第24話 異常個体 Ⅰ







洞窟階層。

茶色の大地に横穴を掘り、固めたような洞窟が延びる。

壁から顔を覗かせる白い水晶、魔光石が洞窟内を照らしている。


迷宮ダンジョン1階層。

僕たちパーティと兄さんたちパーティ、合わせて『6人』で『探索者ギルド』から地下へ伸びる階段を降り、迷宮に到着した。

迷宮ダンジョン1階層の広間は僕たちと同じように迷宮探索に来た初級探索者で溢れていた。

彼らは広間から伸びる10本の通路にそれぞれ入っていく。




プネウマの花畑へのピクニックが終わった翌日。

僕たちパーティと兄さんたちパーティで合同パーティを組み、迷宮探索に来ていた。

兄さんたちとの合同パーティは久しぶりだ。

たぶん3ヶ月振りくらいだろう。


僕たちは普段、兄さんたちの足を引っ張らないために3人パーティで攻略している。

でも今回は兄さんたちに6階層はつかいそう下見を誘われて合同パーティを組んだ。

兄さんたち曰く、|5階層(ホブゴブリン)を攻略できたのなら6階層も攻略できるだろうということだ。


兄さんたちは門番戦に向けて新調した装備に慣れるための攻略だ。

ガルム兄さんは新品の軽金属鎧を着込み、セルジオ兄さんは新調した黒い鞘の両手直剣を腰に下げている。



「よっしゃぁぁぁ!久しぶりの迷宮だぜぇぇぇ!!!」



タケルが通路を進んでいる中、突然叫んだ。



「ーーー待ってろよ!俺の獲物たちモンスター!!!」



腰から剣を抜き、通路の奥に剣先を向けた。



「騒ぐな阿呆。|怪物(モンスター)が寄ってくるだろう」



セルジオ兄さんがタケルの頭を小突いてくれた。



「1階層の怪物なんて俺様にかかれば小指で相手できるぜ!細かいこと気にしすぎなんだよ!セルジオ兄貴は!」



タケルは背負う大きなリュックを揺らしながらセルジオ兄さんに並んだ。

勢いそのままセルジオ兄さんを追い越した。





「アレン、どうした?浮かない顔だぞ」



僕は背負うリュックと革鎧を揺らし、『考え事をしながら』歩を進めていた。

心ここにあらず。

その様子をガルム兄さんに悟られてしまった。

ガルム兄さんが僕の肩に手を乗せて尋ねてきた。



「……カルロスのことを考えていました。結局…今朝けさも話せませんでしたから……」



僕は昨日花畑で泣き悩むカルロスを慰めた。

僕がカルロスに声をかけて、表面上カルロスは笑顔を浮かべた。

悩みを晴らしたように笑った。


でも…僕には、カルロスの悩みを晴らしきれたと思えなかった。

カルロスの瞳にはまだ不安が蠢いていた。

今にも泣き出しそうな悲壮さが隠れていた…。


侯爵様が貸してくださった貸切馬車をいつまでも待たせるわけにはいかなかったから、あの場は立ち上がったカルロスをすぐに馬車まで誘導した。

カルロスは表面上・・・には笑みを浮かべて馬車に乗り込み、孤児院に着いた後も笑いながらご飯を食べてすぐに布団に入っていった。


僕は時間がなくて、今朝も明るく振る舞ってたカルロスに声をかけられなかった。

でも…僕にはどうしてもカルロスがまだ悩みを抱えているように見えた。


僕が『西の廃墟街スラム』にいた頃に身につけた『観察眼』が……カルロスの悩みの陰を捉えていた…。

どうすればよかったのか……。

僕は昨日のカルロスを思い出しながら…ガルム兄さんに漏らす。



「カルロスも男だ。家族とは言え悩みを漏らしたくないんだろう。男らしく育ってきた証拠だ」



ガルム兄さんが僕の肩を叩き、ニヤリと笑った。



「……僕が、カルロスの悩みを解決しようと思うのは…間違いなんでしょうか?」



俯きながらガルム兄さんに悩みを吐露する。



「……弟の悩み全てに手出しするべきじゃない。頭のいいアレンなら分かるな?」



ガルム兄さんは驚いたように目を見開いてすぐに答えてくれた。



「はい。……カルロスの成長のために自力で乗り越えられる壁はカルロスに乗り越えさせるべきですから」

「そうだ。そうして男は、男らしい我慢強い人間になる。だが一方で1人では乗り越えきれない壁もある。乗り越えきれない壁は人によって違う。誰かにとっては容易な壁も別の人からしたら困難な物であることがある。その見極めが手助けする人には必要だ」



兄さんは重いリュックを揺らし歩を進めながら答えた。



「……兄さんなら、カルロスを助けますか?」



僕は兄さんに尋ねる。




「ーーー助けない」




ーーー!?

予想外の兄さんの言葉に驚く。



「正直、俺も助けるべきか悩んでいる。ーーーだからこそ助けるか助けないかしっかり決断する。半端に助けてはカルロスの成長にならないからだ」



兄さんが僕の目を凝視した。



「ーーーもし決断できないなら、今は・・助けるな。……本当にカルロスが助けを必要としたとき、『男らしく全力で』助けてやればいい。そのときは俺も男らしく力を貸す」



僕の肩に兄さんの手が……優しく置かれた。



「……ありがとうございます、兄さん」



ガルム兄さんに相談するといつも簡単に悩みが晴れる…。あっけなく軽くなった自分の肩に苦笑いする僕に向けて、ガルム兄さんはニヤリと豪快に微笑んだ。







「……おしゃべり。終わり。」



唐突にパーティの先頭を進むシュリ姉さんが声を上げた。



「……来る。」



シュリ姉さんの視線の先を見る。

視線の先、分かれ道の通路から駆け寄ってくるーーー『ビッグラット』3匹。



『ちゅうぅぅぅ!!!』



雄叫びをあげながら僕たちに接近してきているっ!



「待ってたぜぇ!雑魚に振るうのはもったいねぇが仕方ねぇ!久しぶりの俺様のスラッシュの獲物だぁぁぁーーーグヘッ!」

「ーーー阿呆。初戦は私たちが行うと予め決めていただろう?」



セルジオ兄さんが駆け出そうとするタケルの首根っこを掴んだ。

タケルを後方へ放り投げた。



「……タケル。ほんと猪。リーダーのアレン。可哀想。」

「後ろで私たちの戦いを見ておけ。アレンとユリアはともかく、お前には良い手本になるだろう」



タケルの猪突猛進っぷりに僕が慰められてしまった。

……確かにパーティリーダーとしてタケルには毎日手を焼かされている。

……シュリ姉さんの慰めが心に染みた。


シュリ姉さんは背中に背負しょっていた『水色の杖』を引き抜いた。

続いてセルジオ兄さんも腰から片手剣を引き抜いた。

ガルム兄さんはビッグラットの突進に備えてパーティの最前線に立ち、盾を構えた。



「タケル、そういうことですから後ろに下がりますよ」

「ーーーちぇっ。フラストレーション貯まりまくりだぜ」



セルジオ兄さんに放り投げられたタケルを回収し、後方に下がる。



『ちゅぅぅぅ!!!』



兄さんたちに迫るビッグラットが吠えた。



「ーーーアレンたちに男らしいところを見せるぞ!」

「……私。女。」



ガルム兄さんの号令が坑道つうろに響いた。

シュリ姉さんとセルジオ兄さんがそれぞれ杖と剣を構え直す。



「ーーー男らしい俺を見ろっ!!!」



兄さんの雄叫びが響いた。


ーーーギロリッ。

ビッグラットの視線がガルム兄さんに集中した。

『ヘイト稼ぎ』の効果だろう。

『魔力は透明』だから他人がヘイト稼ぎをしていてもはっきりと判別はできない。

ただ怪物モンスターの動きを見れば一目瞭然だ。


ビッグラットがガルム兄さんに突進した。



『ぢゅうぅぅぅ!!!!!』



ガンッ!

先頭のビッグラットの体躯と盾が衝突した!

ガンガンッ!

続いて残り2体と盾との衝突音も響いた!



「ーーー効かんぞ!軽すぎだ!!!」



怪物の突進を受けてもガルム兄さんが怯んだ様子は無かった。

ガルム兄さんは3体目の突進を受け止めると剣を抜き、ラットを一刀両断した。



「ーーーガルムを見過ぎだ愚か者め」



セルジオ兄さんはいつの間にか1体のビッグラットの背後に回っていた。

新調した剣を構え、ビッグラットの心臓を1突き。

刺されたビッグラットはピクリッと震え、血の池を作りながら事切れた。



「……鉄を穿つ強槍を。『アクアアロー』。」



シュリ姉さんの頭上に1本の『水の矢』が生まれた。

姉さんは残った1体のビッグラットに指差した。



「……ドーン。」



ザシュッ!

鋭利な水の矢が加速し、背を向け逃走するビッグラットに突き刺さった。

豪速の水の矢を受け、ビッグラットの死体が3回バウンドした。

やっと静止したビッグラットの肉塊は仰向けで、その体躯を伸ばしていた。



「ーーー終わりだな」



ーーー30秒にも満たない戦闘。


一瞬だ。

気づいたら決着がついていた。

さすが兄さんたちだ……。

僕たちなら間違いなく1分以上の戦闘時間が必要だったろう。



「流石『鋼殻石』製の盾だな。一切傷がついていないのではないか?」

「そうだな。最高の盾だ。セルジオの剣こそ、すごい切れ味だったじゃないか」

「1層のモンスター如き一刀両断できても自慢にならん。私たちの本当の相手は『門番』だろう?」



ガルム兄さんとセルジオ兄さんが互いの新調した武器を批評していた。



「どちらもすごかったです。勿論シュリ姉さんも。僕たちではあんなに素早く3匹も倒しきれません」



僕たちは兄さんたちの元へ駆け寄る。

……本当にすごい。

僕たちではあんなにスムーズに戦えない。

これが3年間探索者を続けた兄さんたちの実力だ。

ーーーlv上昇まで成し遂げた兄さんたちパーティの実力だ。



「なに言ってんだよアレン。こんくらい俺様たちも本気出せば余裕だろ?ちょちょいってな」



後ろで戦術眼のないタケルが馬鹿なことを呟いた。



「……出来ませんよ。こんなに早く3匹も倒すなんて」

「いや出来んだろ。俺様のスラッシュがあればよ」

「阿呆。今のお前の実力では無理に決まっているだろう」



セルジオ兄さんも呆れた顔で呟いた。



「何言ってんだよ、セルジオ兄貴。俺様が本気出せば1層の怪物如き一瞬で片付けられるにきまってんだろ」

「どこから出てくるのだ、貴様のその自信は……」



タケルは自信満々に胸を張った。



「自信じゃねぇよ。事実だぜ。そんな疑うんなら見せてやんよ。セルジオ兄貴に土下座させてやんよ」

「なぜ私が土下座することになっているのかはわからないのだが、まあいい。……ガルム、アレン、次の戦闘はアレンたちに任せてもいいか?」



セルジオ兄さんが僕とガルム兄さんに尋ねた。



「俺はかまわんぞ」

「はい。僕も。ユリアもいいですか?」



ガルム兄さんに続いて僕も頷く。



「……うん…」



ユリアも頷いてくれた。



「おい、アレン!ユリア!おめぇら本気出せよ!俺様の足引っ張るんじゃねぇぞ!?」



へへへ、とタケルが笑いながら叫んだ。

ずかずかと大股で、僕たちを率いるように先頭を歩き始めた。

機嫌良さそうに勢いよく背中に背負うリュックを揺らしている……。



「すまんな。セルジオもタケルとの言い合いではたまに調子に乗る。付き合わせる」



ガルム兄さんが苦笑しながら呟いた。



「問題ありません。7日ひさしぶりの実戦に慣れておくことも必要だと思いますから」



僕もガルム兄さんと同じように苦笑しながら、タケルの背を追いかける。








やがて3匹のビッグラットの集団に遭遇した。

タケルが勢いよく飛び出し、僕たちパーティの戦闘が始まった。

当然、兄さんたちのように手際よく戦闘を終わらせることは出来なかった。





戦闘は30秒どころかーーー3分以上続いた。



ーーータケルはセルジオ兄さんに土下座した。








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