第113話 ここは私の家なのに
本棚の本をちらりと俺は見た。そこには雨音姉さんと俺の持っている本が混ざって置かれている。
あまりにもお互いに日常的に貸し借りをしていたせいで、どちらがどっちのものという区別をすることも難しい。
俺と雨音姉さんは共通でミステリが好きなので、推理小説の文庫本が多い。
『三つの棺』とか『エラリー・クイーンの冒険』とかみたいな本格ミステリから、『長いお別れ』とか『マルタの鷹』みたいなハードボイルドまで、昔の海外の名作がたくさん並んでいる。
こういうのを俺が読むようになったのも雨音姉さんの影響だ。
雨音姉さんは英語の原書でも読めるみたいだ。
ただ、俺はそんなことはできない。俺が雨音姉さんの年齢になっても、できたりはしないだろう。
雨音姉さんは優秀で、隣町の名門国立大学に通って、英語の試験で高い点を取り、アメリカの大学に交換留学に行くほどだ。
無色透明な、取り柄のない俺とは違う。
俺が本棚から視線を戻すと、雨音姉さんが微笑んだ。
「この本棚も片付けちゃったほうがいいかも」
「え?」
「というより、この部屋を解約した方が良さそうね」
当然のことのように、雨音姉さんは言った。
俺は戸惑う。あくまで、今日は荷物の整理に来ただけだ。
部屋を解約したりするつもりはない。
「この部屋にはいつか戻るつもりだから、解約なんてしないよ」
「いつかっていつ?」
「それは……」
「遠見家は、水琴さんを解放したりしないでしょう? 身の安全が確保できないから、屋敷に留めておきたいはず。それに、琴音さんとの婚約もあるし」
雨音姉さんの言う通りだ。経営の傾いている遠見グループは、危険な裏取引の結果、一族の身が狙われている。
玲衣さんを守るために、警備体制が万全な遠見家の屋敷にいる必要がある。
そして、それ以上に問題なのが琴音との婚約だ。婚約者、そして遠見家の後継者候補として、俺は扱われているから、婿養子として遠見の屋敷の居住を強いられるかもしれない。
この二つの問題が解決しない限り、俺はこの家に戻ってこれない。
「それでも、俺はこの家に戻ってきたいよ。玲衣さんもそう言ってくれているし……」
「へえ……」
雨音姉さんがぱちぱちと目を瞬かせる。
俺は少し恥ずかしかったが、言うことにした。
「この家に戻って、また俺と一緒に二人きりで住みたいって玲衣さんは言ってくれた。クリスマスも一緒に祝いたいって……」
「そうなんだ。水琴さんなら……そう言うでしょうね」
雨音姉さんの表情がかすかに変化する。
俺はその表情の変化を気にも留めず、雨音姉さんに気軽に相談しようと思ってしまった。
「あのさ、雨音姉さん。遠見家の事情はともかく、琴音との婚約だけでもなんとかならないかな。解消する良い方法があればいいんだけど……。きっと雨音姉さんなら、思いつくかなって」
「そうすれば、水琴さんと同棲生活が再開できるってことね」
雨音姉さんの声が小さくなった。少しトーンも暗い。
どうしたんだろう?
非現実的だと思っているんだろうか? たしかに遠見家当主・遠見総一朗の指名だから、婚約を断るのは難しい。
とはいえ、雨音姉さんなら、なんとかできるんじゃないだろうか。「世界から見れば、遠見グループなんて、地方の小さな企業に過ぎないんだから」と自信たっぷりに言っていたんだから。
でも、俺は雨音姉さんの思いにまったく気づいていなかった。
「私は、どうなるの?」
「え?」
「私もこの家の住人なのに」
雨音姉さんがすねたように俺を見つめる。
<あとがき>
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