第11話 英雄の目覚め Ⅰ











決起会から2日経った。

この2日間は『5階層攻略』に向けた入念な準備と兄さんたちとの稽古に費やした。

準備は万全だ。

僕はリュックを背負う。


そして迷宮探索当日の明朝を迎えた。

今僕たちがいるのは迷宮の直上に構えるギルドの入り口。

ギルドを地下に進めば迷宮の1階層に着く。

迷宮の真上だ。


……明朝のギルド本部前は静かだ。

毎日探索者数十万人が出入りする迷宮といえど、さすがに明朝は探索者の姿が少ない。

閑散としたギルド前にいるのは数組の探索者パーティと僕たちパーティ、そしてガルム兄さんたち、マザーだ。

マザーは昨日も弟妹たちの世話に忙しかったのだろうに態々僕たちの探索の見送りに来てくれた。


「……気をつけていってらっしゃい」


「いってきます。マザー」


「……行ってきます…」


「すぐに帰ってくっから!安心して待っててくれよマザー!」


背に大きなリュックを背負い、3人で返事をした。


「お前はすぐにそうして調子に乗る。アレンとユリアの足だけは引っ張るのなよ」


セルジオ兄さんがタケルを注意した。


「むしろアレンとユリアが俺様の足を引っ張る側だぜ。そんでっ、俺様が華麗に2人を救うんだ!今のうちに感謝しとけよ2人とも!」


「……まったく阿呆め…」


頭を抱え、もう手遅れだ、とセルジオ兄貴は呟いた。


「アレン、お前の技術と男気があれば必ず全員無事に帰ってこられる。迷ったら、男らしい選択を選べ」


「はい。必ず3人で無事に帰ってきます」


ガルム兄さんからアドバイスを貰う。

ユリアもシュリ姉さんに激励されているようだ。

ガァァァン!ガァァァン!

5時を知らせる大時計が鳴った。


「それでは行ってきます」


「行ってくんぜ」


「……行ってきます…」


「はい…。3人とも無事に帰ってきてください」



マザーの心配そうな声に後ろ髪を引かれながら僕はギルドの門を潜った。









「この身はパーティの盾タンク。すべての猛攻をたたこの一身ひとみで受け止めるーーー怪物モンスター共っ!僕をーーー見ろっ!!!」


ーーー4階層。

マザーと別れた後1日かけて迷宮を降りた。

順調に迷宮を下り続け、予定通り4階層にまで辿り着いていた。

何度か戦闘を繰り返した。

そして今もーーー計8体に及ぶ怪物の軍勢に奇襲されていたっ!


「ーーーおぉぉぉ!!!」


目前のゴブリンの棍棒を盾で受け止め、キルラビットの噛みつきを躱す。

突進してきたウルフを盾で受け流し、ワイルドボアの突進も受け流す。


ザザッ!

2体の連続突進に数歩後退するが、それ以上の後退を許さないっ!!


「……アレンッ、タケルが2体、倒した…!……残り6体っ…!」


後ろのユリアの叫びを聞いて、カブトの緒を締める。

想像以上に大きいユリアの声に、後退しすぎだっ!と自分を責める。

迫る怪物に対して僕も前進するっ!



ーーーこれ以上、ユリアに近づくのは許さないっ!!!



「ーーーわかりました!タケル!一番左のゴブリンを相手してくださいっ!少し頭が回る個体みたいですっ!」


左から迫るゴブリンは普通のゴブリンと違ってフェイント擬きを交えて攻撃をしてくることがあった。

怪物6体を同時に相手吸うことに加え、フェイントも混ぜてくる個体がいてはたまらない。


「ーーーおうっ!!!アレン、もちっと耐えてろ!一瞬で全部ぶっ殺すからよ!!!」


タケルがゴブリンに斬りかかりながら叫んだ。

これで目の前の怪物モンスターは残り5体。

『ゴブリン』1体と『ウルフ』2体、『キルラビット』1体に『ワイルドボア』1体。


同時に5体の怪物が迫ってきた。

ゴブリンの棍棒の振り上げを右手の剣で受け流し、ウルフの突進を盾で受け流す。

さらにもう一体のウルフとワイルドボアの突進が同時に迫った。


ガシャァァァン!

突進を受けて盾が鳴った。


「ーーークッ!!!」


盾で正面から2体の突進を受け止める。

これ以上後ろに下がらないために正面から攻撃を受け止めた。

後ろにユリアがいるから。

だけど正面から受け止めたからーーー盾を構えた左腕に麻痺が残った。


「ーーーユリア!左手を回復してくださいっ!少し痺れがっ!」


「……神の恵みを、どうかアレンに…『ヒール』っ…!」


麻痺している左手を使わず、右手の剣だけで怪物たちの攻撃を受け流し続ける。

時間を稼いでユリアのヒールを待つ。


少しするとーー左方から『緑の透明な球体』が飛んできた。

球体は僕の左腕に触れるとそのまま吸収された。

暖かい温もりに包まれて、左手の痛みが消えた!


「ーーーここだっ!!!」


復活した左腕で盾を構えゴブリンの突進を受け流す。

そして、隙を見せたゴブリンの喉元をかっ斬っる。

喉から血を吹き出してゴブリンは倒れた。


一歩後ろに下がり足下を確保する。


「ーーーうぉぉぉ!全力全霊っ!『スラッシュ』ッ!!!」


タケルの叫び声にもう1体のゴブリンも消えたことを悟る。


正面から突進してくるウルフにシールドバッシュを食らわせる。

キャインッ!

ウルフは吹き飛ばされ、入れ替わるようにワイルドボアが迫った。

同時にキルラビットも右方から牙を煌めかせて飛びかかってきていた。


ワイルドボアの突進に右方への力を加え、軌道を変える。

するとワイルドボアの突進にキルラビットが巻き込まれた。

吹き飛ばされたキルラビットは壁に打ち付けられ首が90度に折れた。

全身から魔力をさらに放出して『ヘイト稼ぎ』を強化する。


『ブモォォォン!!!』


ワイルドボアが狂乱状態となり、周囲への警戒を忘れ・・・・・・・・・僕に集中した。


「ーーーナイス!アレン!隙ありまくりだぜっ!!!全力全霊っ『スラッシュ』ッッッ!!!」


狂乱状態のワイルドボアはタケルのスラッシュに気づかず首を一刀両断された。


ーーー残るは『ウルフ』一匹。




勝敗は決した。









「ーーーはぁ!!!」


僕の一閃がウルフの心臓を突き刺す。

剣を引き抜くとすぐに夥しい量の鮮血が溢れ、ウルフはその身体を地面に横たえた。


「あぁぁぁ!ビビったぁ!!!てか疲れたぁ!!!ビビり疲れたぁぁぁ!!!」


全ての怪物にトドメを刺し終え、タケルは地面に腰を下ろした。


「ーーーふぅ、まさか近くにもう1組いたとは思いませんでした」


今回の戦闘は4体の怪物の集団と侮った僕の落ち度だ。

近くにもう1組の怪物もいたんだ。

もっと周囲を索敵するべきだった。

そうすればもう1組の怪物に気づけたはずだ。


それにしても…8体の怪物との戦闘はきつかった…。

何度も肝を冷やす瞬間があった。


「……アレン、大丈夫…?」


深呼吸を繰り返す僕にユリアがタオルを差し出してくれた。


「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


僕はユリアを安心させるために笑顔を返す。


「おい、ユリア!普通、一番の功労者の俺様を真っ先に気遣うだろ!?順番が逆だろ!?」


「……………………」


地面に腰を下ろしながらタケルがぼやいた。

対してユリアは無言でタオルを差し出した。


「……ってえぇぇぇ~、無視かよぉ……。つまんねぇな~」


「早く解体してしましょう。5階層の階段はすぐそこですから『広間』で休憩しましょう」


「わあったよ。アレン」



僕は太股のホルダーから解体用ナイフを取り出し、目の前のワイルドボアに突き立てた。







8体の怪物の解体を終え、通路を進むと『広間』に着いた。

広間は上層や下層に続く階段の直前にある怪物が発生しないエリアだ。

通路から怪物が入ってくることはあるが、頻度は稀だ。

それに目の前で怪物が『生まれ落ちるはっせいする』ことがないため、探索者の休憩所として知られている。


既に広間では十数組のパーティが休憩を取っていた。

腰を落ちつけ食事を取ったり、装備の整備をしていた。


「あそこで休憩を取りましょう」


僕は人のいない奥を指さし、そこへ向かう。

数歩歩くと声をかけられた。


「ーーーおい、兄さんら。ちょっと待ってくだされ」


声をかけられた方を向くと、そこには迷宮内にも関わらず地面にカーペットを敷き、『商品』を並べている髭面のお爺さんがいた。

チリチリでフケの見える白髪を垂らし、洋服はボロボロ。

皺まみれの顔に取って付けたような薄い笑みを浮かべている。


格好から見るに……迷宮内で探索者に向けて商品を売る『戦商人』だろう。


「?なにか用でしょうか?」


「なんか足りねぇもんはないじゃろうか?安くしときますよぉ」


お爺さんは揉み手をしながら立ち上がり一歩僕たちに近づいてきた。


「いえ、万全の準備をして探索に望んでいるので」


僕たちは今回の5階層突破を目指して必要な物は全て揃えた。

不足している物はない。


「いやいや。きっとあるじゃろう。とりあえずなんでも言ってみてくだされ、兄さん方!」


引き下がらないお爺さんはさらに一歩僕たちに対して踏み出した。


「いえ結構です。ーーー2人とも行きましょう」


僕は目の前のお爺さんに不信感を覚え、その場を立ち去ろうとする。

ーーーだが、ついにお爺さんが僕の目の前まで迫り僕の腕を掴んだ。


「まあまあまあ!!!急ぎなさんな!お兄さん方!短刀なんかどうじゃろうか!?中々の上物だよ!魔石掘り出し用にもう1本持っておいた方がいいと思うのじゃがどうじゃろうかぁぁぁ!?」


腰から商品の短刀を取り出し、僕に見せつけた。

短刀は確かに上物に思える。

刀身の照り返しは鮮やかで文句のつけようがない。


だけどそもそも僕たちは短刀を欲していない。


「……予備も持っているので結構です。どいてください」


「な、なら『水の魔石』はどうじゃ!?『カロリーバー』は!?不足してるもんはなにかないじゃろうか!?」


「……ありません。どいてください」


必死に商品を売り込んでくるお爺さん。

その目からは本当の必死さが窺えた。


お爺さんが地面に膝を着き、僕の足に身体を絡めた。


「ーーーーな、なんでもいいから!どうか!どうか!!買ってくだされ!お願いしますぅぅぅ!!!」


「……」


その必死さに……僕はどうしていいか分からなくなる。

押しのけるべきだ…。

孤児院の運営資金ためにも、僕には余剰なお金なんてない…。

ただお爺さんの必死さの中にーーー鬼気迫る物を感じて僕は身動きがとれなくなった。


「ーーーおい、いい加減にしろよじじい」


僕が対処に迷っていると後ろのタケルが口を開いた。


「ーーーじ、じじいぃ…!?」


「全部いらねぇって言ってんだ。俺たちは早く休みてぇんだ。とっととどけっ!」


タケルはお爺さんを威嚇し、吠えた。


「ど、どうか……」


それでもお爺さんは引き下がらず、タケルのズボンへ手を伸ばそうとした。


「これ以上邪魔すんなら…こっちにも考えがあるぜ……」


だがその行動に対してタケルはーーー片手直剣を鞘から抜いた。


「ーーーひ、ひぃ!?」


向けられた切っ先にお爺さんは戦き、後退した。

それを見てタケルはすぐに剣を腰に納めた。


「おい、行くぞ!アレン!」


僕は先行するタケルの後ろに続いておじいさんから離れる。


「……タケル、はっきり言ってくれてありがとうございました。助かりました」


「ほんとだぜ。もっとしゃっきりしろよ。てめぇが一応リーダーなんだからよ」


タケルに呆れた目で見られた。


「にしても、随分絡んできたな。あの戦商人」


「……来月は『納税の月』ですから、お金が必要なのでしょう」


「あ~そういや、そうだったな」


この迷宮都市に住む市民は1年に1度人頭税を納める義務がある。

15歳以上の大人は1人あたり8銀板80万円納める義務がある。

もし期限内に納められなかった場合ーーー待っているのは『奴隷落ち』。

銀板80万円はすぐに手に入る物ではない。

だからこそ前の月の今から、あのお爺さんは必死に商品を売ろうとしたんだろう。




ちらりと振り返りお爺さんを見る。


お爺さんは腰を抜かした体勢のままーーー不気味にこちらを見つめていた……。








「さぁ、行きましょうか」


僕たちは広間で30分ほど休憩することができた。

疲れは取れた。

武器の整備も完璧だ。


ーーー5階層に挑むのに不満はない。


「おう。疲れは完璧にとれたぜ。絶好調だ」


「ユリアも大丈夫ですか?」


「……うん。大丈夫…」


ユリアはコクリと頷いた。



「ーーーそれでは、行きましょうか。5階層へ」



僕は身体を翻し目の前の、5階層ちかへ延びる『青く輝く階段』を見つめた……。



















「……ば、馬鹿にしやがって…」


アレンらが地下へ消えていく姿を睨んでいた『戦商人』が呟いた。


ーーーー彼は追い詰められていた。


とある事件・・・・・』で背負った借金の返済に加えて、来月の人頭税の納税。

もうここ数日、借金取りと怪物、奴隷落ちを恐れて禄に寝れていなかった。

極度の睡眠不足の脳は、もう『正常な判断』などできない。

ただ胸の奥底から湧き出す憤怒ほんのうに身を焦がした。


ーーー血走った目が地下へと消えるタケルを貫いた。


「……じ、じじいじゃと……儂が…じじいじゃと…?」



戦商人はーーー顔を歪めた。




「……絶対にーーー殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」











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