第111話 従姉のお姉さんは寂しがり屋?

 その日の夜。俺がいたのは遠見家の屋敷ではなかった。

 秋原家のアパートに戻ってきたのだ。


 なぜかといえば、遠見の屋敷へ引っ越したのがあまりにも急だったので、荷物の整理ができていなかったのだ。

 

 玲衣さんは、着の身着のままでこのアパートにやってきたから、私物をほぼ持っていなかった。

 だけど、俺は長くここに住んでいたので、多少なりとも追加で持っていきたいものもある。


 長期間、家を開けるなら、片付けもちゃんとしておかないといけない。


「私、こういう地味な作業って苦手なのよね……」


 雨音姉さんがぼやいた。

 かつての住人だった雨音姉さんも、一緒に整理整頓に協力してくれている。


 雨音姉さんは頭が良くて、アメリカの名門大学に留学するほど優秀だけれど、整理整頓とか家事とかは苦手な方だ。


 反対に、俺は掃除も料理も片付けもかなり得意である。それ以外の面では、お世辞にも優秀だとは言えないけれど……。


 雨音姉さんは、自分の部屋――玲衣さんの部屋でもある――の押入れをがさがさと漁っていた。

 いつもどおりの活動的な格好で、Tシャツの上にカーディガンを羽織り、ショートパンツを履いている。


 雨音姉さんは、押入れに上半身を入れて、前のめりになっていた。俺の方に背中を見せているから、自然とお尻を突き出すような格好になる。


 玲衣さんに言われたことを思い出す。俺が雨音姉さんを女性として意識している……みたいな。


 そう言われると、急に意識してしまう。今だって、俺は雨音姉さんと二人きりで部屋にいるわけで……。

 一緒に暮らしていた昔は、そんなこと日常茶飯事だったのだけど。


 俺の視線に気づいたのか、雨音姉さんがこちらを振り返る。

 そして、ちょっと顔を赤くして、ふふっと笑う。


「私のお尻、見てたんだ?」


「み、見てないよ」


「晴人君のエッチ。押入れにもエロ本がたくさんあったし」


「えっ、全部回収したはず……」


 俺は言ってから、「しまった」と思った。

 雨音姉さんはにやっと笑った。


 誘導尋問だ。実際には、エロ本は全部回収していたけど、雨音姉さんの罠に引っかかって、秘密を暴露する羽目になった。


「やっぱり、ここにエロ本を山のように隠してたんだ!」


「そんなにたくさんはなかったけどね。友達に押し付けられた分だけだよ」


「へえ、友達ねえ」


 にやにやと雨音姉さんが笑う。言い訳だと思ったらしい。


 いや、実際に友人の大木が勝手に俺に渡したのだけれど。ついでに、みんなエロ本は夏帆に似たものが多い。大木も俺が夏帆を好きだと知っていたからだ。


 そういえば、雨音姉さんは、大木のことはあまり知らない。いや、ちょろっとだけは話したかもしれないが、大木は高校でできた友人だし、雨音姉さんは去年の九月には留学に行ってしまった。


 俺と雨音姉さんは、昔はいつも一緒にいた。けれど、最近はそうではない。

 雨音姉さんは俺のことをすべて知っているわけではないし、俺も雨音姉さんのすべてを知らない。


「どうしたの?」


 黙っている俺に、雨音姉さんが不思議そうに首をかしげる。

 俺は肩をすくめた。


「いや、雨音姉さんがいなくて、寂しくなったな、と思って」


 雨音姉さんは虚をつかれたようで、それから、あたふたとした表情をした。

 もしかして……照れている?


 雨音姉さんはいつも飄々としているから、珍しい。

 いつもからかわれてばかりなので、俺は雨音姉さんをちょっとからかってみたくなった。

 

「雨音姉さんも寂しいんだ?」


「……そう。寂しいわ」


 雨音姉さんは頬をほんのりと赤く染めて、でも、はっきりと言った。

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