第17話 プネウマの花畑 Ⅱ







ゴーンゴーンッ♪

ーーー鐘がなった。


朝を告げる大鐘だ。

この音を聞いて迷宮都市の市民は目を覚ます。


「ーーーん、もうこんな時間か」


「ーーーはぁはぁはぁ……はい…」


僕は訓練で尽きた体力に訓練場に転がる。

汗が滴り落ちる。

荒れた呼吸を繰り返す。

酷使した筋肉が悲鳴を上げている。


「動けるか?」


「……はい、なんとか…」


僕は兄さんの手を取って立ち上がる。

兄さんは数十分に及ぶ模擬戦を終えたばかりとは思えないほどの自然体だ。

額に汗は滲ませているが、呼吸は乱れていない。

兄さんは僕の疲れ疲れがある程度落ち着くまで待ってくれた。


僕と兄さんは持ってきていた手拭いで軽く汗を拭ってから訓練場を後にした。






「お、ようやく帰ってきたようだ」


「……遅い。朝ご飯。」


僕は訓練場から兄さんたちの小屋に来た。


チュンチュン。

鳥の囀りが響いている。

小屋の外のウッドテーブルにセルジオ兄さんとシュリ姉さんが座っていた。

屋外のレンガ造りの台所にはユリアがいる。

ユリアはエプロンを着けて朝ご飯の用意をしている。


ユリアは僕を見つめて「……お帰りなさい、アレン…」と微笑むと、すぐに朝食作りに戻った。


「今日は随分絞られたように見える。アレンがまだlv1なのを忘れていないか?」


セルジオ兄さんがガルム兄さんを見ながら尋ねた。


「忘れてないさ。アレンは俺の動きについてこれるからついりきんでしまうだけだ」


「僕からガルム兄さんに厳しい訓練をお願いしているんです。早く『魔装』に慣れたいですから」


テーブルの傍まで寄って答える。


「……2人とも。訓練馬鹿。」


「その通りだな」


シュリ姉さんとセルジオ兄さんがきついことを言う。

僕はつい苦笑してしまう。


「ーーー汗を流してくる。タオルを取ってくるからアレンは先に『川場』に向かっていてくれ」


「はい。分かりました」


ガルム兄さんが小屋の中に入っていった。



『川場』はその名の通り川に設置されている突っ立て小屋だ。

汗を流すためにある物で、自分で川から水を汲み、身体に掛けて垂れ流しで水は川に流される。


貴族様や大商人の方々は自宅に浴室があって、『魔道具』で水を湧かして風呂という物にも入るらしい。だが、そんな余裕のない平民が身体を洗うときは大抵、川場を使う。



「ならば私は阿呆を起こしてこよう」


セルジオ兄さんが腰を上げた。

僕が向かう先と真逆の、僕らの小屋がある方向に足を進めた。

まだ寝ているタケルを起こしに行ったようだ。


「……ユリア。手伝う。」


「……うん、ありがとう、お姉ちゃん…」


1人だけテーブルにいるのは忍びなかったんだろう。

シュリ姉さんも台所に向かい、ユリアの朝食作りの手伝いを始めた。


僕はガルム兄さんの指示通り先に川場に向かった。







川場で兄さんと合流し、早朝訓練での汗を流してすっきりした。


川場から小屋に戻ってくると、香ばしい良い匂いが漂ってきた。

小屋の外にあるテーブルを見ると、既に6人分の料理が並べられていた。

テーブルの前にはセルジオ兄さん、シュリ姉さん、ユリア、それにタケル。

全員席に着いていた。


僕とガルム兄さんも皆を待たせないために急いで席につく。


「……クソ…。……寝起きから気分わりぃ…」


タケルが眠そうな目で、目を擦りながらぼやいた。


「寝坊するお前が悪いのだろう。悪態を垂らすな」


セルジオ兄さんが手を組みながらタケルを叱る。


「……わ~ってるよ、セルジオ兄貴。…ただねみぃだけだよ」


タケルも手を組んだ。


「それじゃあ、ゴルゴナに感謝を込めて。いただきます!」


『いただきます!』


手を解いて、朝ご飯を食べ始める。

目の前には『パン』『コンソメスープ』『マッシュポテト』『卵炒め』。

マッシュポテトと卵炒めに使われた材料は全て孤児院の畑と鶏舎で取れたものだ。

昨日納税用のお金、6銀板60万を渡した時にマザーから渡された。


ーーー美味しい。


どの料理もユリアの手で美味しく調理されている。

ユリアは孤児院にいた頃から毎日マザーの料理を手伝っていた。

その腕は今も健在だ。


「……ユリア。感謝。料理。楽。」


シュリ姉さんも同じことを思っていたようだ。

姉さんは口にマッシュポテトを含みながら呟いた。


「本当にその通りだ。私たちのパーティの料理担当はものぐさで、美味しい料理を作らないからな」


「……ユリア。本当に。感謝。」


セルジオ兄さんが同意した。

セルジオ兄さんの視線はーーーシュリ姉さんに向いていた。

シュリ姉さんがセルジオ兄さんの指摘を受けて思い切りユリアに頭を下げた。


「……全然、大丈夫…」


ユリアはフォークを置いて、口の物を飲み込んでから首を振った。


「ユリアがパーティメンバーで羨ましいぞ。アレン」


「はい。いつも美味しい料理を作ってくれるユリアには本当に感謝しています。ありがとうございます」


「……ううん…私が楽しくて作ってるから…」


僕もユリアにはいつも感謝している。

隣に座るユリアに頭を下げると、ユリアは顔を俯かせながら答えた。



(しめしめ)



ーーーん?


僕は不意に視線を感じて頭を上げる。

皆を見た。

しかしーーー誰も僕を見ていなかった。


ーーー不自然・・・なほどに全員黙々と食事を続けていた。


僕は首を傾げる。

気のせいだったか?


「ーーーあ、そういやアレン。今日親方んとこ行くんだっけか?行った時俺の剣もついでに取ってきてくれよ」


(邪魔するなっ!!!タケル!)


ーーーまた視線を感じた気がした。

でもやっぱりタケル以外は皆黙々と食事を続けていた。

僕は不振に思いつつ、タケルに答える。


「いいえ、明日行ってきます。明日でよければ一緒に取ってきますが…」


「それで頼むわ。俺様今日は眠すぎて行動できねぇ~…はあぁぁぁ……」


タケルが頭を掻きながら大きな欠伸をした。


「寝かせないぞ。お前は今日も鍛錬だ」


セルジオ兄さんが眉間に皺を寄せてタケルを睨みながら言った。

ここ数日時間が合えばセルジオ兄さんはタケルに稽古を施していた。

ストイックなセルジオ兄さんらしい。でもタケルはやっぱり不満みたいだ。


「ーーーはあ!?今日も!?今日ぐらい休ませろよ!!!」


「休ませるか!お前がパーティで一番弱いのだから訓練するのは当然だ!」


「何言ってんだよ兄貴!俺様が一番つえぇだろ!?アレンに負けるわけねぇだろ!」





「……アレン、今日なにする…?」


セルジオ兄さんとタケルの問答を横目にユリアが僕に尋ねてきた。


「消費期限が切れた『回復薬ポーション』を買い換えようと思っています。ただ、前回回復薬を買った店は潰れてしまったようなので、新しい店を探すつもりです」


「……私も、行く…」


「分かりました。出発するときに声をかけます」


僕はユリアに伝える。


「ーーーポーションなら『ソルト商会』で買うのはどうだ?」


ガルム兄さんが食事の手を止めて提案してきた。


「『ソルト商会』ですか?……正直、少し入りずらいですね…」


僕は顔を顰めながらガルム兄さんに答える。


ソルト商会はユフィー王国でも屈指の大商会の一つだ。

国中に支店を持ち、当然、百万都市のマリア迷宮都市にも支店を持っている。


そしてソルト商会の特徴はーーー高級品専門店。


貴族様や騎士様が足繁く通うと噂にきく。

ーーー正直僕みたいな……Eランク探索者が行くのは恐れ多い。

苦虫を噛んだような僕の表情にガルム兄さんが苦笑いした。


「まあ、俺も初めてソルト商会に入ったときは緊張したから気持ちは分かる。だがソルト商会は俺たちみたいなEランク相手でも悪い顔せず対応してくれた。心配しなくて大丈夫だ」


「それにソルト商会の回復薬ポーションは効能がいいぞ。少し値段は高めだが、まあ気にならない。回復薬をケチって死ぬわけにはいけないだろう?」


ポーションは希少な材料を使用して作成される。

そのためどんな粗悪品でも1本1銀板10万以上かかる。

探索者はそんな高価な回復薬を必ず1本は常備する。


それだけいざという時に回復薬が役に立つということだ。

回復薬は非常時に不可欠。それは多少高くても…効能がいい方が間違いなくいい。


「……分かりました。1軒目にソルト商会に寄ろうと思います」


「ああ。アレンも気に入るはずだ」


ガルム兄さんがパンに手を運ぼうとしてあっ、と何か思い出したように漏らした。


「夕方には孤児院に戻れよ。明後日の『ピクニック』についてマザーから話があるからな」


「はい。分かってます」




僕は最後に残ったコンソメスープを飲み干し、『ソルト商会』に向かう支度を始めた。








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