第51話 どっちのキスのほうが良かった?

 狭く薄暗い生物準備室に俺と玲衣さんと夏帆は入った。

 ちょっとほっとする。


 これで俺たちは三人だけ。

 騒がれる心配はない。


「ふたりともさ、あんまり外でおおげさにキスしたとかいうと、俺が困るからやめてほしいな」


 玲衣さんは「ごめんなさい」と小さく言い、夏帆は「はーい」と楽しそうにうなずいた。

 あんまり目立つと困るのは二人も同じだと思うけど。


「あたしは晴人と一緒にいて噂されたりするのはぜんぜん困らないよ? どっちかといえば、嬉しいぐらい」


「わ、わたしも……!」


 夏帆に続き、玲衣さんもこくこくとうなずく。

 そして夏帆は玲衣さんをちらっと見て、それから頬を膨らませた。


「晴人は水琴さんと六回もキスしたんだ?」


「うん、まあ、そうだけど」


「なら、あたしも同じだけキスする」


「え?」


「水琴さんに負けたくないもの」


 そう言うと、夏帆は俺をぐいっと引っ張った。

 玲衣さんも急なことでなにもできず、俺は夏帆に唇を奪われた。


 甘い香りがする。

 夏帆はそのまま俺を離さず、ゆっくりと壁に押し付けた。

 胸の柔らかい感触が俺に当たる。

 たぶんわざとやっているのだ。


 かなり時間が経ってから、夏帆はようやく俺から離れた。

 夏帆は顔を真っ赤にしていた。


「これで三回目のキスだね。あと三回すれば、水琴さんと同じ回数だ!」

 

 そう言って夏帆はふたたび俺に近づこうとする。

 けど、それは途中で止まった。

 玲衣さんが夏帆の袖を引っ張ったからだ。


「わたしの前で、晴人くんと佐々木さんがキスするなんて許さないんだから!」


「べつにいいよね? だって、水琴さんは晴人の彼女でもないんだし」


 夏帆は楽しそうに笑った。

 玲衣さんは怯むかと思いきや、夏帆を思いきり睨みつけた。


「それは佐々木さんだって同じでしょう?」


「うーん。なら、あたしと水琴さんで、交互に晴人にキスしよっか」


「え?」


「それで晴人に気持ちよかったほうを決めてもらうの。晴人が選んだほうが、晴人と一緒にお風呂に入るってことで!」


「で……でも」


「嫌ならこのまま晴人とキスしちゃうよ?」


「……わかった」


 夏帆のとんでもない提案に玲衣さんもうなずいてしまった。

 なんだか俺がゲームの景品にされているみたいだ。


「あの……ふたりとも。それはちょっと変というか、なんというか……」


 俺の言葉は、「逃げるの?」という二人の少女の言葉でかき消された。

 玲衣さんも夏帆も、俺とキスするつもり満々のようだった。


 玲衣さんが顔を真っ赤にしながら、俺に唇を近づける。

 そういえば、人前でするのはこれが初めてだ。


 俺は拒めず、玲衣さんのキスを受け入れた。

 玲衣さんは俺の唇を軽く舐め、そして舌を俺に入れた。


 舌が絡められ、玲衣さんの甘い息遣いとともにその感触が伝わってくる。

 脳がしびれたようになり、俺は自分の脈拍が急激に上がるのを感じた。


 玲衣さんは身体も俺に密着させ、いろいろと柔らかい部分が俺と触れ合っている。

 そのまま玲衣さんは俺をゆっくりと抱きしめる。


 ダメだ。

 このままだと玲衣さんをどうにかしてしまいそうだ。


 夏帆がいる前なのに。

 俺は玲衣さんをそっと離そうとしたが、逆に玲衣さんはますます俺を強く抱きしめた。


 どうしよう?

 

 困惑していたら、夏帆が玲衣さんの身体をつかみ、ぐいっと引き剥がした。


「ふ……ふたりとも、そこまでだから! それ以上のことをここでしたら困るから!」


 夏帆が顔を真っ赤にしていた。

 珍しく夏帆がすごく動揺している。


 俺と玲衣さんは顔を見合わせて、そしてぽーっとした赤い顔で互いを見つめ合った。

 夏帆の前でだいぶ恥ずかしいことをした気がする。


 玲衣さんは自信たっぷりに俺に聞いた。


「わたしと佐々木さん、どっちのキスの方が良かった?」


 すごく答えづらい質問だ。

 どう答えても角が立つ。

 

 でも、どちらがよかったかといえば。

 玲衣さんのほうだった。


 口を開きかけた俺を、夏帆が押し止める。


「一回勝負なんて言ってないから!」


「佐々木さん、わたしに負けたって思ってるの?」


 玲衣さんが静かに聞く。

 うっと夏帆は言葉につまり、「そんなことないもん」とつぶやいた。


 そして、夏帆は俺をぎゅっと抱きしめた。

 上目遣いに夏帆が俺を見つめる。


「水琴さんと同じようにすれば、いいんだよね? あたしのことを選んでくれるんだよね」


 俺が答える前に夏帆が俺に口づけをした。

 玲衣さんがしたのと同じように、夏帆が俺の唇を舐める。


 俺はくらくらしながら、考えた。

 こんなところを他の生徒や教師に見られたら、なんて言われるだろう?


 そのとき、生物準備室の扉が開いた。

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