第23話 プネウマの花畑 Ⅷ
「ーーーさあ!帰りますよ~!皆!」
パンパン!
マザーが貸切馬車の元で手を叩いた。
プネウマの花畑に着いてから数時間が経った。
迷宮都市を真昼に出発したはずが、今や日が傾き始め、陽は仄かな赤みを帯び始めていた。
マザーの合図でどんどん弟妹たちが馬車に集まっていく。
『楽しかったぁぁぁ!!!』
『ほんとに綺麗だったよね~!』
『マザーマザー!これからずっとピクニックここがいい!!!』
笑顔で馬車に乗り込んでいく弟妹たち。
僕は馬車の周りに集まった弟妹の数を数える。
ーーー35。
ーーー2人足りない。
僕は辺りを見回し、もう1度人数を数える。
ーーーやっぱり35人。
誰がいないのか確認する。
いないのはーーー『カルロス』と『シトラス』だ。
……ただ集合が遅れているだけか?
ーーーいや。
カルロスは今朝まで体調を崩していた。
……孤児奴隷を見て、気分を悪くして寝込んでいた。
偶然そのカルロスの集合だけ遅れている?
……何かあったと考える方が普通だ。
また体調を崩したのか、別の理由か……。
「ガルム兄さん、カルロスがどこにいるか分かりますか?」
僕は馬車の隣に立っていたガルム兄さんに尋ねる。
僕の声を聞き、ガルム兄さんが驚いた。
辺りを見回した。
「……確かにいないな。シトラスもいない」
……カルロスは花畑に着いてから随分元気を取り戻した様に見えた。
だから安心して目を離していた。
…昨日あんなに体調を悪くしていたのに…。
カルロスがどこにいるか検討もつかない。
「辺りを探そう。俺がマザーに状況を説明して馬車を止めてもらうから、アレンは先に左手側を探していてくれ」
「はい」
僕は頷いて、ガルム兄さんに指示された方向に向かう。
辺りは夕日になりつつあるが、まだ明るい。
目を凝らさずとも辺りを見渡せる。
見渡す限りにカルロスとシトラスがいないということは、丘を越えた先にいるはずだ。
「……どこですか、カルロス?」
僕は駆け足で観光客を避けながら丘を登る。
丘を登りきり、丘を越えた先を見る。
ーーーいない。
「……どこですかっ、カルロス…?」
僕は焦りを強めてーーさらに足を速めた。
『ーーーカルロス!早く行こうよ!』
『いやだ!僕はもう少しここにいるっ!』
僕が純白の丘に敷かれた一筋の通路を駆け続けていると、遠くから聞こえるカルロスとシトラスの声に気づいた。
微かに聞こえる声を辿って、さらにもう1つ丘を越えるとカルロスとシトラスを見つけられた。
シトラスが地面に座るカルロスの手を取り、立たせようと引っ張っていた。
カルロスは抵抗して、地面に踏ん張っている。
まるで綱引きのみたいだ。
どうやらシトラスはカルロスを馬車へ連れて行こうとしてくれているようだ。
2人に近づく。
ーーーシトラスが僕に気づいた。
その顔に喜色が浮かんだ。
「ーーーあ、お兄ちゃん!」
「……兄ちゃん…」
笑顔を浮かべるシトラスと対照的に、カルロスは僕を見た瞬間……顔を顰めた。
「……カルロス、シトラス。探しました。皆心配していますよ。早く馬車に戻りましょう」
「…………………」
僕はカルロスの目を見ながら話しかける。
だがカルロスは僕から目をそらして俯いた。
僕の目を…決して見ようとしない。
「お兄ちゃん!カルロスがお家に帰りたくないって言うの!」
シトラスが僕の袖を掴み叫んだ。
僕はカルロスに視線を移して、もう1度語りかける。
「……カルロス、どうして帰りたくないんですか?」
「………………」
……それでもカルロスは僕を見ようとしない。
座りながら身体を丸めて、俯いたままだ。
「……シトラス、何があったんですか?」
「分からないの!そろそろ皆のところに戻らなきゃなって思ってカルロスに戻ろうって言ったら、突然カルロスが帰りたくないって言い出したの!」
僕はシトラスの話を聞き、今度は膝を曲げてカルロスと同じ目線になる。
そしてカルロスの目を覗きながら聞く。
なるべく優しい声音で。カルロスを安心させるために…。
「……理由を教えてください。カルロス」
「…………………」
カルロスは無言だ。
さらに身体を丸めて、収縮させた。
その様は……まるで動物の防御姿勢…。
……何かから身体を守るように…怯えるように……。
…カルロスが怯える要因。
そんなのーーー昨日見た『孤児奴隷』のことしか心辺りがない…。
「……
「!」
僕が問いかけると、カルロスの身体がピクリと跳ねた。
「ーーーカルロスどうしちゃったの!?昨日は話しかけてもすぐに寝ちゃったし、今日の朝も不機嫌だったの!今も楽しそうじゃないの!!!」
「…………っ……」
シトラスがカルロスの身体を強引に揺らした。
……シトラスの目尻には涙が滲んでいる。
僕はシトラスに手の平を向け、カルロスを揺らすのを止めさせる。
カルロスの肩に手を置く。
「……話してみてください、カルロス。…話せば楽になることもありますから」
ーーーカルロスがゆっくりと顔を上げた。
「ーーー僕は…」
カルロスの顔は…恐怖に歪んでいた。
…涙の跡、目は赤く腫れていた。
…眉間に皺が寄り、頬は湿っている…。
「……奴隷になることが、怖くて…」
カルロスが本心を吐露した。
顔を再度俯かせて呟いた。
「……カルロスが奴隷になることはありません。今の孤児院はガルム兄さんたちの稼ぎのお陰で安定しています。カルロス自身がマザーの言うとおりに偉い子でいれば奴隷になることは絶対にありません」
僕はーーーカルロスを抱きしめながら安心させるために小さく呟く。
…マザーの真似をして頭を撫でながらカルロスの頭を胸に抱える。
「……違う、違うんだよ兄ちゃん…」
それでもカルロスの悩みは…晴れきらないようだ。
カルロスが『絶望の表情』で僕を見上げた。
僕は…無理矢理笑顔を浮かべてカルロスに優しい声音で話す。
「……もしカルロスが奴隷になるようなことがあっても僕が必ず助けます。絶対に助けますから」
「……ほんとっ…?」
……カルロスが顔を上げた。
……『救いを求めるような目』が僕を捉えた。
僕の夢は…『全ての孤児を救うこと』。
そんな無謀な夢を掲げる僕がーーー家族1人救えないで、何をほざける。
「ーーーはい。僕だけじゃなくて
…何があっても助けるよ。
…何があっても。僕はさらに強くカルロスを抱きしめる。
なにがあっても絶対に助けると、誓いながら……。
「……………………」
僕の思いが通じたのか、カルロスの表情が落ち着いた。
目から悲壮さが抜け、眉間の皺も消えた。
「……落ち着きましたか?」
僕はカルロスを覗きながら口にする。
「……うん…」
カルロスが僕を見上げながらーーー笑顔で答えた。
目尻を赤く腫らしながらも。
頬を涙で濡らしながらも
ーーー満面の笑顔だった。
ーーーだけど。
カルロスの目にーーーまだ
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