第10話 長男の不条理 Ⅹ









ーーー『男らしい』立派な満月だ。



「……ほんと、立派な男になりやがって…」


ガルムは「やっと眠れそうです」と言い残し小屋に戻ったアレンを見送った後、椅子に座りながら夜空を見上げた。


アレンの門番挑戦に対する不安は最もだ。

ーーー『ホブゴブ』と『門番』の強さは桁が違う。

ホブゴブを乗り越えたからと言って門番を倒せるとは断言できない。


ーーー門番の恐ろしさは3年も探索者でいると嫌でも感じる。

門番の強さを侮ったパーティー、実力不足だったパーティー、メンバー全員lv1にもかかわらず門番を突破した『明日の希望』の功績に焦ったパーティー。

本当に優秀な一部を除き、多くが門番に殺された。門番に挑んだ多く同期が帰ってこなかった……。



その中にはーーー親友もいた。


仲間と合わせて4人で貧しい田舎からやってきていたあいつは、当時の俺たちと同じような探索者もどきの素人だった。

技術もなければ、大した『魔法』を持っているわけでもなかった。


ーーーでも、大した夢を持っていた。


『Aランク探索者になって、貴族になる!そして俺の村を救う!』


俺たちが住むユフィー王国では非常時に優秀な探索者を国の最終兵器として運用するためにAランク探索者を『男爵』に叙する制度がある。


そして王から男爵位を授かる際、1つ希望を述べることもできるらしい。

望めば村落や小さな町も領地として頂戴することができるそうだ。


あいつはーーー貴族の過度な税金に苦しむ地元の村を救うため、Aランク探索者を目指していた。

目を煌めかせながら俺に啖呵を切って、夢を語りやがった。


だけどーーーAランク探索者になること自体ほぼ不可能だ。


現在ユフィー国に所属するAランク探索者は7人だけ。

10年以上前からその顔ぶれに変化はないらしい。

このマリア迷宮都市内でーーーいやユフィー王国内で彼ら7人の名前を知らない民は少ないだろう。


ユフィー王国第一王子様の側近として有名な【鬼王きおう】様。

同じく第二王子様の側近として知られる【迅雷じんらい】様。

ユフィー王国第一騎士団副団長として従軍されている【騎士王】様。

ユフィー王国三大クランの1つ〔幻狼之友《フェンリル》〕のクランリーダー【国犬もんばん】。

同じく三大クランの1つ〔黄金担手ゴールドハンター〕のクランリーダー【封絶ふうぜつ】。

そして、残り2人はフリーの最高位探索者としてそれぞれパーティで行動している【炎帝えんてい】様と【孤王】。


マリア迷宮都市の探索者の数が数百万人に及ぶのに対してAランク探索者は7人だけ。

それも7人のうち4名が貴族家出身・・・・・・・・ということが、貧しい平民がAランク探索者になることの難しさを物語っている。


でもあいつはそれだけ難しい夢をーーー堂々と俺に語ったんだ。

男らしく、堂々と……。

当時自分の夢を実現する難しさを痛感していた俺は、大きな夢を掲げるあいつに共感シンパシーを感じ、自然と話すようになった。


迷宮探索を終えて都合が合えば情報共有と言い訳して無駄な散財と感じながらも、一緒に飲むようになり、パーティー間でも仲良くなった。

一緒に訓練場で強そうな探索者を見つけては見様見真似で剣を振り、ああでもないこうでもない、と意見を交わし、共に技術を高めた。

周囲の探索者からは馬鹿にされながらも探索者の技術をともに盗んで高め合った。


お陰で俺もあいつもホブゴブを余裕を持って倒せるようになり、ついに門番の元にまでたどり着いた。



あいつはーーーlv1のまま門番に挑むと言った。

俺は止めた。あいつのパーティーは優秀な『魔法』を持っていなかったし、技術も俺たちと同程度だったから、無謀だと思った。必死に引き留めた。

だけどあいつは『行動しなきゃなんもおこんねぇ』、『偵察してくるだけだ』と残し、いつもと同じ様子で迷宮に潜っていった。



ーーーあいつは結局、戻ってこなかった。


帰還予定日になっても、再会を約束していた『黒牛亭』にやってくることはなかった。


……それ以来、俺たちは慎重になった。


ーーー残された奴らの絶望や苦しみを知った。

こんな気持ちを弟妹に味わわせるわけにはいかない。


でも『夢』を諦めるわけにもいけなかった……。

迷宮都市で苦しむ何千もの孤児が餓死していくのを……見過ごしてっ、諦めてっ、指を咥えてっ……眺めているのは我慢できなかった。彼らを救うために夢を諦めるわけにはいかなかった…。


ーーー全ての孤児を救いたいっ……。


ーーー3年耐えた…。

やっとlv2になったっ!

セルジオもシュリもlvは上がっていないが技術は格段に上がっているっ。


確実に門番を倒せるっ。


ーーー遠かった『夢』に近づく!


ーーー孤児院を、『都市の全ての孤児を救う・・・・・・・・・・・』!


ーーー男らしく、ついでに亡き親友あいつの夢も叶えてやるっ!







……薪をくべるのも忘れて考えていたせいで、気づくと目の前の焚火が衰えていた。

俺はニヤリと笑い、椅子の下に置かれていた薪と脂を掴み、火に放り投げた。

ゴウッ!と勢いを増す火が、さらに俺の戦意を掻き立てる。



ーーーそのとき、パチパチッと火花が飛んでは地面に落ちて消えていく光景を俺は捉えた。



消えゆく儚い火花を眺めて思い出すのはーーー弟妹きょうだいたち。


そしてーーー優しく微笑むマザー。




「……あの人が泣くのだけはさけねぇとな…」







冷静になった俺を満月がそっと、照らしていた……。








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