第26話 異常個体 Ⅲ








『怪物の大群パレード』を乗り切った僕と兄さんたち合同パーティは、6階層はつかいそうへの階段前の広間まで来ていた。

今はガルム兄さんの提案で休憩を取っている。

広間の片隅に腰を落として、パーティメンバー各々が自由な休息を取っていた。


広間には僕たちと同じように休憩しているパーティが数十組といる。

広間では数多くのパーティがいるお陰で、だれも見張りをする必要がなく、怪物モンスターの襲撃を気にせず、のんびりと疲れを癒すことができていた。





……休憩開始から30分くらい経っただろうか。

ガルム兄さんが立ち上がった。


「ーーーよし。十分に休憩できただろう。行こうか」


「よっしゃぁぁぁ!やっと6階層に挑戦だぜぇぇぇ!待ってろよ初見モンスター共!!」


タケルが思い切り立ち上がり、6階層へ降りる階段を指差した。


「あまり突っ走るなよ。阿呆」


セルジオ兄さんも目を開け、ゆっくりと立ち上がった。


「…………」


ユリアも立ち上がった。だが……杖を掴むそのユリアの手は初階層に挑む緊張に震えていた…。


「……安心。私たち。何度も。無事。」


「……うん…」


シュリ姉さんがユリアの手を包み、優しい声をかけていた。

姉さんの言葉のお陰でユリアの表情が和らいだ。


「アレンも大丈夫か?」


「はい。大丈夫です」


「よし。全員、装備の最終チェックだ!特にアレンたちは入念にしておけよ」







「それじゃあーーー男らしく行くぞ」


ガルム兄さんの掛け声を聞き、6階層はつかいそうへの階段に足を掛けた。







初級階層1~6階層は洞窟階層だ。

地面をくり抜いたような茶色の洞窟。

壁から顔を出す魔光石が光り、洞窟内を照らしている。

6階層の通路も5階層と変わりはない。事前情報通りだ。


「前進するぞ。正面の道だ」


『はい《おう!》』


僕たちはガルム兄さんの指示に従い、通路を進んだ。





……6階層はつかいそう探索。


緊張で盾を握る手に力が入る。

盾を構えながら前に進む。

対してガルム兄さんたちは6階層に慣れている。

堂々と進んでいる。

隊列はタンク僕とガルム兄さんが前列、魔法組が中列、近接組が後列だ。

静かな洞窟を奥へ進む・・・。




「ガルムっ!後方から接敵っ!」


数分通路を進み続けた。

ーーー遂に沈黙を破り後方からセルジオ兄さんの声が届いた。


「ーーースイッチ!」


僕と兄さんは振り返り、後方へ駆ける。

ユリアとシュリ姉さんが左右に分かれて通路を開けてくれた。

僕たちはその空隙を進み、タンクとして盾を構えた。


ーーー通路の奥から5体の怪物モンスターが迫っていた。


「ーーー『ホブゴブ』2、『ウッドゴーレム』3です!」


僕は瞬時に怪物の構成を把握する。

周知のために叫ぶ。


「ーーーセルジオはタケルを連れて『ホブゴブリン』から奇襲っ!シュリとユリアは『モンスター』のヘイトを稼ぎすぎないように俺とアレンのサポートをしてくれっ!!!」


ガルム兄さんの指示が響いた。

仲間が動き出す気配を感じる。


怪物共はもう目と鼻の先だ。


僕は身体の中の『魔力』を操る。

体外に放出し、身体に纏わせる。

ーーー『ヘイト集中』を発動する。


「ーーー俺を見ろッ!!!」


「ーーー僕を見ろッ!」


ガルム兄さんも『ヘイト集中』を発動したみたいだ。

同時に発動した『ヘイト集中』が怪物の注意を牽く。


今回、僕はあくまでもガルム兄さんのサポートだ。

抑え気味に『ヘイト稼ぎ』を発動する。

ーーー3匹がガルム兄さんに。2匹が僕に迫った。


「ーーーやるじゃないかアレン!全て引きつけるつもりだったんだがな!」


ガルム兄さんが剣を腰から引き抜いて叫んだ。


先頭の『ウッドゴーレム』がガルム兄さんに迫った。


「ーーー弱い!弱いぞ!全然足りん!」


ガシャーン!

ガルム兄さんはウッドゴーレムの腕の振り下ろしを弾き返した。

ウッドゴーレムがーーー尻餅をついて地面に倒れた。

兄さんはウッドゴーレムの急所、胸の位置にある『魔方陣』を剣で斬り裂いた。

ウッドゴーレムが倒れた。


ーーー僕にも『ウッドゴーレム』が迫る。

兄さんの鮮やかな手際を見て、僕にも気合いが入る。

ウッドゴーレムの振り下ろしに備えて盾を構える。


「ーーーウッ!」


ズンッ!

振り下ろし威力に声を漏らしてしまった。

力強い一撃だ。力自慢のホブゴブリンと同じくらいに。


ーーー兄さんのように弾き返すことなんてできない。


「ーーーどうしたアレン!?男らしいお前が、根を上げるわけはないだろう!?」


兄さんの声に驚く。

ガルム兄さんの方を見ると、兄さんは2体目のウッドゴーレムの1撃を弾き返していた。


ーーー歯を食いしばる!


「ーーー当然です!」


ウッドゴーレムの振り下ろしを盾で受け流す!


・・・今の僕にウッドゴーレムの1撃を弾き返すような力なんて無い。

兄さんと同じようなことはできない。

ーーーでも、受け流すことはできる!


「ーーーよく言った!」


僕はウッドゴーレムとホブゴブリンの1撃を躱し、受け流す。

2体の注意を引き続ける。

隙が見えたときには剣で斬りつけ、ヘイトを稼ぎ続ける。


……これでいい。

……僕は『タンク』だ。

……僕はただ怪物の攻撃を受け止め続けるだけでいい。



ーーー僕の自慢のパーティメンバーかぞくが目の前の怪物モンスターを倒してくれるから。



「ーーーうおぉぉぉ!全力全霊!『スラッシュ』ッ!!!」


僕が『ウッドゴーレム』の腕の振り下ろしを避けた瞬間ーーータケルの雄叫びが響いた。


ーーー青く光る剣線、『スラッシュ』がホブゴブリンの首を切り裂いた。


ホブゴブリンの首が地面に転がり、切断面から血が吹き出た。

体躯が崩れ落ちた。


「……神の恵みを、どうかアレンに…『ヒール』…!」


『緑に光る球体』が腕に飛んできた。

球体は腕に吸収されて、腕全体が暖かな温もりに包まれる。

2体の怪物モンスターの猛攻を防ぎ続けた腕の痺れが解け、同時に身体にのしかかっていた疲れも晴れた!


「ーーータケル、ユリア!ありがとうございます!!!」


残りはーーーウッドゴーレム1体。

僕は目前のウッドゴーレムを警戒しながら、横目でガルム兄さんを覗った。


「この身を仲間を守る肉壁と化すーーー『鉄壁』発動!!!」


ガルム兄さんは魔法を発動し、早くも2体目のウッドゴーレムを屠っていた。

防御は完全に『鉄壁』に任せ、反撃を顧みずひたすら剣を振るっていた。



ーーー僕も!

僕もガルム兄さんに負けじと『魔法』を発動するっ!


「この身はパーティの盾タンク!すべての猛攻をただこの一身ひとみで受け止めるーーー『魔装』発動っ!」


身に纏う魔力を増加させ、『魔装』を発動する。

『魔装』発動に十分な魔力を身に纏った瞬間。



「ーーーどこへ行く!?」



ガルム兄さんが相手していたホブゴブリンが僕に流れてきた!


ーーーそうか!!!


「ーーーすみません!『魔装』に引き寄せられたみたいです!」


『魔装』は多量の魔力を纏う都合上。

『ヘイト集中』の効果が付随するのはすぐに分かる。僕の魔力にホブゴブリンが引き寄せられたんだ。

ーーーどうしてこんな単純なことを気づけなかったっ!


ウッドゴーレムの振り下ろされた腕を受け止める。

ーーー軽い。

『魔装』で向上した筋力が容易にウッドゴーレムの1撃を受け止めた。

僕はさらに力を込めて、ウッドゴーレムを弾き返す。

ーーーウッドゴーレムが尻餅をついて倒れた。


「分かった!とにかく残りを殲滅する!セルジオ手伝え!」


「ああ。分かった!」


「ガルム兄貴!俺様を忘れちゃ困るぜぇ!全力全霊っ!『スラッシュ』ッッッ!!!」


タケルが『スラッシュ』を使いウッドゴーレムにトドメを挿した。




残るホブゴブリンにガルム兄さんとセルジオ兄さんが剣先を向けた。









「すみませんでした。深く考えず『魔装』を使ってしまいました・・・」


僕はウッドゴーレムにナイフを突き立て魔石を取り出しながら、ガルム兄さんに謝罪した。

ガルム兄さんも隣でホブゴブリンを解体している。


「いやかまわん。久しぶりの合同探索だ。互いのヘイトを意識するのに慣れていないのは仕方が無い」


ガルム兄さんは苦笑いしながら口にした。


「それより『ウッドゴーレム』はどうだった?アレンたちだけでも戦えそうか?」


今回の合同探索の目的は、6階層はつかいそうの下見。

初見怪物モンスター、『ウッドゴーレム》』と実際に戦闘して6階層を攻略できそうか確認することも目的の1つだった。


「はい。僕でもタンクとして十分に受け持てそうです」


『ウッドゴーレム』の1撃の威力は『ホブゴブリン』にやや劣る程度だった。

攻撃速度も遅かった。

木製の体躯は堅かったが、僕たちパーティにはタケルがいる。

タケルの『スラッシュ』があれば、問題はない。

ウッドゴーレムの急所の『魔方陣』を消して倒すこともできる。


「6階層からの初見怪物モンスターはあとは『スナイパータートル』だけだが…。あいつは『希少怪物レアモンスター』だからな。今回の探索で遭遇できるかどうか…」


「初めての遠距離攻撃怪物モンスターですね……」


『スナイパータートル』は6階層から出現する怪物だ。

滅多に遭遇できない『希少怪物レアモンスター』の1種としても知られている。

初級階層唯一の『遠距離攻撃怪物モンスター』。

甲羅に付く砲塔から体内に蓄えた石を射出し攻撃してくるらしい。


「『スナイパータートル』が混ざる団体との戦闘は、常にタートルからの不意の一撃を警戒する必要がある。アレンはその手の神経戦は初めてだろうから…できれば今回の探索中に1度戦わせてやりたいんだが…」


タートルとの遭遇頻度は1週間探索して1度遭遇できるか、といった具合らしい。

今回の6階層探索は3日間を予定している。

……遭遇するのは難しいだろう。


「アレンの器用さがあれば問題ないと思うが、タートルと遭遇したら気をつけろよ」


「はい」


僕はウッドゴーレムから魔石を取り出す。

ウッドゴーレムの骸が砂に変わった。

ウッドゴーレムの素材アイテム、『ウッドゴーレムの魔魂』が砂から顔を覗かせている。

僕は素材も手に取り、ガルム兄さんに手渡す。


「先の戦闘を見た所感だがーーーお前たちのパーティの安定さがあれば6階層の攻略を行ってもいいだろう。よくここまで成長したな、アレン」


「……兄さんたちのお陰です。僕たちだけの力では……こんなに早く6階層まで来れてません…」



本当に兄さんたちのお陰だ。

兄さんたちが僕たちを鍛えてくれたから…僕たちは6階層ここまでこれた。

兄さんたちのように全て独学で探索者になっていたら……今頃僕たちは死んでいただろう。



「本当にありがとうーーー」


僕が兄さんに頭を下げようとした瞬間。












『ーーーうわぁぁぁ!』




ーーーズドンッ!!!!









ーーー通路の先から男の悲鳴と衝撃音が響いた!




「ーーー全員警戒!」


ガルム兄さんが通路先の十字路を凝視しながら叫んだ。

全員解体の手を止め、武器を握る。


……緊急事態……。


手に汗が湧く。


「ーーーなんだよ!?さっきの悲鳴はよ!?」


「阿呆!静かにしてろッ!」







ーーーズシンッ!ズシンッ!ズシンッ!!!







通路先の十字路から音が届いた。

連続する振動。



ーーーこれはーーー足音だ……!!!



……それもかなり巨体の怪物モンスターのっ……。






全員が武器をさらにきつく握りしめた……。

剣を、盾を、杖を……。

音が聞こえる先ーーー十字路を凝視して耳を澄ませる……。



「…………」



ゴクリッ……。

僕は湧き出る唾を飲み込む…。


額に汗が垂れる……。






「……来るぞ…」


息も忘れて十字路を凝視していると……セルジオ兄さんの呟きが響いた…。


僕はさらに強く十字路を凝視する。






十字路の曲がり角からーーー『そいつ』は現れた。





『3mに及ぶ巨躯』。

腹は脂肪でパンパンに膨れている。

対して腕と足は強靱な筋肉で盛り上がっている。

肩に担ぐ『血に濡れた石斧』が魔光石の光りを鈍く反射した。



なによりーーー特徴的なのが『豚頭から伸びる2本の大牙』。







「ーーー『猛牙豚オーク』ッ……!」






僕は怪物の外見から正体を暴いた。

猛牙豚オーク』については酒場で話を聞いたことがある。


ーーー凄まじい怪力と耐久力を持つ怪物モンスター



ーーー『7階層以降』から出現する中級階層7~12階層怪物モンスターだと。


中級階層は……lv2のDランク探索者が活躍する階層だ。……なぜ中級階層の怪物が6階層初級階層にいるのか…。






「……『異常個体イレギュラー』。」


後方のシュリ姉さんがポツリと呟いた。





異常個体イレギュラー』。

迷宮ダンジョン内の、ある箇所の魔力が異常に濃くなり、本来その階層にいないはずの『高位の怪物モンスター』が湧くことがある。

上位階層にいるはずの格上の怪物が下位階層に湧く異常事態。

湧いた個体は『異常個体イレギュラー』と呼ばれる。


異常個体イレギュラーは探索者にとってーーー死を運ぶ悪魔だ。



偶然遭遇した場合ーーー死にもの狂いで逃げる・・・・・・・・・・しかない。



「……どうするガルム。どうやって逃げる?」


……セルジオ兄さんがガルム兄さんに問いかけた。

……猛牙豚オークはまだ僕たちに気づいていない。

恍惚とした表情で口の中の『何か』を咀嚼している。

逃げるなら、食事に集中している今しかないっ……!!!






「ーーーいや、逃げるのは男らしくないだろ?」



ーーーガルム兄さんの予想外の応えに全員が目を見開いて驚いた。

僕は驚愕に促され、猛牙豚オークから目を離しガルム兄さんを見てしまう。


ガルム兄さんはーーーニヤリッと笑っていた。



「ーーーセルジオ、俺たちは『門番』に挑むんだ。門番に挑む前の肩慣らしには丁度いいんじゃねぇんか?」




ーーー猛牙豚オークの目が僕たちを捉えた。




「……そうかもな」


ーーーセルジオ兄さんが笑った。











『ーーーブモォォォォォォ!!!!!!』




猛牙豚オークの咆吼を合図にーーー兄さんたちと猛牙豚オークとの激戦の幕が切って落とされた。










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