第50話 学校での三人
予想通りというべきか、学校につくと、俺たちは注目の的になった。
ちょっとした騒ぎとも言える。
まあ、俺が夏帆と玲衣さんに両腕をつかまれているのだから当然だけれど。
教室の入り口に近づくと、たまたま友人の大木とクラス委員の橋本さんが立ち話をしていた。
二人がこちらを振り向く。
大木は大ショックという表情で俺を見る。
妬ましい、羨ましいとぶつぶつとつぶやいていた。
いろいろと怖いので後で説明しておこう。
一方、クラス委員の橋本さんは面白そうに俺たち三人を眺めた。
からかうように橋本さんは言う。
「へええ? 秋原はさっそく夏帆に浮気したの」
玲衣さんも夏帆も口をそろえて違うと言ったけれど、その理由はべつべつだった。
玲衣さんは「晴人くんは浮気なんてしていなくて、わたしの彼氏なんだもの」と頬を染めて言った。
夏帆は「浮気じゃなくて、晴人が本当に好きなのはあたしなんだよ」とくすっと笑って言った。
そして、玲衣さんと夏帆の二人は睨み合い、俺は頭を抱えた。
「うーん、まさに修羅場って感じだねえ」
橋本さんはのん気に言うけれど、俺は気が気じゃなかった。
玲衣さんは学園の女神様として有名だし、夏帆だって男子たちからの人気はかなり高いのだ。
その二人が俺にくっついているとなれば、男子たちからの嫉妬の目が怖い。
実際、大木たち以外にも何人かの生徒がこちらをじーっと見てる。
夏帆が俺を引き寄せ、耳元でささやく。
「可愛い女の子二人に好きって言われてるんだよ? ちょっとした騒ぎぐらいは我慢しないと」
夏帆の甘い吐息がかかり、耳がくすぐったい。
その様子を見ていた数人から「おおっ」とどよめきが漏れる。
……目立つことはしないでほしいな。
でも夏帆は続けて俺の正面に回り込むと、すっと顔を近づけた。
キスをしようとしているみたいで、俺は慌てた。
さすがにみんなの前ではちょっと恥ずかしい。
次の瞬間、玲衣さんが俺をひっぱった。突然のことで姿勢を崩しそうになり、玲衣さんに抱きとめられる。
結果的に夏帆からのキスは止められた。
「わたしが晴人くんの恋人なんだから!」
玲衣さんがきっぱりと言う。
みんなあっけにとられていて、橋本さんだけが「水琴さんって本当に大胆だなあ」とくすくすと笑っていた。
一方の夏帆は、「残念。みんなに見せつけようとしてたのに」とちょっと不満そうにつぶやいた。
橋本さんが玲衣さんと夏帆を見比べる。
「でも、秋原は水琴さんと付き合っているんだよね? そうすると、夏帆は水琴さんから秋原を奪うつもりってこと?」
たしかにこのままだと、夏帆の立場も俺の立場も微妙なものになりかねない。
俺は浮気者で、夏帆は浮気をそそのかす悪い女子ということになる。
ところが、状況が一変した。
夏帆の親友のユキがいたからだ。
ユキは呆然自失といった感じで俺たちを見ている。
「夏帆……どうしたの? アキくんのこと、男の子としては見られないって言ってたのに」
「ごめんね、ユキ。あれは嘘だったんだ。本当はあたしも晴人のことが好き」
「……そうだったんだ。よかった。……私、嬉しいよ」
ユキは夏帆と俺をくっつけたがっていて、その最大の障害は夏帆にその気がないということだった。
でも、今は違う。
「だったら、もうアキくんと水琴さんが恋人のフリをする必要なんてないよね?」
ユキは綺麗な笑顔でそう言った。
しまった。
ユキは、俺と水琴さんの関係がフェイクだと知っていたのだ。
橋本さんと大木、それに他の生徒たちが「え? え?」と言った感じの戸惑った顔をする。
玲衣さんも、「あっ」とつぶやき、悲しそうな表情をしていた。
夏帆はといえば、大きく目を見開き、そして嬉しそうに笑った。
「よくわからないけど、晴人と水琴さんが付き合っているっていうのは嘘だったんだ? 水琴さんが晴人のことを好きっていうのも嘘?」
「ううん。わたしは……晴人くんのことを好きで、それで晴人くんにお願いして恋人のフリをしていたの」
玲衣さんはフェイクを隠しとおせないと判断したのか、あっさりと俺と彼氏彼女というのが偽装だと認めた。
でも、俺が好きだというところは嘘ではないともはっきり言ってくれて、それが俺には嬉しかった。
「そっか。なら、あたしはなにも遠慮することないよね? あたしと水琴さんの立場は対等なんだから」
「対等?」
「どちらも晴人の彼女じゃなくて、晴人の本物の恋人になるために戦う対等なライバルってこと」
「つまり、恋敵ってこと?」
「うん。でも、あたしが一歩リードだよね? あたしは晴人の幼馴染だし、それに晴人のファーストキスをもらったのもあたしだし」
「でも、わたしは晴人くんに六回キスしてもらったもの」
「ろ、六回……。で、でも、あたしは晴人に下着姿で抱きしめてもらったもん!」
「わたしは晴人くんと一緒にお風呂に入ったけど」
玲衣さんの言葉に、夏帆が愕然とした表情をする。
さっきまでの玲衣さんは、俺との偽装恋人関係がばれて、意気消沈していたみたいだった。
でも、今は夏帆に対して優位(?)に立てたことが嬉しいのか、青い瞳をきらきらと輝かせている。
ともかく二人は互いのことを意識するあまり、周囲の目を全然気にしていないようだった。
でも、このままだと俺の立場がやばくなる。
たくさんキスしたとか、下着姿で抱きついたとか、一緒にお風呂に入ったとか、こんなところで話すことじゃない。
周りの生徒たちは面白がって、または冷ややかに俺たちに注目している。
徐々に他のクラスの生徒達も「なんだなんだ」と集まってきていた。
俺は二人の女の子の手をつかんだ。
玲衣さんも夏帆も「え?」と驚いた表情をして、同時に頬を赤く染める。
そんな反応をされると俺も恥ずかしくなるからやめてほしい。
「二人とも、ちょっと話があるから、生物準備室に行こう」
こくこくと玲衣さんも夏帆もうなずいた。
橋本さんが「今度は三人でいちゃつくんだー」とつぶやいていたが、独り言みたいだし、俺は何も答えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます