第12話 英雄の目覚め Ⅱ










4階層から5階層へ続く階段を降りきった。


着いた…ここが5階層……。


初級階層1~6階層はどの階層も洞窟階層だ。

坑道のような幾重にも枝分かれする洞穴で構成されている。それは5階層も変わらない。

4階層と変わらぬ、土壁に囲まれる横穴の通路が瞳に映る。


「……進みましょう」


僕たち3人は慎重に…5階層に足を踏み入れた。















「……前方通路、怪物モンスターいません…」


「後ろにもいねぇ…」


5階層を進み始めてから数分が経つ。

まだどんな怪物とも接触していなかった。もちろんホブゴブリンとも…。


階段前の広間から随分離れた。

もう…いつ怪物モンスターが現れても不思議じゃない。


耳を澄ませ、目を凝らし、慎重に歩を進める。

初探索階層ごかいそうで前回の戦闘のように大勢8体以上の怪物に囲まれるわけにはいかない。

微かな怪物の痕跡も見逃さない。

僕が先頭に、タケルが最後方に位置して5階層の奥へと進んでいく。


「……できれば最初は、1体でいるホブゴブリンと戦ってホブゴブリンの様子をみたいですね」


今回の探索の成功は、僕たちがホブゴブリンを問題なく倒せるかにかかっている。

だから1度安全の状態でホブゴブリンと戦いたい。

無傷でホブゴブリンを倒せるか…確かめたい。


「そううまくはいかねぇだろ。5階層だぜ?」


迷宮は下層に行くほど内部の魔力が濃くなる。

魔力が濃いということは『怪物の発生頻度』も高いということだ。

怪物の数が多い。

タケルの言うように5階層ともなると1体で行動する怪物は殆どいないだろう。


「はい。おそらくどんなに少なくても2体以上で行動しているでしょうから、3体以下で行動しているホブゴブリンを狙います。4体以上で行動している団体に遭遇しても見逃す方針です」


「ま、それでいいんじゃねぇか?」


タケルが周囲を警戒しつつ同意した。

振り向くと、ユリアも頷いてくれた。


「……ホブゴブねぇ。どんだけつえぇんだろうな?」


「初級階層最強のモンスターですから、相当に厄介なはずです。探索者ギルドの講習でも…何度も警告されました…」


「つえぇ怪物モンスターを一撃で倒す俺様。……悪くねぇ」


タケルの奥歯がニヤリッと光った。


「ホブゴブリンは凄まじい膂力があると聞きます。正面からの攻撃はぼくが押さえますが、2人も振り回される棍棒には注意してください」


「ゴブリンどもよりも頭わりぃんだっけか?」


「はい。タンクの背に回り込むような知能はないと聞きました。『ヘイト稼ぎ』もよく効くそうです。ガルム兄さんからはむしろ『狂乱』状態にさせないようヘイトを稼ぎすぎるなと言われました」


「……優先順位はどうすんだ?ホブゴブ優先か?それとも今まで通りキルラビ優先か?」


タケルが重要なことを尋ねてきた。

そういえば決めていなかった。

僕は頭を捻り悩む。


「…悩んでいます。……奇襲してくるキルラビットを優先すべきかと思いましたが…想像以上にホブゴブリンの一撃が重い場合、ホブゴブリンを優先したいです。…実際にホブゴブリンの一撃を受けてから判断したいです」


「おいおい、リーダーがそんな自信なくてどうすんだ?そこはホブゴブの一撃なんて余裕だからキルラビって言えよ。リーダー交代すっか?」


タケルが呆れ声で呟いた。


「しませんよ。タケルがパーティリーダーなんて恐ろしいです。…とにかく一撃受けてから判断します。臨機応変な対応をお願いします」


「ーーーま、しゃあねぇな~」


タケルに続いてユリアも頷いてくれた。






あれからさらに10分程歩いた。

……まだ怪物との戦闘はない。

……怪物モンスターを目にすることすら無かった。


ここは…5階層だ。

5階層をこれだけ歩いたのに……まだ1体の怪物モンスターとも接触していない。



僕は首裏をチリチリと擽る奇妙さに眉を顰める。


「……にしても、全然怪物に会わねぇな。ほんとにここ5階層だよな?」


タケルも不審に感じているようだ。

首を捻るタケルの不思議そうな声が響いた。


「……怪物モンスターの気配がありません。4階層でもここまで歩けば数組の団体と遭遇するはずですが…」


ーーー違和感。

ーーー脳裏をよぎる違和感。


……これはおかしい。異常だ。


全身をなぞるような悪寒が…身体を震えさせた…。


「……戻りましょう。…何か嫌な予感がします…」


探索者は『たった1つの命』を賭けて迷宮に潜る。

……無闇な選択をしてはいけない。

……危険を冒してはいけない。


迷宮ダンジョンにーーー簡単に命を奪われるから。


決して違和感を見過しちゃいけない……。


「…わざわざ来た道もどんのか?もう少し歩けばホブゴブいるかもしれねぇぞ」


「……戻りましょう。根拠はないですが、広間まで戻った方がいいと思います」


僕は『男らしく』曖昧な判断をせず、きっぱりとタケルに言い放つ。


「ーーーったく、分かった……よ?」


タケルは渋々と僕の決断を認めてくれた。

だが、ふとタケルが不審げな表情になった。



「ーーーなんだこの音?」



タケルの声を聞いて僕も耳を澄ます。

ーーー微かに聞こえる物音。

音はーーー僕たちより遙か後方から聞こえた。


「なんだこの音?ーーーなんか近づいてねぇか!?」


ゴゴゴゴゴッ。

徐々に大きくなる反響音。


僕はその正体に思い至った。



「ーーー足音!?それもかなり多い!」



そしてーーー遂に音の正体が姿を現した。



通路の角を曲がってーーー広間で会った戦商人おじいさんが姿を見せた!


白髪を揺らし、皺まみれの顔に苦悶の表情を浮かべながら駆けていた。





そしておじいさんの背後にはーーー20数体にも及ぶ怪物の大群パレードっ!!??





怪物モンスターを引き連れ、おじいさんは僕たちの方へ逃げてきているっ!!!


「ーーーな!?あのときのじじい!?」


「ーーー僕たちも逃げましょう!早くっ!!!」


タケルが驚愕を上げた。

ーーーでも今僕たちがやることは驚くことじゃない。


ーーー逃げることだ!

ーーーあんな怪物の大群パレードとは戦えない!

ーーー間違いなく押しつぶされる!


「ーーーああ!俺様もあれには巻き込まれたくねぇ!」


「……うんっ…!!!」


タケルもユリアも同意して、走り出した!

僕も最後尾に着いて走り出す!


「クソッがぁ!あのじじいなんであんな大群に襲われてんだ!?」


「ーーー分かりませんっ!ただっ!とにかく今は走って!!!」



走れ!

走れ!!

走れ!!!



後先考えない全力疾走っ。


ーーーとにかく走って、怪物の大群パレードを撒け!!!



「ーーーはぁはぁはぁ…っ…!待てぇぇぇ!ガキ共ぉぉぉ!!!」



3人で走り抜ける中、後方から声が届いた。

僕は思わず後ろを振り向く。



ーーー狂気っ…。



おじいさんは目を血走らせ息を切らしながらーーーこちらを見ていたっ。

口からは涎が漏れ、目から涙を零しながら僕らに向かってきていた。


「ーーー待つかじじい!てめぇがドジこいて怪物に見つかったんだろ!?俺様たちを巻き込むんじゃねぇよ!!!」


タケルが全力で駆けながら叫んだ。


怪物モンスターを探索者になすりつける行為はギルドが禁止している。

報告されればギルド証永久剥奪とギルドとの取引停止ーーーギルドのブラックリスト入りが待っている。

そしてマリア王国からも罰せられる。

王国法によって殺人罪と同じ扱いを受けるので、『奴隷落ち』が待っている。


「ーーー五月蠅い!五月蠅い!貴様らなど死んでしまえぇぇぇ!!!」


「ーーー話通じてねぇなあのクソじじいっ!!!」


おじいさんは血走った目でタケルとの問答を拒絶した。






「ーーーなぜこうなるのじゃ!?なぜ儂がこうも苦しめられるのじゃ!?」




おじいさんが天を仰ぎ、独白した。


「ーーー儂が何をしたぁぁぁ!何をしたのじゃぁぁぁ!!!」


「ーーークソッ!うるせぇなじじい!」


タケルの叫びを気にせずおじいさんは叫び続けた。



やがて一呼吸置き、おじいさんは悟ったように叫んだ。



「ーーー全部全部全部っ!!!『孤児たち』のせいじゃぁぁぁ!!!」



ーーー!?


突然孤児を引き合いに出され驚く。

心臓を鷲掴みにされたような驚愕。

走る足を止めそうになる。



ーーーおじいさんは続けた。


「ーーーあの時孤児共が『儂の店の金を盗んだ』からじゃ!!!儂の店は孤児共に潰された!孤児共がいなければ儂の店は潰れていなかったぁ!!!」


涙を零しながらおじいさんは叫んだ。

その顔はもう狂気に満ちた表情ではない。

ただただーーー『孤児への憎悪』に満ちていた。


「ーーー儂の細やかな幸せは孤児共に奪われたんじゃぁぁぁ!!!」


両目から大粒の涙を零しながら。

顔をくしゃくしゃに歪めながら。

目を紅に充血させながら。

泣き叫ぶようにおじいさんは吠えた。


おじいさんはさらに足を回しながら吠えた。




「孤児がいなければーーー妻も自殺していなかったぁぁぁ!!!!!!」




「ーーーっ!!!」


ーーー孤児の強盗・・・・・による自殺・・・・・っ…!


……孤児の盗みのせいでお金に困った人が自殺するっ…。

……迷宮都市では噂で聞くほどに身近なことだ…。


……自殺した人の身内や知人がさらに孤児を憎む…。

……この循環ループが増々迷宮都市の市民の孤児への憎悪を加速させているっ…。




でもーーー仕方ないじゃないか。


孤児もーーー生きるために盗むしかないんだからっ!





僕はーーーさらに顔を歪める。


……でも。

……おじいさんは孤児の盗みのせいで『家族』を失った。

孤児がーーー『家族』を守るために奪いーーーおじいさんの『家族』は死んだ。




「………………」


『孤児』か『おじいさん』か、どちらが救われるべきだったんだ…?


その問いにーーー僕は答えることができない。


「ーーー全て全て全て!!!孤児共のせいじゃぁぁぁ!!!」


おじいさんが泣き叫んだ…。

悔恨で瞳をぬらし、駆けている……。




「ーーー孤児など全て死んでしまえぇぇぇ!!!!!」


「……………………」




……なんだこの不条理は…。


孤児もおじいさんも…どちらも救われることはできなかったのか…。



「ーーー孤児に生きる権利は、ないっていうんですかっ…!?」


……僕は気づけば言葉を漏らしていた…。



「ーーーあんな孤児ガキ共ッ!産まれてくるべきじゃ無かったんじゃあぁぁぁ!!!!!」


「………………ッ………」




ゴゴゴゴゴッ!

おじいさんの後ろから聞こえる『怪物の足音』が次第に大きくなっている。



おじいさんの問いにーーー僕は正解を告げられない。

ーーー正解なんて分からない。

ーーー知りたくもない。



でも。

その問いへの、僕の解答はーーー10年前から決まっている。




「ーーーこの世に生まれなければよかった命なんてないっ!!!」


ーーー孤児だれにも生きる権利はあるはずですッ!!!




「ーーーうるせぇクソじじい!!!地獄に落ちろ!!!」


ついに堪りかねたタケルが怒髪天を衝いて叫んだ。



同時にーーー目の前のユリアの走る速度が目に見えて遅くなったッ!?



「ーーーユリア、もっと早く走れますか!?」


「……だ、大丈夫…」


苦悶の表情を浮かべながら、ユリアは強がった。

でも表情から……限界・・が近いのは簡単に分かった。

……走りながら考える。

3人で無事に生き残る手段を。

だけど当然ーーーそんな都合のいい手段は思いつかない。


「……………………」


おじいさんが僕たちを追いかけるのを諦めるとは思えない。

ユリアを限界まで走らせても助かる見込みは低い。

周辺の探索者に助けを呼ぶ?

見知らぬ僕たちのために20体にも及ぶ怪物の大群パレードを相手してくれるとは思えない。


……3人全員で生き残る手段。

……皆で無事に『孤児院いえ』に帰る手段。




「ーーー男らしく戦うっ!!!」




ガルム兄さんに言われた言葉を思い出しながら僕は叫ぶ!


『ーーー迷ったら、男らしい選択をしろ』



勝率は低い!

相手はなにせ大群だ!

でもこのまま走り続けて体力を失ってから戦うのと比べればーーーまだましだっ!!!



「ーーーはぁ!?アレン!なんで止まってんだ!?」


タケルが猛ブレーキをかけながら、叫んだ。


「戦います!ユリアは僕の後ろに!タケルは『キルラビット』を優先して倒してください!」


僕はタケルを見た後ーーーユリアへ・・・・視線を向ける・・・・・・

ユリアは必死に荒い呼吸をしていた……。今にも倒れそうだ……。

タケルもーーーユリアの様子を見て察してくれたようだ。顔を歪め、決意してくれた。


「ーーークソがぁ!!!分かったよ!アレン、ユリア、貸し1つだっ!『黒牛亭』の『手羽先』腹一杯になるまで奢れよ!!!」


タケルが腰から剣を引き抜いた。


「僕がいくらでも奢ります!!!」


怪物たちの目が立ち止まった僕たちを捉えた。

標的をおじいさんから僕たちに移した。

……いつまでも逃げ続けるおじいさんより立ち止まった僕たちの方が相手しやすいと考えたらしい。


「……ごめんなさい、アレン…」


ユリアが荒れる呼吸を整えながら呟いた。


「謝罪はいりません。全力で支援してください。……頼りにしています」


「……うん、ありがとう…」


僕が迫りくる怪物共の大群パレードと正対すると、ユリアは手に持つ杖を構えた。






ーーーおじいさんが僕らの隣を走り抜けた。

もう限界を超えて走っていたのだろう。

目の焦点はフラついていて、僕たちの横を通ったのに僕たちに駆ける罵声もない。

ブツブツと呟きながら、僕たちを追い越し、さらに奥へと走って行った。


そして。



「ーーー呪うぞ!!全ての孤児を呪ってやる!!!災いあれ!!!全ての孤児に狂乱あれ!!!孤児など全て死んでしまーーーーグベッ!」



ーーー十字路の角から現れた『肌が白いゴブリン』の振るう棍棒に頭を潰された。



血に濡れた3体の『ホブゴブリン』。

……これで通路の前後を挟まれた。

前方にはこちらに迫る20体の怪物の大群パレード……。

後方には3体の『ホブゴブリン』……。


「っ……まだ出てくんのかよ…」


「……アレン、どうするッ…?」


さらに後方に出現した怪物に2人が慌てた。

僕は決断を下す。


「……無茶を言うようですが…ユリアは後ろのホブゴブリン3体のうち、1体を受け受けてください。…倒さなくてもいいですから!ただ時間稼ぎをしてください!」


「……分かった。……アレンの言うとおりに、する…」


「タケルが残り2体をなるべく早く倒してください。いつも以上の全力でお願いします!」


「……怪物共の大群まえの奴らはどうすんだよ?」


タケルが顔を歪めながら尋ねてきた……。



「……僕が受け持ちます」



「はあ!?無理だろ!?あいつら20体はいるぞ!?ユリアの回復もねぇんだぞ!?」


「ーーーそれしかないんです!もう来ます!早く動いてください!」


僕は目の前の大群を見据えて叫ぶ。


「ーーークソがっ!絶対死ぬんじゃねぇぞ!アレン!!!」


タケルの激励が背中を叩いた。


「……アレン、私…」


「……こんなところで死ぬつもりはありませんっ。死ねませんっ。ガルム兄さんの夢を支えると約束しましたからっ!!!」



こんなところで死ねない!

兄さんと夢を叶えるんだ!

『迷宮都市の全ての孤児を救う』夢を叶えるんだ!


地上で飢えと暴力に苦しむ孤児を救う。

そうすればーーーおじいさんのような被害者も生まれないはずだから!


「……すぐに、戻るからっ…!」


背後のユリアの気配が消えた。




目の前には僕へと迫る20の怪物。


その中には凶悪な『ホブゴブリン』も数体混ざっている。




……死ねない。


こんなところで…『迷宮都市の孤児を救うゆめ』を叶える前に死ねない…。





僕は腰から剣を引き抜きーーー死闘に臨む。














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