第25話 異常個体 Ⅱ









合同探索開始から2日が経った。

僕と兄さんたちは順調に迷宮を潜り進んで、5階層にまで辿り着いていた。

5階層を進み続けて数時間が経った。

僕は今、兄さんたちの連戦を『見学』していた。


『迷宮通路の十字路』

進んできた通路を除く、3本の通路に運悪く怪物モンスターが潜んでいた。

ーーー3組の団体が合流し、怪物が合計14体。

怪物の大群パレード』と言っても差し支えない数だ。


兄さんたちは怪物の大群相手に戦っている。

ガルム兄さんの指示で、僕たちは戦闘に参加していない。

ガルム兄さんは『この程度問題じゃない』と言い、僕たちを通路脇に待機させた。


ガルム兄さんは盾を構え、『ヘイト集中』により怪物の大群パレードの全攻撃を一身に受けている。

セルジオ兄さんはガルム兄さんタンクへ意識を向ける怪物を1体1体奇襲し、確実に仕留めている。

シュリ姉さんは『アクアアロー』を放ち、ガルム兄さんへの奇襲を試みる怪物を牽制している。

ーーー安定したパーティ。

誰が見てもそう答えるだろう。


ーーーセルジオ兄さんの1刀で徐々に地面に転がる肉塊が増えていく。


セルジオ兄さんの一太刀で『キルラビット』の体躯が地面に落ちた。

これで3体目だ。

セルジオ兄さんが次に『ゴブリン』に狙いを定めた瞬間。


ーーーダッダッダッ!!!


『ギャアァァァ!!!』

僕たちの背後から野蛮な足音と吠声が聞こえた。

音源に向かって顔を向けると、こちらに迫る怪物共の援軍が見つけたっ!


「ーーー兄さん!後ろからも来ました!ホブゴブ2、ワイルドボア1、ウルフ1です!」


戦闘中の兄さんたちに報告して、僕はタケルとユリアの前に出るっ。

2人の守るために怪物共に盾を構える。

ガルム兄さんは僕に待機を命じたけど、迫りくる怪物の援軍あいつらが加わったら、流石に兄さんといえど厳しいだろうと、自分で判断して『ヘイト集中』を発動しようとするとーーー。



「ーーーアレンたちは手を出すな!まだまだ余裕だ!自分たちの身の安全の確保だけに努めてくれ!」



ーーー兄さんの叫びが届いた。

僕は振り返って、戦闘中の兄さんを見る。


ーーー兄さんは盾と剣を振り回し、迫る怪物共を一蹴していた。


剣の一振りで怪物を一刀両断した。

盾の一振りで突進した怪物を叩き潰した。


兄さんの防御はーーー攻撃と化していた。

兄さんはーーー僕にニヤリと不敵な笑みを向けていた。



「ーーー分かりました」



僕は構えていた盾を下ろし、通路脇の凹みにタケルとユリアと共に身体を隠す。

兄さんの『ヘイト集中』に中てられた怪物共は僕たちに気づかない。

駆け抜けて、ガルム兄さんに向けて突進した。



「これで18体目か!だがまだまだ!男の戦闘としては足りないくらいだ!」



ーーーガルム兄さんの盾と剣が舞う。

ーーー剣の1振りで数体の怪物が両断された。

ーーー盾の1振りで数体の怪物が吹き飛ぶ。


ーーーまさしく一騎当千。


ーーー『LV2』。



ーーー縦横無尽に振るわれるガルム兄さんの豪腕は、数十にも及ぶ怪物を寄せ付けなかった。







終戦。

結局僕たちが凹みに隠れた後にも、さらに2団体怪物が合流した。

『合計27体』。

地面に転がる肉塊の山。

肉塊が垂れ流す血の池はもはや『湖』のようだ。辺り一面に広がっている。


連戦は数十分にも及ぶ激闘だったが、ガルム兄さんの余裕は消えていない。

兄さんは戦闘中、兄さんの魔法、『鉄壁』すら使わなかった。

鉄壁きりふだを切らず『怪物の大群パレード』を乗り切ってしまった。


時には10体の怪物からの一斉攻撃を受けていた。

にもかかわらずガルム兄さんに怪我は無く、息も上がっていない。

仁王立ちで戦場に立つ。


僕の知るガルム兄さんはーーーこれほどではなかった。

これがーーーLV2の実力。



「ーーーはぁはぁ……。さすがLV2だな。この連戦で息が上がらないのか、ガルム……」

「……ずるい。LV2。」



ビシャンッ。

激戦を終えて、体力の尽きたlv1のセルジオ兄さんとシュリ姉さんは地面に腰を下ろした。

大きな疲労に血の湖に沈むのも気にしないようだ。

2人は荒い呼吸を繰り返している。



「お前たちも俺と同じだけの戦闘をこなしてきたんだ。LVが上がるのはすぐだ。気づいたらLV2になっているさ」



ガルム兄さんはセルジオ兄さんとシュリ姉さんに手を貸しながら笑った。

2人は兄さんの手を借りて、杖と剣を支えに立ち上がった。

そのまま怪物の解体作業に移った。


僕は手近な怪物を解体して得た魔石を手に、兄さんに近寄る。

『ホブゴブリン』に解体用ナイフを突き立てる兄さんに魔石を差し出す。



「ーーー兄さん、魔石です。それと『狼皮』も落ちました」

「ああ。悪いな」



兄さんが魔石と『狼皮』を受け取り、腰の腰の布袋に収めた。



「さっきの戦闘……本当に凄かったです」

「ふ。ただ単純にlvのお陰だ。LVが上がればアレンも出来るようになる」



兄さんは苦笑いしながら謙遜した。



「……兄さん、LVが上がった時はどういう状況だったんですか?」



僕は前から気になっていたことを兄さんに尋ねる。

気になってはいたけど、聞く機会が無かった。

でも今回の尋常でない戦闘を見て、改めてLVについて気になった。


……僕も早くLVを上げたい。

……ガルム兄さんとの夢を早く叶えるために。

LVを上げる『近道』を期待しながらガルム兄さんに尋ねた。



「お!それ俺様も聞きてぇ!俺様のLVが上がれば無敵だかんな!」



タケルが『キルラビット』の解体の手を止めて駆け寄ってきた。

ガルム兄さんは顎に手を添えながら口を開いた。



「そうだな……。LVが上がったのは6階層で『ウッドゴーレム』と『コボルト』の団体に襲われていた時だ。順調に1体ずつ倒していって最後の『コボルト』を倒した時だ」

「突然、『燃えるような熱』を全身に感じた。すぐに熱は収まったが…たぶんあのときにLVが上がったんだろうな…」



ガルム兄さんは思考の海に沈むように己の手の平を呆然と見つめながら呟いた。



「ーーーうぉぉぉ!俺も早くLV上げてぇぇぇ!!!」

「……激戦の後にLVが上昇しやすいという噂もありましたが……やはりlv上昇のタイミングは、lv上昇時に戦っていた怪物モンスターの強さとは関係ないんでしょうか?」

「どうだろうな…。あくまで俺の場合はそうだっただけだ。偉い学者様はLV上昇について調べてるらしいが、そういう情報は貴族様が独占しているからな……」



裕福な貴族様方は豊富な金銭を以て、多くのlv2以上の騎士様を抱えている。

貴族様ならLV上昇に関する知識も多く持っていることだろう。


でも…その手の情報は僕たち平民には流れてこない。

貴族様方が自衛のために独占していると、もっぱらの噂だ。



「……今回の探索でシュリとセルジオのLVも上がってくれたら文句はないんだがな…」



ガルム兄さんは解体を続けるシュリ姉さんとセルジオ兄さんに視線を向けて呟いた。



「ーーー兄貴っ!俺様のlvもだろ!!??」

「ふ。タケルたちは探索者を初めて1年も経っていない。LVは当分上がらんさ」



ガルム兄さんが慰めるようにタケルの肩を2度叩いた。



「ガルム、魔石だ」

「……魔石。」

「……兄さん、魔石…」



セルジオ兄さんとシュリ姉さん、ユウカの順でガルム兄さんに魔石を差し出した。

全員が解体を終えて、一度に集合した。



「ああ。……疲れていたら休憩するが、どうする?」



見回すと地面に転がっていた怪物の山が全て消えていた。

僕と兄さんが話し込んでいる間に解体を終えてくれたようだ。

ガルム兄さんが全員から魔石と素材アイテムを受け取りながら尋ねた。



「問題ねぇ!さっさと進もうぜ兄貴」



全員でタケルに同意して頷いた。



「よし。なら進もう」



全員で通路の脇に置いたリュックを背負う。

ガルム兄さんの先導で通路を奥に進んだ。












「ーーーにしても5階層も結局大したことねぇな!ホブゴブも俺様のスラッシュで一撃だったしよ!」



タケルが機嫌良さそうに歩を進めながら口を開いた。



「慢心するな阿呆。ホブゴブリンは本来強力な怪物モンスターだ。アレンがホブゴブリンの攻撃をしっかり抑えているからお前は簡単に感じているだけだ」



セルジオ兄さんがタケルに小言を漏らした。



「アレン程度で抑えられるなら俺様なら超余裕ってことだな!」

「ド阿呆。なぜそんな自意識過剰なのだ」

「アレン、なんなら次俺様がタンクしてやろうか?タンクもアタッカーも両方こなしてやるぜ?」

「……呆れて物も言えん」



セルジオ兄さんが顔を顰めて頭を抑えた。



「……確かに5階層が恐れられている理由はホブゴブだけではないな」



ガルム兄さんがふと呟いた。



「ん?どういうことだよガルム兄貴?」

「『幻惑蛾ファントムモス』ですね」

「ああ。そうだ」



兄さんがよく調べているな、と僕を褒めてくれた。



「『ふぁんとむもす』?そんな怪物モンスターいんのか?お前そんな奴のこと話してねぇよな」



タケルが素っ頓狂な表情を浮かべて僕に尋ねてきた。


迷宮の情報収集は僕とユリアの担当だ。

短気で率直すぎるタケルは情報収集に向かない。

僕は酒場での人伝の情報収集。

人見知りのユリアには探索者ギルドの資料庫での情報収集をお願いしている。

自分で情報収集しないタケルは僕から聞いた情報しか知らない。

だから当然ファントムモスのことも知らなかった。



「はい。僕たちが遭遇することのない怪物ですから」

「は?超珍しい怪物ってことか?にしたって5階層何回も回ってたら会うことあんだろ」



タケルが頭に?マークを浮かべながら僕に尋ねてきた。



「いえ。ファントムモスは所謂『固定怪物モンスター』なんです。だから僕たちから敢えて出現場所に向かわなければ遭遇することはありません」

「『固定怪物』?」



タケルがさらにその顔に???マークを浮かべた。

ーーーあぁ、そういえば固定怪物のこともタケルには説明したことがなかった。

僕は、探索者にとっては常識・・といえる知識を知らないタケルに苦笑しながら頭を掻く。



「その程度のことも知らないのか、阿呆」

「グッ!!!お、俺様は戦闘担当だから別にいいんだよ兄貴!!!」

「固定怪物はその名の通り、迷宮内の一区画から離れることがない怪物モンスターの総称です。挑戦の間から出ない門番が固定怪物の代表ですね。固定怪物は生息階層の怪物の数段上の強さを持ちます。ファントムモスは固定怪物の中で最も浅い5階層に生息する固定怪物です」

「……へ、へぇぇぇ。固定怪物ねぇぇ。……じ、実は知ってたけどなっ!!!」



……僕の説明にタケルはうそぶいた。その目は…彼方を向いている。



「……ちなみに、固定怪物は討伐すると必ず怪物の素材アイテムを落とします。幻惑蛾ファントムモスの素材は『幻惑蛾ファントムモスの鱗粉』ですね。買取りで半金貨50万は下らないと聞きます」



僕の言葉にタケルがーーー思い切り目を見開いた。



「ーーーは、半金貨50万円!!!???」



タケルが驚愕して僕の胸倉を掴んだ。

ブンブン。

持ち上げられて振り回された!?



「な、なんでそんなたけぇんだよ!それより今すぐそこ向かうべきだろ!そんな怪物いんのになんで黙ってた!!!」

「ーーー痛いです!振り回さないでください!こうなると思ったから黙っていたんです!」



僕はタケルの手を叩きながら叫ぶ。

い、いたい……。遠慮しなさすぎですよ…。

ガルム兄さんがタケルを止めてくれた。



幻惑蛾ファントムモスは凶悪な怪物だ。|幻惑蛾の鱗粉が高値で売り買いされている理由は、それだけ素材アイテムが出回っていないということ。ーーーつまり挑んだ探索者の多くが返り討ちに合って殺されていると言うことだ。アレンは危ない橋を渡らないように行動しているだけだ」



ガルム兄さんはタケルを落ち着かせながら口を開いた。


……5階層まで到達した初級探索者は得てして慢心・・している。

数ヶ月以上迷宮を探索して生き残ってきたんだ。

5階層まで到着した自分に自負プライドを持つ。

その慢心プライドが恐怖を鈍らせる。


初級探索者は総じて貧しい。初級探索者が攻略する初級階層1~6階層には珍しい魔石や怪物の素材アイテムがないため、初級探索者が迷宮で獲得したものは二束三文で取引される。迷宮に潜っても1日1人当たり5銅板5千円程度しか手に入らない。毎日の住居代と飲食代と酒代、それに雑貨の費用に費やせば尽きるような額だ。

当然蓄えなんて持てず、初級探索者は毎日ギリギリを生きる生活を過ごす。


慢心プライドを持ち始め、お金に困る初級探索者はの話を聞き、『自分なら』と考える。

そして幻惑蛾に挑みーーー迷宮に殺される。


そんな初級探索者の愚行の噂は酒場では絶えない。

良い肴、笑い話として受け継がれている。


……情報収集をする僕はその手の話題を何度も・・・聞いた…。



「……そ、そういうことかよ。先にいえよアレン」



タケルがやっと僕から手を離した。



「言う前に掴みかかってきたじゃないですか……」


「お前のような阿呆で調子に乗った探索者が幻惑蛾ファントムモスに挑み消えて・・・いくから、5階層での死者は多いのだ。だからこそ……『5階層』は恐れられているのだ」










セルジオ兄さんの呟きを残して、僕たちは6階層への道程を進んだ。







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