第47話 お義父さん?
風呂から上がった俺たちは、それぞれ部屋着に着替えた。
玲衣さんは白い無地のTシャツにショートパンツという姿で、白い太ももがまぶしかった。
……もうちょっと、穏当な服装をしてほしいのだけれど。目に毒だ。
俺も玲衣さんも顔は真っ赤で、互いをぽーっと見つめていた。
いろいろあって長風呂になってしまい、半分のぼせているというのもある。
それに互いに変な気持ちになっていた。
けど、そういうことばかりを考えてもいられない。
問題は山積みだ。
俺たちは食卓に腰掛けた。
まずは父さんへ電話をしないといけない。
一つは夏帆の父親が誰かという問題。
もう一つは玲衣さんが東京の女子寮ではなく、この家に住み続けたいという相談を父さんにする必要がある。
俺はスマホを取り出して、食卓の上に置いた。
そして、スピーカーフォンにして、発信する。
父さんはワンコールで電話に出た。
もともと電話する予定だったからだと思う。
俺は挨拶もそこそこに夏帆の件を聞いた。
夏帆の実の父親が、俺の父さんかもしれないという話があるのだけれど、と。
はひ?と変な声を上げて、父さんは俺に聞き返した。
何を言っているのかよくわからない、という感じだった。
俺はもう一度事情を説明しなおした。
「そんなわけないよ」
父さんはためらいなく、明確に否定した。
俺はほっとした。
ここで、父さんが「今まで隠していたけど、実は僕が夏帆ちゃんの父親で……」などと言い出したらどうしようと思っていたのだ。
ともかく、父さんにはやましいことはないらしい。
嘘をついていなければ、の話ではあるけれど、そこは父さんの言うことを信用したい。
「まったく思い当たる節はないってことでいいんだよね?」
「もちろん。たしかに夏帆ちゃんが生まれる前後ぐらいは、秋穂さんと会う機会は多かったけれどね」
秋穂さん、というのは夏帆の母親で、そして父さんの幼馴染でもあった。
二人は小学校から高校までずっと一緒で、卒業した後も関わりがあったみたいだった。
父さんは公務員として、秋穂さんは医者としてこの町にいて、互いの家も変わらずそばにあった。
秋穂さんの夫、つまり夏帆の父親となったのが、佐々木信一さん。彼は、父さんと秋穂さん、そして俺の母の共通の友人だったらしい。
ところが、彼は夏帆が生まれる前に事故で死んでしまった
「だから、あの頃は秋穂さんの相談にはよく乗っていたけどね。彼女は佐々木くんの死でだいぶ精神的に参っていたみたいだし、僕が力になれるなら、と思ったんだよ。けど、だからといって、何かがあったというわけじゃない」
「本当だよね?」
「母さんに誓って、嘘じゃないよ」
父さんは穏やかにそう言った。
俺の母も五年前のこの町の大火災でいなくなってしまった。
そういえば、あの大火災の発端は、遠見グループの商業施設で起きた爆発事故だったな、と思い出す。
「ともかく、一度、秋穂さんにも確認が必要だね」
「今度、聞いてみるよ」
俺は言った。
昔は夏帆の家によく行ったし、秋穂さんは俺を可愛がってくれていた。
だから、尋ねることはできるだろう。
これ以上、この問題には進展はなさそうだし、次の件に移る。
玲衣さんの住む場所だ。
俺は玲衣さんがスピーカーフォンで参加していることを伝えると、父さんは柔らかい声で「はじめまして。晴人の父の秋原和弥です」と丁寧に言った。
玲衣さんはぎこちなく「は、はじめまして」と返事をする。
なんだか、玲衣さんはかなり緊張しているみたいだ。
どうしたんだろう?
この家に住み続けることを認めてもらえるか、不安なんだろうか?
「東京の女子寮の話、晴人から聞きましたか?」
「はい。親切にしてくださってありがとうございます」
「これまで晴人と一緒に狭い部屋に住ませてしまって、申し訳なく思います。寮は良いところだと思いますよ。設備は綺麗ですし、学校は名門校。東京の都心にありますからとても便利ですし、なにより遠見家と関わらずにすみます」
「あの……せっかくなのですが、寮の話は断らせてください」
「どうしてですか?」
父さんが意外だというふうに問い返す。
そうだ。
玲衣さんは理由をなんて答えるつもりなんだろう。
「わたしが……この家にいたいからです」
「そんな安アパートに?」
「はい。だって、ここには晴人くんがいますから。わたし、晴人くんのことが好きなんです」
父さんは絶句し、俺も絶句した。
まさかここまでストレートに理由を言うとは思わなかった。
しばらくして、ようやく父さんの声が電話から聞こえてきた。
「晴人……君は……どう思ってる?」
「俺も玲衣さんにこの家にいてほしいと思ってる」
「そうか」
しばらく父さんは沈黙した。
その沈黙を否定と受け取ったのか、玲衣さんが慌てた様子で付け加える。
「もちろん家賃や生活費だって払います。お父さんとお母さんが遺してくれたお金がありますから」
玲衣さんの父は一時期とはいえ遠見家の当主だったようだし、非嫡出子の玲衣さんもかなりの金額の遺産を受け取ったのだと思う。
だから、家賃や生活費を俺の父さんに払って、そして自分が大学まで行くぐらいのお金なら容易に出せるだろう。
けど、問題はそこじゃない。
父さんは淡々と言う。
「高校生の男女が二人で同じ部屋に住んでいるというのは、あまり良くないですよ。それに水琴さんが晴人を好きだというなら、なおさらだ」
「わたしたち、何もやましいことはしていません!」
と玲衣さんは力強く言ったが、やましいことはありまくりのような気がする。
ただ最後の一線を超えていないというだけの話で、さっきも一緒にお風呂に入ったばかりだ。
迷うように沈黙した父さんに、玲衣さんが言葉を重ねる。
「わたし、いますごく幸せなんです。遠見の屋敷にいたときも、他の親戚の家にいたときも、わたしの居場所はありませんでした。でも、ここには晴人くんがいて、わたしにいてほしいって言ってくれる。だから、はじめて見つけたわたしの居場所に、いさせてほしいんです。晴人くんと一緒にいさせてください」
玲衣さんは綺麗な声で言い切った。
もし、俺が玲衣さんの居場所を作ってあげられているなら、それは嬉しいことだと思う。
でも、他のみんながそれを認めてくれるかどうか。
まずは父さんの返事が問題だった。
父さんはため息をついた。父さんとしても、玲衣さんがそこまで言うのに、俺と一緒にいるのを即座に否定するのは気が引けたみたいだった。
そして、とりあえず女子寮の話はいったん保留にするから、ちょっと考えさせてほしいと言った。
そして、時間がないからまた後日、と父さんが言い、電話は終わった。
俺と玲衣さんは顔を見合わせた。
玲衣さんは不安そうに俺を見つめた。
「やっぱり、晴人くんと同じ部屋にいちゃダメって言われたらどうしよう?」
「まあ、そのときは、アパートの隣の部屋を新しく借りて、そこに玲衣さんに住んでもらうとか、そういう手もあるかもしれないね」
「そっか」
ぽんと玲衣さんは手を打った。
同じ部屋でなくても、近くにいることぐらいはできる。
玲衣さんはちょっと安心したようだった。
「玲衣さん、なんか父さんと話すとき、緊張していたみたいだったけど、この家にいられるかどうかが不安だった?」
「それもあるけど……その……」
玲衣さんは口ごもり、恥ずかしそうに俺を上目遣いに見つめた。
「は、晴人くんのお父さんに初めて挨拶するって思うと緊張しちゃって。だって、将来、わたしの『お義父さん』になるかもしれないんだもの」
玲衣さんが言っている意味が一瞬わからず、しばらくして俺は顔を赤くした。
俺と玲衣さんが結婚するかもしれない、と言っているのだ。
まだ俺は玲衣さんに告白の返事もできていないのに。
「わたし、本気だよ? さっきも言ったよね。わたし、晴人くんとずっと一緒にいたいんだもの」
玲衣さんは綺麗な青い瞳で俺をまっすぐに見つていた。
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