第34話 女神様とお昼ごはん!

「ね、晴人くん。昼休みに高校生のカップルがすることといえば……」


「一緒にお昼ごはん、だよね」


「うん」


 水琴さんがそう提案したので、俺たちは学食の券売機の前にいる。

 別棟にある学食は、コンクリート打ちっぱなしで冷たい雰囲気だけれど、メニューもそこそこ豊富で、A定食は290円(!)ととても安かった。


 弁当を持ってきている日もあるのだけど、最近は水琴さんが家に来たこともあって、ばたばたして作っていない。


 ちなみに水琴さんはいつもコンビニのおにぎりとか、そういうものを教室の隅で食べていた。


「こ、今度ね。わたしが手作り弁当を作ってきてあげるから!」


 たしかに俺たちが彼氏彼女だということをアピールするには、それはいい手だとは思う。

 けれど。


「水琴さんって、そういえば、料理って得意なの?」


「えっと、その……頑張る……」


「……自分で作るから大丈夫だよ」


 そう言うと、水琴さんは青い瞳を床に落として、しょんぼりした。


 あの完璧超人の水琴さんにもできないことはあるらしい。

 まあ、遠見の屋敷で暮らしていたなら、自分で料理を作る必要なんてなかったんだろう。


 水琴さんなら、ちょっと練習すればお弁当ぐらい簡単に作れると思うけど、ここは俺が作ってあげるのが筋だろう。


 俺は微笑んだ。


「俺が水琴さんの分も作るから、今度、一緒に学校で手作り弁当を食べよう」


「ホントに!? 期待してるね」


「ありがとう」


「すごく楽しみ」


 水琴さんは顔を輝かせた。

 わかりやすい反応だなあ、と思う。

 以前なら、こういうときに感情を出すのを水琴さんは抑えていたような気がするけれど、今は違う。


「今日のところは学食だね。水琴さん、食券だけど、どれ買う?」


「晴人くんと同じのがいい」


「わたしたち、恋人のフリをしてて、それをみんなに知ってもらうためにここに来てるんだもの。だから、おそろいのものを食べたほうがいいと思うの」


「そういうものかな?」


「そういうもの」


 水琴さんはこくりとうなずいた。

 しかし。

 俺の頼むものは……。


「ええと、俺は四川風激辛麻辣担々麺の大盛を頼むつもりだったんだけど……」


 水琴さんがうっと言葉に詰まった。


「もしかして辛いものが苦手?」


「うん」


「じゃあ、別のメニューにするよ」


「それは、晴人くんに悪い気がする……」


「いいよ。べつにそんなこだわりがあるわけじゃないし。逆に水琴さんが食べたいものに俺が合わせる」


「わたしが食べたいもの?」


「そう。水琴さんがしたいようにすればいいよ」


「わたしが、食べたいもの」


 水琴さんは繰り返すと、券売機を眺めた。

 膨大な量のメニューのなかから、どれがいいか探さなければならない。


 水琴さんは決めあぐねたのか、困ったように俺を見た。


「どうしよう?」


「あんまり学食来たこと無いんだっけ? おすすめは、カツ丼だけど」


「じゃあ、それにする」


 水琴さんはためらいなく、券売機のボタンを押して、俺もそれに続いた。

 学食はセルフサービスなので、ふたりとも同じようにトレイを持って列に並び、とじ卵がたっぷりのったカツ丼を受け取った。


 やっぱり、周りの生徒の視線が気になる。


 女神様と……その横の男子は誰だっけ?

 みんなそう思っているに違いない。


 俺たちはテーブルの一つに向かい合わせに腰掛けた。

 水琴さんがぽんと手を打つ。


「お茶、とってくるね」


 水琴さんは微笑んで、俺が答える前に、お茶を取りに行ってしまった。

 残された俺はぼんやり周りを見回した。


 そして、学食の入口近くにいる一人の男子生徒と目が合う。

 そいつはにやにやしながら、こっちへ近寄ってきた。

 

 なぜか通学用のリュックサックを背負ってる。


「お、秋原。一人寂しく飯か?」


「そういう大木は、こんな時間に登校?」


「ああ。昼飯食って、午後の授業から参戦だ」


 俺の友人の大木はにっこりと微笑した。

 大木はクラスメイトで、名前のとおりというべきか、かなりがっしりとした体格をしていて、背も高い。


 午後から来たということは、俺と水琴さんの騒動も、大木は知らないのだと思う。


「秋原。今日の放課後は暇か?」


「なんで?」


「外国から入手した素晴らしいものがあるんだが、それを試してみないかと」


 何の話だ? 

 さっぱり話が見えない。

 

 そして、これまでの経験上、たいてい大木の誘いはろくなものじゃなかった。

 学校の屋上からロケット式の花火を打ち上げようとしていたのを、必死で止めた記憶が鮮明に残っている。


「怒られそうな話だったら、乗らないよ」


「そういう固いことを言っているからおまえはもてないんだ」


 大木は冗談っぽくそう言い、俺も笑いながらそれに答える。

 まあ、普通の会話になるはずだった。


 そこまでは。


「晴人くんはモテると思うけど」


 いつのまにか、水琴さんが両手にお茶のコップを持って横に立っている

 そして、俺と大木を眺めていた。


 大木がきょとんとした顔をする。


「なんで水琴さんがここにいんの?」


「だって、わたし、晴人くんの彼女だもの」


 水琴さんはちょっと恥ずかしそうに、頬を染めていた。 

 そして、俺に向かって水琴さんが続きを言う。


「晴人くんは、今日の放課後、暇じゃないよね?」


「え?」


「だって、わたしとデートするんだもの」

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