っちまおうぜ!?」


タケルが目を輝かせて叫んだ。


「だめに決まっているだろう阿呆。売って孤児院の運営費にするに決まっている」


セルジオ兄さんが激戦で疲労した剣を手入れしながら呟いた。


「は~!?セルジオ兄貴、それはケチすぎだろ!?兄貴たちが『門番』超えれば毎回手に入るじゃん。今回くらいいいじゃん」


「だめだ。それは借金の返済用だ」


セルジオ兄さんが顔を上げてタケルに言い切った。


孤児院は先週、支援者の方々から税金の分、1金貨5銀板150万円を借金した。

税金のために支援者の方々から借金することは、毎年のことだ

返済期限はまだ先だけど、今後のためにも。支援者の方々からの信頼を失わないためにも。

返済できる時に返済しなきゃいけない。


それになにより……弟妹かぞくに内緒で僕たちだけで食べるのも嫌だからな。


僕はセルジオ兄さんの主張に頷く。


「クソッ!ケチ!ドケチ!クソケチ兄貴っ!!!」


「なんとでも言え阿呆。孤児院のためだ」


「タケル、セルジオ兄さんが正しいんです。納得してください」


僕はタケルの肩を掴んで落ち着かせる。


「……我慢。我慢。私も。……我慢ッ。」


「……シュリお姉ちゃん、頑張って…」


……シュリ姉さんが涎を垂らしながらオーク肉を凝視していた…。

目を見開いて歯を食いしばり、オーク肉を前に葛藤している。

シュリ姉さんの必死な表情に僕は苦笑してしまう。


「ガルム兄さん、このあとどうしますか?」


「……地上に戻ろう。ギルドに異常個体イレギュラーが出たことを報告しなければならないからな」


……ガルム兄さんが猛牙豚オークに殺されていた探索者たちの灰色の『探索者証』を取り出しながら呟いた。


オークが現れた十字路の先には……『5人の遺体』があった。

全員顔の判別もつかないほどに…ペシャンコに潰されていた。

恐らくオークの石斧に潰されたんだろう。

僕たちはギルドに彼らの死亡報告するために探索者証だけでも回収していた…。


「……分かりました。荷物を纏めておきます」


僕が頷くと。

ガルム兄さんが呟いた。




「ーーーそれと、さっきセルジオと相談したんだが、地上に戻って1日身体を休めたら『門番』に挑戦することにした」




ーーー!!!


猛牙豚オークとの戦いの感覚を忘れる前に門番に挑戦したい。俺たちがいない間、家族かぞくのこと任せるぞ」


ガルム兄さんが僕の瞳を見つめながら口にした。

ーーー真剣な表情で拳を突き出してきた。



……正直まだ心配はある。

……兄さんたちが門番を倒せるか…。

……門番を超えて帰ってこられるのか……。


でも……猛牙豚オークすらも屠った兄さんならッ!!!

きっとーーー門番を超えて帰ってきてくれる!!!


ーーー僕は兄さんの拳に応じる!


ーーーガルム兄さんと僕の拳がぶつかった!



「ーーー後ろかぞくは任せてください。僕は兄さんの相棒・・ですから」




ーーー僕と兄さんはニヤリと笑い合った。




















僕たちは猛牙豚オーク戦の後にすぐ帰還準備に取り掛かり、2日かけて地上へ戻ってきた。


そして『ギルドへの帰還報告時』。

ガルム兄さんが異常個体イレギュラーについて受付嬢さんに報告した。

証拠品として魔石とオーク肉、5枚の探索者証も見せた。

状況を聞いた受付嬢さんにギルド3階の『応接室』まで案内された。


異常個体の情報提供に6人も必要ない。

タケルたちには先に孤児院に帰って貰った。

案内されたのは僕とガルム兄さんだけだ。


情報官たんとうが参りますので、こちらのソファに座って少々お待ちください」


案内してくれた受付嬢さんに指示されてソファに座る。


「お飲み物をお持ちします。お好みはございますか?」


「コーヒーを頼む」


「僕も同じ物をお願いします」


「かしこまりました」


受付嬢さんが1礼して退室してしまった。

応接室に僕とガルム兄さんだけになる。


……ギルドの応接室に来るのなんて初めてだ。

僕はキョロキョロと応接室を見回してしまう。


「さすが天下の探索者ギルドの応接室だな。詳しくは分からんが、想像つかないほどの金が掛かっているというのは分かる」


ガルム兄さんも初めて来たみたいだ。

ガルム兄さんは泰然と部屋内を見回しながら呟いた。


ーーー世界は迷宮ダンジョンを中心に回っている。

従って迷宮を管理する各国探索者ギルドも『各国の王様』直属の組織として大きな権力を持っている。

『マリア迷宮探索者ギルド』もユフィー王国国王様の直属組織として莫大な富を握っている。


ギルドの応接室は高貴な身分の方々との接待のためか、華美に装飾されていた。

ユリアと行ったソルト商会の内装よりも豪華だ。


「身体が縮こまります。身分不相応な場所にいる気分です」


「これから探索者ギルドの者と合うのだ。男らしく胸を張って応対するぞ」


「はい」



コンコンッ。

数分肩身を狭くしていると扉からノックが聞こえた。


「お待たせ致しました。お飲み物お持ちしました」


受付嬢さんが扉を開けて入ってきた。

ガラガラと配膳台を牽いて僕たちに近づいてきた。

ガラス製テーブルに綺麗なカップを置いてくれた。

カップの中から芳しいコーヒーの香りが漂う。

良い匂いだ。たぶん、凄く高いコーヒー豆を使っているんだろうな…。


「……参る予定だった情報官たんとうなのですが、別件で重要な会議に呼ばれ参ることができなくなりました。申し訳ございません」


受付嬢さんはコーヒーを配膳してくれた体勢のまま頭を下げて、口を開いた。


「俺たちはギルドに情報提供しようとしているだけだ。話す相手は誰でもかまわない」


ガルム兄さんが堂々と口にした。


「ありがとうございます。情報官に代わり、私、『ギルド3等書記官』のシーフォがお話を聞かせていただきます。よろしくお願いします」


受付嬢さんーーーシーフォさんはもう1度頭を下げて、対面のソファに座った。


「お話を聞く前に、1つだけ確認させていただくことがございます。情報提供に関する諸事項です。故意の誤情報をギルドへ提供した場合、『探索者証の剥奪』の罰則がございます。ご存知でしょうか?」


「ああ。知っている」


僕もガルム兄さんに続いて頷く。



探索者は探索者証を持たないと迷宮に入ることを許されない。

探索者証の剥奪は、そのまま探索者の終わりを意味する。

ギルドが下す最大の罰則だ。

ギルドは大きな権力を持つ故に誤情報を嫌う。

ギルドが誤情報に惑わされると、数十万の探索者も混乱するからだ。


ーーー『ギルドは事実しか語らない』。

そんな至言があるほどだ。


だからこそギルドは嘘の情報提供に対して『探索者証の剥奪』すらチラつかせ、誤情報の蔓延を抑制している。



「良かったです。そのことを踏まえて偽りなく、可能な限り詳細な情報提供をお願いします。情報提供料として幾ばくかの謝礼もご用意いたしております。探索者として自らの手の内ひみつを隠したい気持ちも理解できます。ただ、探索者全体の安全のためご協力ください」


「ああ。元々男らしく全て包み隠さず話すつもりだった」


「ありがとうございます。……それでは、最初にガルム様から大まかな状況を説明していただいて気になった点を、私が質問し掘り下げる形で進めたいと思っています。アレン様はガルム様の説明の補足をお願いいたします」


「ああ。分かった」


「分かりました」


「それでは、今回6階層という初級階層で中層怪物モンスター猛牙豚オーク』と遭遇、交戦し撃破したとのことですが、詳しい状況をお教えください」


「ああ。あれはーーーー」



ガルム兄さんが口を開き、異常個体オークとの戦闘について説明し始めた。





20分程に渡ってシーフォさんに詳しい状況を説明した。

シーフォさんはメモを取りながら僕たちの話を真剣に聞いてくれた。


説明を終えると、謝礼として1銀板10万円を受け取った。

20分話すだけで1銀板も貰えるなんて……さすがギルドだ。


僕はギルドの資金力に驚嘆しながら応接室を出た。








「ーーー俺はこのまま『買取屋』に行って魔石と素材を換金してくる。先に帰っていてくれ」


「はい。孤児院で待ってます」


ギルドを出てすぐにガルム兄さんと別れた。


ギルド前の馬車停留所で迷宮都市の孤児院がいしゅうぶ行きの乗合馬車に乗る。

秋風を浴びながら孤児院まで揺られ続けた。





ーーー僕は睡魔と戦いながらバッファンの牽く馬車に揺られ続けた。


どのくらい進んだんだろう。

窓から外の景色を眺めて、ふと気づく。


ーーーあ、『ソルト商会』だ。


馬車に揺れる視界に大理石造りのソルト商会が映った。


ユリアとの楽しかった1日を思い出して微笑んでしまう。

あの日買ったポップコーンは美味しかったな。

余裕ができたらまたユリアと中央区に遊びに来たいな……。


思い出に浸って馬車に揺られながらソルト商会を眺めていると『商会の正門から誰かが出てきた』のに気づいた。



小さな陰。

ーーー子供だ。


あんな高級品店から出てきた子供だ。

貴族様のご子息様かな。



僕はーーー子供の顔をちらりと見る。



ーーーあれは……。



「ーーーカルロス?」



ーーーカルロスだ。


ーーーソルト商会から出てきたのは弟のカルロスだった。



ーーーどうしてカルロスが……高級品しか扱ってない『ソルト商会』から出てくるんだ?



「ーーーすいません!降ります!」


僕は声を上げて、手早く降車の会計を済ませる。

急いで馬車の階段を駆け降りて、人混みを走り抜けソルト商会に辿り着いた。


でもーーーもうソルト商会の正門にカルロスはいなかった。

辺りを見回してもカルロスの陰はない。


目の前にはソルト商会がある。



ーーーどうしてカルロスがソルト商会から?


ーーーどうして……こんな高級品店から?






ーーー僕は胸に支える疑問に後押しされ、ソルト商会の正門を潜った。






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