第46話 お風呂でキス

 結局、バスタオル一枚の玲衣さんと一緒に、俺は風呂場に立ち入った。

 さすがに俺も下半身にはタオルを巻いている。


 そして、俺たちは顔を見合わせる。


「ええと……」


 戸惑う俺に、玲衣さんがくすっと笑う。


「晴人くん、先にお風呂に入って」


「うん」


 言われるがままに、俺は湯船につかった。

 冬場にはちょうどよいぐらいの熱さだった

 ちょっと多めに入れすぎたのか、湯が浴槽から溢れ出す。


 玲衣さんは先に身体を洗うのかなあ、なら目を閉じていないとなあ、とか考えていた俺はのん気すぎた。


 玲衣さんは俺をちらちらと見て、なにか悩んでいるようだった。

 なんだろう?


 なんとなく、良くない予感がする。

 玲衣さんはためらいを振り切ったように、思い切りよく、きれいな白い脚を振り上げた。


 そして、浴槽に踏み込む。

 俺はぎょっとしたが、玲衣さんは止まらなかった。


 そのまま、玲衣さんは腰をおろした。

 でも、その体勢が、なんというか、かなり困る感じだった。


「玲衣さん……なにしてるの?」


「一緒にお風呂に入るって言ったもの」


「でも、その位置は……」


 玲衣さんは膝をかかえて、俺の上に乗っかるような姿勢で湯船に使っていた。

 向かい合わせに入ってくれたほうがまだましな気がする。


 玲衣さんの身体の柔らかい部分が俺の身体と密着して、いろいろと心臓に悪い。


「晴人くん、顔を真っ赤にしてる……」


「誰のせいだと……」


「わたしのせいで晴人くんが恥ずかしがってくれるのは、嬉しいよ。だって、わたしのことを意識してるってことでしょう?」


 そう言われればそうなのだけれど、

 はっきり言葉にされると恥ずかしい。


 玲衣さんは俺に背を向けたまま、弾んだ声で言う。


「ね、ぎゅっとして、晴人くん」


「え?」


「後ろから抱きしめてほしいの。恋人っぽいでしょ?」


「そうだけど……」


 ただでさえ密着度が高いのに、これ以上触れ合ってどうするのだろう?

 でも、俺はなんでもすると言ってしまった。


 ここでできないというのはやっぱりかっこ悪い。

 俺は抵抗せず、なかばやけくそ気味に玲衣さんを抱き寄せた。


 タオル越しの玲衣さんのお腹のあたりに腕を回す。


「ひゃっ」


 玲衣さんが小さく悲鳴を上げた。

 いまになって恥ずかしくなってきたのかもしれない。


 でも、玲衣さんがやってほしいと言ったんだから、我慢してほしい。

 こちらも玲衣さんの甘い香り、それに身体の暖かさと柔らかさで、理性が崩壊しそうなのだから。


「は、晴人くん」 


「どうしたの?」


「なにか当たってる……!」

 

 なにか?


 俺はくらくらした頭でしばらく考えて、それから思い当たり、赤面した。

 玲衣さんのお尻のあたりに当たっている、俺の身体の一部。

 その「なにか」というのがわかって、俺はいたたまれない気分になった。


「ごめん。玲衣さん、嫌だったら離れてくれていいよ」


「い、嫌じゃない……。その……嬉しいなって思って」


「やっぱり……俺が困るから離れてくれるとありがたいな」


「言ったでしょう? わたしは佐々木さんよりも、晴人くんをもっと困らせてあげるって」


「それは、つまり、俺から離れないということでしょうか……?」


「もちろん!」


 そう言うと、玲衣さんはますます俺へと身体を密着させた。

 そのはずみに玲衣さんが短く「あっ、ひゃうんっ!」と甘い声であえいだ。

 まずい。

 このままだと本当にまずい。いろいろと。

 


 無理やり玲衣さんを振りほどくこともできるけれど、それは避けたい。

 でも、玲衣さんはここから離れるつもりはないらしい。


 普通に説得しても無理だ。

 俺は考えて考えて、そして名案を思いついた。


「玲衣さん。キスしよう」


「え?」


「彼氏彼女だったら、こういうときもするんじゃない?」


 俺からキスしようと提案すれば、玲衣さんはきっとそれに乗ってくる。

 そして、今の体勢のままではキスはできない。

 

 玲衣さんが立ち上がって振り返らなければ、不可能なのだ。

 そうなれば、この体勢からは逃れられる。

 

 我ながら名案だなあ、と俺はぼんやりした頭で考えた。


 しかし、次の瞬間、俺は自分の案が名案ならぬ迷案だったことに気づいた。

 玲衣さんはためらいなく、嬉しそうに湯船で正面から俺に抱きついた。

 

 しっとり濡れたバスタオル越しだから、水琴さんの胸の形と柔らかさがほぼそのまま伝わってくる。

 その感触に惑わされる暇もないまま、玲衣さんは俺に唇を押し当てた。

 しばらく俺たちはそのままの状態だった。


 顔も胸も、お腹も脚も下半身も俺たちは触れ合っていて、さっきよりもずっと身体の密着度が上がっている。


 事態はまったく改善していない。

 玲衣さんはしばらくして俺から唇を離すと、とろけたようなぼーっとした顔をした。

 

「嬉しい……」


「もう五回目だよ」 


「でも、今は晴人くんのほうからキスしようって言ってくれた。それが嬉しいの。あのね、わたし、晴人くんのことが好きなんだよ。だから、なんどだってキスをしたくなるの」


 そう言って、玲衣さんはふたたび俺に頬を寄せた。

 俺だって、これだけ玲衣さんが俺のことを想ってくるなら、それは嬉しい。


 けど、こんなことを続けていたら、明日学校にいったとき、俺たちは普通に接することができるんだろうか?

 もしかしたら、玲衣さんがみんなの前でいちゃつこうと言って、キスをしようと甘えてくるかもしれない。


 そうなったら、どうしよう?

 夏帆だって、教室にはいるのに。 


 俺はうまく動かない頭でぐるぐると考えた。

 けど、俺の思考は止まった。

 

 玲衣さんの唇がふたたび俺の唇と優しく触れ合ったからだ。

 とりあえず。


 明日のことは、もう一度玲衣さんとキスしてから考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る