第21話 プネウマの花畑 Ⅵ
『ーーー見えて参りました!マリア第8孤児院の皆様!あちらに見えるのが『プネウマの花畑』ですっ!!!』
『うわぁぁぁぁぁ!!!』
ピクニック当日。
僕たちは迷宮都市の東門を出発して20分ほど馬車に揺られた。
馬車が丘を登りきると、目の前に『真っ白な丘肌』が出現した。
『純白の丘』
馬車から顔を出すと視界に広がる白さに目がチカチカする。
よく目を凝らして遠くを見ると、その純白が1輪1輪の花『プネウマ』で構成されていることが分かる。
百合の花のような花々だ。
それが何万、何十万と密集し純白の絨毯となり、遠くの丘に敷かれている。
馬車内から歓声が上がった。
侯爵様が用意してくださった『貸切馬車』内には、孤児院の家族と案内の『ピエロ』さんしかいない。
家族全員のわくわくした声が響いた。
『プネウマの花畑は、84年前、当時まだ独身であった先代侯爵様が、伯爵家のご令嬢であった奥様へのプロポーズのプレゼントとして送るために作られました。建設時には『プネウマ』のあまりの繁殖の難しさに何度も失敗を繰り返したそうですが、先代侯爵様は決して諦めず、2年の月日をかけプネウマの花畑を完成させました』
『白塗りの顔』と『赤い鼻』。
ピエロさんが揺れる馬車を回りながらプネウマの花畑について話した。
流石プロだ。
大仰で奇天烈な動きは年少組の心を掴んでいる。
プウプウ♪
ピエロさんが1歩1歩歩く度に足から面白い音が響く。
それにつられて年少組は爆笑した。
ピエロさんは赤い鼻をスンと鳴らして、『魔拡声器』を掴んで話を続けた。
『プロポーズ当日、奥様はプネウマの花畑のあまりの雄大さ、可憐さに声を呑まれ、即座にプロポーズの返事をできなかったと言います。しかしそれほど大きな愛を示してくれた先代侯爵様に奥様は心を奪われました。先代侯爵様はプロポーズ以後も奥様と共に大切に花畑を管理しました』
ピエロさんは左手、右手を広げ、大切に胸に抱きかかえるポーズをした。
おそらく、先代侯爵様と奥様が共に『プネウマの花畑』を大切にしたことを伝えようとしてるのだろう。
シリアスなシーンだ。
侯爵様のプロポーズの結果を伝えるシーンなんだから。
ーーーそのとき、馬車が揺れた。
ーーープウプウッ♪
ピエロさんがよろめき、足からまた奇天烈な音が響いた。
『ーーーおっと失礼』
ウインクをして戯けるピエロさん。
年少組が笑った。年長組もつい、笑ってしまっていた。
ーーーかくいう僕も笑ってしまった。
シリアスなシーンでの予想外は面白い。
プウプウ♪
ピエロさんは姿勢を正して続けた。
『そして現侯爵様もプネウマの美しさに心引かれ、その管理を行っております。また、心優しき現侯爵様は10年前からプネウマの美しさを我々平民にも伝えるために『プネウマの花畑』を平民に対しても公開しました!』
両手を広げ、ピエロさんが笑顔で天を仰いだ。
もはやピエロさんの虜の年少組はピエロさんと同じポーズを取っている。
両手を広げ、天を仰いでいる。
僕はそれについ苦笑してしまう。
服の袖が引っ張られた。横に座るのはユリアだ。
僕はユリアを見る。
「……アレン、カルロスが…」
ユリアが左前方に視線を向けた。
視線を追うと、そこにはーーー笑顔のカルロスがいた。
同い年のシトラスとピエロさんを見て笑っていた。
……元気を取り戻したみたいでよかった。
カルロスは…昨日夕御飯にも顔を出さなかった。
今朝も意気消沈としていた。
シトラスと楽しそうに会話しているカルロス。
カルロスがあそこまで元気を取り戻せたことについ気が緩み、微笑む。
「楽しめているようでよかったです」
馬車は徐々に『純白の絨毯』との距離を詰めていく。
数分経つと、目を凝らさずとも1輪の『プネウマの花』が見えるほどに近づいた。
ピエロさんがチラッと小窓から進行方向を覗いた。
『今ではプネウマの花畑は、先代侯爵様の逸話に肖り、マリア迷宮都市屈指の恋人のデートスポットとして人気になっております!今やマリア迷宮都市にプネウマの花畑を訪れていない
ピエロさんが馬車の通路を進み、乗降口の近くに立ち止まった。
ヒヒーン!
同時に馬車を牽く『バッファン』の鳴き声が響いた。
馬車が徐々に速度を落とし、停止した。
『マリア第8孤児院の皆様!プネウマの花畑に到着いたしました!是非貴族様方も心奪われた『プネウマ』の美しさを存分に味わってからお帰りください!』
ピエロさんが1礼した。
同時に御者さんによって乗降口の階段が下ろされた。
『うわぁぁぁぁぁ!』
年少組が一斉に席を立って、乗降口に駆け込んだ。
「ーーーピエロさん!タッチ!!!」
最初に乗降口に迫ったシュンがピエロさんに手の平を向けた。
「ーーーはい。タッチ。お楽しみください」
ピエロさんは驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になり手を合わせた。
「ピエロさん!私も!!!」
「はい…。タッチ。楽しんできてください」
ピエロさんは、降りる年少組に次から次へとせがまれている。
弟妹たちの無茶振りに付き合わせてしまった。
申し訳ない。
「ーーーすみません。子供たちがご迷惑をおかけしてしまって」
マザーが立ち上がってピエロさんの元まで駆け寄り頭を下げた。
「とんでもございません。私の方こそ子供たちに色々と頂いた気分でございます。むしろ感謝申し上げたい」
対してピエロさんは満面の笑みで頭を振った。
そしてピエロさんらしい大仰な手振りで胸に押し抱くポーズを取って感謝してもらえた。
「そう言っていただけると助かります。それでは私はこれで失礼いたします」
「はい。存分にプネウマの花畑をお楽しみくださいませ」
ダッダッダ。
マザーが走り回る年少組を追って、乗降口を駆け下りた。
僕たちもマザーに続いて階段を降りる。
「存分にプネウマをご観覧くださいませ」
ピエロさんの言葉を耳にしながら階段を降りきった。
『純白の絨毯』
腰ほどの高さの『純白のプネウマ』が視界一杯に広がっている。
「……綺麗だな」
「……綺麗。」
「……綺麗…」
ガルム兄さん、シュリ姉さん、ユリアが順々に呟いた。
僕も眼前の『純白のプネウマ』に目を奪われる。
「……そうですね。綺麗です」
気づけば吐息と共に驚嘆が漏れていた。
息も忘れて見続ける。
『マザー!マザーはこっち!』
『違う!マザーはこっちだよ!!』
『マザーは私と一緒に回るの~!』
「ふふふ。引っ張らないで。どっちにも行きますから」
年少組はマザーを連れて気づけば随分奥まで進んでいた。
マザーを引っ張り合いながらさらに奥に進んでいる。
辺りを見渡す。
どこにいる弟妹も皆笑顔で花畑を駆け回っていた。
「よっしゃあ!俺様到着!うぉぉぉ!!!ちょー綺麗じゃん!!どれどれ1輪くらい…ーーーグヘッ!?」
馬車からタケルが駆け下りてきた。
早速プネウマの花に近寄り、1輪手に取ろうとした。
「禁止に決まっているだろうド阿呆。領主様の花畑で無作法をすれば下手すれば打ち首だ。今日のお前に自由行動は許されていない。私から離れるな」
セルジオ兄さんがタケルの蛮行を止めてくれた。
タケルの首根っこを抑えている。
「はあ!?そんなの嫌に決まってんだろ!俺様を自由にしろ!離せ離せー!!!」
タケルが暴れて離れようとするが、セルジオ兄さんは華麗に躱した。
決して拘束を解かない。
タケルのことはやっぱりセルジオ兄さんに任せれば大丈夫そうだ。
僕は
辺りを見回す。
彼らとトラブルにならないように見ていないと。
僕は丘を登って、皆の様子を監視できそうな木の木陰を見つけた。
ここからなら皆がトラブルに巻き込まれないように監視できるし、プネウマの花も十分に楽しめる。
木陰に腰を下ろす。
そして皆の様子を俯瞰する。
ユリアは年少組に付き合って一緒にプネウマの花を眺めている。
タケルはセルジオ兄さんの監視の下だが、結構花見を楽しんでいるようだ。
ガルム兄さんは年長組と会話をしながら、日々の探索の疲れを癒やすようにのんびりとプネウマの花を眺めているようだった。
僕は順調に進んでいるピクニックに安堵する。
これなら問題も起きなそうだ。
僕ものんびり花見を楽しめる。
満点の青空を見上げ、深呼吸する
秋風がそっと吹いた。
身体を心地よい睡魔が襲う。
そのときーーー視界の端に何かが動いた。
「ーーーおや。これはこれは。先客がいらっしゃいましたか」
僕は声の主に視線を向ける。
馬車の案内に就いてくれていたーーーピエロさんだ。
白塗りの顔に笑顔を浮かべ、座る僕を見ていた。
どうやらピエロさんはこの木陰を目指して歩いてきたみたいだ。
確かにここからなら雄大な花畑を存分に望める。
花畑を臨むにはベストポジションと言える。
通の人が態々ここまで歩いてきても可笑しくない。
「ーーーえっとピエロの……」
「ーーーおっとご挨拶が遅れ失礼いたしました。私、ピエロの『クルス』と申します」
僕が言い淀むとピエロさんーーークルスさんが胸に手を当てて、大仰にお辞儀した。
僕も急いで頭を下げながら自己紹介する。
「僕はアレンと言います。すみません。今退きます」
僕は腰を上げ、木陰をクルスさんに譲ろうとする。
「いえいえそこまでしていただかなくても。来園者の方にプネウマを堪能していただくのが私の使命でございます。ただ木陰の片隅を頂ければそれだけで最高の喜びでございます」
クルスさんは手を掲げ、僕の行動を止めた。
笑顔で僕に語りかけてきた。
「それでは…僕はここに。隣を使ってください」
僕は左手に身体を動かし、大きく木陰のスペースを空ける。
「ありがとうございます。失礼いたします」
プウプウ♪
靴を履き替えてはいないようで、1歩クルスさんが動く毎に足から面白い音が響いた。
クルスさんは緑色の奇抜な衣装を揺らしながら僕に近づいて、腰を下ろした。
ーーークルスさんは無言になり、ただプネウマの花畑を眺めていた。
白塗りの顔に微笑を浮かべ、花畑を眺めている。
その顔から……クルスさんがどれだけ『プネウマの花畑』を好いているのか容易に窺えた。
僕はクルスさんに興味が湧く。
静かに花畑を見るクルスさんに悪いかな、と思いつつ話しかける。
「あの…プネウマについてお話を伺っても?」
「ーーーおや、プネウマにご興味がおありなのですか?」
クルスさんが驚きながら僕の方を見た。
「はい。職業病です。僕は探索者をしているのですが、探索者にとって情報は命です。聞いておけば死なずに済んだなんてことのないように知ることのできる情報は知っておきたい。今ではもう…情報収集が癖になってしまいました」
迷宮では慢心した人から死んでいく。
兄さんに言われたことを思い出す。
自分の力に自信を持った者は大した準備をせず、迷宮に挑み始める。
そして予想外な事故に遭い、そのたった1つの命を落とす。
だから常に万全の準備をする。
この準備には情報収集も入る。
『
その心掛けは1年を超えて、今や癖にまでなっていた。
「なるほど。素晴らしい心掛けですね。私もプネウマの美しさについて語ることができるのなら否はありません。なんでもお聞きください。プネウマに関することで私の知らないことはありませんので」
クルスさんは微笑みながら答えた。
ありがたい。
クルスさんにとっては貴重な花見の時間だろうに。
「それでは・・・先ほど馬車内でプネウマの繁殖の難しさにも触れていたようですが、どのように難しいのでしょうか?私も孤児院で畑仕事をしていたことがあるので気になりました」
「プネウマの管理についてですか…。まずアレンさんはプネウマが魔力の豊富な環境でしか育たないのはご存じですか?」
「それは知りませんでした。魔力が多い環境というと……『
『魔境』。
高濃度の魔力により迷宮と同じように
「はい、その通りです。迷宮の場合、植物が育ちにくい
クルスさんはプネウマの花を眺めながら呟き続ける。
「ご存知の通り魔力の濃すぎる大地、『魔境』では
「ーーー魔境化する魔力濃度とプネウマが生育するための魔力濃度の差は、極めて小さい」
クルスさんがポツリと呟いた。
「先代侯爵様はそのあまりにもシビアなプネウマの植生を知りながらも奥様のために地上でのプネウマの花畑の作成に挑みました」
「迷宮から近く、魔力の濃い場所が多い迷宮都市付近の土地とはいえ、魔境以外でプネウマが育つために十分な魔力が年中途絶えない場所を探すのは困難を極めたようです」
「先代侯爵様はプネウマを植えては枯らし、場所を変え、もう一度植えては枯らす。その行為を繰り返し、2年かけてついにこの場所を見つけたそうです。
クルスさんは感慨深げに中空を眺めながら呟いた。
その瞳からクルスさんの先代侯爵様への尊敬が窺えた。
「……プネウマが育ち、かつ魔境化しない魔力濃度の大地ですか…。そんな理想的な環境が地上にあるとは限らなかったですよね?目的の環境があるとは限らなかったのに先代侯爵様は2年間も諦めずに挑み続けたのですか…」
僕もクルスさんの話を聞いて先代侯爵様の偉大さを感じる。
成功する確証のないことを2年も諦めず続けるなんて…。
さすが貴族様の頂点に位置する侯爵様だ。
「……先代侯爵様の奥様に対する深い愛のお陰で、この美しいプネウマの花畑は今もあります。先代侯爵様の純愛を称えて、現侯爵様もプネウマの花畑の維持に尽力してくださるのです」
クルスさんは笑顔で続けた。
「ここ数日は『
「……そうですね。
「ーーー男らしい、でございますか?」
僕はつい、漏らしてしまった失言に遅れて気づいた…。
貴族様に対して……男らしいという表現が正しいのか…。もしかしたら不敬だったかもしれない。
一瞬悩むが……ここまで言ってしまったならと開き直る。
僕は思ったことを素直に語ることを決めた。
「はい。好きな人、大切な人のために1度決意した夢を2年間も諦めず貫き、ついには叶えてしまうななんて…男らしいとしか言えません」
……
僕たちとは立場の違う天上人の侯爵様の話とはいえ、親近感を覚えてしまう。
……そして先代侯爵様はついには叶えてしまった。……純粋に夢を叶えた侯爵様に憧れる。
「……長らくこの話を来園者の方にしてきましたが、そのような表現をする方には初めて会いました…」
クルスさんが驚きの表情で呟いた。
……侯爵様に『男らしい』なんて、不敬と思われてもおかしくない。言ってしまった僕が可笑しいだけだ。
「男らしいという表現は、僕の
「……男らしい…。良い表現ですね…。是非これからのプネウマの紹介で使わせてもらいましょうっ!」
僕の心配を余所にクルスさんは言った。
僕は驚く。
「……そんなに簡単に決めてしまっていいのですか?…先代侯爵様を称える表現ですから侯爵様に配慮しなければいけないのでは?」
下手をすれば不敬罪で処断だろう。即処刑場行き。
対してクルスさんはそんなもの怖くないとばかりに笑顔を浮かべた。
「実は私……このプネウマの花畑の施設を管理する上でかなり
内緒ですよ、真っ赤な口に人差し指を立てて口を押さえる仕草をしながらクルスさんは微笑んだ。
「……そこまで偉いお方だったのですね…。これまでの非礼お詫びします」
「いいのです。来園者の方を直々に案内しているのは私の我が儘。私はそこで起きる無礼に目くじらを立てる権利を持っていません。それに……アレンさんは失礼なことを何一つしていない。むしろ今日はあなたから良い話を聞けました。むしろ感謝したい。ありがとう」
僕が頭を下げると、クルスさんも頭を下げてしまった。
「ーーーいえ、滅相もございません。気に入っていただけたのならなによりです」
僕は慌てて、頭を上げて貰おうとする。
そのとき。
『アレンッ!こっち来いッ!!!シュリの姉貴が呼んでんぞ!!!』
タケルの大声が遠くから響いた。
僕が振り向くと、タケルが大きく手を振って僕を呼んでいた。
「今行きます!!!」
僕はタケルに応えて、すぐにクルスさんを向く。
クルスさんは微笑んでいた。
「それでは、僕はこれで失礼します」
僕は頭を下げて、立ち上がる。
「ーーーはいっ!お花見存分にお楽しみください!!!」
クルスさんの声を置き去りにして僕はタケルの元へと急いだ。
ーーークルスは、アレンの姿が小さくなっていくのを微笑みながら見つめていた。
ピエロ姿のクルスの背後。
いつの間にかーーー燕尾服で身を包んだ老執事が片膝で控えていた。
皺一つない執事服を着込み、顔を地面に向ける最敬礼で待機していた。
「ーーー坊ちゃま、御当主様がお呼びです」
執事は最敬礼のまま提言した。
クルスはチラリッと執事を横目で覗った。
すぐに興味を失ったように目を離し、またアレンの方に視線を向けた。
「……わかりました。…すぐに向かいます」
クルスの呟きを聞いた執事はーーーその姿を一瞬で消した。
1人木陰に残されたクルスはそっと『赤い丸鼻』を外した。
白く塗られた顔で微笑みながら呟く。
「ーーー『マリア第8孤児院』のアレンか……」
ーーー彼の目は興味深げにアレンを捉えていた。
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