第16話 プネウマの花畑 Ⅰ
僕たちは今日まで
6日間迷宮に潜って地上へ戻り買取屋で換金して、1日グッスリ休んでまた6日間迷宮探索する生活を繰り返した。
こんなハードワークを繰り返したのも理由がある。
来週の納税のために少しでも金が必要だったからだ。
15歳以上の大人の人頭税は
人頭税は『ユフィー王国』の平民に遍く適応させる。
孤児院の
僕たちパーティ3人の分は今年1年間の迷宮探索の稼ぎをコツコツ積み上げて、
でも孤児院の弟妹の分は揃えられていなかった。
マザーと34人の弟妹の人頭税は合わせて、4金貨と2
マザーは地道な節制で税金を積み立てていたが、どうしても2
この5銀板を稼ぐために僕たちとガルム兄さんたちは、毎日のように迷宮に潜っていた。
そしてーーー今日までの3週間で
借金の返済にも奮闘する必要があるが、納税のための支援者の方々への借金は毎年のことだ。
優しいあの人たちは毎年何ヶ月も返済を待ってくれる。
少しずつ返していけばいい。
早朝。
僕は藁布団から身体を起こして、井戸から汲み上げた冷水で顔を濯ぎ、口に含む。
ーーーゴクリッ。
目が冴えた。
ホブゴブリンの革製の革鎧を身につけ、腰に剣を吊し、左手に盾を取り付ける。
タケルとユリアを起こさないようにそっと戸を開け、小屋を出る。
外は薄らと霧がかかっていた。
早朝だから殆ど人通りはない。
1人通路を歩いて、『雛鳥の巣』に隣接している『訓練場』に向かう。
広い訓練場には早朝にも関わらず熱心な探索者が数組ポツポツと点在し、パーティメンバーと剣を交えていた。
僕は辺りを見回す。
そして目的の人を探し当てて、近づく。
ーーーガルム兄さんが新調した軽金属鎧で身を包み、模擬剣を振るっていた。
ブンッ!という風切り音が兄さんの剣から辺りに響いた。
さらに僕が素振りを続ける兄さんに近づくと兄さんも僕に気づいた。
「ーーーお、来たな。アレン」
素振りを止め、僕に顔を向けた。
「はい。お待たせしました」
僕は謝罪しながら足の腱だけは柔軟する。
そして腰から剣を抜き盾を構える。
「それじゃあ始めるぞ!ーーーこの身を、例え命を賭しても家族を守る肉壁と化すっ!ーーー『鉄壁』っ発動!!!」
「はい。お願いしますっ」
ガルム兄さんの身体が『赤く』光った。
そして兄さんが突進しながらーーー剣を振るってきた。
ーーー唐突に始まる模擬戦。
一般人が見たら驚くことだろう。
でも探索者の間では出会い頭の模擬戦はよく行われている。
迷宮内では休憩中に襲われることがある。
真横に
ーーー探索者は不意の戦闘にも順応しなくてはならない。
僕は視界に駆ける兄さんを捉える。
自身の魔力を操作する。
……思い出すのは
魔力を『ヘイト集中』と同様に自身に纏わせるっ。
圧縮。
圧縮。
圧縮。
『魔力の鎧』が出来るイメージ。
全身に堅牢な装甲が出来るイメージ。
僕は盾で兄さんの剣を受けるっ!
ガシャンッ!
激しい衝撃が盾に生じる。
昔の僕ならこの一撃で腕を麻痺させていただろう。
でもーーー『魔力の鎧』をつけている今は違うっ!!!
「ーーーはぁぁぁあああ!!!」
痛みを感じない左腕を振り切りーーー兄さんの剣を跳ね返す。
そのまま反撃する!
僕は右手の剣を横薙ぎする。
「ーーーそうだ!いいぞ!アレン!!!」
兄さんが盾を以て剣を防いだ。
兄さんの模擬剣が再度振るわれる。
盾を以て剣を弾く。
剣が弾かれ兄さんに生まれた隙に剣を走らせる。
兄さんは下段から迫る剣を一瞥もしなかった。
代わりに僕に回し蹴りを見舞った。
ザザァァァ。
盾が間に合った。
後退しつつも蹴りの威力を受けきれた。
間合いが生まれた。
「ーーー本当に男らしい、いい魔法に目覚めたな!アレン!」
兄さんが構えを解き、褒めてくれた。
「ーーーありがとうございます・・・!」
僕は構えを解かず答える。
「ーーー少し、ギアを上げるぞっ!」
ダッ!
兄さんが呟き、地面を駆けた!
兄さんの踏み込みに絶えきれず、地面が陥没した。
砂埃が舞う。
ーーー早いっ。
目を見開き、一瞬で目前まで移動した兄さんをなんとか捉える。
シールドバッシュか!
僕はLV1の限界を超えた兄さんの一撃を盾で受け止める。
「ーーーグッ!」
腕に走る鈍痛。
『魔力の鎧』を以てしても防ぎきれないLV2の一撃に声が漏れた。
さらに兄さんは剣を上段に振り上げた。
僕は迷宮探索で何度も『魔法』を使って気づいたことがある。
僕の魔法はーーーただの『防御魔法』ではないということだ。
僕の魔法は鎧の姿を取りつつーーー僕の『身体能力』も向上させていた!!!
僕はさらに多くの魔力を身に纏う!
上昇した動体視力や運動能力が、兄さんの攻撃を捉え、受けきった!
ーーー『魔法』を使えば兄さんの動きにもついていけるっ!!
「ーーーいいぞ!アレン!さすが俺の弟だ!!!」
「ーーーはい!」
互いの剣と盾が交錯する。
鳴り止まない金属音。
常人の目には残像を残す速度。
煌めく剣戟。
駆ける大地は僕たちの脚力に絶えきれず、徐々に陥没している。
「ーーーはぁ!」
兄さんが上段から渾身の勢いで剣を振り切った。
僕は盾を構える。
「ーーーくっうぅ!!!」
盾を持つ『左腕に特に魔力を集中した』にも関わらず、威力を受け止めきれなかった。
痛みで一瞬の硬直が生まれた。
「ーーーこれで!どうだっ!」
兄さんが固まる僕に回し蹴りを放った。
「ーーーグハッ!」
胸を貫く衝撃に溜めていた息を吐く。
涙が目ににじむ。
『魔法』を使っていてこの痛みだ。
無防備に食らっていたらどれだけ痛かったんだろう。
2m程吹き飛ばされて地面に腰を打ち付けた。
ゴロゴロッ。
そのまま地面を転がる。
やっと止まった時には兄さんから随分離れていた。
「ーーーいい動きだったぞ、アレン!まさかこの速さにもついてこれるとは思っていなかったぞ!」
「……ありがとうございます…。でも、兄さんの本気にはまだまだついていけません…」
僕は痛む胸を押さえながら剣を杖代わりに立ち上がる。
痛みで乱れる息を整える。
「当たり前だ。lvが違うんだからな。ついてこられたら俺の3年間はなんだったんだって話になるだろう
。むしろlv1の限界を超えた動きについてこれるだけで驚きだ」
兄さんは剣を肩に担ぎ、苦笑した。
「ーーーとはいえ、まだまだ弟に負けるわけにはいけないからな。さらにもう1段ギアをあげよう」
兄さんが剣を僕に向け、構えた。
ーーーでも盾は構えなかった。
つまりーーーここから僕の攻撃は通らないという宣言。
僕も気合いを入れて盾と剣を構える。
一息つき、深呼吸する。
ーーー瞬きする。
目を開けるとーーー目の前に剣を振りかぶる兄さんがいたっ!?
「ーーー!?」
僕は本能で『魔力を目に集中させた』!
僕の魔法はある身体部位に魔力を纏うとーーーその部位の身体能力が向上する。
目に発動した『魔法』がーーー瞬時に動体視力が向上させた!!!
それでもーーー足りない。
魔法で動体視力を上げてもーーー兄さんの動きは驚くほど早く見えた。
僕は盾を動かそうとする。
向上した動体視力がーーーのんびりと動く僕の盾を視界の隅に捉えたっ!?
ーーー動体視力だけ上げても意味が無かったっ!
僕は盲点に気づき、すぐに盾を持つ左腕にも魔力を集中させる!
一気に消費される魔力に大きな『虚脱感』を覚える。
左腕が動き始める。
僕の左腕の速さはーーー遅い。
LV2の兄さんの本気にはーーー到底追いつけなかった。
ブンッ!
僕の眼前に兄さんの剣が静止した。
ーーー寸止め。
衝撃波で僕の髪が揺れた。
「さすがにこの速さには追いつかないようだな」
兄さんが肩に剣を担ぎ直した。
兄さんに圧倒された。
魔力切れにより押し寄せる虚脱感に膝をつく。
「ーーーはぁはぁはぁ…。……魔力が、そろそろ切れそうです…」
僕は忘れていた呼吸を繰り返しながら呟く。
「……そうか。やはりアレンの魔法は、性能がいい分魔力の消費が激しいみたいだな」
兄さんは剣を腰に抑えて、僕に手を差し出してくれた。
「…はい。……そこが、僕の魔法の欠点だと思います…」
僕はその手を掴み、立ち上がる。
「『鉄壁』よりもずいぶん多く魔力を消費するようだ。使い所の難しい魔法だな…。ここぞという時に発動するタイプだろう」
兄さんは腰に手を当てながら答えた。
「魔力消費量はある程度自分で調整できるので、少ない魔力で発動することもできるのですが…そうすると十分な防御力を発生させられません…」
「悩ましいな。高い能力を少時間保つか、ある程度の能力向上を長時間保持するか…。だが応用は利きそうだ」
「まあ、魔法は頻繁に使うと燃費がよくなったり、性能が向上することがあるからな。なるべく使うようにしろ」
「はい」
僕は兄さんのアドバイスに頷く。
「ーーーそういえば、兄さんはLV2になって何か『新しい魔法』に目覚めましたか?」
魔法の話が続き、僕は前々から気になっていたことを尋ねた。
LV1の常人は1つの魔法しか持たない。
だが、LVの上がった者はLVの数値だけ魔法を複数種類持つことがある。
兄さんのLVは2。
『鉄壁』に加えてもう1つの魔法に目覚めていても可笑しくない。
僕の質問に対して兄さんは眉を曲げて首を振った。
「いいや。運が悪いのか、何も目覚めなかった。『鉄壁』だけだ。いつか目覚めてくれるだろう。気長に待つだけだ」
兄さんが楽観的に明るく笑う。
「ーーーそうだ。アレンの魔法に名前をつけないか?」
「え?」
兄さんが突然の提案に僕は間抜けな声を上げてしまう。
「魔法名が分からないと何かと不便だろう。正式名が分かるまでの仮の名前だ」
確かに魔法名が分からなかったから、ここ3週間、兄さんたちと『魔法』について話す時に不便だった。
それでも…魔法に人が名前をつけるなんて発想はなかった。
魔法の名称はーーー『力量球』で判明するのが当然で、名前の分からない魔法なんて存在しないはずだったから…。
「そうだな。……『魔装』なんてどうだ?」
「『魔装』…ですか?」
「ああ。魔力の鎧を装備して防御力と能力を上げる。いい名前だと思わないか?『魔装』という魔法は聞いたことないから他の魔法と勘違いされることもないだろう」
「…『魔装』。僕の魔法は…『魔装』…」
僕は…『魔装』、と何度も呟く。
……嬉しい。
ただ自分の魔法に名前がついただけなのに。
こんなに嬉しいなんて…。
タケルがスラッシュに執着する気持ちを少しだけ理解した気がする。
「ふ。気に入ってくれたようだな」
ガルム兄さんが微笑んだ。
「ーーー『魔装』抜きでもう一戦するぞ。いいな?」
そして腰の剣に手を添えながら、訓練の再開を要求した。
「はい!」
当然僕は頷く。
さらに数戦。
ガルム兄さんと剣を交わした。
日が昇った。
僕と兄さんは朝の大鐘が鳴るまで、ただひたすらに訓練に没頭していた。
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