第114話 雨音さんの本当の想い

 予想外の言葉に俺は動揺した。


「だ、だって、雨音姉さんは留学中で……」


「来年の春には、交換留学の期限が切れるもの。そうしたら、私も日本のこの町に戻ってくるわ。そのときも、晴人君は水琴さんと同棲しているつもりなんでしょう?」


「そのつもりだけど……」


 俺も玲衣さんもそう考えていた。玲衣さんは、この家が初めてできた居場所だと言ってくれた。

 そんな玲衣さんの居場所を俺も作ってあげたくて……。


 でも、ここは秋原家なのだ。単身赴任の父さんは来年も釧路から戻ってこないらしいけれど、雨音姉さんはそうじゃない。


「ずっとここは私の家だった。それなのに、今では私の部屋は水琴さんの部屋になっている。晴人君は私じゃなくて、水琴さんと暮らすつもりでいる。……どうして?」


 俺は玲衣さんと自分のことしか考えていなかった。

 すっぽりと雨音姉さんのことが、頭から抜け落ちていた


「ごめん。でも、この家に玲衣さんを住ませたのは、元はと言えば雨音姉さんだよね」


「そうだけど……でも、寂しいの。私がいなくなって、晴人君は寂しいって言ってくれたよね? 私は晴人君の家族なのよね? なのに……私はこの家にいなくてもいいの?」


「いなくていいなんて言ってない」


「わかってる。私がいたら、二人っきりの同棲生活にはお邪魔だものね。私より水琴さんが大事なんだって、わかっているもの」


 俺はそんなことないと言おうとした。雨音姉さんは家族で、玲衣さんと比べるなんてできない。


 でも、本当に家族なら、玲衣さんと変わらずに大切だというのなら、なぜ俺は雨音姉さんと一緒に暮らすところを想像しなかったのか?

 

 玲衣さんが遠見家に拉致されたときも、同じ質問を雨音姉さんに投げかけられた。

 あのとき、俺はその問いに答えられなかった。そして、少なくとも、今の俺は、玲衣さんより雨音姉さんの方が大事だとは即答できない。


 雨音姉さんは俺をまっすぐに見つめ、そして、ぎゅっと俺の服の袖をつまんだ。


「夏帆との血縁問題も、水琴さんが誘拐された時も、私が助けてあげた。琴音さんとの婚約も、私が解決できるかもしれない。でも、そうなったとき、私の居場所はどこにあるの?」


「雨音姉さんは……俺なんかと違って、いくらでも居場所があるはずだよ。大学でだって優秀なんだろうし、就職先だって良いところが……」


「でも、私の家はここだけなの。五年前のあの日から、ずっと……」


 そして、雨音姉さんは、床に落ちていたガラスの瓶をそっと拾い上げた。

 それは玲衣さんが置き忘れていった化粧水のようだった。雨音姉さんはそれを見て、唇を噛む。


 その化粧水は、雨音姉さんの部屋が玲衣さんのものとなった象徴……のように、雨音姉さんには見えたのかもしれない。


 雨音姉さんは微笑んだ。


「今日の私、ちょっと変かも。ごめんなさい」


「いや、雨音姉さんが謝る必要はなくて、むしろ悪いのは俺な気が……」


「大丈夫。安心して。私が、全部の問題を解決して、晴人君と水琴さんがまたこの家に住めるようにしてあげる」


「えっと、雨音姉さん。ごめん、無理はしなくていいから……」


「無理? 無理なんてしてないわ。だって私は晴人君のお姉さんだもの。晴人君を助けてあげるのが当たり前で、それが……私の恩返しだもの」


 雨音姉さんはそう言うと、どう見ても無理をした様子で、なんとか笑みを浮かべた。

 俺はなんて声をかけようか迷った。俺が口を開くより早く「ちょっと風に当ってくるから」と言って、雨音姉さんは玄関の方へと行ってしまった。


 風なら、窓から十分に吹き込んでいるのだけど。玄関の扉を雨音姉さんが開けたからか、ひときわ風が強くなった。


 その冷たさに俺はぶるりと身を震わせた。俺は慌てて窓を閉めた。


 ここ一、二年の雨音姉さんがあんなふうに感情的になるのは、珍しい。いつも雨音姉さんは、姉らしく余裕たっぷりに振る舞っていた。


 五年前。あの火災の直後は違った。雨音姉さんの心は不安定で、突然思い出したように泣き出してしまっていた。

 雨音姉さんはあのとき、まだ十五歳だった。両親を失った衝撃は、普通の少女一人には耐えきれないほどの重さだっただろう。


 あのときの雨音姉さんは、けっして強い人ではなかった。そんな雨音姉さんが頼れる姉になったのはいつからだろう。


 俺自身も母を失っていて、でも、俺には父さんがいた。

 壊れそうな雨音姉さんのそばに、俺はずっといた。そうすることで俺は母を失った悲しみを癒せたし、雨音姉さんの支えにも少しはなれていたのかもしれない。


 なのに、今、俺は雨音姉さんを傷つけてしまった……のかもしれない。

 雨音姉さんが、俺を家族としてそんなに大事だと思ってくれているとは想像していなかった。


 雨音姉さんは明らかに……玲衣さんに嫉妬していた。それは俺の家族になりつつある玲衣さんに対してなのか、それとも……。

 

 俺は考えながら、さっきまで雨音姉さんが片付けていた押入れをなんとなく覗く。


 雨音姉さんの荷物と、俺が後から放り込んだ荷物で、カオスなことになっている。

 これは……なんとかしないと……。


 現実逃避も兼ねて、俺は何気なく、押入れの奥にある手帳のようなものを取った。

 ……こんなものあったっけ? 


 ホコリがひどいので、一度押入れの扉を開く。


 なんだろう? 俺のノートか何かだろうか・

 ぱらっと開いて、俺は後悔した。


 それは雨音姉さんの日記だった。うっかり置き忘れたんだろう。


 プライバシーの塊である。覗き見するつもりはないし、普通だったら、すぐにでも閉じただろう。


 でも、日記のページには俺の名前が書かれいてた。

 自然と文字を目で追ってしまう。


「晴人君のことが好き」


 えっ……と思い、続けて読む。「デザートのプリンを譲ってくれた晴人君大好き!」とか、そういう家族としての好きだろうか……。


 そうではなかった。

 そこに書かれていたのは、雨音姉さんが女性として男の俺を好きだという話だった。





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