第55話 晴人の隣で寝る権利
夏帆と俺が姉と弟だという疑いは完全に否定された。
だから、夏帆とその母の秋穂さんのあいだには、なんのわだかまりも残らないはずだし、そうなれば夏帆が家出を続ける理由もなくなる。
と思っていたのは甘かった。
「あたし、しばらく晴人の家に住むから」
あっさりと夏帆は言った。
秋穂さんが困惑したように眉を寄せる。
「もしかして、夏帆は私のことを怒ってる? 何も話さなかった私のことを。だから、私と一緒にいたくない?」
「ううん。違うの。私、お母さんのことを恨んだりなんかしてないよ。あたしが晴人の家に住むのは、ただのあたしのわがまま」
「それなら、晴人くんにも迷惑をかけてしまうし、それに高校生の男女が一緒の家でなんて良くないわ。もう一週間も泊まらせてもらってたんだから、十分じゃない?」
秋穂さんは案の定、反対しようとした。
けれど、夏帆はにっこりと微笑みを返した。
「恨んではいないけど、お母さんがもっと早く話してくれてたら、あたしも晴人の告白を断らずに済んだなあ、なんて」
うっ、と秋穂さんが言葉に詰まる。
秋穂さんとしても、そう言われると後ろめたいのだろう。
呆れたように肩をすくめ、深くため息をついた後、秋穂さんは空を仰いだ。
それからくすくすっと笑う。
その姿は夏帆そっくりだった。
「いったい誰が夏帆をこんな性格の悪い子に育てたのかしら?」
「お母さんでしょう?」」
「まあ、ちょっとのあいだだけだったら、晴人くんの家に泊まってもいいけど、ちゃんと節度を保ってお付き合いしてね」
秋穂さんがまるで俺と夏帆が付き合うかのような口ぶりで言うので、俺はびっくりした。
そして、秋穂さんが玲衣さんの存在を知らないということに気づく。
困った。
たしかに、この血縁疑惑さえなければ、夏帆は半年前にあっさりと俺の告白を受け入れていたはずで、そして今も夏帆と付き合っていたに違いない。
でも、今の俺の家には玲衣さんがいる。
秋穂さんが、雨音姉さんに「二人をしっかり見張っていてね」と心配そうに頼んでいた。
☆
その日の夜、俺の家では寝る場所が問題になった。
俺と玲衣さんの二人だったときは別々の部屋に寝ればよかったし、夏帆が増えたら女子二人組で同じ部屋に寝てもらえばよかった。
けど、雨音姉さんも含めた三人が住むとなると話は別だ。部屋は二つでそれぞれに敷ける布団は二つまで。
誰かが俺と同じ部屋で布団を並べて寝ないといけない。
玲衣さんと夏帆が論戦を繰り広げていた。
議題は、どちらが俺と一緒の部屋の布団で寝るか。
玲衣さんは「わたしは寝相は悪くないもの」というよくわからない理由で自分がふさわしいと力説していた。
二人は延々言い争いをしそうだったけれど、雨音姉さんの鶴の一声で決着がついた。
俺と一緒の部屋で寝るのは雨音姉さん。
まあ、順当な結論だと思う。
いちおう従姉で、ずっと前からこの家に住んでいいたし。
「私は晴人君のお姉さんで、家族だもの」
と雨音姉さんは自信たっぷりに笑った。
玲衣さんが慌ててなにか必死で理屈を考えようと、額に手を当てていた。
そして、名案が思いついた、という顔でぱぁーと顔を明るくする。
「わたしだって、晴人くんの妹ですから!」
「へ?」
「雨音さんは従姉だから晴人くんの『お姉さん』。わたしは晴人くんのはとこだから、妹って言えるでしょう?」
玲衣さんはにこにこしながら、俺に言った。
たしかにそんなような話をした。
玲衣さんがはとこだから、玲衣さんは十六分の一だけ俺の妹だ、と。
そのときは、ちょっと後に生まれただけで、自分が妹だなんて納得いかない、と不満そうにしていたのに。
俺がそう言うと、玲衣さんは「なんのこと?」ととぼけた。
「そんな昔のことは忘れたもの」
「いや、ついこのあいだのことだと思うけど……」
「違うもの。は、晴人お兄ちゃんの意地悪……」
玲衣さんが頬を赤くして、俺を上目遣いに睨んだ。
「その呼び方で俺を呼ぶのも二度目だよね?」
と俺は言い、失言に気づいた。
雨音姉さんは面白そうに俺を見つめていた。
一方の夏帆は冷たくジト目で俺を眺めて、そして言う。
「へえー。晴人は水琴さんに妹プレイをさせてたんだ?」
「ぜんぜん違う!」
「決めた。やっぱり晴人と一緒に寝るのは、雨音さんでいいから!」
夏帆は決然とした様子で言い切る。
そして、「晴人と水琴さんが一緒になるのだけは避けなくちゃ……」と小さくつぶやいてた。
「はい。三対一。多数決で決まりね」
雨音姉さんが勝ち誇った笑みを浮かべる。
こうして俺と玲衣さんと夏帆と雨音姉さんの短い共同生活が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます