第22話 プネウマの花畑 Ⅶ
タケルの呼び出しに応じて丘を下る。
『純白の絨毯』に延びる『茶色の通路』を駆け足で下る。
駆け回る弟妹に何度か捕まりそうになりながら、なんとかシュリ姉さんの元に着いた。
「シュリ姉さん、どうしたんですか?」
シュリ姉さんの元には、ガルム兄さんとセルジオ兄さん、ユリアがいた。
シュリ姉さんは『ユリアの腕』を掴んでいた。
拘束されているユリアの頬には心なしか朱が差し込んでいた。
シュリ姉さんが、ユリアの手を強引に僕に差し向けた。
「……アレン。ユリア。一緒。いるべき。」
「……シュ、シュリお姉ちゃん…ちょっと…」
ユリアがシュリ姉さんの肩をポンポン叩き抵抗していた。
「何を恥ずかしがっているのだ、ユリア。アレンと一緒に花を見るだけなのだ。楽しんでくればいい」
セルジオ兄さんが笑いながらユリアをそそのかしている。
……絶対に楽しんでいるな。
「ーーーアレン、男らしくお前から誘え」
ガルム兄さんもニヤリと笑いながら口を開いた。
背中を押された。
背中を押された勢いでユリアに近づく。
もちろん僕は、ユリアとプネウマの花を見ることに否はない。
ただ……兄さんと姉さんの視線が気になる。
……楽しんでいるような、からかうような視線。
僕を玩具にする気だよな……。
「……はい…」
溜息をつきながら、ガルム兄さんに返答する。
そんなに楽しみたいなら付き合ってあげますよ……と開き直りながらユリアと正対した。
今日のユリアは…いつにも増して綺麗だ…。
鮮やかなな桃色の髪に似合う、『薄桃色のワンピース』を着ている。
髪も丁寧に手入れしたみたいで、いつも以上にサラサラだ。
僕がユリアを見ていると、ユリアが恥ずかしそうに身体を捩った。
……僕はユリアに手を差し出す。
イメージとしてはーーー騎士様の姫への誓い。
昔本屋で立ち読みした絵本に描かれていたーーー騎士の誓い。
僕は地面に片膝をつく。
地面を向き、首を差し出して最敬礼の体勢を取る。
ユリアへさらに手を近づける。
「ーーーユリア、僕と一緒に回ってくれますか?」
『おおー!』
ガルム兄さんたちから驚嘆の声が上がった。
ーーーどうやらお眼鏡には叶ったようだ。
僕は内心で苦笑しつつ、ユリアの返事を待つ。
「……いいの…アレン…?」
僕の首に落ちてきた細い声。
僕は地面に額を向けながら、口を開く。
「もちろんです…。ユリアさえよければ…」
「………うんっ…!」
僕の手にーーーひどく柔らかく温かい手の平が置かれた。
僕は表を上げた。
ーーー目尻に涙を浮かべるユリアがいた。
僕は固まる。目を見開く。
頬が急速に熱を帯びるを感じた。
ーーーその表情に見惚れてしまった。
ーーーまただ。
ーーーまた……ユリアに
『ヒューヒュー!』
『いいなぁ~!ユリアお姉ちゃん!!!』
唐突な声に驚き、硬直が解けた。
ーーーいつの間にか年少組が僕たちの周りに集まってきていた。
野次馬精神旺盛で、僕とユリアを遠くから見張っていたみたいだ。
弟たちは下手な口笛を鳴らしていて、妹たちは姫役のユリアを羨んでいるみたいだ。
僕は欲望に素直な弟妹たちに苦笑する。
このくらい可愛いものだ。
でも、シュリ姉さんは許せなかったらしい。
「……邪魔する奴。ミンチ。岩石をも貫く強槍を。『アクアアロー』。」
『ーーーげっ、シュリ姉が怒った!!!』
シュリ姉さんの魔法、『アクアアロー』が発動して、姉さんの頭上に『水の塊で出来た鋭い矢』が5本発生した。
待機状態で宙に浮かぶ『水の矢』の矛先が年少組に向いた。
それを見た年少組は蜘蛛の子が散るように逃げ始めた。
シュリ姉さんは逃げる年少組を追いかけて行ってしまった……。
「まったくシュリの奴め……。タケルの阿呆とは違うのだから加減をしろというのに」
「アレン、ユリア。俺たちが男らしく年少組のことは見ておく。心配せず楽しんでこい」
ガルム兄さんとセルジオ兄さんに背中を押された。
「お願いします、セルジオ兄さん、ガルム兄さん」
僕は振り返ってユリアの方を見た。
ユリアも僕を見ていた。
「ーーーそれでは行きましょうか、ユリア」
「……うんっ…」
僕たちは兄さんと別れてから通路を歩きながら、一緒に『プネウマの花』を観賞した。
少し歩いていると……シトラスと笑顔で遊ぶ『カルロス』の姿が目に入った。
本当に体調はよくなったみたいだ。カルロスは元気よく走っていた。
「カルロス、元気になったようでよかったです。シトラスが元気づけてくれたみたいですね」
「……昨日シトラス、カルロスを心配してた…」
走り回るカルロスを見ながらユリアと話す。
「二人は本当に仲いいですから。きっとシトラスがカルロスの不安を解消してくれるでしょう」
ユリアを見る。
そのとき、ユリアの耳に光る『イヤリング』にやっと気づいた。
ーーー『ピンクゴールドのイヤリング』。
僕がユリアに贈ったイヤリングだ。
「?」
ユリアが僕の視線に気づいて首を傾げた。
「……僕が贈ったイヤリング、つけてくれたんですね」
ユリアが目を見開いて、耳を触った…。
イヤリングを優しく撫でている。
「……うん…アレンが、私のために買ってくれたものだから…。……大切に、してる…」
「……嬉しいです。ありがとうございます」
「……うん…」
「……綺麗…」
僕たちはさらに花畑を進み、もう1つ丘を越えた。
丘の先にも『プネウマ』が育っていた。
広がる『純白の花畑』。
「そうですね。先代侯爵様がどうしても『プネウマの花畑』をプレゼントしたかった理由が分かります」
僕たちは空席の長椅子を見つけた。
「あそこに座りましょうか?」
「……うんっ…」
ユリアと横並びに座る。
眼前に広がる『純白のプネウマの花』を一緒に眺める。
「………………」
「………………」
僕たちはただ2人『手を繋ぎながら』、無言で花畑を眺め続けた。
『ーーーねぇねぇガルム兄ちゃん、なんで2人とも静かなの?』
ふとーーー僕の耳に背後から声が届いた。
『本当に通じ合っている2人は、無言でも互いの伝えたいことが分かるんだ。男らしいだろう?』
『そうなの??ねぇねぇシュリ姉ちゃん、それって男らしいの?』
『……ガルム。意味不明。』
『ふふふ。私にもそろそろ孫ができるのかしら。初孫かしら?』
『マザーっ。1度落ち着いてくださいっ。……鼻息が大きすぎて2人に気づかれてしまいますっ…』
『マザーマザー!僕もみたい!』
『私もみたい!みたい!早く退いてよマザー!』
『ーーーだめですっ。8歳以下の子は見ちゃだめです』
「………………」
……隠れるならバレないように隠れて欲しい…。
僕は気づいてしまった家族の存在に頭を掻く。
……1度気になると、とことん気になってしまう。
僕は背後に隠れる家族を気にしつつ、花に集中している振りを続ける。
……ユリアも後ろのマザーたちに気づいたみたいだ。
どう見ても眼前の花に集中していない…。
ユリアが困ったような表情で僕を見た。
僕も苦笑いしながらユリアに顔を向ける。
『ーーー!?。キス。かも。』
『なに!?男らしくいけアレン!!』
『あらあらあら!本当に初孫が近いかも!」
『マザーッ!本当に顔突き出しすぎです!それ以上近づくと本当に気づかれてしまいますッ!!!』
『えー!?キスってちゅーのことでしょ!?』
『僕も!僕もみたい!!!』
『次は私が見るの~!!!マザーマザー次私だよ!!!』
『ーーーだめです!ここからは12歳以下の子も見ちゃだめです!!!』
「……勘違いされちゃいましたね」
「………………」
ユリアが顔を真っ赤に染めて俯かせた。
そのとき。
「お~いセルジオ兄貴!!!そんな集まって何してんだよ!!??」
『!?』
タケルの大声が背後から届いた!
ザザ!
背後から物音が響いた。
僕はタケルの声に反射的に振り返ってしまった。
ーーー1人隠れそびれた様子のマザーと目が合った。
マザーは固まって瞬きを繰り返していた。
……なんて声をかければいいんだろう。
僕は苦笑いしながら、思考する。
「………ふふふ。『プネウマ』って綺麗よねぇ……」
……そそくさ。
マザーは口に手を当てて態とらしく笑った。
そして、優雅に丘の先まで去って行った……。
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